フェアゲーム

 「面白い度☆☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆ 胃痛☆☆☆☆☆」

 うちでは食事中に政治の話は禁止なの。ケンカになるだけよ。イラクで何が起きてるかなんて結局誰も知らないんだし。

 ナドレックさんおすすめ作品。春に手がけていた脚本はスパイを題材にしたものだった。だから私は『007』をたくさんみて、スパイキャラのイメージを固めようとしていたんだけど、その時言われたのが「007を参考にするのは意外でした」ってコメント。
 私ならもっと実話を題材にしたリアルなスパイ映画を参考にすると思っていたらしい。その時に紹介されたのが『裏切りのサーカス』とこの『フェアゲーム』だった。どっちの作品も見たんだけど、リアルなスパイ映画、というか実話を扱ったスパイ映画を見ていると、その組織の負の人間臭さにげんなりする。天下のCIAも結局はただの公務員。東京電力や市役所、公立学校となんら変わらないのだ。
 それは日本のテレビドラマでもよくある「上層部の連中は現場を分かっていなくてよ~」みたいなありがちな対立ではない。事実はこうだ。上層部の連中は現場の泥沼さをわかった上で切り捨てている。

 人間に思いやりや優しさがあるのは確かだと思う。正義というものがあるならば、困っている人を助けたいという思いはある種誰にとても普遍的な正義なのだろう、それには、まあ異論はない。ただし、その正義や善意を貫くのは並大抵のことじゃない。後述するけど人は自己保身のためならいくらでも残酷になれる。
 007でも感じて、自分の漫画でも取り入れたのは、現場で命をかけるスパイのその立場上の弱さだ。国家のために命懸けで戦うなんて漫画やアニメではヒーローだろう。だけどリアルではそう言う人はとってもぞんざいに扱われている。組織的には優先順位は低いのだ。
 その不条理さに読者はしびれるのかもしれないが、もし自分がこういう立場にあると仮定した場合、本当に憧れるのだろうか。こんな仕事やりたいか?

 内田樹さんは、そもそも労働とはオーバーアーチブで、等価交換的な見返りを求めるものではない、と論じたが、それどころの騒ぎじゃない。等価どころかマイナスだ。
 協力者を死なせたり、自分も死ぬようなリスクを背負い、かつ給料はたいして払われず、その仕事の成果は親しい人にも話せない。称賛もなし。
 こんなことは理屈では自分も知っていた。それがスパイでしょ?そのペーソスがスパイ映画のキモでしょ?って。
 しかしこの映画に描かれるスパイは、どうにもそうやって自分とは縁のない世界にいる孤独な英雄とは割り切れなかった。ただの公務員感満載。全国の公務員震撼の映画なのは間違いない。

 エンドロールでこの総動が実際にあったことだと分かるんだけど、正直自分はこんなスキャンダル知らなかった。日本のテレビのニュースで取り上げたっけかなあ。
 911テロやイラク戦争は自分の思春期に起こったことだからけっこう覚えていて、作中パウエルさんやライス国務長官が出てきた時はちょっと懐かしくて笑っちゃったんだけど(ライスのあのアニメのような襟足はなんだ!)、それでもこんなCIA局員とホワイトハウスの泥仕合があったことは記憶になかった。
 今で言うなら、元CIAのスノーデン容疑者がアメリカの世界的な個人情報の収集を暴露しちゃって、国を追われているようなものか(これもいずれ映画になるんだろうな)。
 なにしろスノーデン容疑者が完全に悪ならば、アメリカはあそこまで世界中から非難されていないわけだ。まずもってアメリカがやっていたやり口がひどすぎるってのがあったんだろう。どこが自由の国だよって。プライバシーなんてないじゃないかって(これも見られてるんだろうなw)。

 スノーデンさんのやったことが普遍的な正義だったかは分からない。少なくとも公務員としては失格だ。守秘義務破っちゃったから。
 でもスノーデンさんはスノーデンさんのなかにある正義を貫いた。自分の正義を貫き、行動をしたという点は正しい間違っている抜きにしてすごい。
 得てしてこういう正義と正義のぶつかり合いで争いは起こってしまうのだけれど、でも自分の頭でどう考えてもおかしいことには積極的に抗議するべきだと思う。そしてその責任は自分ひとりで背負わないといけない。
 じゃあそれによって何を得るのか。はっきり言って何も見返りはない。ただし個人の尊厳(セルフエスティーム)だけは守られる。インフォームドコンセントもそうだけど、アメリカ人は特にその意識が強い気がする。

 なんでこの映画が身につまされたかというと、私もこんな大きな問題ではなかったけど、似たような状況に追い込まれたことがあったんだ。具体的には言えないけど、架空の話として聞いて。
 例えば、法律的、倫理的にどう考えてもアウトな人がいる。でもそいつの悪事は外部にバレてない。で、そいつの陰口をみんな言っている。そんな陰口ばっか言うなら直接言えよって、私がそいつに直接言ったとする。そしたらそいつを叩いていた他の連中も自分に協力すると思ったら、自分から距離を置いた。なんか自分がやばいやつみたいな感じにされた。
 この一件以来、私は他者に甘い期待をするのはやめた。愛や優しさが存在しないとは言わない。しかしそれらは自己保身にはあっさり負けると。
 今の私だったら他の人たちが自己保身に動くというエソロジー的な習性も見越した上で、敵と戦ったと思う。まあ若かったんだよ。みんなが正しいと思うことを実行すればついてきてくれると思ったんだから。
 でも世の中そんな単純じゃない。大規模な災害みたいに命がかかればみんな行動を起こすけど(それに弱い人も助ける)、社会正義といった抽象的なものではなかなか動かない。そういうことを学んだ苦い経験だった。
 
 目指すのは共和制ですが、国民次第です、と。つまり国家が担う責任とは権力を握る一部の者にあるわけではない。
 民主主義は簡単に手に入るものではない。だがアメリカは民主主義国家だ。市民の責務を果たせ。未来の子供たちのためにだ。


 この前参議院選挙があって、にわかに政治的な話題がネットでも盛り上がったけど、国家や社会といったものに過剰な期待をするのは私は間違っていると思うのはそのためだ。
 この世は結局どこまでも孤独なんだ。自分の人生がうまくいってないのは半分以上は自分のせいだって思わないとその人の精神はいよいよ救われない。
 そもそもそういった自由や自己責任に憧れていたのは、かつて小泉さんを支持した自分たちだろう。ならば社会の流れにそのまま乗っかっちゃうんじゃなくて、一度自分の心に訪ねてみようよ。
 この映画が描く敵は、国家を操るホワイトハウスの陰謀とか、ましてや副大統領補佐官じゃない。あやふやな伝聞や憶測を鵜呑みにして、よく知りもしないで短絡的に物事を断定をしてしまう、私たちそのものだ。
 そして国家の中枢にいる人もそれは変わらない。立場上影響力が強いから、黒幕とか強大な敵に見えるだけ。案外考えていることは庶民と同じだったりする。

風立ちぬ

 「面白い度☆☆ 好き度☆☆」

 飛行機は美しい夢だ!設計家は夢に形を与えるのだ。

 なんか魔が差して公開初日に見に行っちゃった。ということで人生二度目の映画館でジブリアニメ。私やっぱりジブリが苦手で、それはジブリそのものが受け付けないのか、日テレのジブリのゴリ押しに憤っているのか分からなくなってきてるんだけど、とにかく見る限りは先入観を持たずに鑑賞しました。
 いや、本音を言えば見てもいないのに「あれはゴキブリの話」とかさんざナメきって最終的に土下座することになったアリエッティの奇跡をちょっとだけ期待したんだけど、なんというか・・・フツー。
 まいったぞ。『崖の上のポニョ』と感想が全く同じだというw

 んで書く事がなくて困っている最中なんですが、結局のところ、ジブリ云々じゃなくて、その人がアニメに何を求めるかで感想は変わっちゃうよね。
 オランジュリー美術館とかで印象派の絵画を見るのが好きな人は、ジブリアニメのあの映像美に惹かれるのだろう。前にも何度も言ったけど(だって感想が同じなんだもん!)絵画で形のないものの表現、重さや風はすっごい高度なんだって。しかもタイトルが『立ちぬ』よ?そりゃ半端ないよ。畳の目だって描いている(ような気がする)
 そこらへんの技術は、まあとにかくすごい。まるで絵巻物のような大量の人ごみを同時に動かしたり、飛行機の機体のわずかなきしみによって、どの部分にどれだけの強度やしなやかさがあるかすら感じさせるように描いてるんだもん。

 あ、そうだ。飛行機といえば、唯一あれは笑っちゃった。飛行機が落ちるシーン。あれはアニメどうこうじゃなくて実際の映像でも私ツボなんだけど、もちろん本当はシャレにならない大事故で笑っちゃ不謹慎なのはわかっているんだけど、でも、どうにも私ダメなんだ。なんかうまく説明できないんだけど、爆笑NGの香りがプンプンしてさw
 航空力学って科学技術の中でもかなり高度で、現代科学の粋を結集させたのが、飛行機――それも新型機なわけじゃない。それがちょっとのミスであっさり羽が折れてポテッてあっけなく落ちちゃうのが、線香花火的なペーソスと、偶像破壊的なカタルシスのダブルパンチって感じで、吹き出してしまう。よくドッキリ番組でVTRを巻戻したり早送りする際にかかる「♪デッデデデッデ、デッデデッデッデ」ってやつあるじゃん?あれをかけたらもう最高だよなあってw
 ジブリが航空機墜落を描いたら最強だってことはわかった。

 ・・・え~っとなんの話だっけ?あ、そうそうアニメに何を求めるかの話か(;^ω^)私が重視するのは教訓とか、「これは一本取られた!」っていう新しい視点なんだけど、まあこれはアニメに関わらずすべての媒体に自分が求めている点か。この話は、一度置いておこう。
 で、映像美についてなんだけど、これって今のアニメの福音と不幸なんだよね。だってヴァルヴレイヴをはじめとして今のアニメの映像ってどれも本当にすごいんだもの。
 画力のインフレというか。その映像美のアベレージが今はかなり高いから、自分なんかはもう画力の高さを刺激に感じなくなってきててさ。それってある意味不幸なことだよね。実際自分であのレベルの絵を描いてみればわかるよ。描けないもん。
 画力だけじゃなくて演出や構成といったアイディア面も、例えばシュールレアリスムの文脈を萌えに持ち込んだ『魔法少女まどか☆マギカ』みたいにすごいものがあるし。
 だからジブリはすごいなあって思うけど、身を乗り出して「うおおおおお!」って思わないんだ。ジブリって自然主義的というか、かなり保守的な画風だから「すげえ!」よりはどこか安心してしまう。実際日本で人気が高いのはラファエロのような女性のうまい画家と印象派だそうだ。なおセザンヌのような後期印象派は人気が低い(山田五郎著『知識ゼロからの西洋絵画史入門』)。

 で、案外それがジブリの人気の秘密なのかなあって。ジブリって一度も続編を作ってなくてピクサーと比較されちゃうけれど、実はすっごい保守的なアニメばっか作っている気がするんだ。中庸というか、どんな人でも当たり障りなく見れるように、政治的なメッセージ性とかが(宮崎さんの中では明確にあるにしても)すっごいマイルドに抑えられていて、わからない人には全然認識できないというか。
 ピクサーはその点けっこうはっきりとメッセージを伝えちゃうんだよね。伝わっちゃうことを恐れていないというか。これはどっちが優れているとかじゃないんだけど、意外と国民性なのかもしれない。
 この前マイクル・クライトンボットが言ってたんだけど、こういう主題をぼかして、見たい人にそれぞれ判断を委ねるようなやりとりって、実はアニメ鑑賞だけにとどまらず、議論を避ける日本人の戦略としてすっごいあるよなあって。答えを出さないことが答えみたいな。だから議論が上達しないんだよね。

 そう言う意味で、ジブリ最大の秘密は、宮崎さんは怒るだろうけれど「安心」なのかもしれない。安心して見れるから、みんな何度も見ているのに日本テレビを回してしまう。中には文句言いながら見てる奴もいる。恐るべき同調圧力!
 まあ確かに、あの人は日本一安心できる変人かもしれないな。本当にやばいやつだったら周りの人みんな不安になるだろうしね。いろいろ気性の激しい人みたいだけど、やっぱりどことなく可愛いんだろうね。
 でも天才ってずり~よなあwもしあの脚本を全くの素人が書いてきたら、この映画絶賛している人、評価したのかなあって。「詰め込みすぎです。もっと視点をまとめましょう」とかダメ出ししたんじゃないかなあ。でもその荒削りさすら評価されるんだから巨匠権限すげえよ。

 あ、そうそう一部で話題になっていた、主人公の声。別にどうってことなかった。

 それは素晴らしい悟りだ。『プロメテウス』のゴーリキを知ってれば誰だって許せる。(『マスターキートン』第4巻※嘘)

『どのような教育が「よい」教育か』

 記述試験が苦手な世代に送る議論の了解事項。

 苫野一徳さんの『どのような教育が「よい」教育か』を読了。苫野さんは教員経験者ではなく哲学を専門にする学者らしく、タイトル的には具体的な教育方式のメソッドが書かれている感じがするけど、実際は教育哲学の入門書みたいな感じだ。
 端的に言うと、私たちが議論するうえで最低限押さえておくべき了解事項をすっごいページを使って説明したような本。
 普通だったらこんなこと(議論終わればノーコンテスト)当たり前すぎるんだけど、意外と議論が白熱すると感情的になっちゃって我を忘れてしまうことはあるしなあ。
 だから、みんながみんなこの本に書かれているようなこと(=自己了解)が出来たら苦労はないよって話なんだろうけど・・・そのメタな部分の正当性にどれだけの人が納得できるかが、この本の内容が机上の空論か、教育分野のアポリアを解く、地に足付いた実用的なアプローチかどうかの分水嶺になると思う。

 この本ロジックとしてはかなり完璧で付け入る隙はないんだけど、でもさ、理屈では納得できても、人間ってそれだけじゃ動かないからなあ・・・
 まあでも、人間って結局理性や論理でしかうまくつながっていけないっていうのはあるからね。言葉は完璧ではないけれど、民主主義と一緒で暫定的に最も使い勝手がいいのだ。
 私はモラルや道徳こそ客観的なロジックで考えるべきという立場で、たとえばそれと似たような概念で「美」とか「愛」とか「正義」っていうのも、なかなか厄介な怪物じゃない?
 んでそういう魑魅魍魎に対しては、やっぱり抽象的で主観的な観念よりも、論理や言語の力を信じてしまう。芸術作品で世界が平和になったらわけはねえ、実際に世界を平和にするのは国際会議だ。ヴォーパルの剣は結局、教条主義やパターナリズムという呪いに感染しやすい反面、切れ味抜群なのだ。
 あとは、だから、時と場合によるというか。そこを嗅ぎ分ける嗅覚というかデリカシーみたいなものが一番大切なんだよね。そこらへんはモテメンに聞いてよ。

 ・・・とはいえ、なんだかんだ言って私と苫野さんって実は批判のスタンスみたいなものが結構似ているような気がする。

 行き過ぎた価値相対主義(≒ポストモダン思想)をなんとかするために現象学的なアプローチやフッサール(間主観性)やヘーゲル(弁証法)を利用するっていうのは王道ですね!それとハイデッガーのペットボトルの水の話はJJギブソンのアフォーダンスの理屈に近い。(ツイッター)

 ・・・と、こんな感じで、このブログを読んでくれている人は、田代がよくやるお決まりのロジックだなあって思ってくれると思う。
 それも、そのはず、なんと苫野さんと私たいして年齢が違わない。だから世代的に同じものを見て育ち(グリッドマンか)、上の世代の論争に同じようなものを感じ取ったのだろう
 ・・・って冷静でいられんよ!自分と同い年の学者が出てきて、さらに本を出しているという現実がすげ~ショック!
 確かに、本書でロールズとサンデルの論争に大岡裁きをする感じは、私なんかがグールドとドーキンスの論争に対して思ったことと似てるしね。
 ただこういった余計なおせっかいを書いちゃうってのが、私も苫野もまだまだ青いというか・・・(苫野を同族にするな

 だから、本書で出てくる「問い方のマジック」(=どちらが正しいか、と問われると、人は思わず、どちらかが正しいのではないかと思ってしまう現象)に関しては、プロの学者さんらは、ちゃんとその点も踏まえているであろう点に注意。
 サンデル教授とロールズの、いわゆるリベラルコミュタリアン論争にしても、苫野さんもそこまでナイーブな議論じゃなかったよとエクスキューズ入れてたしね(実際サンデルとロールズはライバルでもあり友人)。
 つまり、著者は何が言いたいかというと、こういう意見の異なる立場の人とうまく付き合っていくことで、自由な社会は成立するってことなんだ。それこそが大体の人が「よい」と納得する教育のステートメントなんじゃないかと、この本は落としどころを付ける。

 だから、まあ、こんな感じで、結構読んでて自分が言ったり考えていることとかぶっている部分は多かったんですが、あっちは学者だけあってソースがしっかりしていて、やっぱそこがプロだなあってw
 例えば、よく教育現場や教員研修で言われる「教育とは教師と生徒の信頼関係が成立して初めて成り立つ」という言説、この引用元ドイツの教育哲学者オットー・フリードリヒ・ボルノーだったっていうのは初めて知ったし、小泉さんの構造改革のレトリック(なんで新自由主義と新保守主義が手を組めたの?)がすごいわかりやすく明示されていて、なるほどこう説明すればいいのかと納得しましたw

 教育の自由化・多様化を謳う新自由主義と、ある種の一元化を謳う新保守主義とは、一見相反する思想的立場のようにも見えるが、両者は次のような発想において手を結ぶことができた。すなわち、たとえ格差が広がっても、あらかじめ教育で連帯意識を備えたある種従順な国民を作っておけば、不満は最小限に抑えられるという発想である。(46ページ)

 これ、すごい分かりやすい説明だよね。これと同じ考察をした専門家の人は、構造改革が話題になった当時も結構いたんだけど、苫野さんはツイッターやってるだけあって、要点を簡潔にするのが上手。
 他にもミシェル・フーコーが論じた国家や社会の「権力化」「刑務所化」という考えが、当時の教育関係者にどれだけの衝撃を与えたかもわかった。
 私もユーストリームの「そうだったのか!いじめ税」(懐かしいな)でフーコーを引用したけど、パノプティコンとかってよくできたSFのネタみたいなもんだと思ってたよ。
 ここら辺は、高校時代の私が教育学に興味を持つきっかけになった小浜逸郎さんも学校論で引用していたところ。元ネタなんだろうな。

 しかし、この本のあまりにシンプルな結論

①人によって多種多様な欲望がある
②でもそれら欲望に共通する点もある=ポストモダン的な過度な相対化に対するアンチテーゼ
③それはどの人も自由でありたいという欲求だ=教育の欲望論的アプローチ
④ならば、個々人の自由を最大化するために教育はあるべきだ=社会の相互承認モデル
⑤よって社会の中で自由に生きる(選択の自由を増やす)ために必要最低限の教養を教えるのが公教育のレゾンデートルである

 を受けて、漫画やアニメの作り手がやるべきことは、やっぱり寓話なんじゃないかなあって気がしてきた。もちろん全てがそうであるべきではないだろうけれど、小中学生にいきなりヘーゲルやルソーはきついじゃんw(※分厚い)
 だから、いくら自由がいいって言っても、他者の自由を無視した自分勝手なわがままをやると、巡り巡って結局は自分の損になるよってことを、子供向けの創作ではしっかり伝えるべきだ。私世代はイソップ童話でそれを学んだけど。今のちびっ子は何なんだろうね。

 ・・・チャギントンなんかね。

モンスターズ・ユニバーシティ

 「面白い度☆☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆☆」

 お前はちっとも怖くない。でも怖いもの知らずだ。

 いろいろあって一日遅れで入学してきました。

 今年度の授業はもう終わったよ。遅かったな。

 いやなんとか間に合ったwもう物語の冒頭から泣きそうになっちゃった。班活動でどの班にも入れてもらえなくて「マイクまた先生と組みましょうか?」って流れよくあったからなあ・・・
 だからあ、これオレの話だっていきなり尋常じゃない感情移入がw(目から水)挙句の果てには先生の教卓の横に席があったからねw「田代席」ってw
 だからそうとう孤独耐性はついたよwそれはそれで教育効果だよね。今私たちに必要なのは恋や夢を語り合うことじゃなく、ひとりぼっちになるためのスタートラインだから。・・・で、そろそろ恋や夢語っていい?w

 いきなり思い出話しちゃった。ごめん。でも、やっぱすごいね。この前読んだ『ウルトラマンが泣いている』(円谷英明著)でもつくづく感じたけれど、普通シリーズものってどんどんつまらなくなるんだよね。
 最初が優れた作品ほど、そこで描きたいテーマは描ききっている場合が多いから。『ジュラシックパーク』だってそうだった(ただし映画版。)。
 私も続きものを最近やって(ゴールデンウィークになんとか完結)、シリーズを重ねるごとにだんだん描くテーマがなくなってきてそれを痛感したんですが、あの経験で勉強になったのはキャラの良さを信じること。
 つまり前作と同じものをやるんじゃなくて、いっそ前作のエッセンスだけ抜いて別のアプローチで物語を構成すれば、そこまで失速しない。そしてシリーズ全体を貫くエッセンスさえあれば、見てる側はそこまで断続を感じず連続的なものとして認識してくれる。なにしろ同じキャラは出てくるんだしw

 とにかくピクサーはそこがうまい。『トイ・ストーリー』はエリック・エリクソンのようなライフサイクル論を元に成長していくおもちゃたちに年代ごとの課題を与えたし、『カーズ』はモータースポーツ愛をそのままに映画のジャンルを変えちゃったw
 その点『モンスターズ・インク』は続編が発表された時すごい不安だったんだ。あのお話の続きを考えるのって辛くね?ってw
 サリーとマイクは最後にある種のルールクラッシャーをしでかしたから、そのオチで逆転した設定を続編で活かすのは厳しいぞと。
 そしたらなんと過去の話にするって言うじゃないですか!私は『モンスターズ・ユニバーシティ』ってタイトルを最初に聞いて「あれか、あの二人あのあと会社辞めて大学の先生になって後発を育てるのか」って貧困なイメージを持っちゃったんだけど、それ絶対つまらないもんねw才能がない!

 でもそれって実は半分当たっていたwこれって舞台が学校だから、すごい教育者像について考えさせられる内容だった。テーマとしてはちょっと前の『シュガーラッシュ』(どんなパッとしない人でも社会の一部を構成している)、ピクサーなら『レミーのおいしいレストラン』(全ての人に才能があるわけではないが、誰が優れたプロフェッショナルになってもおかしくない)、もっと古いところなら『ダンボ』(デメリットを受け入れて別の切り口でそれを昇華させよう)が近いかな?
 そう考えると、この映画もディズニーが何度も描いてきた普遍的なテーマを扱っていることが分かる。

 ピクサーってそういうディズニーのストレートな寓話(悪く言えばお子様向け)に、リアリティの概念を持ち込んだのが革新的だったよね。どの作品も単純な完全平等主義をテーマにしているわけではないのも印象的だ。
 ここで重要なのは、そこで持ち込んだリアリティがギリギリディズニー的なテーマ、愛、夢、希望を壊さないレベルであるということ。
 つまりジャック・ラカンのいう脱構築なんだよね。深読みすれば、このテーマはアンチテーゼを内包しているよという。ブーメランというか。ヘビがしっぽ飲んじゃっているというか・・・
 ヘビといえば武田鉄矢風のモンスター大学生が「触角と蛇の翼は~」とかよくわかんない歌弾き語ってたのが爆笑だったなwドラえもんのリトルスター・ウォーズかってw(あとなんだあの校歌はw)

 おおっとそれた!で、それをやりすぎちゃったのが『アイアンマン3』だった気がする。やっぱピクサーのバランス感覚はうまい。
 円谷英明さんが『ウルトラマンパワード』をハリウッドのスタッフとメソッドで作らせた時、脚本を一人に書かせず、複数の作家を使って描くことで、独りよがりじゃない安定したクオリティの物語を作り上げていることに感心したって話があるんだけど、この映画もエンドロールを見るとなんと12人の脚本家がアイディアを持ち寄ってひとつの脚本を作っている。
 結局チームに円滑なコミュニケーション能力さえあれば、そんな天才ばかり揃えなくても、アイディアって出てくるものだからね(ブレインストーミングの論理=私はスイミー理論って呼んでるんだけどw)。いや、その場をしきってまとめるやつが才能があるってことなのかw

 さて、そういうプロデューサー気質の人を日本のアニメファンってあまり評価していない気がする。日本でもてはやされるのは実際作品を作り上げているクリエイターで、その場を仕切ったり作品のスケジュール、品質管理に責任を持つプロデューサーには意識がいかない。
 でもおそらく作る側にとって一番重要なのは、そういう縁の下の力持ちがいるかいないかだと思うんだ。才能のあるクリエイターは確かに目立つ。絵がうまいというわかりやすい指標があるから。それは作品でガンガン伝わるしねw
 でもこの作品を作るためにチームを建設的な流れに導いた人が絶対いるわけだ。アニメや映画のような集団作業なら特に。

 そう、この『モンスターズ・ユニバーシティ』とはそういう話だった気がする。これピクサーのアニメーターたちが仕事をする上ですごい大切にしていることをテーマにしたんだろうね。
 確かにあのスタジオは半端ない個性と才能の集まりだけど、その才能を見出したり適切に評価するようなまとめ役がいないと空中分解すると思うんだw
 漫画業界でそれを担うのは編集者なんだけど、ピクサーもアニメを作る上で最も重視しているのはその編集なんだそうだ。優れた才能の持ち主が描いた各カットをどう構成するか。それはそれで映画の出来を決定づけるすごい作業だよ。

 赤井孝美さんいわく今の日本のアニメ会社はガイナックスの影響で「絵が上手い奴至上主義」を取ってしまったという。つまり絵を描く職人達ってなんだかんだで体育会系だから、自分より上手い下手ってはっきりわかるんだってwだからヒエラルキーができちゃう。
 その弊害で軽視されたのが進行や脚本といった絵を描かないけれどアニメに関わるポジションの人たちらしい。これを聞いたとき、だから今の日本のアニメって絵のクオリティはまあすごいけどお話がグダグダなんだ!ってすごい納得しちゃったw
 ピクサーの強さはそこだ。「怖いやつ至上主義」のモンスターユニバーシティではマイクの立場はかなり厳しいw怖くないからw

 あなたは彼を怖いと思いますか?

 普通の話だったらこんなやつ落第で終わっちゃう。絵も描けない奴はガイナックスにあらず!とか言われてwでもストレートにリアリティを持ち込むピクサーはやり口がもうちょい複雑だ。
 マイク自身は確かに怖くないが、他の人や他の物を使って恐怖を引き出し、演出する才能があったのだ。これは「いい作家がいい教育者になるとは限らない」とさんざ言われた美術教育ではすっごい心に染み入る教訓だ。
 才能のある作家は指導者になってもまだ選手でいる。だから自分を脅かす存在はおそろしくて蹴落としてしまう。それって教育者のスタンスじゃないよねって。教え子と一緒に競い合ってどうすんだってw

 オレはおっかなく振舞ってる。でも、本当はオレ自身が怖がりなんだ。

 このセリフでサリーになくてマイクにあるものが分かる。才能とは結局のところ社会が要請する基準やルールによって変わるんじゃないのか。
 小さい頃からはまっている『ダンボ』からそう思ってたけど、アメリカってそういうところが潔いというか清々しい。日本ってやっぱりマイノリティに冷たいというか同調圧力が強いんだなwそれはそれでいい面悪い面もあるのだろうけれど。

 自分が先生をやっていく上で肝に銘じたいのは、マイクみたいに子供それぞれの個性を引き出す柔軟さを売りにする指導者もいれば、学長のように一見厳しいけど、社会のルールをしっかり教えるかたくなな先生も大切だということ。
 はっきり言って生徒の受けだけ狙って迎合するならば前者のほうがいい。でも前者は前者で実は相当難しい。子供を自由にさせたら大体の場合秩序が崩壊するからw一番ダメなのは言動がぶれちゃう先生だ。そう言う人を子供は信用してくれない(´;ω;`)
 だから優しい先生がいい先生とは限らない。おっかない先生も時間が経てば大切なものを教えてくれていたのかもしれない。

 その通りだよ、みんながそれぞれ違ってるんだ。一流の怖がらせ屋はその違いを武器にする。

教育法規覚え書き

日本国憲法

誰もが知ってる国の最高法規。私は数字が覚えられないから、恐竜の全長とかそんなもんだと思って頑張ります。

国民主権、平和主義→憲法前文
基本的人権→11条
自由権→12条
個人の幸福追求→13条
公共の福祉→12条、13条
法の下の平等→14条
公務員→15条
表現の自由→21条
生存権→25条
教育を受ける権利→26条




教育基本法

日本の学校教育における憲法的存在。だからか日本国憲法26条等と多少かぶるところがあってややこしい。1947年版を2006年に全面改訂した。

第一章 教育の目的及び理念

第1条 (教育の目的)
教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

第2条 (教育の目標)
教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。

一  幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。

二  個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。

第3条 (生涯学習の理念)
国民一人一人が、自己の人格を磨き、豊かな人生を送ることができるよう、その生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場所において学習することができ、その成果を適切に生かすことのできる社会の実現が図られなければならない。

第4条 (教育の機会均等)
1 すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。

2  国及び地方公共団体は、障害のある者が、その障害の状態に応じ、十分な教育を受けられるよう、教育上必要な支援を講じなければならない。

3  国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学が困難な者に対して、奨学の措置を講じなければならない。

第6条 (学校教育)
法律に定める学校は、公の性質をもつものであつて、国又は地方公共団体の外、法律に定める法人のみが、これを設置することができる。



学校教育法

学校教育の制度的な部分を取りまとめた法律で、困った生徒に対する対応も書かれている。よく出るのは体罰や懲戒の部分。
またここでいう学校は公立、私立は問わない。とにかく学校を運営する際に守るべきルール。

第一章 総則

第1条
この法律で、学校とは、幼稚園、小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、大学及び高等専門学校とする。

第2条
1 学校は、国、地方公共団体、及び私立学校法第三条 に規定する学校法人のみが、これを設置することができる。

2  この法律で、国立学校とは、国の設置する学校を、公立学校とは、地方公共団体の設置する学校を、私立学校とは、学校法人の設置する学校をいう。

第3条
学校を設置しようとする者は、学校の種類に応じ、文部科学大臣の定める設備、編制その他に関する設置基準に従い、これを設置しなければならない。

第6条
学校においては、授業料を徴収することができる。ただし、国立又は公立の小学校及び中学校、中等教育学校の前期課程又は特別支援学校の小学部及び中学部における義務教育については、これを徴収することができない。

第11条
校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。

第二章 義務教育

第16条
保護者(子に対して親権を行う者(親権を行う者のないときは、未成年後見人)をいう。以下同じ。)は、次条に定めるところにより、子に九年の普通教育を受けさせる義務を負う。

ややこしいのが16条。義務教育と普通教育がほとんど文脈的に重なるので絶対間違える。憲法26条によれば義務教育の〝内容”は普通教育とする、らしい。



学校教育法施行規則

文部科学省の省令。ちなみに強さで言えば憲法>法律(国会)>政令(内閣)>省令の順番。
かなり細かい内容で全部で200条近くある。
職員会議の48条、学校評議員について書かれた49条あたりがごっちゃになる。

第26条
1 校長及び教員が児童等に懲戒を加えるに当つては、児童等の心身の発達に応ずる等教育上必要な配慮をしなければならない。

2 懲戒のうち、退学、停学及び訓告の処分は、校長(大学にあつては、学長の委任を受けた学部長を含む。)が行う。

3 前項の退学は、公立の小学校、中学校(学校教育法第七十一条 の規定により高等学校における教育と一貫した教育を施すもの(以下「併設型中学校」という。)を除く。)又は特別支援学校に在学する学齢児童又は学齢生徒を除き、次の各号のいずれかに該当する児童等に対して行うことができる。

一  性行不良で改善の見込がないと認められる者
二  学力劣等で成業の見込がないと認められる者
三  正当の理由がなくて出席常でない者
四  学校の秩序を乱し、その他学生又は生徒としての本分に反した者

4 第二項の停学は、学齢児童又は学齢生徒に対しては、行うことができない。

第37条
小学校には、校長、教頭、教諭、養護教諭及び事務職員を置かなければならない。

9 主幹教諭は、校長(副校長を置く小学校にあつては、校長及び副校長)及び教頭を助け、命を受けて校務の一部を整理し、並びに児童の教育をつかさどる。

主幹教諭ってなんだ・・・学校に中間管理職を導入することで円滑な学校運営を目指すために設けられた新ポジション。ただ職員室にヒエラルキーの論理を持ち込むのに抵抗があり、うまく機能していない学校も多いらしい。東京都の公立学校はすべて導入済み。

第48条
1 小学校には、設置者の定めるところにより、校長の職務の円滑な執行に資するため、職員会議を置くことができる。

2  職員会議は、校長が主宰する。

第49条  
1 小学校には、設置者の定めるところにより、学校評議員を置くことができる。
2 学校評議員は、校長の求めに応じ、学校運営に関し意見を述べることができる。
3 学校評議員は、当該小学校の職員以外の者で教育に関する理解及び識見を有するもののうちから、校長の推薦により、当該小学校の設置者が委嘱する。

第66条
小学校は、当該小学校の教育活動その他の学校運営の状況について、自ら評価を行い、その結果を公表するものとする。



地方公務員法

教員だけにあてた法律じゃないので主語が「職員」になっているのが特徴。
よく出るのは信用失墜行為と守秘義務。

第33条 (信用失墜行為の禁止)
職員は、その職の信用を傷つけ、又は職員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。

第34条 (秘密を守る義務)
職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また、同様とする。



学校保健安全法

学校の安全と児童生徒の健康について書かれた法律。

第四節 感染症の予防
(出席停止)
第19条
校長は、感染症にかかつており、かかつている疑いがあり、又はかかるおそれのある児童生徒等があるときは、政令で定めるところにより、出席を停止させることができる。

(臨時休業)
第20条
学校の設置者は、感染症の予防上必要があるときは、臨時に、学校の全部又は一部の休業を行うことができる。

学校の休業は校長ではなく学校の設置者が行う。学校の設置者とは公立学校の場合は国や地方公共団体。

(危険等発生時対処要領の作成等)
第29条
3  学校においては、事故等により児童生徒等に危害が生じた場合において、当該児童生徒等及び当該事故等により心理的外傷その他の心身の健康に対する影響を受けた児童生徒等その他の関係者の心身の健康を回復させるため、これらの者に対して必要な支援を行うものとする。この場合においては、第10条の規定を準用する。



教育公務員特例法

教員の任免、給料や懲戒、分限(本人の意に反してクビにすること)、研修等が明記された法律。
ほとんど研修について書かれた部分が出る。初任者研修は一年。
十年経験者研修は教員になって十年目の先生が受けるもの。2003年から実施。
主語が「教育公務員」になっている点に注意!

第21条 (研修)
教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない。

第22条(研修の機会)
(2)教員は、授業に支障のない限り、本属長の承認を受けて、勤務場所を離れて研修を行うことができる。
(3)教育公務員は、任命権者の定めるところにより、現職のままで、長期にわたる研修を受けることができる。

第23条(初任者研修)
(1)公立の小学校等の教諭等の任命権者は、当該教諭等(政令で指定する者を除く。)に対して、その採用の日から1年間の教諭の職務の遂行に必要な事項に関する実践的な研修[以下、「初任者研修」という。]を実施しなければならない。

「教育職員免許法及び教育公務員特例法の一部を改正する法律について(通知)(19文科初第541号)」(平成19年7月31日)(抄)
第一 改正法の概要
第2 教育公務員特例法の一部改正関係
1 公立の小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校及び幼稚園(以下「小学校等」という。)の教諭、助教諭及び講師(以下「教諭等」という。)の任命権者は、児童、生徒又は幼児(以下「児童等」という。)に対する指導が不適切であると認定した教諭等に対して、その能力、適性等に応じて、当該指導の改善を図るために必要な事項に関する研修(以下「指導改善研修」という。)を実施しなければならないこととしたこと。(第25条の2第1項)

「指導が不適切である」ことに該当する場合
①専門的な知識や技術がなさすぎて間違いばかりで学習指導に支障がある。
②授業を板書だけで済ませてしまう。
③子どもとコミュニケーションを取らない。



義務標準法
正式名称は「公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律」
学級人数を定めている。基本的には人学級は40人。必要に応じてそれ以下でもOKだったが、平成17年度から中学校全学年において学級編成の基準は35人となった。

教育職員免許法
平成19年の改正で教員免許に10年間の有効期限ができた。免許状更新講習で有効期間を更新できる。施行前に教員免許を授与された人は期限切れはない(!)が、結局10年ごとに免許状更新講習は受けなければいけないので、あまり変わらない。
この講習は計30時間以上とされている。

児童虐待の防止等に関する法律
第6条
児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。
学校や教育委員会ではなく、福祉事務所と児童相談所!

特別活動(学習指導要領)
学級活動を通して、望ましい人間関係を形成し、集団の一員として学級や学校におけるよりよい生活づくりに参画し、諸問題を解決しようとする自主的、実践的な態度や健全な生活態度を育てる。

生徒指導提要
各学校においては、生徒指導が、教育課程の内外において一人一人の児童生徒の健全な成長を促し、児童生徒自ら現在及び将来における自己実現を図っていくための自己指導能力の育成を目指すという積極的な意義を踏まえ、学校の教育活動全体を通じ、その一層の充実を図っていくことが必要である。
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