頭のいいキャラと長編漫画のカオスの縁

 お久しぶりです。ブログの更新がしばらく滞っていましたが、連載漫画の第一話の締め切りが二ヶ月を切ってしまいまして現在は漫画を集中的に描いています。
 とりあえずそろそろネームは切り上げて、第一話全32ページの作画作業に入らないと、いきなり落としそうな気がするので、ペン入れとトーンを頑張りたいと思うのですが、このような煩わしい&金のかかる作業をデジコミではスルーできる!?と聞いては、私も穏やかじゃいられない・・・!なにしろできることなら脚本だけ渡して漫画は他の人に描いてもらいたいタイプですから。
 というわけで、ツイッターで知り合った方々にいろいろ情報を教えてもらっています。ツイッターって本当楽しいなあw

 さて今回はそんな長編漫画についての話題をふたつ。

 まずひとつめは「頭のいいキャラ」について。今回の漫画はSFなので科学者や研究者、技術者などがいろいろ出てくるのですが、その人たちが実際にその分野に詳しく、ちゃんと研究している感じを出したいんです。
 これが上手いのは心の師匠クライトン先生なのは言うまでもないのですが、日本のアニメの学者キャラで「学者っぽいなあ~」ってリアリティがあったのってプラネテスのロックスミス博士くらいで、ほとんどのキャラは単なる知識スノッブ野郎かマッドサイエンティストなトンデモ系w

 日本のサブカルチャーって学者のリアリティが本当に描けないんですよね。だから世間の科学者のイメージはいまだ『バック・トゥ・ザ・フューチャー』w
 白衣着てカラフルな液体の入ったフラスコをかざす白髪の変わったおじいさん・・・あんな人いるのか!?いや化学系にはいるんだろうけど・・・w
 とにかくそんな古いテンプレートをこの作品では打ち破りたい!と考えているわけですが、科学者のリアリティを出そうとするあまり、キャラクターのセリフが難解になりすぎるのには気をつけないといけませんよね。
 まあ、その作品だけの架空の技術とか(←覚えても何の役にも立たない)意味のないマクガフィンとかスノッブじゃないので、ちゃんと読めば楽しみながら科学の最先端を理解できるようには作っています。それは約束します。

 ふたつめが優れた長編連載漫画って「カオスの縁」だなあってこと。長編もののストーリーって一話一話引き返せないくさびを打つような感じで、回を重ねるごとに方向性が狭まってきちゃう恐ろしさがあります。最終的には伏線の回収や、設定の辻褄合わせだけに終始しているんじゃないかって。
 よくできた長編漫画のプロットがシンプルなのはそのためなのですが、私はついクライトン先生のような素晴しい伏線回収に憧れ真似をしてしまいますw
 でもそれによって物語の有機的な流れが滞ってしまうのならば、カオスの縁から外れてその作品は死んでしまう。もちろん伏線も設定も大無視してメチャクチャやっても読者はついていけず、やっぱり駄目。秩序すぎてもダメ。無秩序すぎてもダメ。このバランスがとっても難しい。

 まあ、とにかく期限付きの漫画製作をやってるんで、これからは主にお手軽なツイッターで語りたい欲求は発散しようと思っています。
 なにしろ春期講習の帰りにレンタルビデオ店に寄って『キック・アス』借りようと思っていたのに「いや!映画なんか見てブログの記事を書いてる場合じゃない!」ってやめましたからね。
 それに幼女が大人をぶち殺す映画なんて震災の前だろうと後だろうと生理的に無理だった気もするし。みんな屈折した性欲持っているよなあw

安全とは何か

 イヌの祖先はオオカミであり時に人を咬み殺すこともある・・・これは100%あり得ない話じゃない。でもそれでイヌを恐れる人はあまりいない。むしろペットブームで過剰に好きな奴の方が多い。
 つまり専門家がイヌを抱いて「この動物はとっても大人しいですよ」って実際に見せれば、イヌが人を殺しうることが事実であったとしても、人はイヌを過剰には恐れない。

 だから本当に放射能に汚染された水や食べ物が安全だって言うのなら、政治家や専門家がまずもってそれを食べて見せることが必要だと思う。動物学者がイヌに触れるように。
 それすらできないのならば、イヌを恐怖の肉食動物だと恐れるように、みんなが放射能を過剰に恐れても仕方がない。できないってことは「危険な可能性がある」ってことの証明になっちゃうんだから。それになにも原発の隣に家を建てて住めって言っているわけじゃないんだからさ。

 そもそも世の中100%安全なものなんてない。日用品でも使い方を誤れば危険なものはいくらでもあるし、地球が安全で安定しているなんてそんなはずはない。なんであんなに栄えた三葉虫や恐竜が絶滅しているんだよ。

 ツイッターではみんなが原子力やら放射能やらワイワイにわかに騒いでいるけど、これを見て一番恐ろしいなって思うのは無知であったことによる不安だ。
 それについてまったく興味も関心も、知識もなかった人のリアクションが一番恐ろしい。

 以下は原発に関する私のコメント。

 非常時ですら「報道ステーション」で科学を「面白い」と言っちゃう石川迪夫さんに、平常時でも科学を「面白い」とも思わない人々・・・科学をかんだ人だったら、石川氏の「面白い」発言は「面白い=興味深い」と解釈するはず。

 原発とアメリカ軍基地の問題って似ている。一部の人の安全を犠牲にして、無関係な大多数の人はもっともらしいこと(必要悪)を言ってそれを正当化。多数派の意見は大体正しいってしちゃう民主主義の暗黒面です。

 東京電力って民営なのか。それすら忘れてた・・・東京電力って事実上市場を寡占しているし、反原発電力会社と競争させた方がいいのかも。

 放射能の危険性を過大評価?する人(≒政府やおかかえ専門家を信じない) 放射能の危険性を過小評価?する人(≒非常時はプロに任せよう) どちらにせよまず科学を知ってほしい。私は知らない。だからこんな話題には参加しない。


 そういえば今日春期講習の社会のテキストで「近年、日本において増加しつつある発電方法はなにか?」という問題が出たけど、おそらく原子力発電は増加どころかドラスティックに見直されてしまうと思う。

 二酸化炭素を出さないということでエコ政策の一環として積極的に原発を導入しているフランス、もしくはバシバシ原発を増やしていくつもりの中国は、今の日本の状況を見てどう思うのだろうか?
 また反原発国家ドイツを見習うべきだというのもちょっと考えてほしい。あの国はお隣のフランスから電気を買っている。原発先進国フランスは近隣諸国への輸出用として電気を作り、それをドイツやイタリアに売っているらしい。
 つまり豊かな生活を維持しつつ完全に原発から脱却している先進国って現在存在するのだろうか?という気さえする。まあ、なきゃないで日本が最初の国を目指してもいいんだけど・・・

 原発を廃止しよう。それはまあ正しい。でもそのための過程を描けなければ推進も反対も意味がない。
 国民主権だ、民主主義だと言いながら、そういった煩わしい議論や手続きを、私たちはいつも専門家に任せてしまってはいなかっただろうか。そしてぼくらは学術論文はおろか『Newton』や『日経サイエンス』すら読まない。
 本当に原発を廃止したいなら・・・もしくは原発を存続したいのならば、そのための具体的なアイディアを素人だって出すべきなんだ。無学を言い訳にしないで。

 でも、みんなああだこうだは言うけれど、結局のところ誰も決断や決定はしたがらない。それに伴う責任なんて負いたくないからだ。
 そういった点では政治家や東京電力の幹部は普段高い給料もらっているだけあって大変だと思うよ。なにかしら決断しなきゃいけないんだから。

 これでもし原発問題が終息して、なんなにヒステリックに騒いでいた人たちがまったく原発のことを口にしなくなったら本当に情けなく思えてしまう。
 この問題は科学の問題である以上に民主主義の根本を問う大事な問題なんだ。

 皆の暮らしの為に、誰が危険な原発で作業してきたと思っているんだ・・・東京電力の作業員の人は絶対そう思っているに違いない(上層部はよく分からない)。

3年B組金八先生ファイナル

 結構あっさり終わった(笑)。

 私ってこのドラマを見て教師を目指したくらいで(ウソばっか)、今回の定年退職編すっごい楽しみにしていたんですけど、けっこうサッパリと終わっちゃいましたね。30年続いたテレビシリーズも終わりなんて案外こんなもんかw
 1クールは難しいにしても、マグロ三夜連続!とかにしたらもっと視聴率稼げそうだったけど、もう古畑任三郎を田村正和さんがやりたくないように、武田鉄矢さんももういい加減金八から解き放たれたかったようにも思える。本当にお疲れ様でした。かなり寂しいけど・・・こんなテレビ番組が見れた時代に生を受けて幸せでした。

 でも私金八ファンぶっているけど本当はすっごいにわか野郎で、本格的に見出したのって第4シリーズからなんですよ。あたしゃあの「スタートライン」って曲に惚れてねw
 それからかぶりつくように見てしまった・・・金八の曲って「贈る言葉」が代名詞だけど「人として」とか「スタートライン」とかもめちゃめちゃいいんだよね。歌詞も秀逸。

 ♪今私たちに大切なことは恋や夢を語り合うことじゃなく、一人ぼっちになるためのスタートライン

 ・・・って恋も夢もなかった自分はすっごい励まされたよ。みんな恋だの夢だの青春だの楽しそうだけど、見てろよ・・・!って野心をメラメラたぎらせてましたよ。嘘だけど。
 ただ私は異性に目覚めるのにかなり出遅れちゃって、そのまま恋もせずにこの歳になっちゃってやばいなあとは思うけど・・・ってなに暴露してんだオレは。

 しかし金八先生、古畑第3シリーズ並に衰えちゃいましたよね。狭心症っていう死亡フラグも立っちゃったけど、最もせつなくなったのは今回金八先生って怒鳴らない。
 もう熱血授業やろうにも大きな声が出せないんですよね。声も出ない走れない・・・こんな哀愁のある金八先生は初めてだ。
 それを今までの教え子が助けてやるっていう流れになるんだけど、あの最後の教え子の不良の子はちょっと哀れだったよなw。ヤクザみたいに「きんぱっつぁんに迷惑かけたら俺たち3Bが許さねえ」っていろんな先輩に脅されて・・・内心あいつビビっていたんじゃないか?w
 健次郎なんて自動車でそのまま拉致しそうだったもんな。(んなわけないだろ!)

 まあ、なんにせよ、金八先生によってみんなそれぞれのスタートラインに立つことができたわけだけど(成迫君なんて弁護士だもんな)、金八先生って定年後の生活がすっごいさみしくなりそうで心配。
 乙女ちゃんは嫁に行っちゃったし、幸作は埼玉大教育学部を出たのに、なぜか群馬県の教員採用試験を受けちゃってるし・・・w
 家で独りぼっちってかわいそうすぎる・・・!教え子の皆ローテーションで面倒みてやってくれ!ああいう仕事人間って仕事が無くなると落ち込んじゃったりするから。
 まあ退職後もいろんなところから引っ張りだこにはなりそうだけど(講演している姿が目に浮かぶ!w)。そういえば教育委員会に誘ってくれた和田校長は今回登場しなかったな。好きだったのに。

 しかし今回驚いたのは中学生の女子ってみんな奇麗になっちゃうもんなんだなあってこと。髪型とかファッションでみんなシンデレラ。
 もともと中学時代から美人だったり可愛い子はあまり変化がないんだけど、あまりパッとしなかった子とかもしっかり大人の女性になってるもんなあ・・・なんで?メイク?

 K氏が好きなとび職の娘なんかは全然変わらず大人の雰囲気を出していたけど、私気質や性格って中学生で完成すると思っているからね。つまり大人でも中学生みたいなのはいるわけで、それは成長していないとかじゃない。中学をすぎると人は成長なんてしない。
 つまり子供っぽい奴はいくつになっても子どもだし、大人びた奴は小さいころからしっかりしているんだよ。そして、子どもっぽいのはダメ、大人っぽいのがいいって言うわけじゃなくて、その人その人の気質を大切にしてやればいいんじゃないか。
 だから私は中学生を対等に見ている。すごい言動にはすごいねって言うし、バカなことやったらバカだなあって言う。自分より勉強ができたら抜かれちったって言う。

 あ、そうそう。女の子と言えば私は第8シリーズのネットカフェ難民の女の子(名前忘れた)が好きだった。
 第8シリーズって第5シリーズ(=健次郎)から極端にエスカレートしちゃった金八的にはけっこう手堅い展開だったけど、ほのぼのとしてて結構好きだったんだ。金八より年下の校長先生が出てくるのもこのシリーズだし。

 あ~あTBSも定期的に再放送しないもんだろうか。その内「水戸黄門」じゃなくて金八が夕方4時に再放送し出す気もする。それをジジイになった私たちが見ているわけよ。

『職業としての科学』

 ぜえぜえ・・・こんな読み応えのある新書あっていいのか?

 著者は京都大学名誉教授の佐藤文隆さん。
 面白い。が、難しい。いや難しいってわけじゃない。情報量が多いから整理がしにくい。200ページくらいしかない本なのに、やっと109ページまで行ったって感じ。760円でめちゃめちゃ詰まってます。
 とりあえず第1章から面白かったところや知らなかったことを箇条書きにまとめてみますね。


第1章 転換期にある科学と言う制度
 この章では現代の日本の科学事情を振り返るとともに、これからの議論の伏線を張っている。あとちょっとだけ著者のスタンスを述べているが、かなり不十分で最後まで読んでのお楽しみにしている感じ。

 面白ポイント
・冷戦が終わって私たちの意識は「われわれ」から「わたくし」へ意識が変容し、従来の国民国家を危うくしている。また「わたくし」と公共の関係が希薄になり、知識の拡大、継承、進歩といった、近代的な価値観は魅力を失う可能性がある。

・1960年に大学を出た佐藤さんの時ですら研究者はリスキーで食えなかった。つまりサイエンスライターの竹内薫さんが指摘するような「学者は食えない」という状況は今に始まったことではない。

・その不安を突破するために思想としての科学や、知的世界を切り開く前衛論、知識人の使命など、生活次元を超えた、公共的で壮大な使命感で自己を充電する必要があった。
 理系ではないけれど、これと同じことをウチの教授も言っていました。昔の大学って今みたいに誰でも入れるようなものじゃなかったから、大学生は良くも悪くも特権階級的な意識があったようですね。

日本の研究者数は人口比で世界一!しかし研究者の増加に見合う安定的ポストは増えなかった。
 また日本と二位のアメリカは研究者数が増加しているものの、近代科学の老舗イギリス、フランス、ドイツは軒並み横ばい状態。
 現在70万人でさらに増加する日本の研究者はその内学校の教員数80~90万人を抜く。

・研究者を平均的に芸術家の巨匠のようにイメージするのは間違っている。職業としては芸術家よりもはるかに失望するリスクの低い職業。

・国家はこれからも科学の主なステークホルダー(利害関係者)であり続けるのだろうか?(問題提起)


第2章 知的自由としての科学
・ケンブリッジ大学のカレッジの中でもトリニティカレッジは格別だが、その誇りは著名な学者(ニュートン、エアリー、ド・モルガン、マクスウェル、トムソン、ラザフォード、ウィトゲンシュタインなど)を輩出しているからではなく、多くの王族、首相、大司教を卒業生にもつからである。

・化学者のラヴォアジェはフランス革命でギロチンにかけられた。

・19世紀半ばまで科学者と言う職業は存在しなかったが科学の発見はあった。科学者もいなければこんにちのような科学の制度も組織もなかった。

・佐藤さんが定義する「科学」とは知的自由を開花させる社会的仕組みを指す。

・佐藤的科学の第一段階・・・知的自由が無制限状態
・佐藤的科学の第二段階・・・同じものに興味がある人達が作る自主組織
・佐藤的科学の第三段階・・・産業や国家が専業の専門家を雇用する社会構造

・科学像の変遷
①一部の特権階級だけの科学・・・エリートやパトロンが科学クラブを運営。

②啓蒙主義的科学・・・科学が社会的な啓蒙を試みる。理性を重視。理神論に基づき、神の御業を探求する。

③ロマン主義的科学・・・科学が社会の表舞台に登場した市民層に広がる。市民による科学者の英雄視。すげ~かっこい~的な。科学者及び科学の大衆化。
啓蒙主義に対してロマン主義は感性を重視。

④科学者の中産階級化・・・身分の低い人でも天才科学者になれるというサクセスストーリー。ハーシェル、ヴォルタ、ファラデーなど。宗教的権威が科学のパトロンであることがうざくなった。

⑤科学知識が産業技術の世界へ導入・・・研究経費におけるケタ違いの増額。売上と科学が結びつく時代に。ここで科学は「純粋科学(理学的)」と「応用科学(工学的)」に分化する。

⑥国家が科学のステークホルダーに・・・万博の意地の張り合いによって科学はナショナリズムと結びつくように。科学教育の必要性。

・19世紀から科学の最先端が数学的な力学から、実験的な化学、電気、熱に移行。ドイツはイギリスに先んじて大学などに実験室を導入。イギリスもこれに続くが、社会のエリートを育てるというエリート意識を持つオックスブリッジはちょっと出遅れた。

・ウィリアム・ヒューエルが科学者(サイエンティスト)という言葉を考案。当時の科学者的仕事をやっていた人たちからは「歯医者(デンティスト)」と語感が似ていて不評だった。彼らは自然哲学者と呼ばれるのを好んだ。

・1869年「ネイチャー誌」創刊。今と違って半分広告の情報誌だった。

・科学を政府が支援するべきかどうか問題勃発。天文学者ジョージ・エアリーは反対。エアリーは「政府が科学を金銭的に支援しちゃうと、科学の研究はどんどん社会から離れて抽象的になっちゃう。だから社会的な有用性と結びついた方が、より健全な状態で維持されると思う」と言う主張をする。

・進化論のウォレスも「科学や技術は、政府が保護するのではなく、公開の自由な競争をさせた方がより大きな成果を生む」と反対した。

・ケルヴィンは科学に対する政府の支援について反対はしなかったが、研究と科学を分離すると実験器具を別に揃えなくてはいけないので資源が無駄になると主張した。

・教育と研究が完全に分離するのは20世紀に入ってから。


第3章 科学者精神とは
 第3章をひとことで言えばマッハVSプランク。

マックス・プランク
 講義が多くて研究時間が削られ大変だった。理工学的な講義を力学、流体力学、電気力学、光学、熱力学、分子運動論、熱、放射と教科分けしたのはなんとこの人。科学が社会から隔離される制度的科学を主張。
 物理学者は現代の為とか束の間の成功のために働いているのではなく“永遠の為に”働いているというスタンス。本質主義者。コンサマトリ―。芸術家気質。一般教育では問題解決におけるメンタリティを養え。

エルンスト・マッハ
 科学精神というメタ理論を提唱。歴史的、批判的精神を強調。これまでの科学の見解には「あんまり根拠がない」と、次々に根本的概念の欠陥を指摘=批判的実証主義。
 また経験主義的知識論者なので社会に積極的に関わり啓蒙を試みた。例えば科学を専攻していない学生にも科学精神を普及させようとした。科学精神で一般市民の力(アベレージ)を向上できる!と考えていた。
 物理学の目標は人間の思考を人間の身体的経験に適合させることであると主張。インストゥルメンタル。職人気質。一般教育では技術を養え。
 マッハはいかなる専門職の利益集団の代表でもない自由人で(アンチエスタブリッシュメント)、社会のエリートとしての自覚もあった。

・世紀の変わり目に「永遠の真理の探究」と言う科学観が揺らぐ。若者は「現実の代わりに理想を、事実の代わりに世界観を、認識の代わりに体験を、専門家の代わりに全人を、教師の代わりに指導者を」と救世主を求めていた。それに対するマックス・ヴェーバーの突っ込み→「日常へ帰れ」

・合理論と経験論
合理論・・・デカルト的。自然(外界)に基準を置く。眼前の世界の裏にある普遍性を探求。合理を支える実在を前提にする必要あり。=コギトエルゴスム

経験論・・・ベーコン的。人間(内界)に基準を置く。役に立つかどうかで科学を判断。実在を前提にする必要はない。イドラの虚像、反形而上学、反実在論、オッカムの剃刀。


第4章 制度科学のエートス
 第4章はそんなに長くない。一言で言えばポパーVSクーン。

カール・ポパー
 科学はそれを反証する現象が出てこなくなることで完成する。客観的実在性を主張。科学理論の実在論。
 ポパーの時代の科学=制度科学。革新精神としての科学ではなかった。それをふまえた上でポパーは科学者魂を体現する独立な個人の集団として制度科学が成立することを見ようとしていた。おそらく個々人の自由意思を支持していたんでしょうね。

トーマス・クーン
 人間の自由意思よりも人間同士の相互作用を重視。パラダイムシフトを提唱。科学理論の社会構成論。国家目標を意識していた冷戦の後にはクーンが思い描いた光景が現実に。制度科学全体がダイナミックに変容した。

・世間は制度科学を批判精神の集団とは見ず、ノーベル賞を目指して成功を競いあう才人の集団とみなすようになった。

ロバート・マートン
 科学者における4つエートス(習性、気風のこと)を提唱。公有性、普遍主義、私利私欲からの解放、系統的懐疑主義。
 科学における引用度調査(科学雑誌などでたくさん引用されているほどその研究業績の影響力は大きいという考え方)もマートンのアイディア。


 ・・・ええと、とりあえず今回はここまで。また停電時にゆっくり読み進めてみようと思います。この本ってなんか科学史版『ソフィーの世界』っぽいよな・・・

漫画についていくつか

 漫画のカテゴリの記事をいくつか見てもらえば分かると思うのですが、基本的に私のブログでは他の人の漫画についてあまり感想などを語りません。
 それはやっぱり私も素人ながら漫画を描くので同業者の人についていろいろ言うのはどうなのかな・・・って思っているのと(これはちょっと嘘なんですけど)、そもそも私があまりたくさん漫画を読まないことにあります(こっちのほうが真実だったりする)。
 ただK氏のように、広く浅く的なファンではないとはいえ、私は特定の作品にハマってしまうとその作品を構造レベルでメタメタに遊び倒す習性があるので、どちらかというと「狭く深くの漫画ファン」である気もします。『ちびまる子ちゃん』なんていくらでも語れます。

 なんにせよ、まあ、そんなスタンスの私だったのですが、最近禁を破ってしまいまして、それがアニメの「魔法少女まどか☆マギカ」なんですけど、なんというか、ルイス・キャロル作品の考察にハマっていた高校時代の熱さが戻ってしまいまして・・・いい歳して情けないよあたしゃ。
 ・・・てことでツイッターで「魔法少女まどか☆マギカ」を語りつくしたのがこちらです。

 さてツイッターで驚いたのは、アニメや漫画、そしてライトノベルと言ったサブカルチャーに詳しい方が想像以上にたくさんいることと、そういった方々がこれまた想像以上に創作活動にいそしんでいるということ。日本ってこんなに漫画イラストが上手い人がいるのかよ!私の漫画の絵代わりに描いて欲しいよ・・・
 岡田斗司夫さんは「今のオタクはただの消費者化して創作をしなくなった、だから今のオタクはダメになった」と『オタクはすでに死んでいる』で論じていましたが、いやいやまだまだオタクは♪元気元気~ご心配なく~(c)所ジョージですよ。
 だから大学でもなかなかできなかったディープな作り手的トークがツイッターではできて、いや~私って幸せもんだなあって思っている次第です。
 大学は大学でプロの美術鑑賞学の先生と議論できて楽しかったのですが、なにしろツイッターは全国のオタクやマニアと関われるのでスケールが違いますよね。古生物ファンとかもうディープきわまりないって感じですよ!w

 そういえば私は今年の夏から長編漫画をデジタル入稿しなければいけないのですが、デジコミの知識が全くありません。で、ツイッターで調べたところ、今のデジコミでは最低800dpiの解像度がなければいけないとのこと(基本的には1200)。
 ・・・最低で800!!??私たまげましたよ。というのは私は漫画の原稿を300dpiでスキャンして、それをさらに圧縮してサイトに載せているのですが、300って実は絵のサイズ的には相当でかいんですよ。
 その三倍近くを最低でも取らなければいけないって・・・私のパソコンの処理限界を超えます。
 これはあれか?私のパソコンも進化(=買い替え)の時なのか?だいたいそんなに奇麗に撮ってポスターにでもするのかよって話なんですけどね・・・
 350dpi以上あれば十分って聞いていたんですけど、もうその頃よりもパソコンの性能がとんでもなく向上しているんでしょうね・・・

 最後にサブカルチャーである漫画やアニメがもはやこの国では大いにハイカルチャーであるというテーゼについて。
 私は基本的に漫画やアニメは芸術だったりハイカルチャーであるとは考えていません。理由は、もうこのブログでも何度も繰り返していますが、漫画(やアニメ)はハイカルチャーへの反骨精神で育ってきた文化だと思っているのと、漫画やアニメでハイカルチャーと呼ばれるものは全体のほんの一握りであるからです。
 つまりサブカルチャーである漫画アニメの一部にハイカルチャーにも匹敵する作品があるからと言って、すなわち漫画やアニメが=ハイカルチャーとは言えないのではないか、逆にハイカルチャーであるはずの文学もそのほとんどがハイカルチャーに値しないのならば、それはサブカルチャーなのではないか。
 とするならば「文学だからハイカルチャー」「アニメだからサブカルチャー」っていう区分はもはや意味をなさないという気もしますけれど、まあ解りやすいし、どんなに高級食材を使ってもハンバーガーはやっぱりB級グルメであるように、漫画やアニメはサブカルチャーとしてのプライドを持てばいいんじゃないかなあって。
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