ぎゃあああ

 論文のデータが壊れた!これが情報技術依存型社会の弊害か!この前加筆したところ書き直しだよ、いやんなるなあ・・・
 そういえば『ジュラシックパーク』てコンピューターを使ったエポックメイキングな映画として有名ですが、あの作品のテーゼってコンピューターテクノロジーによる管理主義批判なんですよね。やはり日本が「ニューアカだ!これからはネットでスキゾフレニー!」と、のたまっていた89年にその問題点を突くとは、さすがクライトンは鋭いです。
 私も今回ワードにやられましたよ。まあマルカムに言わせれば「だが、マイクロソフトは人間を食ったりはしないぞ」ってところか。
 うん、生きてりゃまた書ける!でももう発表!

あれはカウンセリングじゃないだろ

 お笑い芸人ナインティナインのテレビ番組で、男性芸人三人を女性カウンセラーが心理分析し、誰が一番結婚が遠い人(要はダメ男)かをランク付けするっていう企画をやっていたんですけど、あれは「カウンセリング」の名を借りた、中学校女子の「ホントこういう男子ってダメよね~」っていうジェンダー的なお喋りですね。
 あの番組でやっている事は、それくらいのレベルで、まあ女の人が見て楽しむ分にはかなりスカッとするとは思うんですけど(別にしないか)、「あなたは女性を信じられないの?」とぼろくそに心理分析(?)されてしまったナイナイの岡村さんが(番組の演出でしょうが)ちょっとへこんだり不機嫌になったりしているのは、見ていて痛々しいものがありましたね。
 あれはクラスの女子に「え~マジ信じられない、あんたとは結婚したくないわ~」ってからかわてるのと同じなんだけど、相手が心理カウンセラーという肩書だと、その人の主観じゃなくて、学術的な客観的指摘だと思えてしまって、反論も出来なくなってしまう。こんな強力ないじめはありませんよ。
 ここら辺は海外ドラマ「ALF」でも「心の中をのぞいて見たい」って回でかなりシニカルに取り上げているので、ぜひご覧ください。
 あ、ちなみに本職のユング派のカウンセラーの方とは、かなり親しくさせてもらいましたけど。その人自身が「心理学なんてかなり胡散臭いよ」って言ってたのが印象的でした。さすがユンジアン。
 
 で、話を戻しますけど、傍から見ててあの心理分析(もどき)は、明らかにあの女性カウンセラーの主観的な男性観だろうし、本気でとるのが野暮ってことなんでしょう。
 でもやっぱ「カウンセラー」って肩書名乗るなら、プロとして責任持った発言をしてほしいな・・・いやバラエティ番組だから、あれでいいんだろうけど。

 NHKの「サイエンスZERO」みたい番組はともかく、バラエティ番組のああいう専門家って、ビートたけしさんが言うように、いわば「テレビの的屋」みたいなもので、かなり胡散臭いんですよね。
 最近胡散臭いな~って思うのが、脳科学者の茂木健一郎さんで、高校生クイズでもなんでも「脳、脳」言ってて、「そんなに脳科学って単純な話じゃないだろ!」って思っちゃいます。コラムでも論じたように、科学ってしっかり理屈を理解するのはかなり面倒で、バラエティ番組などでは、「編集」の名の下に、理論的な説明がバッサリ省かれちゃうんですよね。で、ああいう「理論なき科学」を振りかざす「バラエティ番組適応型科学者」が発生するんですけど。
 まあ「テレビは肩ひじ張らずに見ていたい」「面白ければ、小難しい理屈はいい」って視聴者が大多数だろうし、儲かればいいのか。

 私が「人間理屈じゃないんだな~」って思うのは、実はある経験に基づいていて、高校生の頃文化祭でdescf氏がボードに手相なんてまったく知らないのに“それらしい”手相の図を描いて、インチキ手相占いを始めたんですけど、すぐ飽きちゃって、私がその占いの椅子にたまたま座っていたんです。私は生徒会をやっていて、いろいろ運営が忙しくて、すごい走り回っていた記憶があるんですけど、その時は多少時間があいて、疲れて座っていたんだと思います。
 そしたら女の子が「占いやってないんですか?」ってやってきちゃって、急遽私がインチキ手相占いをやるはめになったんですけど、まあ口から出まかせで適当なこと言ってたんです。
 まあいろいろそれらしいこと(貴方の手相はかなり珍しい!とか。ウソばっか)言って最終的に「幸せになれる」とかうまくまとめてたんですけど(だから見た人全員結果が「幸せ」)、そんなインチキにお客さんがすごい喜ぶんですよ。
 見れば女の子が列をなしていて「手相占いっていい商売だな~」と(お金は取っていませんが)。これからの人生で、握手会でもやらない限り、あれほどの女性の手を触ることももうないでしょうね。

 で、何が言いたいのかって言うと、それがいくらまやかしでも、それによって幸せになれる人がいれば、胡散臭くてもいいのかな?と。でも手相占いの本職の人はお金取るわけだし、双方の合意が成立した「詐欺」なのかな?やっぱり。

ハーバート・リードの生い立ちについて

 今回は『芸術による教育』の作者ハーバート・リードの生い立ちについて文章化します。

 詩人、そして美術評論家のハーバート・リードは、1893年12月4日にイギリス、ヨークシャー北東部の農場の子として生まれました。リードが生まれた農場では作男5,6人とメイド2人、家庭教師を雇っており、イギリスの階級で言えば中流クラスではあったものの、リードが9歳の頃、父が熱病で亡くなり屋敷の財産は売却、リードは孤児院へ入れられます。

 7歳にして本の虜となった読書家のリードは、中学校を卒業するとウェストヨークシャーの都市リーズで母親と同居します。
 この頃のリードは、医者を志望しており、夜間学校に通い英国陸軍軍医部の地方守備部隊に入隊しています。アナキストとして知られるリードですが、十代では保守党にも参加していました。
 15歳でリードはリーズ銀行に就職。その三年後リーズ大学に進学します。大学では英仏文学を学び、この頃には軍医部の仕事は自分にとって無意味なものであると悟り、大学の将校訓練隊に転向しようと考えます。
 内気な性格のリードは、大学では友達が出来ず孤立していて、その代わりたくさんの本と出合います。その中でもリードが大きく影響を受けた本が、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』で人間の大きな課題はニヒリズムの克服であるというニーチェの論考をリードは支持することになります。

 リードが20歳になった時、第一次世界大戦が勃発。また母親が亡くなります。しかしこの年の学生会館の討論会にて、リードは自分の意見を支持してくれた生物学部の女子学生と出会います。その後親しくなった彼女と手紙のやり取りを続けることになります。
 一年後、将校訓練隊に転属したリードは歩兵隊の少尉に任命され、第一次世界大戦に本格的に関わることになります。
 この時リードはまだ呑気に戦争に冒険的ロマンスを抱いていたのですが、ノース・ライティング連隊グリーン・ハワーズ大隊に配属されたリードは、そこで労働者階級の兵士の生の姿を知ることになります。新聞が報道するような崇高な精神的動機で入隊している人はほとんど見られず、貧しい労働者階級の彼らは妻や実家に仕送りをするために入隊していたのです。
 リードは、もう一つ戦争の現実を知ることになります。それは、一部の将校の横暴さであり、また学級委員長気取りで威張っている、パブリックスクール出身の下位将校ともウマが合いませんでした。

 リードは小さな頃から妹を亡くしていて、21歳の時点では両親も失っている苦労人なのですが、どこか呑気なところがあって、野営を無料で旅行できる休日だと勘違いしていたり、相変わらず本が大好きで、英国を辛らつに批判している『エレフォン再遊』や革新的な雑誌『新時代』を隠れて読みふけっていたりしていました。
 この読書家ぶりは戦地に赴いても変わらず、塹壕に本棚を作り、本を読んで感じたことや考えたことを仲のいい女子学生に手紙で伝えたり、ドイツ軍の捕虜にニーチェについて尋ねたり相変わらずのマイペースを貫いていました。この時社会主義にも影響を受けています。
 もちろんリードは戦争で多くの悲しみにも直面しています。その最大の悲劇は弟の戦死でしょう。しかしニーチェの強いニヒリズムに影響を受けていたリードは、戦争を愚かな殺し合いと憎みながらも、戦争において戦友と築いた人間関係は、市民生活の比ではないと言い、戦争は詩人としての文学的経験にはならなかったが「当時のような友人を私は後にも先にも持ったことはない」と振り返っています。

 第一次世界大戦を生き延びたリードは、勲章を授与されます。戦争が終わったら作家活動を積極的に再開しようとの思いをふくらませていたリードは、戦後、軍を離れ労働省に就職します。そこで作家人生としての挫折を味わうのです。役所勤めは性に合わない上に多忙で予定していた詩や小説がなかなかはかどらなかったのです。

 そこでリードは28歳の時に公務員という安定した職を棄て、収入を大きく減らすもののロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館に転属します。博物館勤務の方がまだ自分には合っていると思ったのでしょう。この時の決断がリードのその後の人生を大きく変えることになるのです。
 博物館でステンドグラスや陶器の分類を研究したリードは、観念的な芸術作品よりも無意識的に作られた作品の方が時代を反映している事に気付き、美術史と美術評論の仕事と関わりをもつようになります。この仕事があまりに面白過ぎたと言うリードは、結局自身の作品の執筆に時間が取れず、ロマン主義の詩人としてではなく、美術評論家としてのキャリアを積んでいきます。

 30代になったリードはフロイトの精神分析に大きな衝撃を受け、その理論を美術評論に用いるようになります。1925年の1月には雑誌『クライテリオン』に「精神分析と批評家」という記事を投稿しており、その影響は『芸術による教育』においても受け継がれています。
 1931年にはエジンバラ大学の教授に就任。翌年にはリーズより名誉文学博士号を授与されています。
 エジンバラ大学の教授職を終えた1933年からは、ロンドンを拠点にモダンアートの作家たちと交流。1936年には「ロンドン国際シュールレアリスト展」の企画者として参加しています。
 この頃のリードは反戦思想家としても活動しており、1937年にはファシストのスペイン侵攻に反対する国際平和キャンペーンに署名し、ピカソの「ゲルニカ」のロンドン展の副委員長を務めています。

 そして1940年、リードが46歳の時、ロンドン大学のレオン特別研究員に任命。教育制度における芸術の位置づけを研究し、その研究をまとめたものこそ1943年に出版された『芸術による教育』なのです。

漫画原作に挑戦

 今日は、漫画賞獲得を目指す後輩Tさんのネームを見せてもらいました。一言で言って、この進歩のスピードはすごい。この前のネームよりもめちゃくちゃ面白くなっている。

 胡散臭い私のアドバイスをここまで積極的に取り入れてくれるとは、嬉しいと共にけっこう意外でした。「本当にこのネタ使ってくれた」と。
 私なんかひねくれているから、人に言われたとおりにやるのが「ちょっとしゃくだな」ってなるけれど、この人は素直なのかバシバシ自分の武器として吸収してしまう。このエネルギーは正直羨ましいし、少年漫画が若い人材を欲しがる理由も分かります。伸びしろがやっぱり若い人の方があるんですね。

 というか、ちょっと粗削りだけどマジでこれ面白いので「こいつは金になるぞ」と、ジュラシックパークの強欲弁護士ジェナーロのごとく、私もこの企画に原作として乗らせていただくことにしました。
 Tさんは、とにかく絵が少年漫画的で巧く、力強い!特に生き生きとした表情を描く力は天性の素質がある気がします。絵の才能がある人ってこういう人なんだろうな。

 で、この画力は構成力さえつけばとんでもない演出力になると思うんですけど、なにぶんTさん今回で漫画制作二作目なんでコマの入れ方に多少難があってもったいない。実に。
 まあ、そう言った技巧的なものはTさんの力量なら、何作も描くうちにいずれ習得出来ちゃうと思うんですけど、せっかくいいもの持ってるこの作品を、このまま中途半端にしてしまうのも、もったいないので、「ぜひ細かい修正は俺にやらせてくれ!」とネーム制作に立候補してしまった・・・Tさんも快諾してくれたので、私がストーリーとコマ割り、Tさんが原案、キャラクターデザイン、作画ということで、ネームを貸していただきました。

 こういう若い人と組むって言うのもなかなか刺激的でいいですね。とりあえずTくんのネームの細かな補正は、論文完成後ただちに取りかかろうと思います。賞狙いたいですね。

美術教育の二つの側面

 論文に先生の添削が入り、そもそも論文自体も100枚以上あって、なかなか仕事量が思っていた以上に多いです。
 私は自分の意見がモヤモヤしちゃって煮詰まると、数行書くのにも何時間もかかってしまうタイプで、「美術」という、言語表現とは基本的に無関係な視覚的表現による教育論を、文章化するのは、なんというか現場からどんどん乖離しちゃっているような気もして、空理空論を振りかざしているだけにならないだろうか、とかなり心配しています。
 図工や美術は学校にとりあえずあった方が楽しいんじゃないの?とあっけらかんに言う、周りの友人の意見の方が、私は現場を反映しているような気もします。
 人格陶冶?そんな小難しい理屈はいい。人生楽しきゃいいじゃん、みたいな。

 先生の添削でいくつか為になるものがあったので、少し紹介。
×「近い将来、初等教育に積極的に導入されていくであろう英語科・・・」(私の原文)
○「間もなく、初等教育に導入される外国語活動・・・」(先生の添削)
 えええ、もう小学校で英語やるのは確定なんですか!教育実習以降、学習指導要領の改定版とかほとんど読んでなかったんで、知りませんでした。

「美術教育は言うまでもなく「美術の教育」であるから・・・(略)「豊かな情操を育てる」という目標は、直接的には美術とは関係のない教育目標・・・」(私の原文)
「明らかな誤り。美術教育には「美術の教育」と「美術による教育」がある。この文は美術教育=美術の教育のいう前提での議論なので、その前提そのものを見直す必要あり。」(先生の指摘)

 つまり美術教育には、「美術の教育」と「美術による教育」が、(先生の言葉を借りるならば盾の両面のように)常に併存している、と。それを前提に議論を組み立て直さなければなりません。
 「美術の教育」と「美術による教育」ってなかなか微妙な表現なので、ここは先生が著書で用いた「エッセンシャリズム」と「コンテクスチャリズム」に置き換えた方が、むしろ明確に区別しやすいかもしれません。

「エッセンシャリズム」・・・美術活動の持つ他(の教科)には変えられない固有の意義や価値を強調する立場。造形や美術に対する知識や技能の習得を一義的な目的とする。

「コンテクスチャリズム」・・・美術教育が果たす社会的な役割や個人の人格形成に果たす役割を強調する立場。美術における付加価値的機能を重視。
(宮脇理監修『小学校図画工作科指導の研究』建帛社 2000年 より)

 美術教育の議論はこの二つの側面があることを前提とするならば、私はコンテクスチャリズムをスルーして議論を展開していたことになります。
 でも、このコンテクスチャリズムって学習指導要領を見れば、どの教科にも言えることなんで、それで割愛していたんです。
 美術教育の、学校教育における重要性や必要性を論じるならば、エッセンシャリズムを強調する方が説得力があるような・・・でも違うのか。「美術教育は場合によっては、他の教科よりも人格形成に果たす役割は大きいよ」ってストラテジーもあるのか。

 「しかし、もちろん美術による教育は=情操教育ではないので、文科省の考えのような、美術や図工の教育を情操教育に収斂させてしまう考え方がおかしいことは同感」(先生の指摘)
 なかなか微妙な問題なんですね。エッセンシャリズムとコンテクスチャリズムのバランスが重要なんですね。でも程よいバランスってどの程度なんだろう・・・

 私はコンテクスチャリズムはあくまでも美術教育の「付加価値」の話だから、とりあえずエッセンシャリズムをないがしろにしちゃいけないとは思いますが・・・さて、どう結論づけよう。
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