便利じゃん!

 「タモリ倶楽部」で大学生が作った「まるっきり無駄な発明」を取り上げてましたが、ある女子学生が作った、鉛筆の芯だけ削らず、その周りだけ削り取る、カッター部分を短くした鉛筆削り…デッサンする時、超便利じゃないですか!

 鉛筆デッサンってああいう風に、変な鉛筆の削り方するんですよね。芯の腹で大きな面を塗っていくから。私、ああやって芯だけ残すように、うまく鉛筆削れないから、あれ売ってたら買うなあ。大学一年生の人が作ったものだし、私でも作れるかなあ。

マンガの読みやすさについて

 昨日大学の人に漫画のネームを少しだけ見せていただいて、いろいろ意見を聞かれたのですが、私は自分の漫画を最近描く暇がなくて、もっと自分の漫画に照らし合わせながら実例を示せればよかったと思ってます。反省。
 漫画描かない奴に偉そうなこと言われたくないですよね。「そこまでいうなら、お前描いてみろや!」って。
 でも今は本当に漫画描く時間的余裕がないんで、すいません。来年は私も描きます。

 素人の私が偉そうに言える立場じゃないのですが、「こういうことをやりがちだよな」って言う注意しなければならないことをまとめておきます。私も心得なければ。

1.メインキャラの数が多い(誰が主人公か分からない)
2.設定の情報量が多い
3.その設定を、ほとんど文章(セリフなど)で説明してしまう。
4.最初の3ページで読者をひきつける。

 まず1についてですが、45ページの短編ならば、メインキャラを3人も4人も出すと、物語が収拾付かないので、主役と敵(ライバル)、もしくは主役と好きな子、というように主に二人のドラマに絞ったほうがいいと思います。
 そして主人公はもう一方のメインキャラを「触媒」として(ライバルはタンパク質理論)成長していけばいいんじゃないでしょうか。
 けっこう日本ってアメリカに比べてキャラクターが「変化=成長」していく話好きなんですよ。アメリカのアニメなどは同じことやってるけど。ワイリーコヨーテいい加減ロードランナー捕まえてよ!みたいな。
 
 2は、自分の漫画を(言葉悪いですが)「とんでもなく頭の悪い人」に読ませるつもりで描いたほうがいいと思います。頭の悪い人は、そんないくつも設定を次々に提示されたら付いていけません。
 初心者はとりあえず、「現代劇」を描いたほうが失敗しないと言いますが、その理由はファンタジーと比べて、世界観の設定を説明する必要がないからだと思います。

 3は、「漫画は絵と文のメディアなんで極力絵で伝えられるところは絵で伝えてください」と昔ジャンプの担当者の方に言われたことがあります。
 私も言葉で説明しがちな人間なんで、克服しにくい問題です。

 4は、ちょっと異論があります。マガジンの担当者に「プロの漫画家の作品は必ず3ページまでで読み手をひきつけるよ」って言ってたのですが、私はプロの作品だろうとたった3ページだけじゃひきつけられない!
 で「どの作品(作家さん)が最初の部分で読者をひきつけるのうまいですか?」って聞いたら「どの漫画も大体うまいですよ」と無責任な返答・・・(笑)
 私なりに考えてみたのですが、「3ページで読者はひきつけられる」のでなく、「3ページまでで、その作家の力量がわかる」ってことじゃないかと思うんです。
 絵にしろ構成にしろ、演出にしろ。最初のレベルを見れば、続きも大体そのレベルでしょうし。長編などは別ですが。
 漫画も第一印象が大切なので「最初のほうは特に力を注ぎこめ」くらいのことなのかなあ、と考えています。

 最後に、かつてKO氏と話していたことをちょっと。「面白い漫画は(ページの割に)短く感じる。つまらない漫画は長く感じる。」
 名言だと思います。「え~60ページもあるのに、もう終わっちゃった。」そんな漫画を描いていきたいものです。今は論文の締め切りに追われて、それどころじゃないですが。

小さなツリーと大きなリゾーム

 ハーバート・リードの教育モデルは、ヒエラルキーというより、樹形図や系統樹のように解釈すればいいみたいですね。確かに系統樹なら、上のほう(バクテリア)が偉いってならないですもんね。
 でも、こういう秩序だったシステムって、教師たちが無意識のうちに階級を形成してしまう恐れもあるような…隠れたカリキュラムってのもありますし。教育って難しいなあ。

 話は変わって、やはりポストモダン思想は本で読むより、その時代を経験している人に聞いたほうが、早いですね。
 「合理的な資本主義批判→理想主義的な社会主義→冷戦終結=大きな物語の終焉→小さな物語の時代、ポストモダン思想」
 うろ覚えですけど、先生の話をまとめれば、こんな流れでしょうか。

 しかしポストモダン思想はやっぱり間違っている。普遍的な「大きな物語」なんてものはもともと無いし(「ポストモダン思想の重大ミス?」の記事を参照)、逆に「リゾーム」てのは昔からあったんです。
 リゾームの考え方自体に文句はありません。問題はその使い方です。大きな物語が終わって、人々の価値観がリゾームになるなんて大ウソで、もともと大衆の心理なんて、みんな自分勝手で無秩序(リゾーム)だったんです。
 近代までが、普遍的で秩序だった「ツリー」で、ポストモダンが、相対的で無秩序な「リゾーム」ではないんです。

 どんな時代も、一部の特権階級、インテリ層の「小さなツリー」の下に、無教養な大衆の「巨大なリゾーム(地下茎)」が存在しているだけなんです。
 無秩序な巨大な根茎を、小さなツリーがなんとかシステム化しようと画策しているのが、我々の社会構造の真実だと思うのです。

ハーバート・リードの教育モデルについて

 お、おもしろい…!ハーバート・リードの『芸術による教育』は一冊の本が、まるで調和のとれた優れた芸術品のように秩序立った構造になっているんですが、こんな本を第二次世界大戦中に2年足らずで書いてしまうとは、なんて人だ。

 ハーバート・リードについては、私は『自伝』も持ってるんですけど、第一次世界大戦に士官として従軍、塹壕の中に本棚を置いて読書してたり、ドイツ兵の捕虜に「ねえ、ニーチェって本国の人から見てどうなの?」と尋ねたり、とにかく読書馬鹿(笑)。
 ロマン主義的な詩を書いていただけあって、すっごいロマンチストかつ理想主義者で、戦争で例え敵でも人を殺すことができなかった人。
 パブリックスクール出の将校が、労働者階級の部下をいじめてるのを見て、いけないな、と思いながらも、自分も怖くて敵国の学者が書いた論文を隠したり…
 この人自体は結構自分が指揮する小隊の兵士に好かれてたみたいですね。いい人そうだもん。ちょっとぼんやりしてるけど。

 話がそれましたが、何が面白いかって『芸術による教育』の「第7章――教育の自然な方式」の「12中等教育」です。
 リードは「学校教育の基本は美的であるべき」として学校のカリキュラムを演劇、デザイン、ダンス、工芸の四つの美的な活動に、かなりラディカルに再分類しちゃったんですけど、つまり子どもの自然な発達には、「理性」だけでなく、美的な造形感覚に基づく「感性」も重要で、その理性と感性のふたつが調和がとれた時こそ、子供の自然な発達であるという考えなんです。
 そのあるべき精神的な統合は、一方的に教師の言うことを聞いているのではなく、極めて子どもの自主性と創造性を重んじた、「芸術教育」によってのみなされると持論を展開し、そこは私、芸術マニアではないんですけど(「お前ら凡人とは違う」とか言う作家ぶった人嫌いだから)大いに納得できるんです。

 すごいのは、彼の言う「芸術教育」のスケールの大きさで、すべての教育(全教科、道徳、特別活動も)は芸術的な活動に収れんされると言っているわけです。
 これは他の教科より図画工作や美術がすごいって言ってるわけでは決してないんです。そんなこと言ったら、他の教科の先生いい気持しないでしょう。大丈夫です。もっと図々しくて凄いこと言っているから。

 リードの言っている「芸術教育」とは決して現在行われているような「図工」などの、いち「教科」ではなく、「学校教育全体のありかた」なんです。
 数学も理科も社会も体育も、全てが芸術的であるような教育システムってことなんです。
 だからリードの中等学校(イギリスにおける中学校にあたるもの。イギリスの教育カリキュラムは日本よりも多様)のシステムの案はすごい(笑)。
 
 これまでその自身の理論を、他の研究者の引用や批判で補強しながら、かなりのページを割いて述べてきたんですけど、とうとうここに来て「具体的なモデル」を提示してきた。
 それが、もうぶっ飛んでて面白い。校長をもとに、四人の「方式教師(このネーミングセンス最高!)」を置いて、演劇、デザイン、音楽、工芸という四種の主要な活動をそれぞれ担当させます。その「方式教師」の下に、それぞれ複数の「助教師」を置き、彼らが学級のグループの先頭に立ち、グループのまとめ役になると。
 例えばデザインの方式教師の下にいる助教師は絵画の先生が、工芸の方式教師の下には科学の助教師、音楽の方式教師にはリトミックの助教師、演劇の方式教師には文学の助教師などがそれぞれ就くわけです。

 …こんな組織どっかで見たな…軍隊じゃん!
 あんなに全体主義国家を非難し、それは知識のみを詰め込む、子どもの自然な発達を阻害する、現在の教育システムのせいだ!と新たな教育モデルを模索したのに、なんでヒエラルキーぽいシステムを作っちゃうんだろう?
 これは、大学の先生に絶対聞かなければいけない。明日のゼミで尋ねてみます。どういう解釈を先生が提示してくれるか…ではまた明日!

ポストモダン思想の重大ミス?

 毒舌でおなじみ、ビートたけしさんが著書でこんなようなことを書いていました。「チーマーとか作ってつるむの奴ってのは大抵馬鹿なんだ。賢い奴はチーマーなんてやらない。できるわけねえんだ。絶対数が少ないんだから」
 このたけしさんの話を、大学の先生に私が引用したら先生も爆笑していたなあ。

 なにが言いたいかというと「本当に賢い人って全体の一割くらいだ」ということです。
 「んなことないよ!なにをもって"賢い”って言うかだってわからないじゃん!」…そういった意見も出るでしょう。ごもっともだと思います。
 でも、ちょっとそう仮定して話を進めさせてください。

 浅田彰さんは「カントが真善美という概念(真理)にメスを入れて解体しちゃったのが近代で、誰もが共有できる価値観は、現在消失してしまった」とポストモダン思想を論じているのですが、私が思うに「誰もが共有できる価値観」なんてもともと無かったんじゃないか?と思うんです。

 古代ギリシャから近代まで、学問に没頭できた人はある特権階級の人のみで、そういう賢い人たち”だけ”で、学問の世界は成り立っていたからこそ、「おれたちの真理は共有できる」と己の哲学の普遍性を疑わなかったのではないでしょうか?

 それが現代(近代以降)になって、かつては学問とは無縁な大衆も、義務教育で半ば強制的に教養を叩き込まれることになった。でもほとんどの人が、そんな日々の生活と切り離されたどうでもいいことに興味もない人種だから、賢い人が考える価値観なんか理解できない。

 それを「近代以降、普遍的な価値観はなくなっちゃったよ~」と賢い人が勘違いしているだけなんじゃないかと思います。もともと古代から中世、近代も民衆は無知で日々食っていくので精いっぱいで、普遍的な価値観なんて小難しいこと共有できてなかったですって。

 んで、ポストモダン思想もソクラテスのように「やっと"知らないってこと”を知った」くらいで留めときゃよかったんですよ。「今まで普遍的な真理だと疑いもしなかったものが、幻想である可能性を知った」と。
 大きな矛盾は「普遍的なものは何もない。だから何でもありで自自由に生きよ」なんて価値観だって共有できない、というパラドクスに陥っちゃうってことです。
 「それ(普遍的な価値観はないというテーゼ)がポストモダン思想の普遍的な価値観です」って言っちゃうと、「じゃあ普遍的な価値観あるじゃん」って言われてしまう。
 「ポストモダン思想の考え方も共感する人だけが使えばいい、選択肢の一つだよ」ってことなのかな?

 だとしてもそんな思想、やわにも程がある。今こそポストモダンなんて甘ったるい思想から脱して、もう一度普遍的な価値観を模索するときなんじゃないんですか?
 私、構造主義のレヴィ=ストロースやフーコーとか結構好きなんですよ。思考の仕方がなんとも科学的で。ただ、彼らの流れを汲む、現代思想の結論が最終的に「価値は相対的」というポストモダン思想ってのが、おかしい!どっかで狂っちゃったんだと思います。

 そもそも科学だって「主体と客体は不可分だ」という近代以降の哲学と同じ結論に達しているんです。
 カオス理論、不確定性原理、量子の観測問題・・・科学のような哲学と、哲学のような科学がリンクしうるという、大変興味深い時代に生きていることに、私はワクワクしています。 
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