15.大きな変化は小さな変化の積み重ね

 さてラマルク説はワイズマンによって反証されたわけだが、次にキュヴィエの「神による天変地異モデル」の末路を見ていこう。

 キュヴィエの天変地異説に待ったをかけたのはチャールズ・ライエル(1797~1875)である。スコットランド生まれのライエルは、「イギリスの東大」オックスフォード大学(ちなみに京大はケンブリッジ)に入学、その頃に学者であった父の書斎で一冊の本と運命的な出会いをする。『地質学』。この本にハマったライエルは、オックスフォード大学の地質学部長だったウィリアム・バックランド(メガロサウルスの命名者でも有名)に弟子入りする。

 バックランドの指示によってスコットランドの地質を研究したライエルは、地質学に革命をもたらすある重要な説にたどり着く。
 それが斉一説である。つまり山や川といった地形の変化は、キュヴィエの言うような「神の裁きの大洪水」といった突発的な現象ではなく、日常的に繰り返される目には見えないほどの、ごく小さな変化の積み重ねによって起きているという説である。

 ライエルは伝説の武器「オッカムの剃刀」を持っていたので、キュヴィエの「ノアの洪水のような神の手による天変地異で地質現象を説明するのは、科学的ではない」とバッサリ。
 その後ライエルは斉一説の根拠を見つけるために、地質学者の同志とフランスの火山地帯オーヴェルニュへ調査に向かう。そこで川を堰きとめている溶岩を川の水が少しずつ削り取っていること(侵食)を発見した。
 しかしこの旅での観察結果を学会で報告したライエルは尽くバカにされてしまった。「ただの川の水が渓谷を作るはずないだろ~(笑)」と。ライエルに対する批判は一説には相当ひどかったらしく、これを聞いた師匠のバックランドもさすがに怒ったと言う。

 ただ、この出来事がライエルに火をつけた。ライエルはイギリスにイタリア、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、アメリカとこの時代の人には珍しく世界中を駆け回り、斉一説を裏付けるデータ集めに奔走した。
 そして彼の全三巻にわたる超大作『地質学原理』(1830~1833)を愛読し、世界周航の際「ビーグル号」にその本を持ち込んだ大ファンがいた。チャールズ・ダーウィンである。

14.ワイズマン博士の異常な実験

 ラマルクが唱えた「進化」は実際に起きている事実だ。彼が間違えたのはそのメカニズムの説明「獲得形質の遺伝」の部分である。

 ではなぜラマルクはこのようなモデルを考えてしまったのだろうか?答えは簡単だ。この当時に遺伝子と言う概念がなかったからである。世界が水、火、風、土という四大エレメントで出来ているとか公然と言われていた当時のフランスの科学を考えれば、逆によくまあそこまで頑張ったと思う。
 一世代の努力と言うスピリットが子どもに受け継がれてもいいじゃないか・・・?

 この獲得形質の遺伝が本当に起こるのか奇想天外な実験で検証した人がいる。それが医学者のオーギュスト・ワイズマン(1834~1914)だ。
 ワイズマンはハツカネズミの尻尾を何代にもわたってちょん切り続けた人で、尻尾を必ず失う環境にネズミを置けば、尻尾がないという獲得形質が子どもに伝わり、いずれ生まれつき尻尾のないネズミが誕生するのではないかと確かめた。
 しかし結果はそんなネズミは生まれなかった。この実験には、「ネズミが尻尾を失って何か利点があるのか・・・?そんな獲得形質はデメリットだったから親は子に遺伝させなかったんじゃない?」というような突っ込みもあったものの、ワイズマンが突っ込みどころ満載の実験で辿り着いた結論は、まさしく真理であった。

 ワイズマンは生物の情報は生殖細胞(子どもを作るときに使う細胞。精子や卵など)を経由して遺伝するという生殖質連続説を主張したのである。
 今考えれば、これは中学生でも知っている当たり前の話かもしれないが(生殖細胞は遺伝子の量が体細胞に比べて半分になるという「減数分裂」の名付け親もこの人)、遺伝について謎だらけだった時代においてワイズマンの功績はやはり大きい。大きすぎる。
 ワイズマンは生殖細胞は体細胞とはまったく情報が切り離されていて、世代から世代へ連続しているのは生殖細胞だけだと言いきった。
 つまり親の体の細胞がどんなに環境から影響を受けようと、それは決して生殖細胞には伝わらない(これをワイズマンバリアーという。必殺技みたいだが)。
 私たちが親から受け継ぐ形質についての情報は生まれる前から決定されている。
そう生殖細胞の中に・・・
 現在用いられているダーウィンの進化論のモデル「ネオ・ダーウィニズム」を正しく理解する上でこのワイズマンの主張は超重要事項。今のうちに要チェック。

 進化と言う現象はラマルクの言うような努力という意思の力によってではなく、生殖細胞の中にある遺伝情報がなにかのきっかけで変化し、そこで新しい形質が生まれている。これこそかの有名な突然変異である。
 オランダの植物学者ド・フリースがオオマツヨイグサの花のなかでひときわビッグな奴が混じっているのを見つけ、それを突然変異体と読んだのは1901年・・・20世紀に入ってからだった。

13.キュヴィエの執拗な攻撃

 ラマルクの進化論、キュヴィエの絶滅論が生物学に与えた功績は計り知れないものの、その理論の説明には問題があることを見てきた。
 これらの誤り・・・進化論では「獲得形質の遺伝」、絶滅論では「神の手による天変地異」なのだが、獲得形質の遺伝についてはワイズマン、神の天変地異についてはライエルによって後に反証されている。

 とはいえ彼らが発表した進化も絶滅も、その存在自体は反証されていない。メカニズムの説明の不備を訂正された形だ。
 ただ聖書の内容を信じるキュヴィエは、ラマルクの獲得形質がどうこうではなく、進化論“そのもの”を完全否定した。
 信仰心厚いキュヴィエは、当時の宗教的価値観が大きく覆る進化論に拒絶反応を起こしたのだ。
 これは別に不思議なことではない・・・ではないがその攻撃は執拗かつ過激で、進化論が正しいとされる現代で度々キュヴィエが悪役に描かれてしまうのはそのためだ。
 ただ『進化論の挑戦』の著者である佐倉統氏によれば科学者としての力量はラマルクよりも、キュヴィエの方がずっと上で、彼が手掛けた生物の門を四つに分ける系統分類は、いまなお有力な分類方法の一つとして用いられているらしい。
 なんにせよ佐倉さんが言いたいのは、ラマルクが「過去の生物は劣っていて、未来に進むにつれ優れていく」という直線的な時系列に沿って生物を置いたのに対し(だから進歩と混同する進化と言う概念を考えた。)キュヴィエは生物を並列的に、いわば平等に置いたので、その点は評価せよということだと思う。

 しかしとはいえ、進化論そのものを否定したキュヴィエの方が間違っていたことは事実だ。しかもキュヴィエはナポレオンとコネがあるのをいいことに、ナポレオンの前でラマルクの忘れたい過去・・・若い時に書いた気象学の論文の誤りを徹底的にこきおろし、ナポレオンのラマルクに対する心象をかなり悪くしてしまった。
 キュヴィエによってまんまとナポレオンはラマルクを「トンデモ学者」と思ってしまい、ラマルク本人に「キミは博物学をもう一度勉強し直しなさい」と屈辱の言葉を浴びせたという。ナ・・・ナポレオン~!

12.ラマルクの用不用説

 さて一方のラマルクは進化論のメカニズムの説明をどのように行ったのだろうか?よく言われるキリンの首の例えばなしで説明したい。

 昔々・・・首の短い原始的なキリンがおりました。

 この首の短いキリンたちは背の低い植物を食べつくし、とうとう残るは背の高い木の葉っぱしか餌がなくなってしまいました。しかしキリンの首の長さでは、その葉っぱに頭が届きません。

 「どうしよう!あんな高い所の餌は届かないよう!」

 首の短いキリンは「オレの首よ・・・もっと長くなれ!!」と高い場所の餌を取る
ために長時間首を伸ばし続けました。

 そんな何万年にも及ぶキリンの努力の結果、現在のキリンは長い首になることができましたとさ。

 めでたしめでたし。

 これがラマルクの用不用説と言うものである。つまりラマルクによれば、一世代内の生活において使用頻度の多い器官は発達し、少ない器官は衰える・・・その努力の蓄積が子孫に伝わっていくというものだ。
 この説明はキュヴィエのように神の存在を持ちだしていないし、一見とてもわかりやすい。それに日々の努力によって勉強ができるようになったり、筋肉がついたりするのは経験がある。

 しかしこの説明の大きなミスは、このような一世代内の努力によって得た形質「獲得形質」が子孫に遺伝することを前提としたモデルであるということだ。

11.キュヴィエの絶滅説

 ラマルクが博物館で研究をしている時、ドイツでは一人の学生がリンネの分類学の本に感動していた。
 ラマルクの永遠のライバル、ジョルジュ・キュヴィエである。社会人になったキュヴィエは貴族の家で家庭教師をしながら化石の研究にいそしんだ。
 そしてキュヴィエは古生物学者としてのキャリアを積んでいった。

 彼はリンネから学んだ分類学をさらに発展、古生物学に応用。生物の分類にかけて彼の右に出る者はいなかった。
 なにしろ時の権力者ナポレオンもキュヴィエの頭脳を信頼して莫大な権力を彼に与えていたし、ナポレオン失脚後も王室は彼を上院議員として迎えた。
 キュヴィエは化石オタクな医者が持ってきた、最初に見つかったとされる恐竜のひとつ「イグアノドン」の歯の化石をサイの歯と間違えたようだが、それでも古い地層には現在は生息していない原始的な動植物の化石が見つかることに注目していた。
 こんなキレ者でクールなキュヴィエを、何とかギャフンといわせたい!と思った学生が、角のついた悪魔の格好をしてキュヴィエが眠る寝室に忍び込んだという話がある。しかしキュヴィエは「角のついた動物に肉食動物はいない」とだけ言って再び寝てしまった・・・

 そして1795年・・・パリ自然史博物館でラマルクとキュヴィエは出会うことになる・・・

 永遠のライバル、ラマルクとキュヴィエ・・・彼らには皮肉な共通点がある。それはラマルクの「進化」もキュヴィエの「絶滅」も発想は見事だったがそのメカニズムの説明があんがいザックリだったということだ。

 とりあえずキュヴィエの「絶滅」から説明しよう。

 個別創造論においては神がつくった「生物」は完璧で、その種の数は過去も未来も増減しないということだった。
 しかし古生物学者のキュヴィエが研究した動物の化石は、どう考えても現在存在しない動物が含まれていた。
 それはマンモスであり、中生代の海のギャング、海生爬虫類のモササウルスであり、恐竜イグアノドンだった。
 個別創造説に固執する当時の研究者はマンモスもモササウルスも、生きたものがまだ発見されてないだけで世界中を探しまわればロストワールドがきっと見つかると言う、夢はあるものの苦しい言い訳をしていた。

 しかしキュヴィエは違った。その化石は大昔に滅んだ動物の痕跡であり、生物の種の数は絶滅によって減るのだと発表したのである。
 当時の価値観にしてみれば、これは神の完全性を根底から覆す暴論である。当然学会では大きな反響を読んだ。
 しかしキュヴィエは絶滅のメカニズムをこのように説明することによって批判を回避した。

聖書を読んでごらんなさい。そこには神が起こされた「ノアの大洪水」が書かれていますね。絶滅とはこの「大洪水」に他なりません。バベルの塔と言い、大都市ソドムとゴモラと言い、神は定期的に生物たちに裁きを加えるのです。

 つまり神の裁きによって一匹残らず死に絶えてしまったもの。それが化石でのみ発見される絶滅動物であるとキュヴィエは説明したのである。
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