“社会”人の絶滅

 中国の反日デモ(・・・の名を借りた国家体制批判)って、団塊の世代の人たちが若かった頃の日本の学生運動見ているようでなかなか興味深い。というのも若い頃に本気で自分たちの社会をよりよくしようと団結した経験が私たちの世代には無いから。
 大学時代も、周りのみんなは社会に対して何の問題意識も持たず「どうせ俺たちがなにしても社会は変えられないよ」とニヒルに振舞う人ばかりで、ちょっとつまらなかった。

 いや私は別に横断幕持ってみんなで行進したかったわけではない(お祭りとか嫌いだし)。ただ、せっかくのモラトリアム期なんだから、ただ惰性で授業に出て単位とって卒業しちゃうのはもったいない!
 もっと若さゆえの傲慢さ、社会経験がないことの利点?を生かして、現代社会の矛盾や問題点を偉そうに論考してやろうぜ!私は本気でそう思っていたし、教授の若い頃の話を聞いて、良くも悪くも昔の大学生はエネルギッシュでかっこいいなあって憧れてた。
 団塊の世代の人って大学進学率が今よりもずっと狭き門だったから、今の大学生よりも確実に教養もあったんだよね。オタクのように大学生の人口がどんどん増えてバカの割合も増えちゃったんだ。

 だからどう考えてもモラルを逸脱している人に対しては、教授だろうと真向から議論を挑み反抗して一人学生運動ごっこをしてみたんだけど、おかげで単位を取れずに7年も大学にいるはめになった。親にはいい迷惑だけど。そして一番大学を批判していた奴が一番大学にいたって言うのが皮肉な話。

 もちろん学生運動は美化しちゃうとまずいのは分かっている。運動って言うのはとどのつまり一部の中核にいる人だけが賢くて、周りは最終的には全体主義的な引力(「運動をやめたいだと?てめえ俺たちを裏切るのか」的な力)に引っ張られているだけって話も、前にdescf氏としたこともあるんだけど、それでも社会に積極的にコミットしようって言うスタンスには憧れを感じてしまう。
 私たちの世代は大きな物語への憧れがあるのではないだろうか?ない?あっそう・・・

 実存主義のサルトルは「人生なんて偶然性の産物で、ど~せ生きるも死ぬも不条理な確率の力に支配されちゃうんだよ」って言った。「人生で成功している奴って言うのは結局のところ運が良かったんだよ」って言うのと同じ論理だよね。
 ・・・確かにそうなんだけど、そんな事考えてちゃ夢のために努力することの意味性がなくなってしまう。でもそれは厳密には違うんだ。全てが偶然性ならその夢がかなうかどうかも分からないんだから。
 これはサルトルもちゃんと考えていて、ここで思考が終わると単に生きることが虚しくなるだけの野暮なニヒリズムになっちゃうから、それならば社会の進歩に人生をかけてもいいんじゃない?ってマルクス主義(社会が段階的に進歩していくという希望的観測)をみんなの生きがいにしようと呼びかけた(アンガージュマン=能動的な社会参加のこと)。
 しかし今はマルクス主義自体が廃れてしまった。あわれサルトル。やっぱり人生をかけるほどの社会的思想や実現すべき社会システムは、資本主義以降は無いのだろうか??なんかありそうな気もするんだけどね。民主的な社会主義とか。
 
 私は中学生くらいの時、自分よりもちょっと上の若い人が大人になったら、社会はもっとよくなるんじゃないかと思っていた。「絶対的な価値観を子どもに押し付けるのが大人」といった古くさいイメージが変わって、もっと一人一人の個性や価値観の違いを尊重してくれる心の広い大人が増えると思っていた。
 そしてどんな人も自分の意見が言いやすくなって「今度はこういう問題があるんだけど、みんなで意見を出し合おうぜ!」って感じで民主主義の理想に近づくんじゃないかと思っていた。
 つまり中学生の自分の気持ちを、今知っている難しい言葉で言語化するならば、ポストモダン(価値観の相対化)万歳!って感じだった。

 私の予想は半分当たって半分外れた。つまり社会全体の価値観は確かに多様化したけど、そこで生まれた様々な価値観を若い世代は許容できなかった(・・・気がする)。
 私たちは一つの価値観を共有することをやめて(ここまでは別によかったんだけど)、一人一人が自分だけの世界を作って閉じてしまった。個人レベルでは相対主義どころか絶対主義もいいところなんだ。
 これじゃあ昔の大人と一緒・・・いや、大人が子供っぽくなっただけで、むしろ悪化した!率直に言って大人がダサくなった!

 別に大人になってもアニメや漫画にハマっているのはどうでもいいんだけど、大人なら自分とは違う意見にも耳を貸すべきだと思う。だって価値観が多様化したのなら、個人レベルで相対主義を標榜しなければいけないんじゃないの?「なるほど。その意見も面白いね!」って。
 それともそんなことは不可能なのだろうか?外部の病原菌を免疫が殺すように、個人の思想や価値観にも免疫があるのだろうか??
 そんなことはない。いろいろな人の面白い意見を交雑すればもっと面白いアイディアが生まれるに違いない。

 私たちはもう一度ポストモダン思想を考え直した方がよさそうだ。そしてせっかくの民主主義。もっともっと活かせるような気がする。

ホンマでっか!?TVは優れたSF

 今日初めてちゃんと見たんだけど、フジテレビの「ホンマでっか!?TV」が胡散臭さ全開で面白い。コメンテーターに科学者(正確には「心理学者」ではなく「心理“評論家”」のように、学者ではなくてあくまでも評論家名義になっているのがポイント)が出ているものの、これはあくまでもSF的面白さだ。

 この番組に登場する情報・見解はあくまでも一説であり、その真偽を確定するものではありません。『ホンマでっか!?』という姿勢でお楽しみ頂けると幸いです。という最後に出てくる「このドラマはフィクション(創作)です」的なテロップは、同じフジテレビでやっていた報道バラエティ番組「ワールドダウンタウン」を彷彿とさせるし、このエクスキューズを入れることで「発掘!あるある大辞典」の失敗(インチキ情報を注釈なしで報道し、それを真に受けた視聴者が番組で紹介したダイエットを実践したり、外国の科学者のコメントを日本語吹き替え時に改ざんした)は二度としでかさないというスタッフの強い決意が見て取れる(いや、制作スタッフが同じかどうかは調べてないけど・・・)。

 結局理科離れの日本ではこういう一見科学的なオカルトが好きなんだと思う。その大きな理由は馬鹿でも解りやすいから。
 そしてこの番組のおバカな構成は、「どう考えても真に受ける内容の番組ちゃうで~」っていう密かなメッセージになっていて作りが巧い。この番組を真面目に見る奴は流石にいないだろうから。
 SFというのは科学的な正しさよりも、物語としての“真実味(リアリティ)”を受け手に与えられれば大成功だと思うんだけど、この番組も胡散臭い番組と割り切ればとっても楽しめる。
 そもそもテレビ番組だってスタッフが一生懸命制作した“作品”なんだよね。

 しかし、一見真面目そうな専門家から個性を見つけてキャラクタライズしてしまう、さんまさんのトーク力は天才的としか言いようがない。

『はじめての構造主義』

 タイトルに偽りなし!

 著者はご存じ橋爪大三郎さん。中学生でも完全に構造主義を理解できる。本当にマジだって!あのベストセラー哲学本『ソフィーの世界』の10倍分かりやすい。『構造と力』の1000倍分かりやすい。そして口調が面白い。みんなこれを読んで、無知な大人をせせら笑ってやろうぜ!

 とにかく説明が巧い。もう天才的。小難しい言葉を並べて誤魔化そうなんて文章は一切ない。全部面白いけれど、特に構造主義のルーツを数学に探る第三章は必見!
 なぜ複雑系数学(カオス理論や位相幾何学)を学ぶマルカム(『ジュラシック・パーク』に出てくる数学者)がハンナ・アーレントを引用していたりしたのかが、納得した。納得しまくった。
 この第三章で、近代以降の科学と哲学の歴史がどうリンクしていたかが、ほとんど分かる!ああ、こんな本を私は待っていた!

 ・・・といってもこの本は2009年に出た新書だけど書じゃない。「第四章 構造主義にかかわる人々」で「こないだM・フーコーが死んじゃったよ」とか書いてあって「ええええ?」って驚いたんだけど、実はこの本初版は1988年で、その名作を新書として再販したんだ(ちなみにデリダさんはこの前まで生きていた)。
 そのおかげで私はこの名著を本屋で買う幸運に恵まれたわけだ。ありがたや~。

 そういえば、最後の方にジャック・ラカンについての簡単な解説があるんだけど、やはりラカンは難しいようだ。プロの橋爪さんでさえ「彼の書くものは難解を極めている。『エクリ』が主著だが、むずかしくて、何を言っているのかよく分からなかった(206ページ)」って本当に書いてあるんだよ(笑)。
 ラカンの鏡像段階論についてはYukiko T.さんの記事に触発されて、このブログでも批判的に取り上げたことがあるんだけど、それは私の勇み足だった気もする。
 本家フランス人でも読解できないような本を作ったラカンも悪いけど、ラカンはやはりそこまでバカじゃない。ラカンの言う「鏡像」とは言葉通りの鏡に映る像ではなく、もっと比喩的なものの(アナロジーでしかない)可能性がある。
 橋爪さんは「鏡像」を「自分以外の全てのもの」と説明している。なるほど。これならラカンの鏡像段階も納得できるぞ。つまり赤ちゃんは、自分と自分以外のものを区別できずにまるごと自分の一部だと受け止めて、強引に自己同一性を作り上げてしまうということらしい。
 中学生や昨今急増中の子供大人の病気(セカイ系症候群)の原因もここにあるんだろうなあw。一気にラカンが好きになった。そして誤解してごめんよラカン。でもやっぱり原著『エクリ』は難しいから読みたくないわ。
 
 あと第五章のポスト構造主義批判は明快かつ痛快!本を締めくくるのにふさわしいラストだ。ポスト構造主義は構造主義に対する本質的な批判になっていないというのだ!その理由がいちいち鋭くて大爆笑。
 言うならばポスト構造主義は構造主義に匹敵し得るような学術体系にすらなっていない。構造主義があったおかげで存在できる金魚のフンなんだ。文句だけ言って「じゃあその代わりの体系は?」って聞くとないんだよ。せいぜい苦し紛れで言ったのが「リゾーム」くらいのものでさ。
 でも構造主義のパイオニアであらせられるレヴィ=ストロース様は器が大きいから(もしくはポスト構造主義なんてはなから眼中にないからか)全然それをほうっておいて、むしろ「批判大いに結構結構」って余裕のスタンスなんだよ。
 つまりポスト構造主義は、論者が言うような構造主義を揺るがすほどの批判になっていないんだな。

 とにかく本当にみんな買った方がいいって!たった720円だよ?でも中身は7200円に匹敵するよ!それくらい濃い読書体験ができる。全然難しい本じゃない。小学四年生でも読める!それは私が保証します!モバゲーなんて捨ててしまえ!

 最後に私が気に入った素晴らしい一文を。

 人間の思考は一直線に進歩していく、と考えるのがあまりにも単純であることの。もしかすると、人間の思考のレパートリーはあらかじめ決まっていて、それを入れかわり立ちかわり、並べ直しているだけなのかもしれない。歴史をしっている文明社会は、ただのなにかのはずみで、それをストックしていっただけなのかもしれない。(181~182ページ。強調は引用者)

 これら(構造主義の源泉であるマルクス主義、地質学、精神分析)に共通するのは、目に視える部分の下に、本当の秩序(構造)が隠れていると、想定している点だ。(206ページ)

 構造主義――自文化を相対化し、異文化を深く理解する方法論――はきっと大いに役に立ってくれるに違いない。(232ページ。ラストの一文)

今後の話と画力の斉一説

 私サイトにラインナップされている作品を最後に「長編読み切り」から撤退します。あれコストパフォーマンス悪すぎ!

 で、ちょっと分析してみたんだけど、最近ネット上で流行っているのは「萌4コマ系」じゃない。
 人気ブログに掲載されている漫画なんかは、話題になると出版社が目をつけて単行本を作ってくれたりするけど、そういった漫画も『ダーリンは外国人』といい四コマ系。「まんがタイムオリジナル」とかによく載っている奴なんだ。
 だから私も、このブログでいつかは可愛い(?)女子高生が主役の『青春アタック』なんかを4コマ形式で定期的にアップしていきたい。

 つまり作り込んだ読み切り漫画を一度にドンとネットに載せるんじゃなくて、徐々に小出しにしていった方が、読む側もブログの更新を待つように習慣化すると思うんだ。
 プロの漫画の何がすごいかって、クオリティうんぬんもあるけど、一週間に一回必ず最新話を更新していく「スピード」だと思う。だから読者も毎週漫画を読むことが習慣になるわけだ。
 素人は集団作業のプロとは違って、一週間に19ページはまず不可能だから、やはり4コマ形式が精いっぱいになる。でも仕方がない。
 それに4コマ形式っていまさらながらちょっと楽しそうっていうのもあるんだ。

 しかし今『青春アタック』とか昔の漫画見ちゃうと、まあ落ち込むね。本当に下手。でも当時はあれで120%の力を出して描いていたんだよ。決して手を抜いていたわけではない。
 なんで人間ってこうも自分を客観視できないものかね?人よりはメタ認知できていると思っていたのに・・・

 で、恐ろしいのは今一生懸命描いている漫画の絵も6年くらい経てば、無かったことにしたいくらい下手に見えるんじゃないかってこと!
 これが本当に恐怖なんだ。今も生き恥さらしているんじゃないかって。何度もう漫画を描くのをやめようとしたことか(さすがにこれはウソ)。

 私が写真とかが嫌いなのもそれが理由だと思う。今がいつかは必ず過去になるという恐怖。ウチの大学では女の子ばっかりで、やたら写真をみんなで取り合っていたけど、ああいうのが怖い。半人前だった若かりし頃の自分のバカ面を残すなんて根性が私には無いんだよ。

 写真は残るのが自分の外見だけだからまだいいけど、絵に関しては、自分の画力が未熟だったって言うのが、証拠資料として残っちゃうんだ。
 そんな稚拙な絵を見て、思い出として懐かしむ心のゆとりが私にはまだないんだ。

 うわ~恥ずかしい!見ないで見ないで!ええい、捨てちゃえ!ってあたふたしちゃう。人前でチンコ見せるようなものだよ。

 親なんて私が小学生のころ描いた絵を取って飾っているんだけど、あれも勘弁してほしいもの。まあ親はなぜかその昔の絵の色彩気に入っているからいいけどさ・・・

 そういえば何年か前、この深刻な悩みをKO氏に真面目に相談したら「お前どれだけ向上心あるんだ」って言われたけど、これは向上心じゃないんだ。無意識的に絵が徐々に変わっていってしまうんだよ。なぜか。まるでチャールズ・ライエルの斉一説(地形が人間が気付かないほど徐々にゆっくりと変わること)のように。
 絵が変わっていくのは仕方がないけど、いい加減自分でも自信を持って「ほら上手いでしょ?」って提供できるレベルの絵が描けるようになりたいなぁ・・・

2012

 「面白い度☆☆☆ 好き度☆☆☆☆」

 Good-bye my earth!(C)ダライアスバースト

 2011年アナログ放送は見られなくなります。しかしデジタル放送も2012年見られなくなります。これを最初に発表したのはこのオレ、ゴーダイです!(チャーリーが乗り移ってます)

 ・・・というわけで2012年に世界は終わるんだってさ。前にも言ったけど人間ってその時代に希望がもてないと、すぐに終末思想に飛びついちゃうんだよ。
 なんか自分の思い通りに社会がなってくれないと「こんな世界なくなれ!」ってすねちゃう男子中学生みたいなんだけど、実際どんな人も多かれ少なかれこの病気は持ってます。セカイ系症候群。

 だからこの手の映画でご都合主義を批判するのは超野暮ってもんだい。ご都合主義を切り捨てて、この映画レベルの災害を起こしたら、ただの人類の絶滅を傍から見るシム・アース状態になっちゃうぞ。
 そんなリアルな終末映画を観たいニヒルな奴がいるなら教えてくれ。まあディザスターモノは、どの映画もいい加減同じことの繰り返しで、それでも災害の種類を変えてなんとか凌いできたけど、もうネタ切れなのは確か。
 この映画はその集大成として、これまでの災害モノの名シーンを隕石以外すべてやった気もする。
 となると本当に登場人物以下人類すべてが滅ぶ映画があってもいいかもしれない。
 それなら「ご都合主義」とか「またお涙ちょうだいの三文芝居か~」とかバカにできないだろ。だからそれが上映されたらお前ら絶対見に行けよな。 

 つまりバッドエンドが禁じられているハリウッド映画で災害モノを撮る以上、この展開に収斂しちゃうのは仕方がないんだって!作り手の気持ち考えてやってよ。なに私もこんなに弁護しているか分からないけどさw。
 
 確かにローランド・エメリッヒって、映像以外は相変わらず『インデペンデンス・デイ』以来ひどいけど、出てくる登場人物がけっこうバカで楽しいし(イエローストーン国立公園で「一人ジョッキー」を敢行したチャーリー様は最高!)、何万人もの人が死ぬ災害シーンを不謹慎にも爆笑シーンに昇華できるのはこの人だけ。
 シュワ知事のカリフォルニアが、地面ごと沈んじゃうシーンは笑った笑った。笑ったと同時に、この凄まじい崩壊シーンをどれだけの時間と労力をかけて作ったのかを考えると、ただ涙。

 さてこの映画は「科学的な設定にぜひ突っ込み入れてください」ってvicさんに言われて、観たんだけど、いやはや作中の科学者が言ってることはそこまで外してないですよ。
 物語の冒頭いきなり「ニュートリノ」と言う素粒子の説明から入るんだけど、この説明も意外と・・・っていっちゃあれだけど正しい。バカ映画の分際で。
 キャラとストーリー展開がバカ丸出しだから、SFとしてもバカだって思う人もいるんだろうけど、ニュートリノはあの説明で大体あってる。

 それに太陽から地球に飛んでくるニュートリノの性質が変わり、電子レンジのように地球を中から温め始めたって言うトンデモ説は、ちゃんと「そんな馬鹿な!」「ありえない」って作中の学者がちゃんと突っ込んでいるからよし!このエクスキューズがあればSFとしてOKじゃないか?
 ニュートリノの説明が正しかっただけで私は感動したよ。あれ池上彰並に分かりやすいぞ。しかも数秒で説明しちゃったじゃん。ここら辺は映画ブロガーの人もなかなか指摘していないでしょ。

 ちなみにニュートリノの性質が変化するって言う現象(振動)は事実。何で「変化」とか「変身」じゃなくてわざわざ“振動”って言うのかと言うと、ニュートリノは別の種類のニュートリノに変わったり、元のニュートリノに戻ったりを繰り返すから。
 ニュートリノって言っても「電子ニュートリノ(第一世代)」「ミューニュートリノ(第二世代)」「タウニュートリノ(第三世代)」ってオタクのように種類があるのよ。

 これらのニュートリノの振動現象を観測したのが、小柴教授が資金をかき集めて手下に作らせた地下のでっかい純水のプール「スーパーカミオカンデ」だ。
 この施設では、宇宙線(の陽子)が地球の大気にぶつかってできる「ミューニュートリノ」がスーパーカミオカンデで観測される前に「タウニュートリノ」に変化すること(=ミューニュートリノの振動)や、太陽からの「電子ニュートリノ」の(総量の)一部が「ミューニュートリノ」に変化すること(=電子ニュートリノの振動)を確認している。
 この映画の地球を破滅させる「殺人ニュートリノ(今勝手に命名)」は、これらのニュートリノの振動観測実験から着想を得たのであろうことは確か。

 ・・・と、専門的な話はこれくらいにして(あまり深くは私もよく知らないから)、率直に言ってニュートリノはほとんど質量がない。
 質量ほぼ0のニュートリノは、幽霊のように地球をすり抜けちゃうから、地球の地殻変動にはほとんど関係していない(ここは映画の説明通り)。今でも私は毎秒何千兆個もニュートリノ食らっているし。
 まあ気象学の分野になると、地球の気象に太陽がどれだけ影響を与えているかは諸説あるんだけど、ニュートリノの地質学的な影響は聞いたことないや。
 
 私は『2012』って、てっきり映像のインパクトだけで押し切って、破滅に至る理屈とかは「神の怒りじゃ~」「マヤの予言じゃ~」みたいなオカルトで済ますと思っていたから、けっこうSFとして辻褄を合わせようとしていたのは意外だった。バカ映画なのに。
 そういえば何気にエメリッヒ監督の『デイ・アフター・トゥモロー』も地球温暖化による寒冷化って言うSF的理屈付け(だけ)はちゃんとしていたよね。

 さて最後は、私の主観に基づくこの映画の残念な点を。
 
 まず長い!!度肝を抜く災害映像は「映画館で観たかった!」って思わせてくれたけど、ラストには「観に行かなくてよかった」ってなってた。もうこの長さの映画を映画館で見たらヘトヘトだよ。
 気合入った破壊シーンは情報量が多くて目が疲れるから、30分は削った方がいい。どうせ物語はあってないようなもの。簡単に削れるはず。

 あと方舟はやっぱり宇宙船が良かった。もうあそこまでの大災害が起きたら地球を捨てる方がリアルでよかったよ。
 あんだけの規模の火山活動が起こって、地球の磁場が移動したのなら、惨事から数年で美しい夕焼けを見れるのはまず不可能で、おそらく地球の磁場シールドの出力が弱まって、宇宙の放射能がガチで入ってくる。
 でもその放射能も大気が頑張って防御してくれるだろうけど、なにしろ磁場シールドがない分、宇宙線を大気が全て受け止めるから大気の組成が変わったり、放散虫とかが死んだりして、人類の正念場はこれからになりそう。

 だからラストは地球を捨てて「グッバイマイアース!」しか無かったんじゃない?
 大丈夫!今の中国ならスペースコロニーの一台や二台、軽く作れる!
 いや~この映画は本当に中国がいいとこ持ってったなあ。中国が作った大規模な箱舟を見て「この短期間でここまでのものを作るとはさすが中国・・・!」っていうアメリカ大統領補佐官のセリフがもう面白くて。
 つまり非人道的に大量の人民を奴隷のように働かせられるのは、共産主義のこの国だけだろってことでしょ?すごいよね。
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