障害者教育総論覚え書き①

 昨年度の経験で興味関心を持った分野。イギリスの教育業界では、「障害(ディスアビリティ)のある子ども」って言うとネガティブなイメージが大きいからか、特別な教育的ニーズを有する子ども(チルドレン・ウィズ・スペシャルエデュケーショナルニーズ:SEN)と呼んでいるらしい。
 ニーズか・・・なるほど。これぞポリティカルコレクトネス。鳥は空を飛べるけど、空を飛べない人間はディスアビリティなのかっていう話だよね。いやいやニーズが違うんだという。

国及び地方公共団体は、障害のある者が、その障害の状態に応じ、十分な教育を受けられるよう、教育上必要な支援を講じなければならない。――教育基本法

参考文献:石部元雄、柳本雄次編著『特別支援教育―理解と推進のために―』

特別支援教育の基本的視点
 特別支援教育とは、障害の特性に応じた専門性の継承だけではなく、障害のある子が障害のない子とともに学ぶことができる統合性と、生活の拠点であるコミュニティに根ざした地域性を重視した教育である。また同時に、通常学校の抱える教育問題の解決とも深く関わっているといえる。
 さて、07年の文部科学省「特別支援教育の推進について」において、特別支援教育の理念が改めて示されている。

「特別支援教育は、障害のある幼児児童生徒の自立や社会参加に向けた主体的な取り組みを支援するという視点に立ち、一人一人の教育的ニーズを把握し、その持てる力を高め、生活や学習上の困難を改善又は克服するため、適切な指導及び必要な支援を行うものである。
 また、特別支援教育は、これまでの特殊教育の対象の障害だけでなく、知的な遅れのない発達障害も含めて、特別な支援を必要とする幼児児童生徒が在籍する全ての学校において実施されるものである。
 さらに、特別支援教育は、障害のある幼児児童生徒への教育にとどまらず、障害の有無やその他の個々の違いを認識しつつ様々な人々が生き生きと活躍できる共生社会の形式の基礎となるものであり、我が国の現在及び将来の社会にとって重要な意味を持っている。」( 『特別支援教育―理解と推進のために―』22ページ)

 こうした状況の中、特別支援教育には新たな課題が現れた。一つは、支援を行なう対象が広がったことによる知的障害特別支援学校の在学者の急増対策、もう一つが国連の「障害者の権利条約」への批准に向けた条件整備である。
 この課題に取り組む一環として、障害のある子どもが障害のない子どもと共に教育を受けるというインクルーシブ(包括的)教育の理念や、個別の教育的ニーズのある子どもに対して、そのニーズに的確に応える指導を提供できる多様で柔軟な仕組みを整備することの重要性が主張されている。
 この他、就学相談・就学先決定のありかた、インクルーシブ教育システム構築のための人的・物的な環境整備、教職員の確保及び専門性向上のための方策について意見が交わされている。

特別支援教育における学校内外の連携体制
特別支援教育は、学校の教職員全体の特別支援教育に対する理解の下に、学校内の協力体制を構築するだけでなく、学校外の関係機関との協力が不可欠である。
小中学校においては、学級担任や児童生徒に対する支援を行うための校内委員会の設置、また、外部の専門家チームや巡回相談との連携体制の構築が進められている。

校内委員会は、学習や生活で特別な支援を必要としている児童生徒に対しての支援の中心であり、学級担任に対して助言やサポートを行う中核組織であり、この校内委員会の円滑な運営、活動なしでは特別支援教育の進展は期待できない。

専門家チームは、障害の評価、判断、望ましい教育的対応についての意見の提供、学校の支援体制への指導、助言、本人および保護者への説明、校内研修への協力などを行う。

巡回相談員は、児童生徒や学校のニーズの把握と、指導内容・方法といった校内の支援体制づくりへの助言、個別の指導計画の作成への協力などを行う。

地域の支援体制としては、広域特別支援連携協議会の設置が提言されている。専門性の高い機関が中心となり、関係機関に対する支援やこれらの機関との連携協力の調整を図るなど指導的な役割を果たしていくことで、支援地域に効果的な教育的支援体制を構築する。

特別支援コーディネーター
 特別支援コーディネーターとは、校内の特別支援教育の推進役であり、校内の特別なニーズのある子どもを把握するため、諸検査を実施したり、情報交換のための校内委員会を(月一回、最低でも学期に一回)開催し、個別の教育支援計画や個別の支援計画を作成する。

 それと同時に特別支援コーディネーターは、外部の関係機関に対する「学校の顔」でもある。

 巡回相談員との連携では、学校から市町村教育委員会へ巡回相談を依頼し、市町村教育委員会から巡回相談員へ個票を送付してもらう。そして、巡回相談員に観察してもらう子どもの座席表を作成したり、相談を受ける部屋を用意し、巡回相談当日は同席のうえで情報提供を行う。
 その際には、保護者に対する心理検査や医療機関への受診を専門家である巡回相談員から勧めてもらうようにする。ここで注意する点は、あくまで学校での子どものよりよい成長や発達を支援するための方針を得るために検査を受けることが必要であることを保護者に話すことである。

 保護者との連携では、担任教師と保護者との関係がうまくいかない際に、コーディネーターがその間の調整役になって学校への信頼関係の構築に努める。

 その他、関係機関との連携では、特別支援学校はその地域の特別支援教育の中心として位置づけられ、地域の小中学校などから支援の要請があれば、特別支援学校の教師が直接学校や園を訪問し支援を行うのだが、その際に校内のコーディネーターが知的特別支援学校と小中学校のパイプ役になって支援の要請を行う。

 また子どもが医療機関やリハビリテーション機関に通っている場合は、それらの機関との信頼関係を築くと共に、児童生徒などのさまざまな教育情報を収集して指導や支援に生かす。

 以上を踏まえると、特別支援コーディネーターの役割は以下の5つにまとめることができる。

①校内の関係者や医療、福祉等の関係機関との連絡調整、保護者との関係作りを行う。
②保護者に対する学校の相談窓口となり、保護者を支援する。
③担任の教師に対して、相談に応じたり、助言したりするなどの支援を行う。
④校内での適切な教育的支援につながるよう教育委員会に設置されている巡回相談や専門家チームとの連携を図ること。
⑤校内委員会の適切で円滑な運営がなされるよう推進役を担うこと。

特別支援教育の指導

特別支援学校
かつての盲学校、聾学校、養護学校が合体してできた、複数の障害種(視覚障害、聴覚障害、知的障害、肢体不自由、病弱)および重複障害に対応可能な学校制度である。

特別支援学級
小学校、中学校だけに設置されているが、学校教育法(第81条)には高等学校にも置いて良いとされている。
在籍する児童生徒の障害や能力、適性が多様であるため、1学級あたりの児童生徒の数は8人が標準となっている。
知的障害学級(IQ75以下)、情緒障害学級(高機能自閉症や緘黙など)、聴覚障害学級といった感じで障害種別にクラス分けがされている。これらをまとめて特別支援学級という。

通級による指導
小中学校の通常学級に在籍している軽度の障害のある児童生徒に対し、障害の改善・克服を目的として、通常学級の教科の指導を特別な指導とともに行うことである。
在籍校内で実施される場合と、在籍校以外の学校において実施される場合がある。
後者の場合、当該児童生徒の在籍校の校長は他の学校での指導を特別の教育課程に関わる授業とみなすことができる。

領域・教科を合わせた指導
日常生活の指導、遊びの指導、生活単元学習及び作業学習を指す。
通常指導は領域別、教科別に行われ、学問的に分化した内容を系統的に教えるのに対し、領域・教科を合わせた指導では、領域、教科に分けず学習内容を包含的に取り上げ、実際の子どもの生活に即した具体的な活動を重視する。

特別支援学校の教育課程と編成上の特例
 特別支援学校における教育課程は、「学校教育の目的や目標を達成するために、教育の内容を児童生徒の心身の発達に応じ、授業時数との関連において総合的に組織した学校の教育計画である」と定義され、その教育内容は、子どもの学習や心理的発達という観点から分類(スコープ)や系統化(シークエンス)が図られている。

 特別支援学校には独自の教育領域として自立活動が、幼稚部、小学部、中学部、高等部のすべてに設定され、現在では健康の保持、心理的安定、人間関係の形成、環境の把握、身体の動き、コミュニケーションの6つに区分されている。自立活動の内容は学年や障害の種別によって自動的に決まるのではなく、一人ひとりに応じて個別に指導計画を立てなければならない。

 特別支援学校の教育課程は、基本的に幼稚園、小学校、中学校、高等学校に準ずる(同じことをやるということ)とされているが、知的障害の場合はその障害の性質上、教育課程の枠組みが例外的に特有のものとなっている。以下に記す。

小学部
小学部全体が小学校低学年のスコープになっており、外国語と総合的学習の時間は設定されていない。

中学部
教科編成が中学校と異なり技術・家庭が職業・家庭に、また中学校で必修の外国語が選択科目になっている(ただ設定する場合は授業時数の点では必修扱い)。

高等部
高等学校にはない道徳が設置されており、また、各教科(国語、数学など)・各科目(現代文・古典、数学Ⅰ、数学Ⅱなど)の構成ではなく、すべて教科のみで構成されている。さらに知的障害特別支援学校の高等部は修了認定を単位ではなく、授業時数で規定している。

 なお、知的障害の教科は高等部の専門教科を除いて、学年別ではなくすべて段階別として示され、小学部に3段階、中学部に1段階、高等部に2段階の計6段階で構成されている。

 さらに、障害の重度・重複化に伴い、特別支援学校では教育課程を組むにあたって以下のような特例が認められている。

①各教科の目標・内容の一部を取り扱わないことができる。
②各教科の各学年の目標・内容の全部または一部を、前学年や前学部のものに取り替えることができる。
③知的障害を除く特別支援学校の外国語については、小学部の外国語活動の目標・内容の一部を取り入れることができる。
④小学部・中学部では幼稚部教育要領のねらい・内容の一部を取り入れることができる。
⑤重複障害児教育において各教科の一部または各教科に替わって自立活動を主に指導できる。

減法が加法として計算できるのは何故か

 小学校の算数では、+は足し算のマークで「たす」と読み、-は引き算のマークで「ひく」と読んでいたというのに、中学校に入ると+は「プラス」、-は「マイナス」と読み、正負の符号として理解し直さなければならない。これが数が苦手な子は混乱してしまう。
 だいたいまったく同じマークなのに別概念を追加させるから、わけがわからなくなるわけで、でも数学なんて理屈じゃねえ、スポーツのルールみたいなもんだ!みたいに割り切って考えられる人は・・・

プラスを増やすことと、マイナスを減らすことはいっしょ!
+(+1)=-(-1)

プラスを減らすことと、マイナスを増やすことはいっしょ!
-(+1)=+(-1)


よって引き算は足し算に変えることができる!

 という、わりとざっくりとした説明だけで、あっさりこのことわりを受け入れちゃうんだけど、一部にはやっぱり「いやいや、なんでプラスを減らすことと、マイナスを増やすことはいっしょなんだよ???」って納得しない人もいる。
 これは理屈どうこうじゃなくて、実際にこのルールが実感できるような生活経験がイメージできないからピンと来ないんだろうなあって気はする。かたぎの中学生で金融とか株式をやっている子ってあまりいないじゃん。まさか学校の授業でみんなで桃太郎電鉄をやらせるわけにもいかないし。
 例えば、マイナスのつく負の数っていうのは、0より小さい数って考えちゃうと、もう国語的に矛盾するわけで、0の概念(=数が何もない)自体を「0はただの基準(数のスタート地点)」みたいな感じで修正させたほうがいいんだよな。
 そのスタート位置から右に進むことをプラス、逆に左に進むことをマイナスって言うんだよってすれば、絶対値の概念もなんとなくわかるし。ああ、スタート地点からどれだけ離れているかが絶対値なのか、と(物理学で言うスカラー)。
 で、そうやって考えれば、小学校では絶対できなかった、1-5みたいなインポッシブルな計算もできるようになるぞっていう。
 
カッコ外しのルール
1+(+1)は+1
1-(-1)は-1

1+(-1)は-1
1-(+1)は-1


 私は、今まで学習塾で数学を教えているときは、こんなふうにカッコの前後で同じ符号が二個続くと、カッコはずしてプラスに、カッコの前後で違う符号が二個続くと、カッコはずしてマイナスって考えればいいよって、正負の加減法の概念に全く触れずに、とっととカッコをはずさせていたんだけど、文科省の教科書はやっぱり、数学の研究者が書いているわけで、そういう学問性を無視した教え方はアンタッチャブルらしく、一応足し算引き算とプラスマイナスの概念の違いに果敢に言及しようとしていて、つまり、引き算である減法は厳密には、全部加法に変換するんだって説明してるんだよな。
 で、これがすっごいややこしいんだ。数学の先天的センスがある人や、数学が好きな人なら「オラ、ワクワクすっぞ」なんだろうけど、私みたいな数に愛されていない頭脳の人は、かえって混乱しちゃって、つーか正直私自身も、この教科書の説明じゃ良くわからない。結局のところ、当たり前だけど、数学の教科書って数学が好きで、数学が得意な人が書いているから、私みたいな想定外のバカがいることを考慮してないんだよね。
 なんというか、一年の2学期で教える方程式的な考え方をしていて、最初からそんな高度な思考ができたら、そもそもこんなところつまずかねえよっていう不条理を感じる記述なんですよ(^_^;)

Q:東西にのびる道路をP地点から□km進み、そこからさらに東へ2km進んだら、P地点から5kmの場所にいました。はじめにP地点から何km進んだでしょう?

 みたいな問題があって、これを数直線で考え加法にすると・・・

□+(+2)=5

 この□に当てはまる数は

□=(+5)-(+2)・・・①

 に式を変えれば求められるので・・・

 とか、書いてあるんだよ!これってもはや等式変形で方程式なわけじゃないですか!というか脱ゆとりで小学校の時点でここら辺のレベルまでやってるのかもしれないけれど、だとしてもこの考え方できるような子どもだったら、そもそもこの教科書いらねえよっていう。
 ほいで、□に入る数は、P地点から最初に5km移動して、そこから-2km移動した結果とも考えられるので

□=(+5)+(-2)・・・②

 ①式と②式より、引き算は加法に直せます。

 ・・・う~ん、何度読んでもわかりづらい・・・orz
 これなら、概念すっとばしてルールだけ教えちゃったほうが、計算自体はできるようになると思ったんだけど、やっぱり学校は学習塾と違って学術的概念を軽視するわけにはいかないので、自分なりにどうやったら、この引き算が足し算に変化できるということを、みんなに理解させられるのかなと悩んだ挙句、こんな感じのヴァンガードファイト的なゲームを考案しました。

ルール
①二人ひと組のペアを作って、ひとり5枚ずつトランプのカードを配る。

②黒札はそのカードの数を足して、赤札はそのカードの数を引いて、5枚のカードの合計得点を計算し、その点数をお互いに言う。(カードは見せない!)

③ジャンケンをする。ジャンケンに勝った人は、相手からカードを一枚取るか、相手にカードを一枚取ってもらうかを選ぶ。

④カードのやり取りをしたら、自分のカードの合計得点をあらためて計算する。 

⑤このように3回ジャンケンをしてカードをやり取りして、合計得点の多い人が勝ち。
      
つまり・・・黒札を増やし、赤札を減らすゲーム!

たとえば
・黒札の10のカードを相手から取った場合
 +(とった)(+10ポイント)

・赤札の10のカードを相手に取られた場合
 -(とられた)(-10ポイント)

→どっちも10ポイント増える!+10

・黒札の10のカードを相手に取られた場合
 -(とられた)(+10ポイント)

・赤札の10のカードを相手から取った場合
 +(とった)(-10ポイント)

→どっちも10ポイント減る!-10

よって
プラスを増やすことと、マイナスを減らすことはいっしょ!
+(+10)=-(-10)

プラスを減らすことと、マイナスを増やすことはいっしょ!
-(+10)=+(-10)

引き算は足し算に変えることができる!

得点表.jpg

 ちなみに計算が苦手な人のために得点計算表も作りました。これでうまく納得してくれるかどうかはわからないけれど(かなり苦し紛れなゲームであることは認めます)、一番最悪なのは、この時点でパージしちゃう人を出しちゃうことだよね。
 ここでくじけられちゃうと、今後の数学が誇張表現でもなんでもなく全て計算できなくなっちゃうから、得意な人にとっちゃ出てくる数も桁が小さくて簡単すぎる前哨戦なんだけど、だからこそ基礎工事として超重要で、誰も落としちゃいけない、教える側にとっては責任重大な単元だという。
 他にこう教えるといいんじゃないかってアイディアがあったらぜひご教示ください!

キャプテン・アメリカ/シビル・ウォー

 「面白い度☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆」

 こういう意見もある。ただの“自警団”だと。

 よくウルトラマンなどの特撮を見てて、街めっちゃ破壊されてるけど住民の人は大丈夫なのだろうか?と思ったことがある人は多いはずだ。
 でも、そこに言及しちゃうと、ぼくらのヒーローウルトラマンが、よその星からやってきた恐怖の加害者になっちゃうから、それは言わないお約束ってなっていた。
 ここらへんが気になり出すと、いよいよこういう子ども向けのコンテンツは卒業なんだなってって感じていたんだけど、その問題についに言及する作品が出てきた。それがこれ。

 私は、この『シビル・ウォー』って作品、原作漫画をあらかじめパキPさんに貸してもらってて、けっこう陰惨でちょっと後味が悪い社会派作品だなあ、と。だから、これを実写化してもエンターテイメントという形では評価されないんじゃないかって思ってた。
 いや、ピストルに代表されるような武力をどこまで法で規制すべきかという、すごい考えさせられるテーマで、そのような政治的なイシューの是非でアベンジャーズが二つに分断されてしまうっていう展開は、この国でも原発問題や基地問題に伴う利害関係で住民(と無関係なネット市民)が二つに分かれてしまい、両者のあいだで不毛で切ない罵り合いが起きている以上、無関係ではないから、やるべき作品だなとは思ってたんだけど。

 我々は、あの名作『ウォッチメン』の実写映画が一般受けしなかった現実を受け入れなければならないわけじゃん。
 
 そしたら、さすが最近は妙に手堅いディズニー。めっちゃ脚色してきたっていう。もはや別作品。
 スーパーヒーローを国連の監督下に置くというソコヴィア協定(原作では超人登録法でマイナンバー制度みたいなやつ)が物語のコアかと思ったら、それは前半サラっと流されるだけで、市民の安全や公共の福祉はどこへやら(このプロット上の路線変更で多少ストーリー進行がダラつく)、結局はいつものようにかなり個人的な動機で暴れまわるみなさん。
 しかも、内戦ってことでスパイダーマンやアントマンなども参戦、なんでもありの楽しいコスプレパーティーに。

 協定は選択の権利すら奪う。
 
 とか、朝まで生テレビ!的なこと言いながら、なんだよ~結局てめえらは、身近な人しか見えてねえじゃねえかっていう。
 いや、人間ってたった一人の大切な人を守るのにも必死なのはわかるけど、キミらは超人であって人の何倍もの力があるんだから、精神年齢もそれに伴って高潔であってくれよっていう。
 ぶっちゃければ、ソコヴィア協定じゃなくてウィンターソルジャーをめぐって戦ってるもんな。だから、協定がまだ施行もしていないうちに、キャップはなんかこの法律、性に合わないと駄々をこねているように見えてしまうというw
 じゃあ、協定賛成派のアイアンマンはどうかっていうと、やっぱり個人的なうしろめたさでネガティブにただよっているだけだから、いつものように言動はブレブレ。
 というか、キャップは基本的に生真面目なキャラクターだから、この人をブレブレにしないと物語は動かないっていうのはあるんだけどね。
 でもまあ、こういう風に思い切った脚色をすることで、今回も愉快なヒーローたちにガッツリ感情移入はできるようになったと。相変わらずキャラを立たせるのうまいなあと。商業的にはこのやり方が正解だったよな。
 テロの恐怖や復讐の連鎖、そして、その象徴であるアメリカ愛国者法より、キャプテン、スターク、ウィンターソルジャーのドキドキ三角関係のほうが食いつくもんな。観客はスーパーヒーローじゃないからね。国際問題よりも来クールのアニメだもんね。

 でも、待ってくれ。私たちはやっぱり、ウルトラマンに壊された街のがれきに一般市民が埋まってるんじゃないか、ということに気づいてしまった、大きなお友達ではないか。これで満足しちゃっていいのか??
 私がこの映画で最も好きで、高く評価したいのは、ヒーロー同士のお涙頂戴の友情ではなく、このあとのクライマックスなのである。
 アメコミの武力格差社会(1%の超人が残り99%の一般人よりも高い武力を独占する世界)において、身勝手な超人たちの乱闘の犠牲になった一般市民が――アフリカゾウに復讐しようにも絶対に適わない小さなアリが――健気に知恵を振り絞って、このバカどもに一太刀浴びせるのである。おごるな、と。
 
 私はアベンジャーズを殺せない。だが殺し合わせることができれば・・・

ズートピア

 「面白い度☆☆☆☆ 好き度☆☆☆」

 ちゃんと消すよ。48時間後に。

 観る予定はなかったんですけど、SGA屋さんに「私が好きそうな話」って言われたので、急遽観に行ってみた。というか、あらすじの段階でも確かに自分が考えそうな話だなとは思ってたんだよな(黒幕即行分かった)。私はイソップ童話の形式がかなり好きだし。
 ということで、この『ズートピア』、内容はなかなかの社会派で、脚本の完成度も非常に高かったんですけど、このテーマって現在のハリウッド映画ではかなり繰り返されていて、贅沢を言わせてもらえば、ちょっと食傷気味(自分も作品で取り扱ったし)。
 とはいえ、ディズニーの子ども向けアニメ(だよね?ドン・コルレオーネとかパロってたけど)の形式でも、こういった池上的なテーマをやりだしたっていうのが、やっぱりそういう国際情勢なんだなあって。イソップ童話2.0というか。
 例えば『バグズ・ライフ』のころは強者は少数派ということに言及はしながらも、やっぱり強者は敵であることには変わりはないって感じで物語を着地させてたんですけど、それはやっぱりある種のファンタジーであって、最善策ではないという事実にディズニーアニメも向き合わざるを得ないという、そういう時代になっちゃったって事なんだよね。
 もはや共存するしかないという。『シッコ』のマイケル・ムーア監督じゃないけど、同じ船に乗る乗客であって運命共同体なんだっていう。

 そう言う意味で、これまでのイーブルやヴィランを、被食者からみた捕食者というポジションに置き換えて相対化しているのはうまいなあって。そうすることで、マイケル・サンデル的な、加害者の子孫は先祖がやった罪をどこまで謝罪すればいいのか的な問題も掘り下げられるしね。アメリカ白人のインディアン迫害や、日韓問題みたいな。
 さらに、か弱いウサギ、ずる賢いキツネとか、そういったイソップ的な動物のイメージを、私たちの人種や文化に対する偏見のメタファーにしているのも、わりと思いつくアイディアではあるんだろうけど、それをやるとどうしても物語が重くなりがちだから、仮に思いついても子ども向け作品として仕上げるのには、なかなか勇気が必要で、それで今まで実現しなかったんだろうなっていうのはある。
 そこをなんとか上手にクリアしたっていうのが、この映画の一番上手なところだよね。下手すると人間のすっごい嫌~なところを描いちゃう、極めて後味の悪いアニメになっちゃうもん。自分じゃ無理だな。このバランスはかなり調整するのが難しかったんじゃなかろうか。
 グローバル社会にこれから繰り出す子どもに向けてもちゃんと教訓があるし、やっぱり海外はえらいなって。ちゃんと教育しようとしてるよなってw

 すべてのキツネがそうとは限らない。意地悪なウサギもたくさんいる。

 ほいで、SGA屋さんはもうひとつ「この映画は今のピクサーよりもピクサーっぽい」ともおっしゃってたんだけど、この意見には半分同意するけど、半分違和感がある。
 この映画が“かつてのピクサーっぽい”(=脚本の完成度が高い)ってのはわかるんだけど、ピクサーって私の中では常に新しいチャレンジをするスタジオってイメージがあるから、そう言う意味ではやっぱり『ズートピア』よりも『アーロと少年』の方が、ずっとヘンテコでなんか引っかかるんだよね。こんなの見たことねえよっていう。
 つまり、かつての繰り返しを、ピクサーはやりたがらないわけで、そう言う意味で『シュガーラッシュ』も『ベイマックス』も、この『ズートピア』も完成度は高いんだけど、やっぱピクサーではないよなって思っちゃう。もう、そういうの一度見たよっていう。
 うまいなとは思うんだけど、超好きかっていうと「う~ん」っていう(^_^;)クリエイティブ業、難しいね。
 若い頃は、いやいや、『カリオストロの城』みたいな完成度が高いやつを繰り返せばいいじゃん、なに無茶なチャレンジして良くわからない作品作ってんだよジブリみたいに思ってたんだけど、歳をとるって恐ろしいね。
 今じゃ、宮崎駿さんの歩んだ道のりが、すっごい腑に落ちるというか。やっぱり同じものを二度はやりたくないよなっていう。もっと新しいことに挑戦したいよなっていう。
 そう言う意味でもピクサーはジブリをお手本にしているっていうのがわかるよ。結局アメリカのジブリなんだな。で、ラセターさんが引退したらやっぱり崩壊しちゃうのだろうか(^_^;)
 とりあえす今度の『ファインディング・ドリー』が『カーズ2』のような新しい驚きをさせてくれる映画であることを祈る!

 追記:完成度以外にもなんか自分がこの映画好きになれない理由あると思うんだよな。深読みするとやっぱりあのラスト自体に欺瞞を感じちゃうからかなあ。
 とにかく、この映画ってポリティカルコレクトネスに溢れてるじゃん。「ウサギがウサギをかわいいっていうのはいいけれど、ヒョウがウサギを可愛いっていうのは失礼なのよ」とか。
 そう言う意味で、正しい映画なのかもしれないけれど、すごい窮屈な映画なんだよね。デモリションマン的なw動物園のユートピアとはこの映画の本質を表す素晴らしいタイトルよ。まさにジェイルよ。
 だいたいキリがないからね。そういう配慮で神経使うことに、ほとほと疲れちゃった人たちの鬱積がトランプさんフィーバーにつながっているのかもしれないし。というか、とうとう共和党候補なってたよな、あの人。すごいな。
 で、グローバル化っていうのは結局のところ世界がアメリカ化(地球全体が移民国家化)するってことだからね。歌って踊ればみんなハッピーで終わってたけど、いやいやリアルではもっとシビアなバランスを取らないと危ないぜっていう。

『大世界史 現代を生きぬく最強の教科書』

 いい質問ですね~の池上彰さんと、平成の西郷どん、佐藤優さんの対談本。
 ずいぶん昔にもブログで書いたんだけど(確か、東浩紀さんと大塚英志さんの『リアルのゆくえ』の時)、対談本っていいんだよな。
 ヘーゲル的なアウフヘーベンがどうとかじゃなくて、一人の著者が執筆するよりも、対談相手が入ると、その人のテーゼがメタに俯瞰できるし、かといって大学の共著本のような堅苦しさや、ときどきある統一性のなさもない。

 そもそも会話文は非常に読みやすい。

 ということで、春休みに大型書店に行った時の一冊です。他にもいろいろ1万円分くらい買ったんですけど、この本が一番印象に残った。
 私は佐藤優さんってなんか、西郷どんに似てて、もちろん外務省で主任分析官をやってたわけだから、頭は切れるし知識の量はすごいんだけど、中立公平、客観的なデータを提示してくれる学者っていうよりは、現場方のインテリジェンスおじさんって感じで、この人の情報ってもちろんリアルな生な情報なのは確かなんだろうけれど、どこまで信ぴょう性があるのか半信半疑だよなっていう抵抗があった。
 ・・・というか、政治経済を勉強したら女にモテた、みたいなことうそぶく西郷隆盛って絶対うさんくさいじゃん(^_^;)
 例えば、白人ヨーロッパ文化の三大要素は①ギリシャ哲学②ローマ法体系③ユダヤ・キリスト教に見られる一神教だ!ババーン!みたいな感じで言い切っちゃうんだけど(この主張自体は、佐藤優・石川知裕著『政治って何だ! ? - いまこそ、マックス・ウェーバー『職業としての政治』に学ぶ 』に書いてあった)、いや、この意見自体は、まあ、納得はするんだけど(佐藤さんは神学専攻)、この人の言っていることって、つまりは教科書に載っているような学術的データじゃなくて、どっちかというと岡田斗司夫ゼミに近い、ホントかどうかはわからないけど、とりあえず面白いスノッブネタつーか、思考のたたき台って感じなんだよね。こういう話って『マスターキートン』みたいな漫画を描くときには役に立つんだよね。
 つーか内田樹さんも、藤原正彦さんも、大澤真幸さんも、新書でベストセラーになる人ってこういういかがわしい所はみんなあるよね。
 だから佐藤さんは、内田樹さんを反知性主義の文脈で批判しているけど、私の中では、このふたりは同じクレードに分類されるんだよね。
 これは別にディスっているんじゃなくて、どっちも面白思想や面白知識の人だろうっていう。専門家にしか伝わらない難解な議論をする学者っていうよりは、大衆を楽しませてくれるエンターティナーなわけ。

 あと印象に残ったのが、佐藤さんはあとがきで、自分と池上さんは二正面作戦を展開している、ひとつが反知性主義(自分の都合のいいように客観性や実証性を軽視する勢力)、ふたつめが極端な実学主義(即戦力になりそうもない学問を軽視する勢力)って言ってて、自分たちはリベラルアーツを重んじる中道勢力だと思っている感じがあるんだけど、確かに国家を動かす政治家や官僚、また学校の教師なんかはそういうバランス感覚ってすごい大切だなあとは思うんだけど、なんか自分よりも学力の低い人はバカにして、自分よりも専門知識が詳しい人は「ディティールしか見てない」と批判する、なんかお高くとまっている割には中途半端な人たちって思われる可能性もあるよね。
 じゃあ、お前はどのタイプなんだって言われると、やっぱり中途半端なんだけど。でもでも、私は二正面作戦じゃ!と喧嘩を売るんじゃなくて、この三つの勢力がうまく共存できる道ってないのかなって思うんだよな。どの勢力もそれぞれ必要だと思うんだよ。
 反知性主義って言い換えれば理想重視なわけじゃん。逆に実学主義って現実重視なわけで、ほいで現実の世界で生きる上では、未来予測って不確定要素が強すぎるわけだから、理想と現実の視座がどっちもないと生き残れないだろうと。
 一見何の役に立つか全く見当もつかなかった電磁波が今や大活躍じゃないか、と。自然科学のアブダクションだって、意外と反知性的なところがあるんじゃないかっていう。プラグマティズムのジェームズなんかは、こういう神秘主義的な考えを否定するんだろうけれど、クリエイターの世界では「なんか知らないけど思いついた、降りてきた」ってよくあるからなあ。メタ的には頭に電極つけて、こういう波形のときは降りてきます、みたいなことを調べたりはできるんだろうけど、それと反知性的な思考がまずいのかどうかという道徳的な問題は別だからね。
 ただ現在は、特にリベラルアーツ勢力、ジェネラリストグループだけが弱体化している、これではバランスが取れない!という意味で、二正面作戦をしているなら私も西部戦線あたりで立哨当番くらいはしてもいいかもしれない。

 以下は、私が心の「へ~」ボタンを押してしまった、お二人のうんちくの抜粋です。

中東のトリビア
・中東地域は大きく4つの勢力に分かれる。
①アラビア語を使うスンニ派。サウジアラビア、ヨルダン、湾岸諸国。
②ペルシャ語を使うシーア派のイラン。
③アラビア語を使うシーア派のアラブ人。
④トルコ語を使うスンニ派のトルコ。(32ページ)

・湾岸諸国は日本の真珠の養殖によって真珠採取業が壊滅的打撃を受け、ながらく海賊稼業をしていたが、1938年にサウジで油田が見つかって以来あっという間に裕福になった。(38ページ)

・トルコは第一次大戦後いちはやく民主化したため、中東の中でも浮いている。民族意識も高くNATOにも加盟。東アジアにおける日本に近いという。(59ページ)

・ヨルダンは豊富な石油資源がないので、日本からの経済援助が大きな役割を果たしており、対日感情が極めて良好。イスラム国に日本人二人が人質になったときに日本政府がトルコではなくヨルダンに対策本部をおいたのはそのため(あとアラビア語の専門家がたくさんいる)。(61ページ)

・中東の混乱でアラブ世界は衰退、これに乗じてエルドアン大統領率いるトルコがオスマン帝国の復活を目論んでいる。つまりオスマン帝国VSペルシャ帝国の構造になる。(64ページ)

・クルド人の人口は2500~3000万人で、「独自の国家を持たない世界最大の民族」。これは第一次大戦後にオスマン帝国が崩壊する際、英仏のサイクス・ピコ協定によって、中東北部のクルド人の住むエリア(クルディスタン)がトルコ、イラク、イラン、シリア、アルメニアなどに分割されてしまったため。クルディスタンの独立が悲願。(65ページ)

・グローバル・ジハードは国家の統治が弱体化したところで起こり、したがって中央アジアでも発生する可能性は高い。考えられるエリアは破綻国家のキルギスとタジキスタン、またカザフスタン東部~新疆ウイグル自治区。

・タリバンは部族意識が強く、パシュトゥン人という民族基盤からは離れられない。したがってイスラム国のようなグローバル思考とは相性が悪い。タリバンは「学生」という意味で、ソ連侵攻で難民になったアフガニスタン人がパキスタンの難民キャンプで極端な原理主義の神学校を作ったことに由来。(71ページ)

・~スタンという国名の国はトルコ系の民族が住む。知らなかった。(74ページ)

韓国のトリビア
・韓国の歴史教科書は中国や北朝鮮よりも過激で、反共国家だったため唯物史観を認めず、歴史観がない。文明国としては珍しくテロリズムの歴史を称賛。(96ページ)

・為替ダンピングができる国家は基軸通貨に近い影響力のある貨幣を持つ、アメリカ、EU、イギリス、日本だけである(中国もその力が付きつつある)。韓国のウォンではできないため、アベノミクスが円安誘導をしている限りは日韓関係は改善しない。(101ページ)

ギリシャのトリビア
・ギリシャをヨーロッパと考えるのがそもそもの間違い。オスマン帝国をどう解体していくかという戦略の一環で人工的に1900年ぶり(古代ギリシャ滅亡以来)に作られたのがギリシャで、現在のギリシャ人はDNA的にはトルコ人と変わらない。ソクラテス、プラトンなどとは全く関係がない!現在のギリシャのアイデンティティは近代になって出来たニセ伝統。(104ページ)

・共産主義を警戒するためにギリシャには産業が作られなかった。だから農業と観光だけの国になった。(107ページ)

・アメリカがEU諸国に対してあまりギリシャを追い込まないようにと仲を取り持つのは、地政学的に重要なギリシャにNATOから離脱されることを恐れているから。また、その現実をギリシャも知っている。だからかなり居直れる。ギリシャ人にとってはギリシャに住むことが仕事のようなもの。(110ページ)

ドイツのトリビア
・ドイツ人は勤勉で有名だが、ギリシャ人よりも労働時間が短かった。しかし、これは怠けているのではなく時間キッカリに働いているだけで、ダラダラ残業などしないため生産性は日本よりもはるかに高い。ドイツでは日中にテレビ放送が始まったのは、ここ10年くらいこことで、昼間はみんな働いているためにテレビのニーズがなかった。(113ページ)

・ドイツ人の生活は質素で、夕食はハム、ソーセージ、チーズ、パンだけ。火を使う料理はしない。趣味は貯金でライフスタイル的に内需が期待できないため、産業は外需に依存するしかない。(115ページ)

・逆にロシアは内需がいくらでもある一方、輸出できるものがエネルギーしかないので、ドイツと手を握る可能性がある。(131ページ)

・メルケル首相の父親はルター派の牧師で、戦後東ドイツにあえて残った人物なので、共産主義者である可能性があり、そのためにアメリカはメルケル首相の電話を盗聴していた。(123ページ)

・サミットの記者会見は独特のサミットルールがあり、自国の首脳の発言しか報道陣に紹介することができない。よって参加7カ国それぞれとEUのプレス会場のすべてに記者を送らないと全体像がわからない。(124ページ)

国連のトリビア
・敵国条項というのがある。日本やドイツと集団的自衛権を行使して戦う場合には安全保障理事会に提訴しなくてもできる。

・国際連盟(リーグ・オブ・ネーションズ)と国際連合(ユナイテッド・ネーションズ)は成り立ちから違う。敵国条項がなかった国際連盟と違って、国際連合は、第二次大戦の連合軍がそのまま国際機関になっただけなので、いってみれば戦勝国クラブみたいなもの。

兵器のトリビア
・ドローンの時代なのになぜか空母を作り続ける中国は、戦中に大鑑巨砲主義でヤマトを作った日本と似ている。(176ページ)

・日本に原爆を落とすとき、爆発させるのが難しいプルトニウム型は二つ出来ていたのでオッペンハイマー博士はそのうちの一個をニューメキシコで爆破させた。想像以上に凄まじい破壊力だったため、100~200キロメートル離れたところでも窓ガラスが割れ、大騒ぎになった。陸軍の弾薬庫が爆発したということにしたが、実験場のすぐそばでキャンプをしていた女子高生14人のうち13人がガンになり、11人がガンで死んだ。(187ページ)

・アメリカは今後新しい核爆弾は作らないと言っているが、今ある核爆弾の劣化した部品を新しいものに交換することは禁止していないので、結局改良を繰り返していることになっている。ロシアももちろん改良しており、ミサイルディフェンスでも防御できない多弾頭型の核ミサイルを開発。(189ページ)

ビリギャルのトリビア
このチャプターが一番面白かった。

・少子化は女性の識字率向上と密接に関わっている。(206ページ)

・乳児死亡率の低下によって少子化は進む。(208ページ)

・慶応大学に入ったビリギャルは結局のところ恵まれている。中学受験を経験していて、机に向かって集中できること。挨拶などのコミュニケーションもできること。私立校の学費を出せるほど親に経済力があること。受験に無関係な教科を捨てるために、母親が学校にクレームや理不尽な要求を押し通せること。(212ページ)

 佐藤 親子の愛の絆の物語などではなく、新自由主義時代の受験産業の物語なのです。

・ビリギャルが受けた学部は、小論文と英語の二科目受験であるため、彼女は日本地図も読めず、簡単な計算もできないまま、教養を身につけずに卒業することになる。入学歴ばかり求めても結局いい人材は育成できず国は強くならない。(212ページ)

・イギリス(大英帝国)は、優秀な官僚を育成するために植民地に高等教育機関を作った。日本も同様。しかしフランスは現地の優秀な人材をフランス本国に呼び寄せたため、大学を現地に作らなかった。一番ひどいのはポルトガルで、人材育成もインフラ整備もなにもやらなかった。(214ページ)

・沖縄の琉球大学は、日本政府ではなくアメリカが戦後統治の時に作った。(216ページ)

・日本の教育関連費はOECD加盟30ヵ国中最下位。(220ページ)

 池上 戦後、教育も平等でなければ、という風潮が強まると、高校進学率がどんどん上昇し、その中で授業についていけない生徒が出ても落とすわけには行かない。だから全体のレベルが下がってくる。さらに今度は、皆を大学に入れるために入試を易しくしよう、ということになる。さらに少子化で、その傾向にますます拍車がかかっています。
 エリート教育が必要だ、と言われているのに、いまやこれが実情です。(221ページ)


 池上 無暗に英語で授業をしても、自ら英語植民地に退化するようなものです。そもそも大学の授業を母国語で行えることは、世界的に見れば、数少ない国にしか許されていない特権です。その日本の強みをみずから進んで失うのは、これほど愚かなことはありません。(227ページ)
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