漢文学覚え書き①

 こんばんは。8月ですね。私は今週、数学の忘れ形見的単位、コンピュータ演習のスクーリングに行ってきます。
 SNSの普及でHTMLなどの勉強をせずとも、誰もがネットで意思を発信できるようになったこの時代、あえて国は小学生からプログラミングを学ばせようと躍起ですが(ホリエモン量産計画)、33歳の私は果たして生き残ることができるのでしょうか?今週末のHEAVEN INSITE's Blogをお楽しみに!

参考文献:小川環樹、西田太一郎著『漢文入門』
※1957年に出た本なので、旧字体でかなり読みにくい。譯(=訳)とか読めねえっつーの!記事では全て一般的な表記に直しました。

漢文公式
漢文公式とは漢文を日本語の文章に変換するためのルールのことで、字や行間に,カタカナ文字ひらがな文字,記号等を書き込むことで、日本語として読めるようになっている。
ちなみに、私は古文よりも漢文が好きだった。なんというかすべての箇所が正確に訳せなくても、ストーリーがこっちのほうが教訓があって展開がわかりやすいので、ある程度現代文力で推測できちゃうんだよな。
それにひきかえ古文よ、特に中古時代の随筆は貴族どもの感覚がちょっとついてけなくて推測不可能。
よく「あはれ」とか「をかし」は、今で言うと「萌え」みたいなもんだよとか、うそぶく奴いるけどさ。無理。だって「萌え」もわかんねーもん。

漢文
漢字のみで綴られた中国の文章を漢文という。
漢文はもともと同じ大きさの漢字が等間隔に並べてあるだけで、文や語の切れ目はなかった(ただし中国人がそれを詠唱する際のブレス位置を示す「句」は存在する)。
そのため、初学者向けの本を除けば句読点は付けないのが一般的であるし、その付け方も人によって適当であった。また、句点(。)と読点(、)の区別もない。

訓読
このように文法上の構造が異なる漢文を訳読するために、漢文のそれぞれの字義に対応する日本語の訳語をあてることを訓読といい、奈良時代以前にはすでに存在していたという。
もっとも中国の単語全てに日本語の訳語を作ることはできなかったので、中国の発音をそのまま使った単語もある(音読みしかないタイプ)。
とはいえ、訓読は日本語に変換することが目的なので、訓読が主で、音読が従だということになる。このように訓読された漢文を訓読漢文という。

訓点①返り点
漢文の語順が日本語と異なる場合につける、日本語にあった語順を示す符号のこと。
原文一字一字の順序を変える場合には「レ」のしるしをつけ、語順の変化が二字以上にわたる場合には「一・二・三・・・」「上・中・下」「甲・乙・丙」「天・地・人」などの字を符号としてつける。
これは日本特有の方法らしく、朝鮮やベトナム中部(安南)など、漢文を読むほかの国には見られないという。

訓点②添え仮名
日本語の名詞には格を示す助詞がつき、また動詞・形容詞には語尾変化があるなど漢文とは大きな相違がある。これを補うために付けられる仮名のこと。

再読文字
異なる読み方で二回読まなければならない文字のこと。
「未・将・当・応」や「宜・須・猶・盍」が該当する。
例えば、「未」は、「いまだ」と読んだあとに、「ず」と異なる読み方でもう一度読む。これで「まだ~していない」という意味になる。
ちなみに再読文字のある漢文を、書き下し文にする場合は、一回目は漢字、二回目はひらがなで表す。
「過猶及」→「過ぎたるは猶ほ及ばざるがごとし。」

助辞
単独では,実質的内容のある意味をあらわさず、名詞・動詞など他の実字や文に結びついて、その語や文の意味を充実させるもの。
たとえば「於」は、場所、場合、目的、対象、離脱、出発、帰着、類別、理由、原因、比較、受動などをあらわすときに用いられる。
ほかにも「雖・者(仮定)」「則(因果・対応)」「也・乎(断定・詠嘆・疑問)」などあり、その性格もかなりバリエーションが多いが、文章のリズムしだいで使ったり使わなかったりする。

置き字
訓読では読まれない助辞。
接続の「而」、場所・比較・受身の「於(お)・乎(う)・于(こ)」、強調の「矣(い)・焉(えん)・也(や)」、文のバランスを整えるだけの「兮(けい)」の8つがある。これらは時と場合によっては読むこともあるが、特に「矣」「兮」は、まあ、まず読まない。

比較文
「苛政猛於虎也(苛政は虎よりも猛なるなり)」の時の「於」は前置詞(介詞)として比較の意味を表す。このように、形容詞の目的語(虎)が比較の対象を表す場合は、「於」は「~よりも」と読む。
「百聞不如一見(百聞は一見に如かず)」では、「不如(しかず)」がこれにあたり、必ず「に」の助詞から返り、「に」の前は体言か連体形がある。

選択文
「AはしてもBはするな」という形式。
「寧為鶏口無為牛後(寧ろ鶏口と為るとも牛後と為る無かれ)」は、「むしろ(=どちらかと言えば)~なかれ(=~の選択肢はない)」で選択文となっている。

受動文
「後則爲人所制(おくるるば則ち人の制する所となる)」の「+修飾語M++動詞V」は「MにVされることになる」という意味で、英語でいう受動態である。

使役文
「使天下無以古非今(天下をして古を以て今を非とすること無からしむ)」の「使」は「~ヲシテ・・・シム」と訓読する。
「令・教・遣」も同じように訓読される。

仮定文
テキストの例文が20もありキリがない。
とりあえず助辞を使うものとして「王若不聽用鞅、必殺之(王、もし鞅を用いるを聞かずんば、必ず之を殺せ)」の「若(もし)」や、「國雖大、好戦必亡(国大なりといえども、戦いを好めば必ず滅ぶ)」の「雖も(いえども)」が仮定の助辞である。

国文学史覚え書き

 英語にしろ国語にしろ、文系教科っていうのは、とりあえず歴史をやらせるものらしい。案外、文系教科の中核は社会科なのかもしれない。学習内容がかなりかぶるんだよな。

参考文献:大修館書店編集部編『社会人のための国語百科』

上代
日本文学が誕生した頃~奈良時代までの時代。

散文
日本で文学がいつ生まれたか明確には分からないが、最初の日本文学は口述によるものであったと考えられている(口承文学)。これは渡来人が漢字を伝えるまで日本人は文字を持たなかったとされているからである。
邪馬台国など、当時の政治や生活には儀式や魔術が深く根付き、この時伝えられていた神話は、やがて奈良時代になると『古事記』や『日本書紀』にまとめられることになる(記載文学)。
この二つは記紀神話と呼ばれるが、『古事記』が天皇の日本の統治者としての正統性を確立するために、いわば私史として編纂されたのに対し、『日本書紀』はリアリティを欠いた神話要素は控えめで、対外向けの日本の正式な歴史書(正史)となっている。
そのため、古事記の原本は失われ、最古の写本は江戸時代に愛知県の寺で再発見されたが、日本書紀はコンスタントに皇室が保存していた。
ちなみに、奈良時代以前にも歴史書はあったのだが、大化の改新の際に焼失している。
また、奈良時代には『風土記』というローカルな地誌学的史料も編纂された。
いずれにせよ、上代の文学は、渡来人や遣隋使、遣唐使によって伝わった大陸文化に大きな影響を受けていた。

韻文
日本は外国の文化を自国風に勝手にアレンジしてしまうのが上手いが、この時入ってきた漢字も例外ではなかった。漢字の意味はとりあえず無視し、音(読み)を日本語の話し言葉に強引に当てはめて使ってしまったのである(万葉仮名)。
その後、奈良時代末期に大伴家持によって最古の和歌集『万葉集』が編纂され、万葉仮名はある種の頂点を迎える。
最古の歌集である『万葉集』は、仁徳天皇~淳仁天皇までの治世に発表された歌、約4500首を収録しており、それらの歌の作者は天皇から庶民までとわけへだてない。
また、全体的に生活に密着した素朴な作品が多かった。タイトルの意味は「よろずの言の葉を集めた」という意味で、まさにタイトル通りの編集ぶりである。
その中で、特に歌の完成度がずば抜けて高く、のちの理想的詩人とされたのが、柿本人麿と山部赤人で、この二人は中古時代の六歌仙と対比され二聖と呼ばれている。
この時代には、最古の漢詩集である『懐風藻』も作られたことを忘れてはならない。当時は、漢文こそが正式な表現であり、仮名で書かれた文章は一段下に見られていたのである。この風潮は平安時代にかな文字が発明されたときも続いた。

中古
9世紀~12世紀で、ほぼ平安時代に当たる。

散文
初期は、唐の文化の影響が強く、上流階級の間では漢詩が流行、『万葉集』などの和歌は暗黒時代を迎えていた。
しかし唐が衰退し、遣唐使が廃止されると、唐風文化から国風文化への移行が始まった。
女性によるかな文字の発明は、和歌だけではなく散文にも影響を与え、日本最初のかな文字で書かれた物語こそ、かの有名な『竹取物語』である。
かな文字の登場によって、文字の階級化が起こり、公的で身分の高い文字が漢字、私的で身分の低い文字がかな文字と使い分けられるようになったが、漢字が使えない女性が使うものとされていたかな文字は、やがて男性をもとりこみ、紀貫之が女性の振りをしてかな文字を使って書いた『土佐日記』は女流日記文学のパイオニアとなっている。この作品は、『蜻蛉日記』、『和泉式部日記』、『更級日記』など後続の日記文学の原型となり、中世の随筆にも影響を与えた。
また、六歌仙の一人で美男子の在原業平に関する歌物語の『伊勢物語』は、セレブリティ溢れた作風で、特に『源氏物語』は大きな影響を受けている。
藤原道長の摂関政治が全盛を迎えた時代には、随筆『枕草子』の清少納言、長編小説『源氏物語』の紫式部が現れ、女流文学の黄金時代となった。
平安時代後期になると、かな文字で『大鏡』などの歴史物語が書かれるようになった。

韻文
貴族の間で漢詩が流行し、9世紀前半になるとそれは空前のブームとなった(漢風謳歌時代)。
しかし、その後遣唐使が廃止されると、国風文化が再評価されることになり、かな文字の普及も手伝い、多くの和歌が詠まれることになった。
こうして、ついに醍醐天皇による勅撰和歌集『古今和歌集』が満を持して登場することになる。収録された作品はほとんどが短歌であり、以後の和歌のスタンダードとなった。作風は、優美・繊細で、『万葉集』の「ますらをぶり」に対し、「たをやめぶり」である。

中世
鎌倉時代~安土桃山時代までの時代。

散文
武士階級の台頭はリアリズム、ノスタルジー、オリエンタリズムといった新しい価値観を生み出した。
特に、鎌倉時代に書かれた鴨長明の『方丈記』、兼好法師の『徒然草』は、平安時代の『枕草子』と共に三大随筆と呼ばれている。このふたつの作品は、作者の人間性や社会に対する思想がみなぎっており、ある種の普遍性がある。
また、琵琶法師によって『平家物語』が弾き語られ、やがて室町時代になると、南北朝時代を題材にした歴史物語『太平記』が語られるようになった。

韻文
寄り合いで盛んに行われた連歌が、和歌に代わって一つのジャンルとして確立したが、その連歌はさらに発展し、やがて俳句でつないでいくようになる。鎌倉時代には既に、風雅をメインテーマとする有心連歌と、滑稽をメインテーマとする無心連歌の二種類に分かれていった。
南北朝時代に作られた『菟玖波集』は、2000句を集めた連歌集である。
また、鎌倉時代には、藤原定家が『小倉百人一首』を作っている(小倉は藤原定家が住んでいた山の名前)。これは天智天皇~順徳上皇までの歌人の作品を一人1首ずつ合計100首集めたもので、江戸時代になると教養がいるカルタゲームとして広く知られるようになる。
さらに、13世紀の初めには、歌の名手だった後鳥羽上皇の命令で『新古今和歌集』が作られた。そこでは、幽玄(深すぎて言葉にならないこと)の理念が達成され、本歌取り、体言止めなどの新しい技法は、妖艶な美の世界を演出している。

近世
江戸時代のこと。

散文
徳川綱吉の治世になると、経済や産業が発達した京都や大阪の町人階級を中心に元禄文化が起こり、近世文学の最盛期となった。
市井の人々の暮らしを『浮世草子』で活写した小説家井原西鶴、『曽根崎心中』といった人形浄瑠璃の脚本を書いた近松門左衛門などが有名である。
18世紀になると、文学の中心は上方から江戸に移り、化政文化が起きる、この頃の文学は江戸文学と呼ばれる。江戸文学は、我が国の文学をさらに洗練し、都会的なものしたが、同時に退廃的なものにもなっていった。
小説では低俗で大衆向けの戯作が次々に生まれることになるが、『古事記』の再発見で国学などの古典研究も進み、思想的にも大きなムーブメントとなった。

韻文
元禄文化では、松尾芭蕉が『奥の細道』などの作品で、低俗なものとされていた俳句を崇高な芸術にまで高めた。
化政文化では、まず、元禄文化の松尾芭蕉をリスペクトしていた与謝蕪村、『おらが春』等で有名な小林一茶が優れた俳句を残した。
また、俳諧連歌から独立した17音詩が人気を得て、もともと創始者の柄井川柳(からいせんりゅう)の称号が、対象を景色に限定せず、口語OK、季語無しOKの俳句という一つのジャンルを指す言葉にになった。
さらに、風刺を効かせた滑稽な短歌である狂歌は、大田南畝の狂詩集『寝惚先生文集』をきっかけに社会現象となった。狂歌は短歌の本歌取り(リスペクトした上での引用、パクリ)のように、『古今和歌集』に収録されている名作をコミカルにした作品が多く見られる。しかし、明治期になるとほとんど姿を消した。

古典文学覚え書き

 夏休み中に国語のレポート全20本を書き上げようと思っているんですが、ついグダグダとネット動画を見てしまう今日このごろです。つーか、AbemaTVっていう無料のストリーミング配信でやってる『極楽とんぼのKAKERUTV』がめちゃくちゃ面白い。
 なんか『めちゃ×2イケてる』が、いよいよ打ち切りかって言われて久しいけど、結局あの番組が面白かったのって、ひとえにこの山本さんが面白かったからっていうのは絶対あって、この人が04年くらいに歴史の表舞台から姿を消してから、本当にもう見なくなっちゃったし、局側も番組自体をあまり放送しなくなったもんな。
 やっぱお笑いバトルロイヤルで、江頭さんに追い込まれた挙句に腹毛を食べる(&分けてあげる)という行動ができるのは、あのお豚様だけよ。

 で、スモウライダーから時は流れ10年あまり、ついにネット番組という形で極楽とんぼが完全復活!ポリティカル・コレクトネスでがんじがらめの地上波での復活をいっそ諦めたのがよい。
 それに、ネット番組といってもテレビ朝日が出資しているだけあって、番組のクオリティは遜色ないし(やっぱり深夜的なバラエティはうまい)、放送コードがゆるい分、地上波よりもずっと面白いという。隣の加藤さんがスッキリ!よりもスッキリ!してる。やっぱ仲いいんだなあって。
 つーか、かつての地上波がこんなんだったのにな。そりゃ誰もテレビ見なくなるよなっていう。完全になくなりはしないけど、ラジオや新聞みたいな保守的なメディアになるんだろうなっていう。北野武さんですら『テレビじゃ言えない』って新書書いてたしな。

 で、毎回番組の終わりに山本さんが罰ゲームで原宿駅近くに現れて、スモウライダーのように衆目から辱めを受けるんだけど、この番組って生放送だから、木曜日の夜に原宿をウロウロしてたら普通に山さんに会えるってことなんだよな。
 極楽とんぼの復活ライブのチケットは倍率が300倍とからしかったんだけど、番組を見る限り、罰ゲームを原宿駅で見に来る人は、ほぼゼロで、マジかよっていう。原宿というおしゃれな若者の街では、もはや認知されていないのか!?っていう。知らない人は知らないし、知っている人はヤバイ人って思っているのかもな(^_^;)

参考文献:近藤健史編『日本古典文学 Next教科書シリーズ』

『古今和歌集』
わが国最初の勅撰和歌集(天皇の命令によって作られた和歌集)。
プロジェクトの発案者は醍醐天皇で、当時の漢詩ブーム(漢風謳歌時代)にあえてあらがい、すでにオワコンの烙印を押されていた和歌のベスト盤を作らせた。
中心的選者は『土佐日記』で有名な、かな使いの名手、紀貫之である。

時代背景
時代としては、9世紀後半~10世紀中頃の、宇多天皇・醍醐天皇を中心とする寛平・延喜期、村上天皇の天暦期の時期にあたる。彼らは摂政関白(藤原氏)の影響から距離を置き、親政をおこなった点で共通している。『古今和歌集』の選者に藤原氏の名前がなく、代わりに政敵の紀氏が選ばれているのもそのためである。
さて、宇多天皇のお抱え学者だった菅原道真は、国風文化の成熟から遣唐使を廃止したが、これにより上代の『万葉集』が再評価され、新たな和歌ブームの息吹が見出されることになる。
都では、帝を中心に社交の場で歌合いが何度も行われ、和歌の批評(歌論)も表された。漢詩と違い、和歌は女性も参加できたことも大きい。

編集方針・編集意図
『万葉集』に入らなかった和歌や、現代までの和歌の優れた作品を選ぶというもの(実際には『万葉集』の歌が5首入っちゃってる。疲れていたのだろう)。
クールジャパンのように日本独自の文化を、朝廷みずから盛り上げようとしたとも思えるが、当時私的な文化にすぎなかった和歌を国家が公的に掌握するという意図もあったのではないかと考えられる。
収録歌数は1100首で、全20巻。季節、恋愛、離別、物の名の由来、などテーマごとに巻が分かれている。わずかに長歌もあるものの、ほとんどが短歌。後の勅撰和歌集の原型となった。
『万葉集』に収録された歌が力強い作風(ますらおぶり=男っぽい)であるのに対し、『古今和歌集』の歌は繊細で優美かつ知的(たおやめぶり=女っぽい)であるものが多い。枕詞・序詞くらいしかなかった技法もかなり増えた。

代表的な和歌
『古今和歌集』の和歌は3つの時代に区分されるので、時代ごとに紹介していく。

①詠み人知らずの時代
平安遷都(794)~六歌仙時代までの時代。
作者名のある歌が少ないため(全体の4割が作者不明)、こう呼ばれる。また、そもそも歌の数も少ない。
ただし、あえての匿名希望、名無しで詠んだ作品もここに含まれるので、必ずしも発表時期はこれに当たらない場合もある。
嵯峨天皇の兄の平城天皇や、閻魔大王の補佐をしていたとも言われる小野篂(おののたかむら)など、屈指の歌人がここに含まれる。
この時期の歌には『万葉集』の影響が見られ、枕詞や序詞が多く用いられている。恋の歌が多い。

故郷となりにし奈良の都にも色はかはらず花は咲きけり
(訳:平城京は荒れた旧都になったけれど、桜の花の色は変わっていない)

わたの原八十島かけて漕ぎてでぬと人には告げよ海人の釣舟 by小野篁
(訳:本当に隠岐島に流されちゃったんだけど、たくさんの島々を目当てに私は大海原に漕ぎ出していったのだと、家の人には伝えてくれ、このあたりの漁師さん)

②六歌仙の時代
清和天皇~光孝天皇の時代。
本書の仮名序(ひらがな版の序文)で「近き世にその名聞えたる人」とされながらも、軽くディスられている六歌仙――僧正遍照(へんじょう)、在原業平(ありわらのなりひら)、小野小町(おののこまち)、大友黒主(おおとものくろぬし)、僧喜撰(きせん)、文屋康秀(ふんやのやすひで)の活躍した時代である。
実際、評価が高いのは、当時すでにレジェンド化されていた美女小野小町、イケメンだった在原業平、そして僧正遍照くらいである。
大伴黒主など百人一首にも選ばれていない作家もいる。総じて、みんな個性的だが、作品数が少なかったり、技巧が単純だったりと一長一短といった評価であった。
ちなみに、六歌仙のうち生没年が明らかなのは遍照(816~890)と在原業平(825~880)の二人だけで、彼らの年代から六歌仙の年代が決められている。
この時代は、歌合も始まり、表現も一つの言葉に二つの意味をのせる掛詞(かけことば)、同じ言葉を使うのではなく、その言葉に関連する別の言葉を持ってくる縁語(えんご)等、フリースタイルダンジョン的な斬新な技法も現れた(つーか和歌って上品なラップだよな)。
また、七五調が優勢になり(やはりラップだ)、自身の内面を深く見つめ、普遍的な恋を詠んでいる。

あさみどり糸よりかけて白露を玉にもぬける春の柳 by僧正遍照
(訳:新芽のついた薄緑色の糸をより合わせて、白露を美しい玉のようにその糸に貫いている、ネックレスのようにすばらしい春の柳だ)

思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを by小野小町
(訳:あの人のことを何度も恋しく思いながら寝たから、あの人が夢に現れたのかしら、もしそれが夢と知っていたら、私は目を覚まさなかったのに)

③撰者の時代
『古今和歌集』の編纂に携わった4人の選者が活躍した時代。
この頃になると、歌合だけではなく屏風歌(和歌を屏風に書く)も盛んになり、和歌の社会的地位も一段と上がった。掛詞、縁語、比喩、見立て、擬人化といった表現も六歌仙時代よりも一層進み、言葉遊びの風体をなす作品も見られるようになった。
このことは歌が現実の世界から離れ、言葉自体の観念的世界を作り得るほどになったことを示している。
実際、本書の仮名序では「力を入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思わせ、男女の中をも和らげ、猛き武士の心をも慰むるは歌なり」と、言葉の力(言霊信仰※文字ではないのに注意)と、「やまとうた(和歌)」の正統性を強く論じている。

久方の光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ by紀友則
(訳:陽の光がのどかに照っている春なのに、その春に背いて散る桜の花は、あわただしく切ない思いで散っているのだろうか)

袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ by紀貫之
(訳:暑かった夏の日に、袖が濡れるのもかまわず手にすくった山の清水、それが寒さで凍りついているのを、今頃は春の暖かい風が溶かしているのだろう)

風吹けば落つるもみぢ葉水きよみ散らぬかげさへ底に見えつつ by凡河内 躬恒(おおしこうちのみつね)
(訳:風に吹かれて池の上に落ちたもみじの葉は、水面を美しく彩っている。そして、水が清いために、散らないで枝にある葉の影までが、池の底に見え隠れしていて美しい)

寝るがうちに見るをのみやは夢といはむはかなき世をもうつつとは見ず by壬生忠岑(みぶのただみね)
(訳:寝ている間に見るものだけが夢なのだろうか、いやそうではない、はかないこの世もうつつとは思えないのだ)

近代文学に生き延びる「江戸」
日本の近代文学の経緯において江戸時代の文学は特別な存在であるとされている。それは、江戸時代が明治維新という近代化によって断絶された近世に属しながらも、一方で明治時代と連続していた時代だからである。
近代の作家にとって、江戸時代の文学は克服すべき過去であり、それと同時に時には規範とすべき古典だったのである。

戯作(げさく)
江戸時代後期の黄表紙(大人向けの絵入り小説)や、それが長編化した合巻(ごうかん)、伝記的な小説である読本などの、大衆的かつ通俗的な読み物のこと。
明治時代初期にも生き残り、文明開化によって大量発生したと思われる西洋かぶれがもっぱらおちょくりのターゲットになったりしていた(牛鍋料理店を舞台にした『安愚楽鍋』など)。文体は会話文を積極的に盛り込み、テンポが良い。

坪内逍遙と曲亭馬琴
著書『小説神髄』において、「小説の主脳は人情なり、世態風俗これに次ぐ」と、新しい時代の小説が向かうべき方向性を論じた。
つまり、小説は、人の心の動きを描くことが最も大切であり、次いでそういった人々を取り巻く世の中の写実的な描写が重要なのだと宣言したのである。
坪内逍遙が、人情を強調する背景には、江戸時代の文学がそれをないがしろにしていたという認識があったからに他ならない。そして、その代表格が江戸時代後期の作家曲亭馬琴の作品だった。
逍遥は、彼の代表作『南総里見八犬伝』に登場する八犬士が完全無欠な人物として描かれていることに対し、「決して人間とはいい難かり(=あんな人間いねえよ)」と述べ、善人は最後まで善人、悪人は最初から悪人という、単純化された勧善懲悪の世界観を基本姿勢として貫いたが故に、無理なストーリー展開を強いられ、リアリティ(と人情)を欠いたものになってしまったと批評している。
こうして、逍遥は近代の小説はまず持って馬琴を克服するところからスタートしなければならないと考えたのである。この主張は、二葉亭四迷など後続の作家たちに大きな影響を与える事となる。
ただし、このことは裏を返せば、明治時代になってもそれだけ馬琴の『八犬伝』が盛んに読まれていたことを意味している(逍遥も読んでいたから批判できたわけで)。
あの芥川龍之介も馬琴のファンだったらしく、『戯作三昧』では、作品において理想的なモラルを優先させるか、リアルな心情を優先させるかのディレンマで悩む、馬琴の心情を描いている。

稗史(はいし)
『八犬伝』や『三国志演義』、『水滸伝』のように、物語の舞台や時代設定は実際の歴史から引っ張りながらも、ストーリーはむちゃくちゃのフィクションになっている時代小説を指す。
正史認定されていないが故に、その価値は低く見られがちなジャンルだが(いわばサブカル)、その反面、民間伝承や物語などを自由に展開させることができるという、大きな魅力を持つ。
明治に入っても、中里介山の『大菩薩峠』(内容はニヒルな世界観の『るろうに剣心』だと思う)など、このジャンルは描かれ続け、現代でも時代を超えた支持を得ている。
ちなみに調子に乗ってやり過ぎると、ガチの歴史ファンを敵に回すが、こういう時の決まり文句は98%「どんな形でもその分野に興味を持つきっかけになればいい」ってやつね。うるせーよっていう。

井原西鶴
明治20年代に入ると、坪内逍遙の『小説神髄』の影響を受けた作家が新しい小説のあり方を模索し始めるが、そこで直面したのが、馬琴の勧善懲悪ものに代わるオルタナティブな規範(お手本)である。
彼らは、人情や社会風俗を写実的に描写するための新しい文体を求め、二葉亭四迷などによって言文一致(口語体で文章を書くこと。この記事)が提唱されたりもしたが、依然として模索が続いていた。
そこで注目を集めたのが、江戸時代前期に浮世草子で人気を博した井原西鶴の、世相や風俗を写実的に描く作風と、その独特な文体である。
その背景には、明治維新以来の欧化主義への反動(=古典の再評価)が高まったことがあった。
西鶴の文体は、雅俗折衷文(地の文は上品な文語体、台詞の文は俗っぽい口語体で書く文体のこと)とも呼ばれ、新しい文体を実践する試みとして大きなムーブメントとなった。
尾崎紅葉の『伽羅枕』では、フェイトな運命を背負った女性が、吹っ切れて遊女としての人生を歩み始める様が描かれ、金や欲にまみれた非情な現実をテーマにした西鶴作品に通じるものがある。
また、太宰治は、井原西鶴の有名な人情話『西鶴諸国はなし』の「大晦日はあはぬ算用」をオリジナルアレンジし(『新釈諸国噺』)、トラディショナルな武士の義理人情を、より強調して描いている。
さらに、大阪出身の武田麟太郎と織田作之助は、西鶴作品のローカル感(大阪ならではのユーモア)に着目し、庶民の生活を活写しながらも、その先行きの見えない現実もしっかりとスケッチしている。

近代文学覚え書き②

 ワン・モア・ケンジ。

『雪渡り』
自分の地元では雪はほとんど降らないので実感ができないが、豪雪地帯では、畑も野原もすべて雪に覆い隠され、多様な地形を“平地化”させ、どこへでもいけるようになるのだという。これがタイトルの雪渡りである。

岩手県出身の宮澤賢治は、地元をはじめとする民俗学的な伝承に詳しく、その知識は『鹿踊りのはじまり』など、自身の作品に様々な形で取り入れられている。
本作も同様で、研究者によっては、この童話に出てくる銀世界を黄泉の国のメタファーと捉えたり、民族伝承においてキツネは神の使いだから、作中の鏡餅はうんぬん・・・と難しく解釈しているが、個人的にそれらはただの自己満足的な深読みであるようにも思える。

童話が寓話的要素を持つということに異論はないが、まずもって童話とは対象のこどもたちが楽しめるようにシンプルにつくられているものであり、ディティールの深読み(たとえば『やまなし』の「クラムボン」など)は、本編のおまけ要素に過ぎないと考えるべきであろう。こどもは知識ではなく直観で鑑賞するのである。
また、宮澤賢治は民俗学とともに自然科学にも強い点(農学を教えていたこと)を見落としてはならない。つまり、普遍性、客観性と、実証主義の重視である。

宮澤賢治作品が、しばしばローカルな農村を題材にしながらも、国家的ナショナリズムを超越し、普遍的なヒューマニズム、コスモポリタニズムを感じさせるのは、その視点のためであろう。
これは、しばしば偏見や思い込みを生む、民俗学的な伝承と対極的な視点で、主観と客観のバランスの良い両立こそが、宮澤賢治作品の真骨頂だと私は思う。

作中における偏見とは、童話や伝承におけるキツネの「人間をそそのかし、化かす」といったネガティブなイメージである。
『雪渡り』のキツネの子ども(紺三郎)は、「キツネの子が出すダンゴはウサギのフン」と言う主人公の少年に丁寧にこう嘆く。
「いヽえ、決してそんなことはありません。…私らは全体いままで人をだますなんてあんまりむじつの罪をきせられてゐたのです。」

さらに、少年が「そいぢゃきつねが人をだますなんて偽(うそ)かしら。」と言うと、「偽ですとも。けだし最もひどい偽です。だまされたといふ人は大抵お酒に酔ったり、臆病でくるくるした人です。」と、キツネは人をだましてはおらず、すべて人間の方が勝手にだまされたと感じていただけだという衝撃の事実を告白する。
そのキャラ造形は、自分たちの種族のネガティブなイメージを払拭しようとミーティングを行う『ファインディング・ニモ』のサメたちのように愉快でコミカルである。

もちろん、この時点では紺三郎の弁解はキツネサイドのブラフである可能性があるのだが、人間の子と、キツネの子、さらにどちらも三男坊だったり四男坊だったりと、彼らの中で不思議な親近感が生まれつつあり、最初のキツネの提案を少年が断ったのも、相手の心理の読み合いなどではなく、純粋におなかがそこまで減っていなかったのだろう。

実際、キツネの子たちの幻燈会(人もキツネも11歳までしか入場できない!)に呼ばれた少年は、世間一般のキツネのイメージよりも、目の前にいる紺三郎の言葉を信じてキツネのダンゴを口に入れるのである。
そこに見られるのは、種族を超えた友情と科学的実証精神に他ならない。このエンディングのすがすがしいカタルシスには、民俗学的な深読みは野暮というものなのである。

宮澤賢治は、閉鎖性を持つ伝承の世界に、理性の光という近代的なエッセンスをあえて加えることで、ドラマ性を高め、新感覚の童話を構築したのである。
ステレオタイプを鵜呑みにせず、まず自分自身で思考し、体験し、確かめてみることが、相手との信頼を築くのであるという、その教訓は、情報化社会に生きる私たちにとっても重要な示唆を与えてくれるに違いない。

『やまなし』
クラムボンの正体が気になるとドツボにはまるエピソード。
水面に見える光だか泡だか知らないが、たかが沢ガニの戯れ言である。
重要なのは幼い沢ガニブラザーズがそれを美しいと感じていることであり、美しいものに意味を求めてはいけないというケンジの教訓である(本当か?)。
さて、チャプター2では季節が変わり冬(やまなしが実っているので秋説アリ)になるが、成長したカニ兄弟の口から「クラムボン」というワードは出てきていない。
やはり、ちびっ子特有の見立て遊びだったのかもしれない。そして、今度は「泡」ってはっきり言っちゃってる。・・・泡な気がする。
ちなみに、クラムボンの仮説で一番笑ったのは「クラブ(カニ)・ボンバー」説ね。マイケル富岡氏の揚げ玉ボンバーに匹敵する珍ワードである。

『氷河鼠の毛皮』
初見の読者を恐怖と混乱に陥れた『注文の多い料理店』同様、スポーツ感覚で必要以上に動物を殺すハンターは、ケンジの仏教的モラルにおいては容認できない存在らしい。
幸い、若者の「おまえらが魚を捕って暮らすように、俺たちも毛皮を獲らないと暮らしていけないんだ」という機転で、一触即発の事態は免れたが、やはり己のつまらない欲や見栄で殺生をしてはいけないのである。
余談だが、そんなハンターも近年後継者が減り、高齢化が進み、森の動物を上手く間引けなくなっているという。ニホンオオカミが滅んだ今、森の生態系の調整弁として、こうした自分の必要以上に動物を殺すハンターが必要とされているのは、なんとも皮肉である。
そういえば、自分の祖父もハンターで、足跡の形や経路から獲物の種類や行動パターンを推理していて、幼心にかっこいいと思っていた。

『グスコーブドリの伝記』
両親を失った少年が森でたくましく生きる『ロミオの青い空』みたいな話なのかなと思ったら、途中からにわかに地学分が上がり、ラストはまさかのアルマゲドン。
近年めっきりみない、学者ってかっこいいなって思わせる作品でもある。私もそんな物語を提供したい。
ちなみに、本作の挿絵はあの棟方志功で、また、プロトタイプの『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』では、同じような境遇で育った主人公が裁判官となり慢心する。全然違う!

近代文学覚え書き①

 大正時代の作家、ミヤケン(宮沢賢治)の作品を読む単位。ほかの近代作家は勝手に読んでろ!みたいないさぎよさがよい。
 また、私も長いこと大学でさまざまな単位を取り続けているけど、レポート課題が「自由に論じなさい」は初めて見たよw本当に自由に書いていいのか、その反面めちゃめちゃ要求水準が厳しく、自由という名の地雷なのかは判断に困るが、自由に論じさせてもらいました。

『注文の多い料理店』
宮沢賢治が生前に刊行した唯一の童話集である。文庫版の解説(650ページ)にもあるように、一冊の童話集は複数の短編童話作品の寄せ集めではなく、音楽CDでいうならばアルバムである。つまり、どの作品(シングル)を選んで、どういう順番で収録するか、という意図的な構成が試みられている場合が多い。
したがって、本作に収録されている9つの童話(序文を入れるとちょうど10つ)にも、通底するテーマや世界観があるはずで、それが童話集全体を“一つの作品”にしているのである。その共通項を見つけるために、まず各エピソードを順に振り返ってみようと思う。

1.序
これから紹介される童話の舞台がさりげなく紹介されている。
そこから、ケンジが日常的な情景にある何気ない美しさを捉えていることがわかる。こういった感性や時間的ゆとりは、幼い子どもが共感しやすい部分だと思う。
自分も小学生くらいまで近所の山の中に入り、森に差し込む太陽の光、それがあたってきらめく葉の上の露の美しさに感動していたが(目の細胞は年をとるごとにくすんでいくらしいので、子どもの頃のほうがそういった情景が鮮やかに見えていたのかもしれない)、30歳を過ぎるとさすがにヤバい大人だと思われるのでそういう遊びはめっきりしていない。しかし、たまに学校でへんてこな虫や爬虫類を捕まえたり観察して童心に帰っている。
シマヘビ.jpg
ちなみに私はヘビは大丈夫だが、カブトムシの幼虫は気持ち悪くて触れない。他人のおちんちん触っているみたいで。
脱線したが、思い返せば、居場所の選択肢が家、学校に限られる子どもが、唯一、大人たちの支配から逃れることができるイーハトーブ(ケンジの考えたユートピア的世界)が身近な自然だったのかもしれない。
最近の子どもは野山で遊ばないと言われるが、それは大人社会からの逃避先がテレビゲームやスマートフォンに変わっただけに過ぎない。
とはいえ、それは0か1の単純化されたシグナルであって、複雑なものを複雑なまま受け入れる訓練にはなりえないと思う今日このごろである。

2.どんぐりと山猫
トップバッターの作品は、作品集全体のテーマを代表的に象徴するエピソードである場合が多い。
手紙でヤマネコに森に呼び出された少年が、どんぐりコミュニティの言い争いを仲裁するという内容で、子どもの頃にしか訪れることができないイーハトーブの世界観が貫かれている。
ヤマネコ、馬車別当、どんぐりと、イートハーブの住人は総じて無能で、かつ愛らしく、解説では、『デクノボウ』礼讃であるとともに、優劣関係自体の相対化も試みられているとされているが、それはメタ的な大人の解釈だろう。
思い返せば、子どもの頃は自分勝手な価値観を絶対視していたわけで、そこに相対主義などはない。だが、主人公の少年は、そういった愛くるしくも独善的な子どもの世界に、大人の対応をして諍いを収めてしまうのである。
つまり、このエピソードは大人になりつつある少年が子どもの世界に別れを告げる教養小説なのである。
ちなみに、ヤマネコは本エピソードとは違ったキャラ造形で『注文の多い料理店』で再登場する。

3.狼森と笊森、盗森
実在する3つの森の名前がどういう由来で付けられたのかという物語の設定が途中から無視され、崩壊する、その適当さが印象的な作品。もう付けられてるじゃん。みたいな。
序で作者が「なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。」と小泉総理の国会答弁なみのエクスキューズをしたことを思い出しニヤリとしてしまう。
というか、この物語で作者が本当に描きたかったのは、入植者である人間のコミュニティと、それを受け入れ、時に拒む森や山との、プリミティブな攻防戦であろう。
こういった経緯(自然の恵みに感謝したり、しなくなったり、時々畏怖したり)で徐々に自然信仰(アニミズム)はできていったのだろうなと考えさせる、わりとメタ的な視点を持つ内容となっている。語り部に寿命が非常に長い岩石をチョイスしたのも、これが理由だろう。
ラストに岩石が、森へのお供え物が最近小さくなったとこぼすのがいい。人間は忘れる生き物であり、過去からあまり学ばないのである。

4.注文の多い料理店
表題作。
童話集のタイトルになるくらいなので、ちびっこが笑顔になるハートウォーミングな内容だと思っていた。小学校の国語の教科書に載っていた『ねずみのつくったあさごはん』のような動物が料理で恩返しする話や、フジテレビのドラマ『王様のレストラン』のようなオーダーが多く忙しい料理店の話かと。
ちがった。ホラーだったのである。
主人公が、わりと遊び感覚で動物を殺すハンターである時点で、ちょっと穏やかじゃない展開になりそうだな、とは思った。
彼らは猟犬の死すら金銭的損失にしか捉えておらず、教訓的寓話が多い童話の世界では、まずこういうやからはひどい目に遭うと相場が決まっているのである。
つまり、本作は『王様のレストラン』ではなく、獲物を狙うハンターが、逆に獲物になってしまうという『ロスト・ワールド ジュラシック・パーク』だったのである。
ハンター達を化かして自分で自分を料理させようとするのがヤマネコなのがいい。これがオオカミだとこういう悪知恵を使った作戦は取らなそうだし、仮に取られたらハンターの二人は助からなかったであろう。キツネも人を化かすが、基本的に単独行動のイメージがある(キツネが集団で人をばかす昔話を私はよく知らない。ぽんぽこはタヌキだったし)。
ネコだからいいのだ。ネコだから、途中で仲間割れをし、それが(メタ的には滑稽であるやり取りのはずが)、食われる当事者にとっては統制のとれていない連中の只中に放り出されるという、不安と恐怖を増幅させる演出になっているのである。
また、死んでもまったく心を傷めなかった猟犬によって九死に一生を得るというラストも皮肉が効いている。しかし猟犬は確か冒頭で死んじゃったはずである。ということは…というホラー結末も想定できる。
しかし全エピソードでもっとも恐ろしいこの話を表題にした理由が気になる。なんにせよ、9つの中で一番インパクトが強いエピソードであることは確かである。

5.烏の北斗七星
純粋な子どもたちの世界ではなく、残酷な大人の世界(戦争)をカラスで擬人化した、イデオロギー色の強い異色作。
これを短篇集のちょうど真ん中に置いているのは何か意図がありそうである。確かに、このエピソードがトップバッターやラストであると、童話集の体裁で反戦的なメッセージが強調されかねない。
さて、『銀河鉄道の夜』『グスコーブドリの伝記』などで、自己犠牲を美化していると批判されることもある宮沢賢治だが、それは大切な誰か、もしくはコミュニティの幸せのために生きることの尊さ、幸福を伝えたいのであって、その対象は相手の命を奪う戦争ではないのである。
つまり、ケンジは決して死を肯定してはいない。普遍的な生の素晴らしさを登場人物が肯定するからこそ、彼らはときに利他的に動くのである。
これを踏まえると、同一のテーゼ(普遍的な生のための自己犠牲精神)が戦争を扱った本作でも貫かれていることがわかるだろう。

 どうか憎むことのできない敵を殺さないでいいように早くこの世界がなりますように。そのためならば、わたくしのからだなどは、何べん引き裂かれてもかまいません。(『カラスの北斗七星』より)

6.水仙月の四日
人間の子と遊びたいが、人間には見えない、という孤独な雪童子のエピソード。
ケンジのふるさと岩手県の豪雪から着想を得たと思われる。
水仙月とはケンジが創作した暦の一つらしい。フランスの革命暦みたいな。
昔の子ども(もしくは途上国の子ども)は、親に普通教育を受けさせる義務がなかったために、大人扱いされてよく働かされたのだが、そういった社会的なペーソスがこの作品にはある。
つまり、自分の本意ではないんだけど仕事だからやらねばならぬ的なストレスを、幼い子どもに強いているという、時代の悲哀が満ちているのである。

7.山男の四月
山に住む男が、どう考えても怪しい中国人商人にだまされて、薬で箱に変えられてしまうというエピソード。全編で最もファンタジー色が強い。そして唯一、伝家の宝刀の夢落ちを明確に使用している。
中国人キャラの「アナタ~~するよろし」という口調は、この頃からあったのか、よもやケンジが確立したのか非常に気になるところである。

8.かしはばやしの夜
トップバッターの『どんぐりと山猫』と同様に、人々が固執する順位や優劣関係を破壊するエピソードだが、ビルドゥングスロマンの『どんぐり~』とは異なり、こちらのほうがずっとシュールかつ詩的、感覚的な内容となっている。
いきなりケンカを売ってくる画家、木(自分たち)を切るなら地主だけじゃなくオレたちにも酒をよこすのが筋と言う柏の木の大王、評価は先着順というめちゃくちゃな提案をされて何も疑わず次々に歌を詠む柏の木々・・・「まるでキチガイ病院だ!」(C)キリヤマ隊長。
こういういかれたノリはルイス・キャロルっぽくて好きです。

9.月夜のでんしんばしら
地面に深く固定され、それぞれが電線でつながれており、明らかに動くのに不向きと思われる電信柱を果敢に動かせたケンジのチャレンジ精神が光るエピソード。
さらに、互いにつながれているという拘束性から軍隊を連想したのが上手い。
しかし、停電した客車に電気をつけるため、果敢に列車に飛び込んだ「電気総長」を名乗るぢいさんのその後が気になる。でもたぶん大丈夫。勢力不滅の法則だから。

10.鹿踊りのはじまり
手ぬぐいを初めて見るシカたちが勇気を持ってその正体をつきとめようとするラストエピソード。
『狼森と笊森、盗森』と同様に民俗学的雰囲気が強い(鹿踊りも岩手県に実在する)。
なんとなくだが、ケンジは最後のエピソードにこれを持ってくるか、『狼森~』を持ってくるかで迷ったような気がする。
だが、「最近の人間は自然をかえりみなくなったなあ」という岩のぼやきで終わるよりは、箱の中身はなんだろな的バラエティ路線で終わった方が、子どもたちはきっと喜ぶだろうという判断のもと、この打線を組んだに違いない(本当か?)
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