英米文学1覚え書き①

 ちょっと臨時に置いておきます。そのうち追加&訂正。

参考文献:板橋好枝・高橋賢一編著『はじめて学ぶアメリカ文学史』

アメリカン・ドリーム
古代ギリシャのアトランティス伝説以来、西方はヨーロッパ人にとっての黄金郷であり、17世紀に大西洋を渡った移民にとってもアメリカの新大陸は理想郷だった。
新大陸は旧大陸の封建制による圧迫のもとで果たせなかった理想、願望の実現の場となった。アメリカンドリームは自由、平等、機会均等など、移民が実現しようとした理念の総称であり、人間の基本的権利として独立宣言に謳われた。
アメリカの夢にはこういった約束の地に「楽園」を求めるピューリタン的な崇高な精神性とともに、物質的な欲望の実現を求める世俗的側面もあった。独立宣言の起草者のひとりであるフランクリンは、ピューリタン的な勤勉と倹約を奨励し、また、実力さえあれば身分によらず誰しも成功し富を築くことができる可能性を説いた。つまり、富の獲得が職業的な有能さの証とみなされ、神の意思に沿うものであると考えられたのである。
こういったすべてが個人の努力次第という考え方は、西漸運動やフロンティアスピリットにつながり、やがて宗教的・精神的理想は薄れ、世俗的・物質的な夢として人々の価値基準となった。

アメリカ文学の開花(19世紀中期)
国家の自立基盤も固まり、世界で最も進んだ民主主義の国という考えが広まったこの時期はロマン主義的な文芸興隆期と呼ばれ、独特な想像力の展開を見せた。
それまでのピューリタニズムによるたがが外れ、多様な潮流が奔放に噴出、超絶主義、懐疑的ロマン主義、草の根民主主義、合理主義などが、それぞれの内部に曖昧性を残しながらも存在を主張した。これをアメリカ・ルネッサンスという。
アメリカ・ルネッサンス期においては、自然に対する人間精神の照応関係が最も重要な意味を持った。エマソンの「自然」、ソローの「ウォールデンの森」、ホーソーンの「森」、メルヴィルの「海」、ホイットマンの「草の葉」(『いまを生きる』の「おお船長わが船長」の作者)など、自然がアメリカ・ロマンティシズム期のキーワードとなるのである。

明白な天命
マニフェスト・ディスティニー。北部と南部の対立が深刻化していた19世紀初頭に大衆のあいだで広まった、「西部の未開の地に入植し、独自の理想郷を実現する」という、白人の利己的な拡張主義のこと。
もともとは「若きアメリカ運動」の活動家でコラムニストのジョン・オサリバンの造語で、「毎年のように増大するアメリカ国民の果てしない発展のために、神によってあてがわれた北米大陸を膨張させるのは明白な天命である」という超自然的論理のもとに、自然の無差別な破壊と、先住民に対する暴力的駆逐が正当化された。
また、1849年にカリフォルニアで突発したゴールドラッシュは、大衆に成金の幻想を与え、西部への拡張主義をさらに促し、南北の矛盾から大衆の目をそらせた。

超絶主義
理性や五感で理解できるものを超絶(トランセンデンド)し、自己の直観により絶対的なもの(神や真理)を把握するという主張。
コールリッジやカントといったドイツ観念論の影響を受ける一方、アンチ・カルヴィニズム(反カルヴァン)を主張するチャニングらのユニテリアニズム(単一主義。三位一体を否定し、神の唯一性を強調する主義)から発展した宗教色の強い思想だった。
個人の内面をすべてにおいて優先させ(自己信頼)、人間の精神を宇宙の中心とし、自然は人間精神のメタファーであるとみなす超絶主義の考えは、1830年代~50年代のアメリカ・ルネッサンス(アメリカ文学最初の隆盛期)の精神をもっともよく体現し、理知よりも心情を、思弁よりも想像力を優位に置くロマン主義に通じていた。
その中心人物だったラルフ・ウォルド・エマソンは、「森の中で我々は理性と信仰に立ち戻る」と述べ、ピューリタンがかつて「荒野」と呼んだアメリカの大自然に対して「新しい文学や思想を生む土地」という新たな認識を与えた。

Henry David Thoreau (1817-62)
コンコードの鉛筆製造の家に生まれたヘンリー・デビッド・ソローは、ハーヴァード大学で古典文学を学び、卒業後はコンコードに戻ってエマソンら超絶主義者と交流し、その影響を受けつつ独自の作風を築いた。
28歳の時、ソローは湖畔の森の中に丸太小屋を建てて、約2年間におよぶ晴耕雨読の生活を始めた。『ウォールデン 森の中の生活』(Walden;or,Life in the Woods,1854)は、その時の生活の詳細な記録であり、ソローの詩人博物学者および社会批評家の両面が鮮明に現れた代表作である。
作中において、ソローは「to front only essential fact of life」と、人生の本質に直面するためだけに森での生活を始めた、と述べている。ここに超絶主義における自己信頼の思想を実践しようとするソローの意志が見受けられ、さらに「to know it by experience」という一文から、超絶主義者が直観だけではなく個人の経験も重視していたことが分かる。こういった思想的土壌があったからこそ、プラグマティズムがアメリカで生まれたのである。
ソローが後世に与えた影響は、それだけではない。
1846年7月、奴隷制度とメキシコ戦争に反対し、人頭税の支払いを拒んだソローは牢屋に入れられ、この出来事はのちに講演やエッセイになった。(“Civil Disobedience”,1849)
政府(多数派)の決定が誤っている場合、正しい少数派のとるべき手段は何か、民主主義をさらにもう一歩進める政治形態とは何か、という彼の理想主義かつ精神主義的な政府論は、その後ガンジーやキング牧師に大きな影響を与えることになる。
彼は、土地測量や家業の手伝い以外は決まった職に就かず、独身で個人主義的な自由人としての一生をコンコードで送り、44歳で結核でなくなった。

Nathaniel Hawthorne(1804-64)
ナサニエル・ホーソーンは古いピューリタンの家系に生まれ、大学卒業後12年間にわたって書斎に引きこもり、読書と創作を続けた。1839年にボストンの税関に就職、また超絶主義者達が中心となって作った革新的実験農場ブルック・ファームに参加するが、人間関係に失望し、半年で離脱した。この経験は、常に臆病な傍観者を装った語り手が共同体の人間関係を凝視する『ブライズデイル・ロマンス』(The Blithedale Romance,1852)の手法の元ネタとなった。
その後、セイレムの税関に就職、代表作の『緋文字』(The Scarlet Letter,1850)執筆に取り掛かる。
さて、彼の先祖は異教徒の迫害や魔女裁判を行ない、こういった先祖の罪業は、彼の作品に強い影響を与えている。『緋文字』ではピューリタン倫理の根底をなす原罪、世俗的ピューリタンの独善、タブーを破って姦通をした情熱ゆえの罪といったさまざまな罪が描かれ、“罪の意識”という緊迫したテーマにつながっている。
この中でホーソーンが特に関心を抱き、非人間的であるとした罪が、許されざる罪(the Unpardonable Sin)であり、これは、過度の好奇心を持って他者の心の奥にある密かな情念の根拠を追い詰め、その結果他者の人格を破壊してしまうという罪である。

He has violated, in cold blood, the sanctity of a human heart.――(The Scarlet Letter)

こういった、ホーソーンの個人の内面への凝視の根底には、超絶主義者の楽観性、ピューリタニズムの偽善性に対する懐疑の念が強く存在しているのである。

リアリズム文学の隆盛(19世紀後期~20世紀初頭)
この頃のヨーロッパでは、ロマン主義に対抗して自然や人生をありのままに描こうとするリアリズム文学の運動が盛んであった。
一方のアメリカでは南北戦争が終わると地方色の文学が起こり、写実主義への土壌は出来ていたものの、文壇は圧倒的に保守的だった(リアリズム文学を不快なものの代名詞であるとみなした)。
この状況に対してリアリズム戦争を仕掛けたのがハウエルズだった。彼は『ハーパーズ・マンスリー』誌においてドストエフスキーなど海外の新しい文学を精力的に紹介し、リアリズムのための論陣を張った。また彼自身も平凡な中産階級の社会風俗を作品の中で描いている。
彼の他にアメリカにリアリズム文学を根付かせた作家には、フロンティアの生活を口語体で描いたマーク・トウェインや、心理的リアリズムの領域を開拓して20世紀文学の道を開いたヘンリー・ジェイムズなどが挙げられる。
他方、リアリズム文学が実証主義哲学と結びついて、生物学的、社会学的実験の様相を帯びたのがゾラの提唱する自然主義文学であった。人間の運命は環境・遺伝・偶然によって決まってしまうという決定論の立場から、個人の性格、倫理的責任の追求より、生物的、経済的、社会的側面からの科学的観察が重視された。
また、雑誌を中心に始まった社会不正糾弾の傾向はフィクションにも現れ、シカゴの食品缶詰工場の内幕を暴露したシンクレアの小説『ジャングル』は純正食品法成立のきっかけとなった。
さらに、この時代は地方色の作家をはじめとして女性作家の活躍が目に付いた時代でもあった。イーディス・ウォートンは19世紀末のニューヨーク上流社会の風俗習慣を背景に女性の自画と葛藤を描いた。エレン・グラスゴーは1850年代から現代に至るヴァージニア社会の変遷を一連の小説にした。彼女の作品『不毛の地』は自立したたくましい女性が描かれている。
南北戦争が終わったことで黒人の文筆活動も活発化し、彼らは後のハーレム・ルネッサンスの礎を築いた。

地方主義の文学
アメリカの文学は、南北戦争以前はニューイングランド地方(アメリカ北東部。北からメイン州、ニューハンプシャー州、バーモント州、マサチューセッツ州、ロードアイランド州、コネチカット州。桃太郎電鉄USAでカード駅が並ぶどん詰りなところ)を中心に動いていたが、戦後社会の急速な産業化および画一化に抗うように、地方を題材にする作家が現れた。
薄れゆく地方独自の風土、方言、文化などを描写した記録文学的なリアリズムと、懐古的な哀惜感を伴ったロマンティシズムの混在が特徴。
この背景には、南北戦争後の自国再認識の気運の中で、複数の文学雑誌が新人作家発掘を競ったことが挙げられる。
その先駆者は、カリフォルニアを題材としたブレット・ハートである。
地方色の作家にはほかにも、『アンクルトムの小屋』のストー夫人といった女性作家、中西部の農村をリアルに描いたエグルストン、南部の黒人作家チェスナットなどがいる。なかでもマーク・トゥエインはアメリカを代表する国民的作家になった。

Mark Twain(1835-1910)
東京ディズニーランドでもおなじみのアメリカの国民的作家。
ミズーリ州フロリダの貧しい開拓者の家に生まれたトウェインは、12歳の時に父親が亡くなると学校をやめ、見習いの植字工を経てアメリカ各地を放浪、南北戦争開始までミシシッピー川を運航する蒸気船の操舵手となる。船上での4年間は大学時代に当たり、創作に欠かせない人間観察の場となった。
ちなみに「マーク・トウェイン」はペンネームで(本名はサミュエル・ラングホーン・クレメンズ)、船の航行に最低限必要な水深(2ひろ)に注意を促すかけ声である。
その後、西部に金鉱を探しに行ったりしていたが、ユーモア作家アーティマス・ウォードやブレット・ハートとの出会いから『ジム・スマイリーと彼の跳び蛙』(“Jim Smiley and His Jumping Frog”1865)を発表、この作品により全米的知名度を得たトゥエインは、巧みな語り口、ユーモアと笑いを武器に『赤毛布外遊記』(無邪気なアメリカ人旅行者がヨーロッパの文化や歴史を笑いのめす)などのベストセラーを次々に執筆する。
こうしてアメリカ随一の人気作家となったトウェインは、無垢な子どもの目から見た文明批判というテーマを一貫して追求していくようになる。『トム・ソーヤーの冒険』(The Adventures of Tom Sawyer,1876)『ミシシッピ川の生活』(Life on the Mississippi,1883)『ハックルベリー・フィンの冒険』(Adventures of Huckleberry Finn,英1884米1885)ミシシッピ三部作と呼ばれ、どれも文明(大人社会)の前に消滅する自然と、失われた子ども時代を主題としている。
自然と文明の対立、孤独と死、逃亡と追求、人生への開眼などのアメリカ的主題と、自由と解放を求めて冒険を繰り返す主人公の姿はアメリカ文学における子どものイメージを確立し、かのヘミングウェイも「すべてのアメリカ文学は『ハック・フィン』に由来する」と高くリスペクトしている。
ただし、1作目の『トム・ソーヤー』が子ども時代への郷愁を描いているのに対し、3作目の『ハック・フィン』では現実を生きる子どもの恐怖と幻滅感が強調されており、晩年には、こういった文明批判と人間への懐疑はさらに深まり、未完となった幻想的な時空間の旅物語『不思議な少年』(The Mysterious Stranger,1916)では、救いようのない厭世観、虚無主義が強く描かれている。

アメリカ文学の成熟(1920年代~30年代)
第一次世界大戦後、アメリカ小説は世界文学への道を歩み始める。その口火を切り、リアリズム文学に新たな次元を付け加えたのがシャーウッド・アンダソンだった。短編の名手であった彼は、フロイト的視点から人間の内面というもうひとつのリアルに目を向け、次世代の作家たちが進むべき道しるべとなった。
また、同時代のシンクレア・ルイスは『本町通り』『バビット』などで閉鎖的な中西部の田舎町を鋭く風刺し、写真的リアリズムの極致に至った。
さらに、今世紀アメリカの主要な幻想作家であるキャンベルが現れ、現実風刺と人間の夢想を主題とするとともに、カーン、イージアスカらユダヤ系文学など少数民族の文学の芽生えも見られた。
文学批評では毒舌家メンケンらの活躍がめざましく、アメリカ文明とピューリタニズムを大いに批判した。

ロスト・ジェネレーション
1920年代~30年代に活躍したアメリカの若手作家の世代のことで、ロストは「失われた」というよりは、目的を見失い「迷える」といったニュアンスに近い。
19世紀末に生まれた彼らは、20代に等しく第一次世界大戦を経験し、その多くは既存の価値観(ヴィクトリアンな厳格なモラル)や戦後のアメリカ社会に失望し、パリに渡り、そこでガードルード・スタインらの感化でモダニズム(既存の作品を打ち破る実験的な文学)に触れた。失われた世代という語は、このスタインによるものである。
彼らの新しい感性は、小説の主題を社会の表面から人間の内面へと変え、新たな表現形式と、数々の名作を生んだ。
中心人物は、ヘミングウェイやフィッツジェラルド、フォークナーで、戦争への好奇心は絶望に、国家に対する忠誠心や正義は疑念に・・・といったように価値観が消滅した世界に対する強い虚無感が、彼らの文学作品の大きな特徴である。
ちなみに、ロスト・ジェネレーションの人は中年になると世界恐慌や第二次世界大戦を経験している。かなり可哀想。

Ernest Hemingway(1899-1961)
20世紀のアメリカ小説の巨匠。シカゴ郊外に生まれ、少年時代は腹部ミシガンの森で遊ぶ自然児であり、ときに家出を試みる反逆児だった。
高校を卒業すると一年間だけ短い記者修業をし、翌年の1918年に志願してイタリア軍の赤十字に参加、負傷兵の輸送に当たる。重傷を負って入院したミラノの病院では看護婦に恋をするが失恋する。
19年に帰国。翌年にシカゴでアンダソンと知り合い、創作上の影響を受ける。21年に結婚、新聞社の特派員としてパリに行く。アンダソンの紹介状をもとに「ロスト・ジェネレーション」生みの親スタインを訪れたヘミングウェイは、モダニズムの洗礼を受け創作に励んだ。
アメリカでの第一作『われらの時代に』(In our time,1925)は、大戦を経験した1人の少年の成長を追う短編集で、各短編の間に戦場での光景の一コマを挿入する実験的な方式と、感情を抑えた簡潔で即物的な口語体の語り口が特徴である。
自伝に近い素材の利用、“非情な文体”(ハードボイルドスタイル)と呼ばれる独自の文体の駆使、極限的状況への関心、暴力と死、空虚な観念よりも純粋な感覚の充足を求める生き方などのテーマは、代表的長編『武器よさらば』(A Farewell to Arms,1929など、以降のヘミングウェイ作品すべてに通底するカラーを予告するものだった。
既存の価値観が消滅した世界で自分の感覚を絶対の基準とする態度は、彼が戦争を通過することにより鍛え上げた感性であり、学び取った方法なのである。
やがて不動の名声を手に入れた彼は、タフガイのイメージそのままに、アフリカでの猛獣刈り、スペインでの闘牛観戦、スペイン内乱での活動など、生の充足を求めた。
ノーベル文学賞を受賞した名作『老人と海』(The Old Man and the Sea,1951)で見事な老成ぶりを示したヘミングウェイだったが、体力的衰えとノイローゼによって61年に猟銃で自殺。劇的な生涯を閉じた。

現代アメリカ文学

Kurt Vonnegut(1922-2007)
1960年代~70年代に圧倒的人気を誇ったペーパーバック出身のSF作家。
ドイツ系移民4世としてインディアナポリスに生まれ、大学では生化学を専攻した。在学中第二次世界大戦に従軍、ドイツ軍の捕虜としてドレスデンの屠殺場に送られ、そこで連合軍の無差別爆撃に遭遇する。ドイツ人でありながらドイツ人に捕らわれ、連合国の軍人でありながら連合国軍に爆撃されるという不条理を受けた経験は、ヒューゴー賞受賞作品『屠殺場5号』(Slaugh-terhouse-Five,1969)に自伝的に描かれる(主人公は同じ状況下で宇宙人に誘拐される)。
終戦後は、再び大学に入り、そこで人類学を学ぶが学位が取れずに中退、その後ジェネラルエレクトリック社に就職する。この経験はディストピア小説『自動ピアノ』(Player Piano,1952)の着想の元になった。ここで描かれるのは、奏者のいらない機械化されたピアノに象徴される、機械が人間を管理する知識階級社会である。
ヴォネガットは、二流と見なされるペーパーバック(大衆文化)が生んだ作家であり、また大学生の評価(カルト的人気)が批評家に先んじた点でも重要なケースである。
ヴォネガットの作品の登場人物は、体制の圧力から常に自由で変化に富む存在であり続けようとし、この心の在り方に、ヴェトナム戦争の徴兵、文明社会の生態系の破壊といった不安を抱えている若者が真っ先に共感を覚えたのである。
現代の視点から見ると、いささか傷つきやすく純粋過ぎる点も含めて、ヴォネガットはアメリカの反体制文化を代表する作家なのである。

英語学概論覚え書き②

 Hello, everyone!come on!join us!why not ECC?(I'm just saying.)

 というわけで、第2回は英語辞書に載っている謎のルーン発音記号について。イギリスの連中、こんなに微妙な音を聞き分けてんだな。英語の先生曰くhomeの「ホーム」はネイティブ的には「ホゥム(hoʊm)」らしいよ。

音素
語の意味を区別する働きがある音声上の最小単位。
例えば、英語ではpとbは異なった音素なので、ピッグとビッグは別の単語として認識される。
逆に「いらっしゃい」と言ったとき、最初の「い」と最後の「い」は微妙に異なった音(最後の「い」は実際はかなり「え」に近い音)が出ているが、人はこのふたつの「い」を同じ音として認識している。
このように、実際出される音ではなく、抽象的な概念としての音を音素といい、/i/のように斜線を用いて表記する。
また、言語音は口腔内で空気の流れが妨げられるかどうかで、母音(妨げられない)と子音(られる)に区別される。

母音
日本語の母音はアイウエオのたった5種類しかないが、英語はその三倍以上あり、かなり微妙な区別をつけている。

ʌ(強いア。ウに近い)文字は「キャレット」と呼ぶ。例:but, fum, come
æ(アの口をしてエを発音)文字は「アッシュ」と呼ぶ。例:camp, bath, fan
ɚ(アー )例:bird, term, third
ai(アィ)例:eye, iron, idea smile
au(アゥ)例:house, out, count
ά(アォ。口を縦に開けてオを混ぜる)例:hot, not, lock
i(イ)例:fit, income, hit
i:(イー)例:fee, she, believe
u(ウ)例:book, should, put
ʊ(ウ)uとほぼ一緒。文字は「ラテンウプシロン」と呼ぶ。
u:(ウー)例:to, loose, through
e(ほぼ日本語のエだが気持ち口を広げる)例:let, lead, air
ɛ(エァ)例:care
ei(エィ)例:fate, they, great, stay
o(オ)
ɔ(オよりも口を開くオ)文字は「オープンオー」と呼ぶ。例:rock, off, frost
ɔi(オィ)例:boy, joy, join
ou(オゥ)例:note, no, slow, boat
ɔ:(オォ)例:cloth, cost, dog
ə(弱いァィゥェォ)文字は「シュワー」と呼ぶ。例:about, tulip, calcium

さらに母音は、以下の三つの基準で分けられる。
①高低(舌の最高点の高さ。高いほど口は開かない)
A高母音 B中母音 C低母音
②前後関係(舌のどの部分が最も高く上がるか)
A前舌母音 B中舌母音 C後舌母音
③唇の形(唇を丸めて発音するかどうか)
A円唇母音 B非円唇母音

この三つの基準で英語の母音を分類すると、以下のようにまとめられる。
ʌ(ウに近い強いア)①低 ②中 ③非
æ(喉の奥をしめるア)①低 ②前 ③非
ɚ(アー)①中 ②中 ③非
i(イ)①高 ②前 ③非
i:(イー)①高 ②前 ③非
u(ウ)①高 ②後 ③円
u:(ウー)①高 ②後 ③円
e(エ)①中 ②前 ③非
ɛ(エア)①中 ②前 ③非
o(オ)①中 ②後 ③円
ɔ(オよりも口を開くオ)①低 ②後 ③非
ɔ:(オォ)①中 ②後 ③円
ə(弱いァィゥェォ)①中 ②中 ③非
ə:(弱いァーィーゥーェーォ)①中 ②中 ③非

子音
c, q, x, yは発音記号では用いられない。
フランスではHは発音できないと言うが、英語の子音では~Hの発音をめちゃめちゃこだわり、それを表すために、数学のシータっぽいやつやインテグラルっぽいやつが出てくる。
また、半分母音というどっちつかずなやつもいる。花輪くん、そんなスナフキンのような立場が許されると思っているのですか。

b バ行。例:bed
d ダ行。例:dog
f 「ef」の「f」※無声 例:four
g ガ行。例:game
h ハ行。例:horse
j ヤ行。ジャ行ではない。半母音。例:young
k 「kei」の「k」※無声 例:come
l 「el」の「l」例:lunch
m 「em」の「m」 例:make
n 「en」の「n」例:name
p パ行。※無声 例:put
r ラ行。半母音。 例:run
s 「es」の「s」※無声 例:sea
t 「ティー」※無声 例:today
v 「ヴィ」例:visit
w ワ行。半母音。例:work
z 「ズィー」例:busy

以下は数学に出てきそうな軍団。
θ(TH)舌の先を上下の歯で軽くはさんだサ行。例:thank
ð(DH)舌の先を上下の歯で軽くはさんだザ行。文字は「エス」と呼ぶ。例:this
ʃ(SH)シャ行。文字は「エシュ」でインテグラルではない。※無声 例:shock
ʒ(ZH)ʃを濁音にした「ジュ」dʒと区別。文字は「エジュ」と呼ぶ。例:usually
tʃ(CH)チャ行。※無声 例:chance
dʒ(JH) tʃ を濁らせた「ヂュ」ʒと区別。例:Japan
ŋ(NG)「ング」文字は「アグマ」といいフランクリンが考案した。例:swimming

さらに子音は、以下の三つの基準で分けられる。
①声の有無(有声か無声か)

②調音位置(口腔のどの部分で空気の流れが妨げられるか)
両唇音:上下の唇で調音。p、b、m、w
唇歯音:上の歯と下唇で調音。f、v
歯音:上の前歯と舌先で調音。θ 、ð
歯茎音:歯茎と舌先で調音。t、d、s、z、r、n、l
硬口蓋歯茎音:歯茎から硬口蓋にかけてと前舌面で調音。ʃ、ʒ、tʃ、dʒ、アメリカのr
硬口蓋音:硬口蓋と前舌面で調音。j
軟口蓋音:軟口蓋と後舌面で調音。k、g、ŋ
声門音:声門で調音。h

③調音方法(空気の流れがどのように妨げられるか)
破裂音(閉鎖音):呼気の流れをいったん止めて急に口腔を開いて発音。p,t,k,b,d,gなど。
摩擦音:呼気の通り道を狭くして、そこから押し出す。f、θ 、s、ʃ、v、ð、z、r、ʒ、h
破擦音:呼気の流れを閉鎖した後、急に開かず狭い隙間から呼気を押し出す。tʃ 、dʒ
鼻音:呼気を鼻腔に抜く。m、n、ŋ
側音:舌先を歯茎につけて、呼気を舌の両側から出す。l
半母音:舌が母音の調音位置へ移行するときに出る短い音。摩擦音に近いが母音に近い音が聞こえる。w、アメリカのr、j

英語学概論覚え書き①

 ハローエヴリワン!ついに本ブログに新カテゴリー「語学」が登場だ!カモン、ジョインアス!ホワイノットECC?(言いたいだけ)
 しかし、ジュニアハイの英語も怪しい私がユニバーシティの英語の単位取れるのかなって思ってたんだけど、ユニバーシティの英語ってなんとまあ、ほぼ社会。
 世界地理や世界史の知識があると、わりと有利にレポートが書けてしまうという・・・嬉しいけど、おそらくこれ、求めているような英語力つかないぞって気もする(^_^;)でもまあ、雑学としてわりと楽しいからいいか。

参考文献:長谷川瑞穂著『はじめての英語学』

英語の分類学的位置
英語はインド・ヨーロッパ語族に属し、その使用者は世界人口の約半分に及ぶ。
インド・ヨーロッパ語族は8つの語派に分けられるが、英語はゲルマン語派に分類され、さらに、ゲルマン語派は、紀元前1000年代に北ヨーロッパで生活していたゲルマン民族の移動に端を発し、東ゲルマン語(ゴート語に発展。死滅)、西ゲルマン語(ドイツ語、オランダ語に発展)、北ゲルマン語(スウェーデン語、デンマーク語、ノルウェー語に発展)に分けられる。英語に発展したのは、その中でも西ゲルマン語である。
西暦449年にヨーロッパ大陸北西部からゲルマン民族(ジュート人、アングル人、サクソン人、フリジア人)がブリテン島に侵入し、彼らが使っていた言語が英語に発達した。
また、ゲルマン語派の他に英語に特に関係が深い語派として、ロマンス語派とケルト語派がある。
ロマンス語派はローマとその周辺で使用されていたラテン語から発展した語派で、ラテン語の口語から発展した主な言語としてフランス語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語、ルーマニア語などがある。
その中でもフランス語、スペイン語、ポルトガル語は、植民地の拡大によって南米やアフリカなどにも広まっている。ロマンス語派は現在5億人によって話されている。
ケルト語派は、紀元前5世紀頃南部・中部ヨーロッパに生活していたケルト族が使用していた言葉で、現在ではイギリス、アイルランド、フランスの一部にしか残っておらず、ヨーロッパ各地に残る碑文によってかつての繁栄が伺える。
ケルト族の言葉はゲール語としてアイルランドやスコットランドの一部に、ウェールズ語としてウェールズ地方に、ブルトン語としてフランスのブルターニュ地方の方言に残っている。

英語の語彙数
英語の語彙は非常に豊富であり40万語を超えると言われている。
その理由として以下の3つの理由が考えられている。
①英語を話すブリテン島が大陸に近い島国で、別の言語を話す民族に度々侵略を受けたこと。
②そのため、英語は1000年ほどの期間に単純化(名詞や形容詞に性別がなくなり、変化形も減った)が起き、外国語をそのままの形で受け入れられるようになったということ。
③英語話者は、別の言語から単語を借用したり、それを組み合わせることで言葉を新しく作ることに抵抗がなかったと言うことなどが挙げられる。

英語の歴史的変化
1600年前、ヨーロッパ北部に住んでいたアングロサクソンを中心とするゲルマン人がブリテン島に渡ったことで英語の歴史が始まった。
ブリテン島に先住していたケルト人はアングロサクソンに退けられてしまったが、彼らが使っていた言葉の名残はロンドン、ドーヴァー、テムズなどの地名やMac~(~の息子)といった言語に残っている。マクドナルドハンバーガーがMcDonaldとDも大文字なのはこのため。

その後、8世紀から300年間にわたってヴァイキングが英語にスカンジナビア語の影響を与えた。
ヨーロッパ全土を荒らし回る海賊であり、また交易者でもあったヴァイキングは、イングランドの北東部に定住・同化しスカイ、エッグ、シスターなどの名詞や、ゲット、テイク、ウォントといった動詞、ゼイといった代名詞をもたらした。ヴァイキングが英語の文法の単純化に貢献したという説もある。

また、キリスト教の拡大によって神の言葉だったラテン語がヨーロッパ文化の共通語となり、様々な形で英語に取り入れられた。
ラテン語が英語に影響を与える過程は、

①古英語の時代(700~1150年)
ゲルマン人がまだ大陸にいた時代。記録が乏しい。

②中英語の時代(1150~1500年)
公式文書、学問、宗教におけるラテン語の用語が取り入れられた時代。フランスを経由した可能性が高い。また英語は書き言葉としての地位が低かったために、各地の方言が強い。
この時代の末期にはルネサンスが起き、古代ギリシャ文化を知る窓口として書物から直接ラテン語が導入されることになる。

③近代英語の時代(1500~1900年)
絶対王政のもと、英語が共通語として確立した時代。
国民を統治するため『英国国教会祈祷書』『欽定訳聖書』などが編纂された。
またシェイクスピアなどの文学や、ジョンソン、ラウスらの辞書の登場も近代英語の発展に大きな影響を与えた。

の三つに区分される。

フランス語が英語に影響を与えた決定的な事件が1066年のノルマンコンクエストである。これによりフランスにも領土を持った王朝がイングランドを治め、フランス語は支配者の言語としてイングランド人に積極的に取り入れられていった。
そのため、上等なものや加工されたものはフランス語系の言葉が使われ(ハウス、オックス)、一般的なものや粗末なものには本来の英語が使われる(マンション、ビーフ)といった特徴が見られ、英語はフランス語の一方言であると言われる程までに、膨大な数の語彙を英語に提供した。

中世以降、イギリスがヨーロッパ諸国との交流が盛んになると、英語は多くの他の言語から言葉を借用した。
クロックなどのオランダ語、スタッフなどのドイツ語、デザインなどのイタリア語、ギターなどのスペイン・ポルトガル語などがそれである。
また、その過程から標準英語(基準となる正しい英語)が急速に生まれることとなる。
標準英語ができた背景には他にも、社会の安定、君主制による中央集権化、公教育や国軍の整備、文学や出版文化の発達などがある。

標準英語
17世紀後半から、新聞や雑誌、本格的な辞書が続々と刊行され、書き言葉の標準化がかなりのレベルで進んだ。
発音の面では中英語の末期(16世紀あたり)からロンドンを中心としたイングランド南東部の話し方(アクセント(accent))が標準的な発音と見なされるようになった。
19世紀になると上流階級の子弟が通うパブリック・スクールで地域性のない特有の話し方(容認発音(Received Pronunciation))が生まれた。容認発音はイギリスの国営放送のBBCの電波によって広まり、標準的な発音(BBCアクセント)と見られるようになった。
しかし、この発音をする人はイギリスの人口の5%にすぎないと言われている(アッパーミドルクラスの絶対数が少ない)。
また、教養のある人でも出身地の話し方を保つ人は多く、発音に関して言えば書き言葉ほどの標準化は行われなかった。

イギリス英語事情
もともと4つの国を合体させている連合王国なので、公用語は規定しておらず、地域により言語事情もかなり違う。その点に配慮して学校教育(ナショナル・カリキュラム)では英語以外のEU諸国の公用語(フランス語、ドイツ語、スペイン語、オランダ語、イタリア語など)のどれかを学ぶことになっている。

イングランド
ほとんどアングロサクソンなので英語の圧勝。ケルト系のコーンウォ-ル語が残ってはいるが母語として使っている人は皆無に等しい。

スコットランド
ケルト系の子孫が多いため、ケルト語を起源とするスコットランド・ゲール語が島嶼部を中心に残っており、わずかだが母語としている人もいる。
さらにスコットランド・ゲール語を文化として残そうという運動も盛んで、かつてイングランドの強敵だっただけあって、今なおイングランドからの独立を求めたりもするし、ショーン・コネリーもスカートをはいてケルト魂を見せたりする。
スコットランドには他にもゲルマン語系のスコットランド語、アルスター・スコットランド語などもあり、これらはイギリス英語の方言と見なされることもあるが、2001年の「少数言語に関するヨーロッパ憲章」において言語として認められた。

ウェールズ
歴史的にケルト系の子孫が多く、ケルト語起源のウェールズ語を使える人口は20%弱おり、英語と共に公用語として対等な地位にある。

北アイルランド
やっぱりケルト系の子孫が多く、アイルランド・ゲール語の話者がいる。サッチャー政権の時代にはプロテスタント系とカトリック系の紛争が続いていたが、98年に和平条約が結ばれ北アイルランド議会が設立、言語問題も活発に議論されている。

アメリカ英語事情
合衆国憲法は特定の言語を公用語にこそしていないが、様々な場面において英語は事実上の公用語となっており、そのため、建国以来多数押し寄せた移民も2世、3世になると完全に英語と同化してしまった。
一方で60年代の公民権運動の影響から、68年に二言語教育法が制定、学校ではバイリンガル教育がおこなわれ、政府刊行物、公共案内、運転免許試験では英語以外の言語を選択できるようになった。
しかし80年代に入りレーガン政権になると、バイリンガル教育は莫大な費用がかかる上に国家統合の問題にも関わると、英語公用語化運動が高まった。
憲法を修正して英語を公用語にする修正案こそ実現しなかったが、州レベルで見ると、住民投票によってバイリンガル教育が廃止された州も多く、英語を公用語とする州は31州にも上っている。
とはいえ、近年非白人の比率は高まる一方で、英語公用語化に反対する思想(多言語主義)や運動(イングリッシュプラス)も盛んである。特にヒスパニックの人口はアフリカ系アメリカ人を追い抜き、カリフォルニア州では深刻な問題となっている。

奇蹟がくれた数式

 「面白い度☆☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆☆」

 大きな数字には慣れている。
 
 去年からずっと観たかった、代数学ガチ勢シネマをついに鑑賞!!いや~「シネマテークたかさき」っていう映画館しかこの辺ではやってなくて、北関東自動車道をドライヴンして行ってきたんだけど、この映画館、すごい雰囲気が素敵。
 めっちゃ商店街の中にあって、古きよき昭和の小劇場感半端ねえ。上映作品も『92歳のパリジェンヌ』とかいぶし銀なやつばかりで、お年寄りの憩いの場になっていたのであった。一部、オシャレ系の若いカップルもいたけど8割が上品なシルバー層。カルティラタンみたいな。よく知らないけど。
 
 や~しかしラマヌジャンっていつか映画になりそうな数学者だなあって思ってたんだけど(あとガロア)、本当に映画化されたっていうね。この人を知るまでは、人類で一番知能が高いのは、映画でも言及されているニュートンだと思ってたんだよ。
 でも、こいつの登場で、ランキングが変わったよね。ニュートンは自身も言っているように、ガリレオやケプラーといった、これまでの偉大な研究者のレガシーをしっかり先行研究した上でああいった業績を残せたわけで、普通の研究者が各駅停車なら、ニュートンはのぞみくらいの存在だったとは思うけれど、レール自体はわりと定向的なものだったと思うんだよ。ニュートンが出てこなくても、近代という時代のレールがある程度定まっている以上は、遅かれ早かれこういう発見にたどり着いただろう、と。
 だけどさ、ラマヌジャンはちょっとおかしいよね。路線自体を別に作っちゃったというか、そもそもレールの上すら走ってないだろっていう。
 ラマヌジャンの本で、「32年という短い地球滞在であった」みたいな記述があるらしいんだけど、確かにあの人は定期的に地球にやってきて人類に知性を与えてくれる系の異星人なんじゃないかっていうwエジプト文明あたりもこの人が関わったよ、みたいな。

 ニュートンがのぞみなら、ラマヌジャンはドローンだよね。

 大げさじゃなく、とにかくこの人すごいんだよ。藤原正彦さんによれば、ラマヌジャンは古本屋かなんかで買った公式しか書いていない(証明もない)つまらない目録本一冊だけを参考に、独学で数学の研究をしたらしい。
 しかも、ノートにびっしり書かれた4000以上の数式はほとんどが未発見で、さらに彼は女神マナギーリが教えてくれたから絶対あってると、証明にはてんで興味を示さなかったもんだから、こいつの数式が本当に合っているのかの検証にめちゃくちゃ苦労したわけである(彼の唯一の参考書に証明が載ってなかったのも関係するんだろうな)。
 ここらへんがこの映画の見所なんだけど、この検算はその後100年近くかかり、近年やっとだいたい終わったらしい。なかにはブラックホールの研究に使えるものがあったりしたりなんかして、100年前にどうしてこういう発想に至ったのか見当もつかないという。やはりID説なんだよ!

 人生×2。

 で、このラマヌジャンの「神様が教えてくれた」的な宗教チート技、西洋的な数学の世界ではやっぱり「いやいやいや・・・」って感じで、彼の才能を見出したベテラン数学者ハーディは、ラマヌジャンを一人前の“西洋的”数学者にさせようと、証明の重要さを何度も叩き込もうとするんだけど、ラマヌジャンにとってそれは唯一絶対である神の存在に対する否定にほかならない訳で、とどのつまり不毛な進学論争みたいになっちゃうんだよね。
 ハーディは、優生学的な思想を冷徹に否定するハーディ=ワインベルグの法則とか考えただけあって、神や人間の意志といった主観的ファクターを自然科学的な研究からオッカムのシェーバーで排除するような無神論者で、さらに独身貴族という、ラマヌジャンと対極の人生を歩んできた人なんだよね。
 科学哲学的に言うと、これは本質主義論争と呼ばれるものなんだけど、結局は二人の男の人生哲学のぶつかり合いなんだよね。
 ただ二人が共通しているところが一つだけあって、二人とも神に裏切られるのが怖いんじゃないかな、と。だからラマヌジャンは神から授けられた数式を検算されるのを嫌がるし、ハーディは晴れたクリケットの日に雨傘を持っていく。
 で、最終的にラマヌジャンの数学の才能ではなく、“ラマヌジャンそのもの”を認めることができたハーディは王立協会のフェローに彼を推薦するときにこんなこと言うんだ。

 数式は創るものでなく、既に存在していて――ラマヌジャンのような天才に発見されるのを待っている。
 
 つまり、近代科学の実証主義も、ある種の本質を仮定しなければ成り立たないだろっていう。私も科学と宗教を対立させて考える人には、科学こそが最大最強の宗教勢力だろうって言うんだけど、科学革命の原動力はイエッスキリスト教なわけですよ。
 全知全能の神が創りたもうた世界だから、秩序だったルールが存在するに違いない、という自然観こそが実証的な科学研究のモチベーションになったわけであって。神を厚く信仰する人たちが、神の存在を確認する訳だから、そりゃ必死なわけですよ。
 それに、無神論というのも結局神の存在を強く意識しているから出てくるっていうのもあるしね。熱心な無神論者は、オレ達みたいに仏教も神道もキリスト教も(最近ではケルトも)イベント的に消費しちゃう日本人よりもずっと信仰に厚いだろっていう。
 事実、江戸時代までの日本の数学(算学)はパズルゲームとして消費こそされど、自然科学のツールとして用いられることはついぞなかった。私たちには本質がなかったのである。

 絵みたいなものさ。

2017年の抱負

 元日っすね~。

 こんばんは。今年もよろしくお願いします。昨年のいまごろはバリバリ元気に天文学とか勉強していた気がするんですが、今年はいきなりの体調不良で不穏な空気が漂っています。
 さて、理科や数学が宣言通り大晦日までにすべて片付いたのでスッキリした半面、再び目標を見失ったわけで、いや、じゃあ、漫画とかの続き描けばいいじゃんって感じなんだけど、描く描く詐欺を初めて早三年。感覚とか取り戻すのに大変なリハビリ必要だぞこれって感じになっちまった。
 自分の人生でこれほどのブランクって生まれて初めてだからなあ。なにかしらコンスタントに描いてはいたんだけど、体調不良を理由に年賀状のニワトリすら描くのが億劫な始末よ。
 結局クリエイティブな活動って心身ともに疲弊するんだよね。それが勉強だと偉い人の発見をただ追っかけているだけでいいからはるかに楽。ジュラシック・パークのマルカム博士に説教されるレベルにまで落ちぶれたものよ。
 で、今年の目標としては、やっぱり大学の修士課程を目指して、最大のライバル英語に向き合う時が来たかな、と(院試に英語あり)。
 というか高校時代に赤点連発だったガクスーが以外にもとんとん拍子で単位が取れたこと(しかも確率論以外すべて優)を受けて、苦手教科に対しても自信がついた。

 例えば、ししとうなんか子どものころ苦いだけで何が美味いんだって思ってたけど、だんだんあのアダルティな魅力を理解・許容できるようになるじゃん。

 イングリッシュもそういうものなんじゃないかな。(かっこつけた)

 というわけで、政治経済の2014年、自然科学の2015年、数学の2016年に続いて、2017年は英語を極めます!
 ・・・と、うそぶいたはいいけれど、中学レベルも怪しい恥ずかしい大人の自分は、小坂大魔王のPPAPもECC的な学習教材ビデオだと思ってたくらいなので、どっから手を付けていいかさっぱりわからん。
 そしたら、トイック?とやらで高得点を取った国際派アメフト選手の木村君が遊びに来てたので、英語の学習法に関して相談をしたところ、以下の必勝法を授けてくれた。

①外国(英語圏)の彼女を作れ
男は下心が絡むとどんな努力も苦にならないというから、それなりに納得のできる学習法だと思うんだけど、この北関東のどこでそんなパツキンと知り合えるのだろうか。そして私なんぞが相手にされるのだろうか。

②青年海外協力隊に行け
特におすすめなのが時差がないオーストラリアらしい。今あったかいしね。
確かに、この年になってそろそろワールドを見たほうがいいのかなって気もする。『LIFE!』のベンさんに自分は少なからぬ影響を受けているからな。

 でも、ふと思ったんだけど、大学院の試験で必要な英語力と①②で得られる英語力って若干ずれてないかって気もする・・・でもでも、海外留学って人生経験的にいいな。相変わらず飛行機が怖いけど、人間死ぬときゃ死ぬしな。
 テロも怖いけど・・・死ぬときゃ死ぬしな。
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