『理系バカと文系バカ』①

 サイエンスライター竹内薫さんの新書です。

 やっぱりこの人の文は面白い!

 この前新書は嫌いって言ったけど、それは昨今の新書ブームで、どこもかしこも新書をたくさん出版してて、まるで玉石混交の情報の塊と化したネットと変わらないと私が思っているからです。
 読書嫌いな人にも気軽に読ませようとする新書は、内容が薄く読み応えが無いものも多いし、それにしては700~800円は高いよなあ、と。
 読解するのに2週間かかった『進化の存在証明』なんて600ページで2800円ですよ?こっちのほうが読み応えあってお得だと思うんだけど・・・

 しかしなかにはいい新書があって、結局本の良し悪しはハードカバーや新書がどうこうじゃなくて、著者の実力次第ってこと。
 この本はそういう意味でかなりお勧め!笑って読めるし、この前読んだ小飼さんの新書が一冊20分で読み切れちゃったのに対して、この本はちゃんと読めば3時間はかかるので、720円にしては読み応えもあってかなりお得なんです。
 特に理系馬鹿と文系バカの傾向を分析する第1章は秀逸で、あとは現在の日本の科学の現状分析の話なんで、竹内さんが後に出した『なぜ科学はウソをつくのか』と結構かぶるんだけど(私はこっちを先に読んだ)それでも新書価格だし買う価値はあり!

 この本の言いたいことは至って単純。バランスの取れた知性には、理系的思考と文系的思考どっちも大切だよねってこと。
 だから理系の人は「文学なんて大雑把でつじつまがあってない」なんて言わずにもっと文系学問を学んで、文系の人は「数学は役に立たないし小難しい」とか言って理系学問を避けてはいけない。じゃないと文系は文系の価値観にしがみついた文系バカだし、理系も理系バカになるよってこと。
 竹内さんは理系、文系バカを文系か理系どちらか一方の狭い価値観だけしかないバカな奴と定義していますが、読み進めていくとそれは単にそいつの人間性の問題なんじゃねえか?っていう話もちらほら・・・wこれがとにかく面白い。

 特に理系バカのコミュニケーション能力の下手さ=無礼さ=わがままさは本当に五歳児レベルで、世界的に有名な科学者同士がどっちが先に論文を読むかでケンカし、熱湯の入ったケトルを投げつけ傷害罪で捕まったなんて話は、何で物理のプロが熱湯の入ったヤカンを人に投げつけたらどうなるか分からないんだ?って思うんだけど、とにかく理系には、自分の研究分野のことになるともう周りが見えなくなる人が多いってことらしい。真のオタク気質なんだな。
 そういえば福岡伸一さんの『生物と無生物のあいだ』でも、そんな科学者同士の意地のはり合いや、しょうもないケンカのエピソードはけっこうあったし、こんなこと知っちゃますます「将来は科学者になろう!」なんてちびっ子は現れないし、科学離れも加速するっての。

 竹内さんは大学で哲学と物理学をどっちも学んだ稀有な人だけど、やっぱり根は科学少年だと思うから、文系バカの分析は理系の立場から冷静に(そもそも分析自体が理系の十八番だけどね)、そして理系馬鹿の分析はかなり自虐的に書いているのが笑える。
 だいたい理系じゃないと、文系への突っ込みでしかし、レモンの酸っぱさの最大の要因はビタミンCではなく、クエン酸であることを忘れないでいただきたい(46ページ)なんてイカした文は書けません!

 竹内薫さんって結局のところこういう理系バカが出た不器用なところが可愛い。んで福岡伸一さんは同じ科学者でも生物やっているだけあって文学的。
 だから女性と一緒に夜空を眺めて「太陽は核融合によって徐々に膨張し、50億年後には地球を飲み込んでその時に生命は宇宙に帰る」とか身も蓋もないことを言う不器用な理系が竹内さんなら、女を口説くために星座に纏わる神話の話とか非科学的なことをリップサービス出来ちゃう器用な理系が福岡さんなんだろうな。
 福岡さんが「動的平衡状態にある生命はみな美しいんだよ」とか言うと女は「福岡はん素敵やわ~」ってときめくかもしれんが、その女がイメージする生命の枠に果たしてミミズやゴキブリやムカデが入っているのかって話だよね。おそらくトイプードルとかなんだろうな。

個人ブログを音読するマスコミはけっこう無神経

 なんか事件があると、その事件の当事者の人となりを報道するためにプロフやらブログが公開されてしまい、その文面をナレーターに音読されてしまうことがある(声色変えるな!w)。Aさんは生前ブログでこんな事をつづっていた・・・って。

 あれは一応親などに許可をとっているんだろうけど、犯人にしろ被害者にしろあれを分析して、その人の人間性ってどこまで分かるんだろうか?それよりも無関係な視聴者のいやらしい覗き見趣味な気がする。

 大体個人ブログなんて、あとから読み返せば「あちゃ~」って恥ずかしいこと書きつづっているもんだし、若い人の「彼女といれてオレめっちゃ幸せ」なんて記事は、いずれ本人が恥ずかしくなって絶対「消したい過去」になると思う(実際その内消すだろうし)。それをマスコミが大々的に公開しちゃうって、自分なら死んでも辛いなあ。

 もし自分が事件に巻き込まれて死んじゃった時、マスコミはこのブログを見るわけだけど、最後の記事が「一億総ニヒリスト時代」なわけですよ。
 それで番組制作者が「これだ!」って断定して、ナレーターが「被害者は社会に絶望していたのだろうか」とか言っても困っちゃうよね。
 たとえそれが真実とはまったく無関係でも、人ってどんなに単純でも因果関係を作りたがるからね。

 マスコミに言わせれば「不特定多数が見る可能性のあるブログをやっている以上それ公開してもいいはずだろ」ってことなんだろうけど、まさか自分の個人的なつぶやきばかりのブログが、マスコミに大々的に報道されるとはみんな思って書いてないんだから、クラスメイトの無神経で嫌な奴が「お~いこいつ、○○にラブレターなんて書いてやがるぜ~」「やめろよ~かえせよ~」ってみんなの前でそのラブレター音読しちゃうようなことと変わらないと思うんだけど。

一億総ニヒリスト時代

 「ゆうメンタルクリニック」っていう心療内科のサイトに「うつが簡単に解る漫画」みたいなのが掲載されているんだけど、これがよくある「漫画で分かる○○」のレベルを遥かに、そして無駄に超えたクオリティ。

 精神医学の説明のためだけに描かれた漫画とはなんか到底思えず、この病院の偏った趣味性が丸ごと表出しているのが笑える。
 ギャグ漫画単体としては完成度がかなり高いんだけど、画風はエロ漫画で腕をなした人の絵っぽくてなんかセクシャルだし(エロ漫画家の画力は基本的にかなり高いとされる)、ネタもセクハラをはじめとする下ネタばかり・・・全体的にはポストうすた京介ギャグ漫画に角川や電撃的エッセンスを加えたって感じなので、30代~20代のある特定の層しか受けないと思うし、基本的に女性には笑えないかも。
 私も全部は読んでないのですが、特に第十三回「実は男は、女になりたい?」はお勧めです。看護婦さんのバイアスのかかった痴漢のアナロジーはツボにハマってしまった・・・
 
 この漫画で「鬱はものごとを常に冷静かつ客観的にとらえるような賢い人がなる(ことの多い)病気」と説明されているのですが、例えば鬱の人は、宝くじを買う時、自分で選んだ方が当たる、もしくはお店の人が選んだ方が当たる、といった科学的根拠のないジンクスのようなものにそもそも懐疑的で、「どっちも変わらないよ」とニヒルに思ってしまうそうな。

 このように物事に対して過剰に期待しないように生きている人が多いから、鬱も社会問題化しているのでしょうが、その原因を自分なりに考えてみると、ネットをはじめとする情報通信技術の進歩によって、世の中の流れが人間の心と体のペースをはるかに凌ぐほどにスピードアップし、ついていけなくなったのではないかと思っています(これはかつての記事でも論じたことですが)。

 例えばどんなに社会現象化したブーム(品格本、ラララライ体操、♪チャラチャッチャッチャラッチャ~)も数年たてばもう廃れてしまっているこの現状は、私たちにどんなに金を稼いでも、どんなに人気者になってもそれはほんの一時だけのことと考えさせ、一億総ニヒリストにしてしまう。
 だから昨日descf氏とも話したのですが、ギラついたゲスな夢を持つ野心家が若者を中心として少なくなった。それでみんな安定感のある公務員になりたがっているというわけ。

 岡田斗司夫さんは貨幣経済から評価経済の時代だ、とか言っているけど、貨幣にしろ評価にしろ今の御時世は浮き沈みが激しく、むしろ評価の方が貯蓄できない分、流動的なような気がする。
 だいたい国で最も偉い総理大臣すら尊敬されない時代だもんな。尊敬を前提に批判とかじゃないもんね。まあこれはマスコミのせいでもあるけど。
 また金持ちの象徴である会社の社長は、役員や株主の顔色をうかがい、下手なことやったら全責任を取らされて他の奴にとりかえられてしまう恐怖があるし、中間管理職がいいかと言えば上と下の板挟みで嫌になるし、下っ端は下っ端で上司に一方的に怒られて安い給料でめちゃめちゃ働かされる・・・どれもみんなキツイ。
 この会社で上り詰めてやろう!天下取ってやるって思わないのも分かる。それなら会社ではちょっと我慢して、給料で好きな趣味を楽しもうってなるもん。

 だから仕事を一生懸命やろうとするような生真面目な人が鬱になるんだろうね。今の時代仕事を頑張っても、もう国家として経済的な発展はないだろうし、社会もこれ以上はよくならない。それを前提としてそこそこ生きた方がいいよね。
 とはいえスローライフなんてやったら、それは昔の出家と同じで、ちょっと時代に取り残された感じでさみしいよね。

 結論:ゆうメンタルクリニックのサイトのように(?)仕事よりも趣味(漫画)に生きろ!

1の実験は100の説明に勝る

 教え手の完全なる敗北。

 今回の授業ではいまいち「鏡の理屈(光の反射の法則)」がピンとこなかったみたい。
 その生徒はすっごい熱心に私の説明を聞いてくれるんですけど、眉間にしわを寄せて首をかしげるばかりで、「すいません。ちょっと納得できません」と言うばかり。
 私は脳をフル回転させ、言葉を変え、図を描き、いろいろしゃべり倒したんですけど、結局タイムオーバー。

 ここまで自分の説明が相手の人に伝わらなかったのはおそらく初めてで、自分の力不足を痛感し「もうすこし説明を練習してきたほうがいいな」と思ったんですけど、光の性質をこの子が納得するには、ちゃんと実験をしない限り難しいのかもしれない。

 直進する光が鏡面で跳ね返って進む向きが変わるということを、実際に目で見ればさすがに信じてくれると思うし。
 もし学校で実験がカットされたり、実験の説明やまとめが下手だったら、塾に光源装置と鏡を持ち込まなければいけないけど、個別指導の塾でそれは不可能だしなあ・・・実験をやってくれる塾があるのも納得。

 「私たちは光が直進していると思いこんだ上で物体を見ているから、光の反射や屈折に騙されてしまう。鏡の中に奥行きを感じたり、水の中に入れた定規が短く見えたりするのはそのためなんだよ」って説明しても、別に光なんて意識して普段生きてないもんなあ・・・光をああいう矢印で示してモデル化するのにも違和感があるんだろうな。

 とにかく、もっと精進せねば。

『新書がベスト』

 これを読めば新書がどんどん嫌になる!

 著者は書評家の小飼弾さん。ベーシックインカム本の『働かざる者飢えるべからず』がなかなか本屋に置いてないので「小飼さんの本何でもいいからありますか?」と店員さんに聞いたらこれがあった。

 帯に生き残りたければ新書を読め!と書いてあるように「新書をたくさん買って読め!」って言うだけの本(新書)。もっと言えば新書だけ読んでいればいいと。
 なんか「新書を出す出版社に抱き込まれて書かされている企画本じゃねえか」って思うんですが、この本は少なくとも私には全く逆効果。書いてあることにあまり共感できない。
 読書オタク、いや新書オタクのたわ言としてはちょっと面白いけど。
 しかしなんで熱狂的なファンって、いつもそれに興味がない人や嫌いな人にも強引に自分の解釈を理解させようとしたり(それがダメだと愚痴ったり)布教活動したがるんだろうか・・・逆効果だと思うんだけどな。

 基本的にこの人の文章はオラオラ系。オレの言う通りについてこい!ダメならお前は情報弱者だ。死ぬまで情報に踊らされ、機械より安い労働力で搾取される!
 このように人に一方的に価値観を強制されるのが私は嫌いで、こういう内容のオラオラ本を読む人は、実際の対人関係でも強い主張をする人に憧れを抱いたりする人なんでしょうが、その時点でオラオラ野郎にいいように騙されている可能性もある。

 情報弱者になるのが嫌なので、この本に書いてあるとおり新書を300冊買ったんですけど、結局読めませんでした。

 こんな人がいるから、商売は成り立っている。出版社は大喜び。

 本文でも書いてあるように、本を読むときは「信者」ではなく「読者」にならなければいけない。つまり批判的に読めってこと。
 だから多様な価値を相対化できる人は、こんな本馬鹿馬鹿しくて、2丁拳銃読み(両手に新書を持ち2冊同時に読み進める方法)なんてお前だけの特殊能力だろ!って突っ込むに違いない。

 今の時代どんな仕事でも文章を書かなければいけない。そのような知的なアウトプットをするためには1000冊以上の本を読まなければ話にならない。と小飼さんは言います。
 そして本の8割はダメな本であり、いい本に当たるにはとにかく数を読まなければいけない。ここまでは納得できます。

 しかしその具体的な方法論がかなりラディカル。読書レベル0の人にこれを強制させるのは、普段運動していない人に無理やりエベレストを登らせるのと一緒であまりに酷。

 小飼さんが勧める、読書を習慣づけるための方法とはこんな感じ。
 タイトルや内容でえり好みしていると情報が偏るので、まずは新書が300冊入る本棚を購入します。そこに特定のレーベルの新書を、ジャンル問わず何冊も一度に抱き合わせで買って(大人買い)最終的に300冊入る棚を埋めていく。
 新書は安いので一度に300冊買って本棚がついても24万円程度!この値段で人生の勝ち組に慣れるなんてあらお得♪って感じ。
 24万円出してまで中毒的な読書オタクになりたいと思う奴って何人いると思ってるんだ?

 さらに納得できないのがハードカバー本を徹底的にバカにすること。滅びてしまえ!って本当に書いてあるw。
 ハードカバー本よりも新書がいい理由は一つに安いって言うのがあるんですけど、「生き残るための読書」をするには、さまざまな分野の情報をかいつまんで頭に入れることであり(小飼さんの勧める“読書”とは「読みとばし」も「斜め読み」もOKであって、本に書いてある文章全てを読んで読解することではないことに注意!)、ハードカバーと違って表紙もしなり、片手でどこでも気軽に読める新書は、サイズ的にもうってつけ。と言うわけです。

 この本では「ハードカバーは捨てるつもりで買う」とか言ってるけど、本当のバイブル(『ジュラシックパーク』など)は私はハードカバーで保管しておきたいし、私は新書の内容の方が著者の主観的な説教ばっかで、全然捨てやすい。
 最近の新書ブームってそんな感じがしませんか?なんで売れる新書ってあんなに読者に説教口調のオラオラ本??
 テレビ番組でも一時期強気な口調でズバリ言う変な占い師を信じたり、今はなんだろ?疑似科学がブームかな?脳科学的にうんたらとか。
 もしかしたら今の日本人って民主主義に退屈していて心の奥ではオラオラ独裁者を求めているのかも?って思います。小泉政権が人気があったように。そこに批判的意識は皆無です。

 まあハードカバーでも買って後悔したのはあります。逆に新書でも私はごくわずかですが、バイブル的な良書はあります。
 ただ昨今の新書ブームでミソもクソもたくさん刷られた新書はほとんどガッカリ本だと思う。タイトルだけで引きつけたり、内容が無かったり、萌絵を入れとけばいいかとか・・・(コレは新書じゃないか)

 そしてハードカバーの「文庫落ち」について。これは大反対。ハードカバーは文庫落ちするのを待ってから買えば、その本が読むに値する内容である確率が高くなるから、それから買った方がいいという話なんですが(充分な数の人が読むと出版社が判断しないと文庫化しない)、この発想は大衆が評価するものはいいはずという民主主義的、市場主義的発想が強い気がします。
 実際ブームになったり人気があるものの中には、面白かったりするものもあるのですが、社会現象になっている時点で、中庸な誰でもわかる当たり障りのない内容である可能性は高いし、一般受けするという意味での「いい本」=自分だけの知の体系を構築する上での「いい本」は異なる場合もあると思います。
 私はよく欲しい本が絶版だったりするのですが、それが読むに値しない本であるとは思いません。でないと大衆受けの悪い自然科学本は滅びてしまえでもいいはずです。

 さて、小飼さんが主張する“生き残るための読書”ですが、これがそもそも”私のイメージする読書”とは違うんです。
 読書は所詮ただの娯楽。テレビもゲームも漫画も数学も、そもそも楽しいから発展したわけであって、それがなくたって生きてはいける。
 さらに小飼さんのような社会的な「勝ち組」って言うのは結局、本も読まない情報弱者がたくさんいることによってなりたっているのではないか(スケールフリーネットワーク)。
 だから小飼さんは「教養のない庶民のみんな!本を読まずに情報弱者でいてくれてありがとう。おかげでいろいろ儲けさせてもらってます!」って感謝こそすれ、本を読まない奴はみじめな人生が待っていると脅すのはまずいんじゃないか?

 もっとも言いたいことは、自分の役に立つかどうかで教養をつけようとする姿勢そのものに問題がある。
 教養とは基本的に役に立たないものであり功利主義的に膨大な情報を入れたって、それこそ知識や知恵といった「知の体系」なんて形成されない。
 膨大な情報を脳内でどうやって有機的に関連付ければいいのか?そういった説明がちょっと弱かったのが大変残念。
 「脳内マップ」と言う言葉が45ページに出てくるけど、実際1000冊、10000冊読んだって面白いアイディアも出せないし、面白い話もできない人はいる。
 「本を読んでもそこから得られる知識は机上の空論」という悪しき偏見は、読書家は内向的だから価値観が閉鎖的という短絡的イメージと、本を読めない人の子供じみたジェラシー(ふん!別にプラトンなんて読んだって意味なんてないやい!)が融合されて生み出されていると思う。
 しかし、それは本を読む読まないとは違う次元の、その人の気質の話なんだ。

 前にも記事で書いたけど、私は本を読んだら、仲のいい友達もしくは読書仲間に会ってその本の内容を議論するような場がなければ「知の体系」は作り得ないと思う。 
 そこで初めて実生活に教養がほんのちょっとだけ役に立つ。話のタネになるだけだけど。
 でもそのような社交的な情報交換の楽しさが再び読書しようという動機づけになり、本を読むのに積極的にはなると思う。
 だからいくら300冊入る棚にぎっちり新書を入れて、お客さんの人目につく家のリビングにおいても、友達がいなければ意味がない!

 結論:こんな新書こそ捨ててしまえ!
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