生態系は機械じゃないぞ

 メキシコ湾の原油流出事故。石油採掘施設が爆発して亡くなられた方もいるのだから、私はあまりこの事故を責められません。
 だいたい彼らが命がけで毎日働いているから、エネルギーは安定供給されているわけだし。

 とはいえ、私たちができる小さなことからコツコツとエコライフをしていこう!というモットーが吹き飛ぶほど、あの事故が環境に与えた影響は甚大。
 私たちがエアコンを28度設定にしても、アレをやられちゃ貯金残高はゼロ。むしろ借金です。で、オバマさんも現地視察したりして「ダメじゃないか」と会社を非難しているのですが、もう起きてしまったものはしょうがない。
 あとは何年かかろうとも海に流出した原油を回収すると共に、事故の原因究明をして次に起こらないようにするだけ。
 この流出した原油を何とかするアイディアを、様々な機関から募っているのが結構面白いです。国家が「国民の皆さん!オラに知恵を貸してくれ!」ってw。こういう逆境の時こそ科学技術のイノベーションのチャンスかもしれない。

 南アフリカ沿岸部に生息するケープペンギンも、原油流出事故により一度に三万羽が死に、この10年で総頭数は半分以下に減少したといいます(現在七万羽)。今回のメキシコ湾でもペリカンがまずいことになりそう。
 こういうデータをもとに、現在の絶滅スピードは・・・って話になるんだけど、もうお説教臭くていや。

 生物ピラミッドの頂点にいる哺乳類や鳥類の相当数はもともとも少ないし(少産少死のK選択動物)、環境破壊の影響を受けて数が減るのはとてもわかりやすいけど、地球の主役はやっぱり節足動物。こいつらが頑張っていてくれれば私は生態系は何とかなるとも思う。
 逆に言うと、生態系の縁の下の力持ちである、生産者(植物)、分解者(菌類、細菌類)、低次消費者をもっと研究して欲しいとか、部外者の私は思うけど、なにせ昆虫や微生物は数が多すぎてなかなか大変そう。
 ペリカンやペンギンは人の同情をかいやすいけど、動物愛護団体は、それと同じ、いやそれ以上に、グロテスクな虫けらに愛情を持ってほしい。

 地球の生物多様性が大切なら、一番いいのは人間の数を減らすことですよ(絶滅すればなおよし)。私はこの問題の根本原因は単純で、人口があまりに多いだけだと思っている。
 だから少子化の日本は本当に偉い。最高のモデル国家だと思います。暮らしに余裕のある先進国の人は、地球の為に子どもは一人か二人にするべき。
 一番嫌いなのが、「生物多様性は美しい地球を維持するために・・・」とか奇麗事を言って、結局はまだまだ地球の資源を人間が使い倒したいってだけだろ!ってやつ。
 地球は人間の為にあるわけじゃないんだから。「美しい地球がいいなら、お前らもう滅んでくれよ!」ってケープペンギンとか人間以外の動物は心の中で叫んでいますよ。絶対。

 あと本当に下らないのが「環境goo」ってサイト。http://eco.goo.ne.jp/topics/biodiversity/

 地球温暖化の関心は高くてみんな(=80%)知ってるのに、生物多様性について知っている人はあまりに少ない(3%)、だから生物多様性の正しい知識を伝えていこう!・・・ってお前が間違ってる。
 生物多様性の説明で耳にタコなのが、機械のアナロジー。

 便利な乗り物である車も「様々な部品」が組み合わさって動力をなしているのは言うまでもない。しかし、その部品の1つであるシャフトが外れたりでもしたらどうだろう。当然ながら動力をなすはずの車は動かなくなってしまう。
 
 ちょっと極端なたとえではあるが、このように生物独自で生きることができるわけではなく、個々の役割がつながり、生物として存在することができている。これが「生態系」と言われるものである。先ほどの車のようにここに1つでも欠けることがあれば、そのつながりが成立しないのだ。


 ・・・成立します。もし一部の生物種が滅んで、生態系全体が機能停止していたら、おそらくシアノバクテリアが酸素を作ったあたり(27億年前)で生物の歴史はジ・エンドだった。生態系はそんな単純な構造ではない。
 生物同士が相互作用しているのは全く持って正しい。しかし生態系は機械とイコールではない。もっと、いやかなり柔軟にできています。
 ある地域の動物がメタメタに滅んでいなくなったら、何かのきっかけでそこに来た外来種が「い~とこめ~っけ♪」とちゃんとニッチを占めてくれる。モーリシャスのドードー然り、ガラパゴス島の固有種然り・・・

 こういうサイトを作っている人達って地球の歴史と、複雑系をちゃんと理解しているのだろうか?しててわざと割愛してるな。きっと。
 あと、地球に生物がいなくなっちゃう日・・・って馬鹿馬鹿しい。その日がかりに数10億年後に来ても、人類はとっくに滅びさってます。人類ごときが地球の生物全てを滅ぼせるなんて思いあがるな~!こちとら地球様は地殻変動で全生物90%を一気に大量虐殺じゃ~!

 複雑系については、すっごい簡単で入門的なところだけど、けっこう面白くて大切な「初期値鋭敏性」あたりは機会があったらいずれ記事で取り上げようと思います。

ヤンキーを社会生物学的に考える

 昨日タレントの木下優樹菜さんが「ぷっすま」かなんかに出ていたけれど、ヤンキー経験もいい点があるなと感じました(非行に走るのを奨励はしてないですが)
 それはチーマーや暴力団って絶対的な上下関係があるので、かなり体育会系。街を歩く単体のチンピラよりも、ずっと礼儀をわきまえるんじゃないかと思うわけです。
 私が木下さんを見ていて偉いなあと思ったのが、木下さんのヤンキー時代は対立勢力とのタイマンを主にしていたということ。つまり悪は悪とやりあっていた。これなら別にいい。
 んで、彼女らの思いを無視して干渉してくる大人に、ふてくされるのも別にいい。なにもちょっかいだしていない堅気の人に、カツアゲとか暴力をふるわなければ。
 というのも人には様々な気質があって、大体の場合自分の気質にあったコミュニティに落ち着くので、自分の居場所がそういうヤンキーの世界しかない人もいるんだと思う。学校があまりに閉塞的で。木下さんは「学校で教わったこと、ユキナには全くないです」と断言していて、教育を学んだものとしてちょっと凹むものの仕方がない。ろくな先生がいなかったのでしょう。

 ただし成人式で暴れるヤンキーを見て思うのは「ヤンキーをするなら人さまと同じ人権を主張するな」ってこと。多少は権利を制限されてしかるべきです。
 だいたいなんで成人式の会場にヤンキーを入れるのかが分からない。あれは「ドレスコード」を設けたり、少年の補導歴とか調べて暴れそうな子は会場には入れないようにすればいいだけでしょう。
 あと格好悪いのがヤンキーという堅気からはずれた道にいってるのに、なおもメジャリティにかかわろうとすること。普通のカッコいいヤンキー?なら「成人式だあ!?そんなくだらねえところ行ってられるかバカ野郎」って言うはず。
 なのに堅気の人が大勢いる成人式会場で、迷惑をかけるヤンキー達。かっこ悪いです。これでドレスコードで入場禁止になったら、「それって人権侵害なんじゃねえのかよ?」とか言う馬鹿もいそうだけど、ヤンキーが人権を語るな。散々カツアゲや暴走で人の人権踏みにじっといてそれは無いだろ。
 警察が成人式会場の受付で「キミはダメ」ってやってくれれば、成人式もあそこまで荒れない。だからあれは子どもが悪いというか・・・そんな子どもに権利を与える大人も悪い。
 ヤンキーはヤンキーで集まって(集会)「ヤンキー成人式」を独自に開催すればいいわけで、なぜ堅気のところに行くのか分からない。どうしてもいきたいなら、ヤンキーをやめるなり、身なりをその日だけはちゃんとするなりすればいい。
 
 茶髪なだけで白い目で見る大人がムカつくのは私にもわかる。小学校の観察実習かなんかで「お前髪染めてるんじゃねえ」ってキレられたことあるけど、私ってもともと地毛が茶色で、こいつぶっ飛ばしてやろうかと思った。
 でも髪くらいどうでもいいし、中学時代服装検査で、私の人となりをちゃんと知ってる担任の先生は、私の髪の色を観て「田代は・・・う~ん・・・まあいいか。」って言ってくれた。
 ダーウィン進化論に傾倒する私がそんな非行やるはずないって知ってたから。つまり日常の様子を見ていれば、こいつが成人式で暴れるかどうかはすぐ分かるので、ヤバそうな奴を成人式入場禁止にすることくらいたやすいのにやらない。
 これはもうやらない大人の方が悪い。大人が動けば、こんなの起きないんだから。

 ESS(進化における安定的な戦略)やゲーム理論で有名な生物学者ジョン・メイナード・スミスは、まあすっごい難しい数理モデルの本を書くのですが、そこでヤンキーやチンピラ、やくざといった「タカ派」は、社会の大多数が喧嘩をしない「ハト派」だからこそ存在できると言っています(これは佐倉統さんの『進化論の挑戦』74ページでの紹介)。
 そりゃ当たり前なんだけど、世の中みんなヤンキーだとケンカばかりして、まともな生活が出来なくなってしまう(一日に80件殺人が起こる南アフリカみたいに)。だからみんながハト派の社会の方がずっと住みやすい。安全だし。
 でもハト派だけの社会だと、そのハトを食い物にして生きていけるんじゃねえか?と一部の卑怯者が考え「タカ派」戦略を取る。
 メイナード・スミスによれば、社会集団でハト派とタカ派の割合が決まった数字で均衡状態になることを発見。これがESSだという。
 これ以上タカ派は増えると社会は安定しないし、これ以上タカ派が減るともう少しタカ派が食って行ける余裕があるというわけです。
 だからタカ派はハト派に言わば養ってもらっているんだから、堅気に迷惑をかけちゃいけねえ。そんなことを先輩ヤンキーは新入り構成員に教えてほしいと思います。

少年Aという悪魔の証明

 この前「映画『告白』の少年Aみたいなのはいるわけないだろ」って言っちゃったんですけど、もちろん特殊事例を普遍的事例として過大に論じてしまう、マスコミなどのスタンスに対する反動で言ったわけで、世界のどこかではああいう危険な天才少年はいるかもしれません。

 こういった話でよく出てくる「悪魔の証明」というおはなしがあります。これは悪魔の存在を証明するのは、どこかで一匹でも悪魔を発見してしまえば可能なのに対し、悪魔の存在を否定するのはこの世の全てを探しつくして悪魔が存在しないことを確認しなければいけないので、事実上不可能である。という肯定よりも否定の方がずっと難しいよ、というオチの話です。

 似たような話で「ヘンペルのカラス」というのがあるんですけど・・・「カラスという鳥が存在する」という前提の下「カラスが黒い」ということを証明する際には、すべての黒くない鳥を調べ上げ、その中に一羽も黒色以外のカラスが存在しなければ、なんと黒いカラスを調べなくても「カラスが黒い」ことを証明出来てしまうという話ですが、まあ抽象度の高い話ではあります。
 ※この論理自体は正しい。バラエティ番組などで「ロシアンワサビ寿司~♪」とかのゲームやるときに、一個ずつ順番にプレイヤーがお寿司を食べていって最後の一個までセーフだったら、ラストの一個がワサビ寿司であることは確定するので、出川さんあたりが「なんだよ~・・・!」っていう、あれ。あれ「ヘンペルのカラス」です。

 で、話を戻しますが、万が一大学を吹っ飛ばせる爆弾を作れるほどの頭脳を持った子がいたとして、それを実行しようと思わなければ不可能とほぼイコール。
 つまり爆弾が作れるほど頭が良かったら、そんなことやっても自分の利益にならない、デメリットの方が多いと計算するので、実行しないと思います。

 この映画を見て思い出すのは、やっぱり「酒鬼薔薇事件」。当時中学生だった私は「今の中学生は何を考えているか分からない危険だ」という世論に辟易としてました。
 少年Aという極めてまれなケースで、「現代の中学生は・・・」という普遍的な全体論にまで発展するのが馬鹿馬鹿しかった。
 先天的な気質における集団内の個々の気質パターンの割合というのは「ガウス分布」を描いていて、つまりはグラフにすると一つの山になっていて、中央に多数派が配置されていて、その両端にレアな人がごく少数配置されているようになっていると思うのですが、とにかく遺伝子プールと同じで、特殊な子は少数ながらいる。
 そして気質に遺伝子が関係していることも分かっている(・・・とか言うと決定論的に誤解する人がいてうんざりするけど)。

 その点で「酒鬼薔薇は生まれつきのサイコパスでレアで危険なやつだ」といった『おぼっちゃまくん』の作者「小林よしのり先生」は中学生のヒーローだった(すいません。嘘です。私が「おぼっちゃまくん」好きだっただけ)。
 しかしそれと「親の躾や学校やコミュニティがしっかり機能していれば、酒鬼薔薇の暴走は止められたのでは?」という説は対立しない。先天的な気質がやばかろうと、後天的な学習や教育、経験でどうとでもなるから。
 だから逆にどんな人でも運が悪ければ犯罪者になる可能性はある。

 私はこの前K氏に「お前は決して変なやつではないが、かなり稀なタイプの人間だ」とか言われたのですけど、そんな正規分布の端っこにいて、大学の嫌いな教員からも「異端児」とか言われた私だって、あんな不条理な殺戮はしない。それはやっぱり他者との関わりで、人は十分正気を保てるから。
 思えば中学時代の私って、理科の先生に授業をやらせてもらったこともあったけれど、だからと言ってまわりに一目置かれてたわけでは決してない。
 なにしろあだ名が「馬鹿」だったし。所詮理屈しかしらない口だけ野郎だったから、モノをいじくって構造を理解してしまう工作好きな友達の方がずっと天才だった。
 『告白』の天才少年Aが、自分の天才ぶりにうぬぼれて自身のサイトを立ち上げたら、来客者が一人も来ないかったのでしょげたのと一緒で(オレのサイトも一緒だけどw)世間ってよほどのことをしないと関心を持ってくれない。

 で、彼は殺人をするんだけど、これがどうも賢くない。現実でもたしかに佐賀のバスジャック事件や秋葉原の事件は、世間の注目も集めたくてやったのかもしれないけど、その先にあるのは破滅なわけで。
 ルナシー事件や少年Bの母親殺しなんかと張り合うよりも、ノーベル賞最年少記録を打ち立てた方が、こいつはもっとメディアに取り上げられたとも思うんだけどね。

獣性が人間の本質だというならばウンコの映画を作れ

 私が見た中で最も退屈だった映画(刺激的なシーンがいっぱいあったのに・・・)『告白』つながりでちょっと思ったことを。

 現代美術にマルセル・デュシャンの「泉」という作品があります。といっても、この作品はただ展覧会場に洋式トイレが置いてあるだけで、なにが言いたいのだかさっぱりわからない。
 偉そうな評論家は「ポストモダン思想におけるソーカル事件のように、あえて便器を置くことで価値相対化に傾倒するポストモダン芸術を痛烈に皮肉った」とか「現在の芸術家は作品を作るだけで創作活動が完結するのではなく、どこに何を置くか?(そこで用いる造形物は自分で制作しなくてもよい=レディメイド)という問題の時代に入った」とか、まあ、いろいろと勝手に深読みし、デュシャンの「泉」は芸術史にその名を刻んだ・・・
 ・・・くっだらない。

 だいたい作者のデュシャンが、もし、特に何も考えずみんなの注目を集めたいだけで、あれを置いてたいたらどうなのか・・・?(つまり答えは無し)
 時に鑑賞者は作家の意図した以上のことを感じ取ってしまう。それが現代アートの醍醐味・・・?
 この現象を皮肉ったのが『鏡の国のアリス』の「ジャバウォックの詩」。わけのわからない言葉(答えもない)に踊らされて、真理とやらの剣をふるっている人を皮肉っているわけです。

 考えようによっては「ヴォーパルソード」の最先端は「科学」のような気もしますが(デビット・ハルや三中信宏氏はそれを否定)、科学は基本的にどんな人にも共有化できるもの。
 しかし芸術作品の解釈は共有化できない。だからといってその価値を下に見ているわけでは決してないのですが、それを上手く逆手に取った時、芸術でも映画でもカルト的人気が出ることがある。 
 「泉」しかり『不思議の国のアリス』しかり『告白』しかり・・・これらはどれもが、観客に大事な解釈をまる投げしている点が見事に共通している。
 個人的には私はこれは「反則手」かつ「一発だけ使える必殺技」のようなものだと思っていて、もし「泉」や『告白』のヒットに続いて、似たような作品が出てきても質の悪い劣化コピーなだけだと思います。
 そして私は、人に何かを伝えてそれを共有化したいタイプなので、あまりこの手法はやりたくない。正攻法で攻めていきたい。

 なにしろ『告白』は膨大なモノローグで登場人物の細かな設定を紡いでいくのに、物語で最も重要な真相を「な~んてね」のラストのセリフで観客に見事にキラーパス。私はずっこけましたよ。
 普通の物語は、ちょうどこの逆で、大事なメッセージ性やテーマ性は観客にしっかりと伝え、本筋に関係のないどうでもいい細かな設定(キャラの誕生日とか)は、妄想が大好きな熱狂的なファンの研究本などに任せてしまうw。
 この逆をわざと狙ってきたとは、それはそれで恐れ入る。でもなあ・・・話作りの勉強にはあまりに逆説的すぎて役には立たないなあ・・・

 あと人間の最もダークな部分をよくぞここまで取り上げたって言う評価もあるけど、これってつまりは人間が誰しも持っている「負の攻撃性」ですよね。
 人間の精神性、悟性と対極にある、もっともプリミティブな感情。「やられたら、やりかえす」「自分の大切なものを奪われたら、とってもひどい方法で自分の苦しみを味わわせてやる」まあ「ハムラビ法典」的発想で、それ自体に文句はないもののあまりに建設的じゃない。
 この報復の連鎖を実際実行しているのがイラクであリ、アフガンであり、イスラエルとパレスチナであり・・・き、きりがない・・・
 日本はオウム事件や拉致事件以降、すごいテロってないですけど、他の国ってたくさん森口がいるわけで・・・日本には無い怖いもの見たさってことなのかな?

 私はそういったプリミティブな感情を別にフィクションで見たくない。ノンフィクションの世界でさんざん見なきゃいけないから・・・(今日も若い小学教師が女性を強姦したとかやってたなあ。ついに「暴行」じゃなくて「強姦」って報道されるようになったんだ)。
 食欲、性欲、睡眠欲と同列に「攻撃欲」っていうのが、ただの動物にすぎない人間には確実にある。一応公共の福祉の概念の下、社会がそれを禁じているけどそれは建前でしかない。
 なんだかんだ奇麗事を言って私たちは殺し合いが大好き。でもそれを堂々と言うと偽善者に白い目でみられるから、いかんいかんとワールドカップあたりで我慢する・・ 
 これで人気取れるなら、120分ただ飯を食ってる映画とか、寝ている映画とか、ウンコしている映画とか(あ、それは『セックス&ザ・シティ』にやられた!!)・・・もっと言えばカンヌ国際映画祭とかにアダルトビデオなんか出品したらすごい反響だと思う。
 映画界のデュシャン現る!って。な~んてね。

告白

 「面白い度× 好き度×」

 告白します。この映画は・・・うわ~超つまらねえ・・・!

 この映画、観客動員数現在一位で、評論家も映画ブロガーも大絶賛の期待作だったのですが、断言します。つまらない。 
 私初めて映画の評価で×つけたよ・・・

 これが大ヒットする現代の日本において私の感性はもはや適応できていないのか・・・!?漫画家志望としてこれは致命的なのか!?とにかく上映中はそんなことばっか感じていました。
 それどころか、上映中に時計見ましたからね。「おお、そろそろ物語終息していくだろうな・・・えええ!?次は少年Bの告白・・・!?一体上映時間どれだけ長いんだ・・・えええ一時間しかたってねえ!!」
 とにかくそんな感じで、後半は苦痛以外の何物でもなく、いっそ帰っちゃおうかとも思ったのですが、1800円払ったわけだし元はとりたいし・・・

 これって結局何が言いたかった映画なんだか、まったくわからない。私はもっと現代の教育現場が抱える問題(少年犯罪、モンスターペアレント)を取り上げた作品だと思っていたのですが、まったくもって大間違い。
 これはファンタジー以外の何物でもありません。物語及び登場人物が漫画を凌ぐほど嘘っぽくて「こんなやついねえよ」を心の中で連呼してました。

 唯一メインキャラで現実にいそうなのは、あの空気読めない金八かぶれの熱血先生「寺田良輝(ウェルテル)先生」くらいかな。ああいうタイプは教育実習生の中には必ず一人いて、生徒に見事になめられちゃって自分の不甲斐無さを痛感しちゃうケースが多いのですが、それでも彼だけは誠実な人だったと思う。
 あのレベルで「しょうもない先生だ」なんて言ったらいけませんよ。私の大学にはもっとどうしようもないスーパーウェルテルがいて、授業中気に入った女の子に「芸術の答えはキミの胸の中にあるんだよ」とかバカ丸出しの芸術スノッブをずうっとひけらかしていたり、絵の講評会では生徒たちに「ひゅーひゅーかっこいい!」とか騒がれていて、なめられているのも知らずに調子に乗ってるんです。
 で「この人イタイなぁ、ついていけないよ」と授業中本を読んでいたら、めっちゃキレられましたからね。
 それくらい自分をメタ的に見れない教師が大学にもいるんだから、ウェルテル先生はずっとまとも。

 前評判では木村佳乃演じる、少年B「下村直樹くん」の母親がとんでもないモンスターペアレントぶりだとか言われてましたが、思ったより普通の人だった。
 実際この映画の元ネタとなったと思われる「酒鬼薔薇事件」の少年Aの母親も、自分の息子が殺した被害者の遺族への配慮が欠けた、息子への溺愛ぶりを手記で公開してしまうわけです。
 私は少年Aの母親を弁護するわけではありませんが、おそらく自分の息子が人さまの子を殺めたなんていう超非日常的出来事によって、殺人犯を産んだ母親は精神のバランス感覚が取れなくなってしまっているんだと思います。だって自分がお腹を痛めた子どもが殺人犯なんて、自分の存在も否定されたようで、そんな現実は直視できないから・・・

 で、漫画を描く私が一番嘘くさいと思ったのが少年Aの天才科学少年「渡辺修哉くん」(こんな奴はいないw)と、松たか子演じる森口先生。この二人、皮肉なことにとっても似た者同士(同じ科学者だし)。
 二人とも「自分の娘を殺された」とか「母親に虐待された」とか理由っぽいものはあるのだけど、要はどちらも人としての一線を超えてしまったサディストなだけなんだと思う。

 だいたい、物語を作る上で最も様々な点に配慮しなければいけないのが「重いテーマや事件」を取り上げる時で、下手をすれば被害にあわれた方の心を著しく傷つけてしまう。
 私も2006年に「ストーカー殺人」を漫画で取り上げたことがあったのですが、その時もとっても悩んだんです。「オレはこれを書いてしまっていいのだろうか・・・」と(別にプロじゃないけど)。
 なのに、この映画はそんな重いテーマを堂々とファンタジーにしてしまっていて、話の作り手としてはちょっと反則手だと思う。やれるけど、皆やらないだけだから・・・
 実際「自殺」とか重いテーマを取り上げた漫画を編集部に持ち込む際は、よほどストーリーテリングにパワーがないと確実にボツですからね。「ダメダメ、暗くて読む気にならない」で終わり。
 その点で、この映画はどうだったのかな・・・う~ん・・・

 この映画を観て「うわ~今の中学校のクラスってあんなんなんだ・・・」って眉をひそめる想像力のない大人は多分いないでしょう。あんたらの子ども時代と変わらないよ。
 携帯電話やネットがあろうとも、子どもの心なんていつの時代も大体一緒。あの映画に出てきたような、いじめギリギリの状況は私の中学時代にもあったし、人間社会においていじめが存在するのは当たり前。そもそも大人社会の方がずっとひどい「いじめ」があるじゃないですか。
 それなのに「最近の子どもはおっかない」とかいって自分の子ども時代を棚上げしている大人はちょっと卑怯ですね。
 私は塾で現役中学生を見ていますが、やっぱりみんな生意気でも可愛いですよ。大体私が中学時代小生意気なガキだったから。
 そしてその“若さ”が時に大人なら絶対にセーブする感情や言ってはいけない言葉を出してしまう。
 ※だから私はネット掲示板の「2ちゃんねる」って中学生や高校生が書いているとずっと思ってた。書いてある内容がいい歳した大人のものとは思えないから。
 でも一説には「2ちゃんねる」のメインユーザーは30代らしい。本当に情けない。

 携帯電話もネットも学校側や森口先生がもっと厳しく取り締まればよかっただけで、冒頭のシーンであんな状況になるまでクラスを放っておいた森口は教師失格だと思う。
 教育現場が過酷なのは分かります。そして女性の教師は中学生にことさらなめられる場合が多いことも解ります(男子にも女子にも・・・)。
 特に、「生徒30対教師1」というとてもアンバランスなパワーバランスで、クラスをまとめるのに必要なものは、(ウェルテル先生がやりそうな)生徒との心の通った対話ではなく、もっと客観的なアプローチ。ゴミのポイ捨てをする人をいちいち注意するのではなく、ポイ捨てに罰則を設けるルールや、高尾山の鳥居のようにポイ捨てしづらい環境を考えれば、ポイ捨ては次第に減っていく。
 あそこまで生徒を追い詰めた復讐劇が出来る知能のある森口先生なんだから、いくらでもクラスを構造レベルで改革できたと思う。その知能をもっと早くに教育的手腕に生かせば、娘さんだって殺されなかったかもしれない。
 結局私は森口先生の少年Aと通じる「子供っぽさ」が嫌だった。いい歳した大人なのに・・・と。だから復讐を果たした森口が少年Aに「どっか~ん・・・な~んてね♪」なんてラストで言っても「あっそ」って感じで、もうとっくに飽きてどうでもよかった(復讐の方法も観る前によめてしまった)。

 最後に『告白』つながりで被害者遺族の方について書かれた本では『〈犯罪被害者〉が報道を変える』が大変お勧めです。大切な人を理不尽な暴力で殺されてしまった被害者の感情は、森口どころの話じゃない。
 「犯人に私的な復讐をしてやりたい」という森口の感情を通り越して「少しでもこんな不幸があっちゃいけない」とニヒリズムを超えた思いがあるようです。
 私も犯罪被害者ではないので、なんだかんだ偉そうに言っても「ただの部外者のたわごと」ですが、それでもこの本を読むと、犯罪被害者の叫びや思いのようなものはとっても伝わります。機会があったらぜひ読んでみてください。
 特に「山口県光市母子殺害事件」の被害者、本村洋さんのインタビュー(65ページ~)は、テレビニュースがいかに被害者の方の思いを断片的にしか伝達していないか痛感します。

 また活字が苦手な方には漫画の『PS羅生門』がお勧め。警察を題材にした成人漫画なのですが、第5巻「少年Aの将来。」で少年法を扱っています。少年法について『告白』とはまったく違ったアプローチをしているとっても考えさせられるエピソードです。

 追記:この映画は森口先生の告白にも少年Aの告白にも嘘がある、虚実が入り混ぜられた物語と言うコメントがありました。
 たしかにこの映画は、森口、修哉(少年A)、直樹(少年B)、直樹の母親、美月の告白とモノローグばっかりで、漫画を書くときあまりやっちゃいけない構成なのですが、それでもほとんどのキャラがモノローグ(独白)なのに対して、唯一ダイアローグ(対話)になっているのが森口。
 修哉のモノローグ(大学のシーン)は観客のミスリードを誘う、まあよくあるっちゃよくある手法なので、私は映像がアバンギャルドなだけで、この話は夢落ちではないと思う。
 私は『告白』はファンタジー映画だと思っているので、あの映画の世界の中では、あれは悪夢のような現実という設定だと解釈しました。
 だから森口は、実際に牛乳にHIVウィルスもいれたし、少年Aの母親の研究室にも爆弾を仕掛けたと思う。あの女ならやりかねません。やったかやってないかは観客が判断する構成だとは思うけど、夢落ちって私ダメなんで。「じゃあ今まで見せられたのはなんだったんだ!バカ野郎!」ってなるから。
 森口はなんだかんだ言って、誰の殺人も直接手を下してない。作中の悲劇は全部、少年A,Bの暴走。彼らが人の命を大切に思えたなら、全部起きなかった。
 というのも作中のラストで言ってたけど、牛乳にHIVウィルスを入れたって気持ち悪いけど感染はしない。胃腸に傷がある私みたいなのは、感染しちゃうかもしれないけど。
 そういう意味で彼女は殺人罪には問われないかもしれないが、警察が少年Aや大学に聞き込みなどをして、この完全犯罪が古畑警部補かなんかに破られたら過失致死にはなるかも(いや、爆弾は計画殺人だな。情状酌量があっても20年はぶちこまれるかも)。なにしろ、この森口の騒動ってクラスの子が結構証言できるので(私の報復をちくった奴は少年Cとみなすとか脅していただけだから)、彼女の人生ももう終わりだなあ。な~んてね♪(やべえ気に入っちゃったw)
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