ケッペンの気候区分について

参考文献:山本正三、内山幸久、犬井正、田林明、菊地俊夫、山本充著『自然環境と文化 世界の地理的展望』

ウラジミール・ペーター・ケッペンはドイツの気候学者で、植物は気温に極めて敏感で、移動が少ないことから、植生分布に基づいた世界の気候区分を、1923年に完成させた(論文としては1928年)。
ケッペンは、緯度が低い順に気候をA→B→C→D→Eの5段階に分け、そのうち樹木が生育する気候をACD、難しい気候をBEとした。

A熱帯気候
とても蒸し暑い。
もっとも寒い月の気温が18℃以上。つまり一年中暑い。
熱帯の土壌は1億8000万年前くらい昔から同じ場所にあったものが多く、ジュラ紀あたりから現代に至るまでつねに高温と多雨によって風化され続けられたため、地力が乏しい。
700mの深さまで風化されてしまった地域もあり、当然植物の根はそこまで届かない。
代表的な土壌はラトソルで石英以外の造岩鉱物は完全に分解、ミネラルも乏しく酸化鉄や酸化アルミニウムくらいしかない。ただ水はけ(排水性)はいい。
ラトソルの下にはプリンサイトという赤白の網状斑のある層があり、上部の土層が侵食され、これがむき出しになると、直射日光で硬質化し農耕が全く出来なくなってしまう。
このような貧弱な土壌にジャングルが乗っかっているのは、大量の落ち葉がシロアリや細菌によって急速に分解され、樹木の細かい根っこや菌類によって急速に吸収されるためで、その肥料はほとんど土壌にまで蓄えられない。
熱帯雨林が簡単にまるハゲにできるのはそのため。一度焼いてしまった森林の回復は極めて困難なのである。

熱帯気候は以下の三つに分けられる。

Af熱帯雨林気候
fはドイツ語で「湿潤な」という意味のフォイヒトから。
スコール(熱帯特有の夕立)などとにかく雨が降る。一年中降水量が多いため密林ができる。仕方ないのよ。そのへんが魔境ならではなのよ。
南米の25%以上はセルバ(ポルトガル語で大森林)で、アフリカの20%がジャングル。世界最大の熱帯雨林現存地域はダントツブラジルにあるといってもいい。熱帯雨林の生物量はなんと9億トンで、全世界の約半分に匹敵する。
単一の優勢種が生態系を独占することはなく、多様な生物種がとても複雑に共存している。
赤道直下に多い。赤道は空気が暖められて上昇気流が発生しやすいので気圧が下がり(赤道低圧帯)そのため降水量も多い。
ちなみに赤道は南米だとブラジルの上の方、アフリカだとほぼ真ん中を横切る。

Am熱帯モンスーン気候
mはドイツ語で「中間の」という意味のミッテルから。
熱帯雨林を時に凌ぐほどのえげつない雨が降るが、冬季には大陸側からの季節風モンスーンの影響で弱い乾季がある。
インド南西岸や、インドシナ半島沿岸部、アフリカギニア湾沿岸部、ブラジルのアマゾン川下流地域などに存在。熱帯雨林の沿岸部にチョコチョコあると考えていい。割と影が薄い。

Awサバナ気候
wは「冬」という意味のヴィンターから。冬に乾燥するということ。
アフリカの野生動物のドキュメンタリーなどでわかるように雨季と乾季が明確に分かれている。そのためシマウマやヌーは大移動する羽目になる。
ケニアでは春に大量の雨が降り(5月が最も降る)、夏休みや正月にはあまり降らず50mmを下回る。
サバナとは「疎林」の意味で、密林の対義語。背の高い草原にまばらに低木が存在する。
南米ではサバナを別の言葉(北部はリャノ、中央部はグランチャコ、中央部東はカンポセラード)で言い換えるが、同じもの。
中緯度高圧帯に存在。南米の40%弱がサバナである。
ユーラシア大陸や北米にはほとんどない。

B乾燥気候
全然雨が降らない。
とはいえ全ての乾燥気候が全く降らないってことはないので(雨季のあるステップなど)、乾燥限界降水量を計算して、その地域の降水量が乾燥限界を下回ったとき、乾燥気候に認定される。

夏季乾燥型地域の乾燥限界(mm)=平均気温×20
年中湿潤型地域の乾燥限界(mm)=20×(平均気温+7)
冬季乾燥型地域の乾燥限界(mm)=20×(平均気温+14)


誤差があるけれど乾燥地域はだいたい年間降水量が500mmを下回る。もちろんほぼ0もあり。気温の年較差、日較差が非常に大きく、夏は熱帯を凌ぐほど厚いが、冬は平均気温が20℃を下回りかなり涼しい。オーストラリアとアフリカに多い気候。

乾燥気候は以下の二つに分けられる。

BW砂漠気候
Wはドイツ語で「砂漠」を意味するヴューステから。
年間降水量が乾燥限界の半分にも満たない。
砂漠によっては10年以上まったく雨が降っていない場所がある。
気温の日較差がめちゃくちゃ激しい。サハラ砂漠では夜になると氷点下になる場所がある。
風化が激しく、山地に大規模な扇状地が形成、浸食が進むと山地は縮小、山地前面にはぺディメントというゆるやかな斜面ができる。
しかし山地自身は浸食が進んでも勾配はあまり変化せず、アメリカのモニュメントバレーのような地層が水平に重なっている場所では、岩石が垂直に削られるためテーブル上の地形(でかいのがメサ、小さいのがビュート)ができる。
しかしオーストラリアやサハラ砂漠、カラハリ砂漠といった先カンブリア時代からの安定陸塊は非常に硬い岩石や古い火山以外はすべて浸食され、平地化されてしまっている。
低地には極めて勾配が小さな盆地がたくさんあり、その一番低い場所には大雨が降った際、水がたまる。これをプラヤといい、その表面にある塩類の地層は岩塩として砂漠の交易品となっている(砂漠の土壌は塩類集積が進みアルカリ性が強い)。
また、豪雨によってできた河谷の水がすべて乾燥するとワジという地形になる。ワジはかつては隊商路として利用された。
砂漠とは、「不毛、見捨てられた地」という意味のデザートを翻訳した言葉だが、漠(果てしない)砂と漢字では書く割に、砂の砂漠(エルグ)はあんまりない。北アメリカで1%、サハラ砂漠で20%以下、アラビア砂漠で30%、最も多い中国で45%。
石がゴロゴロしている荒野の方が砂漠(ハマダ=礫砂漠、岩石砂漠)としてはメジャーだといえる。つまり極めて乾燥していて水がなければ砂漠なわけで、全陸地面積の20%を占める。
オーストラリアの30%、アフリカの25%、ユーラシア大陸の10%が砂漠。

砂漠は以下の四つのタイプがある。
①亜熱帯砂漠(回帰線砂漠)
中緯度高圧帯にできる砂漠。下降気流によって乾燥した風が吹くので降水量が少なくなる。しかも亜熱帯は暑いので水分の蒸発量も大きい。
代表例はサハラ砂漠。

②内陸砂漠
海から遠い(隔海度が高い)ので乾燥する。
やや緯度が高くても存在する。タクラマカン砂漠やゴビ砂漠。

③冷涼海岸砂漠
普通海岸は湿度が高いのだが、沖合いに寒流が流れている場所は空気が冷やされて上昇気流が発生せず、そのため降雨が起きない。しかし他の砂漠に比べて適度に湿度がある。
チリのアカマタ砂漠、アフリカ西岸のナミブ砂漠。

④雨陰砂漠
高い山から乾燥した空気が吹きつけられること(フェーン現象)で乾燥する。
ロッキー山脈東(風下)のグレートプレーンズ、アンデス山脈東(風下)のアルゼンチンパタゴニア地方。

ちなみに砂漠と砂漠化は直接は関係のない現象。
砂漠化とは、乾燥・半乾燥地域において気候の変動や人間の活動によって土地がさらに乾燥し、生産力が低下し、砂漠のような状態になってしまうことで、サハラ砂漠のような、そもそも土地利用ができない場所では砂漠化は起こらない。

BSステップ気候
Sはドイツ語で「ステップ」を意味するステッペから。
年間降水量が乾燥限界に満たないが、それでも乾燥限界の半分以上はある場合は砂漠ではなくステップに分類される。年降水量は250~500mm。
ステップには短い雨季が存在するため、背丈の低い草原が広がっている。
ステップ地帯の土壌は栗色土で、灌漑で水をひけば農耕可能。
また降水量が多いステップの土壌は黒土で大変肥沃。ロシアやウクライナのチェルノーゼムや、アメリカのグレートプレーンズ、アルゼンチンラプラタ川流域のパンパなどに見られる。
雨温図の見た目は温帯冬季少雨気候に似ているが、温帯冬季少雨気候の降水量はステップの二倍以上ある。
世界各地にわりとバランスよく分布しているが、砂漠同様もっとも多いのがオーストラリアの25%、ついでアフリカの21%。

C温帯気候
最も住みやすいマイルドな気候。
森林や混合林、草原が広がる。土壌はプレーリー土や褐色森林土。
最も寒い月の平均気温が-3℃以上18℃未満。

温帯気候は以下の四つに分けられる。

Cs地中海性気候
sはドイツ語で「夏」を意味するゾンマーから。
その名の通り地中海の気候。ヨーロッパ以外にも北米、南米の西海岸、アフリカ、オーストラリアの南海岸に点在。緯度が30~40度あたり。
夏に乾燥し、冬に湿潤。暖かい赤道低圧帯が季節によって移動するため夏に乾燥する。
雨温図で夏にほとんど雨が降らなくなるのはこれくらいなので見つけやすい。
乾季にブドウやオレンジ、オリーブなど、冬に麦を育てる地中海式農業を行なう。

Cw温帯冬季少雨気候(温帯夏雨気候)
夏に降水が多く、最も雨が降る月の降水量が、最も雨が降らない月の降水量の10倍。
夏の気温はかなり高く30℃を超えることもある。また夏には300mmもの雨を降らすが、夏以外雨はほとんど降らない。すごい極端。
意外とアフリカの割合が多く、アフリカの13%が該当する。

Cfa温暖湿潤気候
日本やアメリカ合衆国東海岸。
Cfは降水量が多いが、Cfaは夏の気温が高く蒸し暑くなる。
一年中雨が降っているが、とりわけ夏から秋が多い。
また気温の年較差が温帯で最も大きく、四季がはっきりしている。

Cfb西岸海洋性気候
一年中吹く偏西風や北大西洋海流の影響で、夏でも涼しく、冬は暖かい。
一年中降水量が50mm前後で変化しない。
イギリスや西ヨーロッパが該当するが、これらの国は衣替えの概念が存在しないことがある。ほかにもカナダ西岸、チリ南部、オーストラリア東南部、ニュージーランドなど。

D冷温帯気候(亜寒帯気候、冷帯気候)
最も寒い月の平均気温が-3℃未満で、最も暖かい月の平均気温が10℃以上。
北米の半分、ユーラシア大陸の25%が冷帯。ほかの地域にはほとんど存在しない。
土壌はポドゾルというやせた土で、水溶性の塩基性物質が雨によって下層部に流れ出たため強い酸性を示し保水力が極めて悪い。色は灰白色(ポドゾルはロシア語で「灰のような土」という意味)。農業をする場合は石灰をまいて中和するとともに、有機&無機肥料の投入が欠かせない。
タイガという針葉樹林帯が広がり、針葉樹の葉は硬く、防水性のある分厚いクチクラ層に覆われているため、寒さが厳しく降水量の少ない地域でも優勢となっている。

冷温帯気候は以下の二つに分けられる。

Dw亜寒帯冬季少雨気候(冷帯夏雨気候)
夏の最多月降水量が、冬の最小月降水量の10倍以上。つまり乾季が存在する。
夏は何気に気温が高く日中40℃に達する場所もある。この短い夏にカやアブが大量発生し、家畜や人間に襲い掛かる。年較差のギャップが最も激しい。
シベリアの東部。

Df亜寒帯湿潤気候(冷帯多雨気候
Dw以外。著しい乾季が存在しない。一年中雨か雪。
冷帯気候はほとんどこれ。年較差も大きいが、亜寒帯冬季少雨気候には及ばない。

E寒帯気候
とても寒い。
もっとも暖かい月の最高気温が10℃未満。つまり夏だろうが一年中寒い。
寒帯気候は以下の二つに分けられる。

ETツンドラ気候
最も暖かい月の気温が0℃以上。
短い夏でも気温が10℃に届かず、ぎりぎりコケのような地衣類が生息。
植物の残骸も分解しきらないので、そのまま堆積して泥炭になったりする。
シベリアやカナダの北部、グリーンランド南部。
土壌は永久凍土で、水はけは最悪で強酸性。

EF氷雪気候
FはフロストのF。最も暖かい月(夏)の気温でも0℃未満。
氷が溶けないので植物が存在できない。雨もほとんど降らない。
南極のほとんど。

間帯土壌
気候に関係なく分布する土壌のこと。
石灰岩が風化したテラロッサ。バラ色でオリーブ栽培に適する。
玄武岩などが風化したテラローシャ。暗紫色でブラジルのコーヒー農場の土壌はこれ。
玄武岩が風化したレグール土。黒色で綿花の栽培に適する。インドのデカン高原。

まとめ
ユーラシア大陸:25%が亜寒帯。

アフリカ:25%が砂漠。20%がそれぞれステップ、サバナ、ジャングル(乾燥帯+熱帯)

北米:半分弱が亜寒帯。

南米:36%がサバナ。25%がセルバ(つまり半分以上が熱帯)

オーストラリア:30%が砂漠。25%がステップ(つまり約半分が乾燥)

教員採用試験過去問分析

 この前見た『幕が上がる』の吉岡先生に触発されて、教員採用試験の過去問をやってみたんですが、これがまあムゴイ。大学の知識じゃ全然歯が立たねえ(互換性ほぼなし)。
 しかも、うちの県って高校の採用試験よりも中学校の採用試験の方が難易度が高いという。いや、厳密にはちょっと違っていて、高校も中学も同じ問題が出るんだ。全く。使い回し。
 で、中学校は理科だったら物理化学生物地学、社会だったら地歴公民全て教えるから、そのすべての分野の高校の問題が出題されるという。結果として中学校の試験の方がルネサンスの万能人テストと化しているという。Ohボーイ。
 じゃあ高校で受ければいいじゃんってなるけれど、美術も社会も高校は毎年一人くらいしか取らないからすげえ賢い奴があとひとりでもいたら落ちてしまうという、小選挙区制。
 なら、とりあえず中学校で受けて、そのあと高校にチャレンジするっていう方がリスクマネジメントとしてアリだなと。でも万能人テスト。Ohボーイ。
 それに中学校は複数人採用するとは言え、倍率で言えば高校より倍率が高いのだ。ヘル。

 まあ、今後どっちで受けるかは置いておいて、各分野が現状でどれくらい解けるのか、また出題範囲はどんな感じなのか、を分析してみました。まず敵を知る。

一般教養&教職教養
うちの県は割と簡単で8割以上はコンスタントに取れる。一度9割越えた。何とかなると思う。

高校美術
衝撃の事実。
そもそも採用試験の過去問が存在しない。よって対処のしようがない。かつて一度だけ受けたがジェームズ・タレルというよく知らない現代アーティストのインスタレーションや、大工の木の組み方など、教科書や資料集から逸脱した地獄問題続出で6割くらいしか取れなかった。
美術の試験には実技もあるのだが、これも紙と割り箸で「緊張」を現せなどという常人には到底理解不能なコンテンポラリーぶりで、私にはちょっと無理だなと2年前に諦めた。吉岡先生はすごい。どこの県か知らないが。どこだっけ?神奈川?
 
高校公民
毎年一人しか取らない小選挙区制を実施。
高校~センター、公務員試験レベルの政治、経済、倫理をバランスよく出題。
うちの県の高校なんて倫理はほとんど開講しないくせにしっかり出題するのが歯がゆい。なら教えさせてくれよ。
最初は全く歯が立たなかったが、色んな出版社のテキストを20冊くらい買いあさり、一番分厚いテキストを何度も読んで、9割は取れるようになった。
いや、正確には1、2問落とすくらいで、ほぼ解ける。
一度他県の試験を受けて、9割に届かず落ちたことがある。他県は学習指導要領の文章を丸暗記しなきゃいけない問題があって、そいつがアキレス腱になったが(中央銀行を日本銀行と書いてバツとか)うちの県はそういう問題がまったく出ないのが嬉しい。だが出題の難易度は圧倒的にうちの県。
現状では最も点数が取れるが、何度も言うように小選挙区制なので自分よりも解ける人がひとりでもいたら落ちるし、仮に満点をたたき出しても面接という不確定要素もある。マジどうしよう。

中学校社会
高校の地歴公民の全てを出題する地獄テスト。でも出題傾向に偏りがあることを発見しました。

人文地理学:まあまあ。出ない。
自然地理学:まあまあ。出る。
地誌学:できないし嫌い。マニアック。めちゃくちゃ出る。

政治学:結構できる。普通に出る。
経済学:かなりできる。普通に出る。
倫理学:日本の倫理がちょい弱いがなんとかなる。出ない。

世界史:割と好き。全く出ない。
日本史(古代~近世):苦手。歴史分野のほとんどを占める。
日本史(近現代):デリケートな時代なのか出題されてもごくわずか。

 ということで、公民分野はともかく、地理と歴史がてんでできないので事実上3割くらいしか取れない。割と好きな世界史が全く出ないのが痛い。確かに中学校の歴史ってほぼ日本史だけどさ。
 日本史の問題もマニアックというよりは範囲としては割とベタなところを出すんだけど、出題の仕方が深いんだよね。史料読み解き問題とか。通史的に大雑把に把握しているだけじゃ無理で、史料の文言をしっかり暗記していないと難しい。
 他の問題にしても、なんか重箱の隅つつき的な。飛鳥時代に起こった出来事を年代順に並び替えろとか。半分位知らない出来事だしな。

 まあ、日本史はまだ物語があるから、公民の時みたいに、いいテキストを探して読めばいいと思うんだけど、問題は地誌学よ。大学で学んだことがこれほどまでに役に立たないとは。
 大学で地理学という学問をちょっと見直したのに、結局学校教育ではクソつまらない暗記科目だもんな。統計覚えて何が楽しいんだかな。
 地誌学に関しては物語とか、自然科学みたいなロジックじゃないじゃん。因果関係で覚えられないってこと。だから世界地図と統計を丸暗記するしかない。
 一応「水持ちのいい土地は水田として利用されがち」とかロジックみたいなのはあるけど、結局どこが水もちいいかは地質図丸暗記だもんな。
 あと大陸の「断面」の形や、外国の経度と緯度を覚えてないとできない問題ね。

 ・・・出来てなんなん??

 まあでも、とりあえずデータを丸暗記するのが好きなタイプいるしな。ここは心を殺して、地図と統計オタクになってもいいかもしんない。データをシコシコ整理して鉱物資源や農作物や工業製品のランキングを作って「ゲヘヘ」ってするのも、やってみたらやってみたで、意外と面白いかもしれないしな。
 まあ来年度どうなるかはよくわからないんだけどね。大学の方も心理学と中国史の試験がまだ残っているし。となると5月6月の二ヶ月ちょいで、日本史と地誌学をある程度マスターする必要があるな。最も、その時まで公民や教職教養の知識が忘却されていなければ、だけど。

30代最初の一年の終わり

 レベルが31になりました。

 昨年のバースデーにおいて、長いモラトリアムから決別し(※けっこう遅い)、もうちょい地に足着いたことを考えたり、いろいろチャレンジしようと宣言してたんだけど、この一年なにがあったかなあ。
 とりあえず20代の頃よりはやっぱりイライラはしなくなった。が、不思議なことに焦りみたいなのは出てきた。
 おそらくこれから肉体的な老化が始まっていって、ベストなコンディションでいろんなことをやれる時間は限られているぞって、薄々感じているからだと思う。だから、いろいろやれるうちにいろいろやっとかないと絶対にダメだな、もったいないなって。

 それに去年は、うちの屈強なおじいちゃんが亡くなっちゃって、なんだかんだで30まで誰一人家族の死を経験してなかった自分にとっては、かなり思うところがあった。
 老化の究極系が「死」だもんな。やっぱり、どんな人も、自分も含めて最期は死んじゃうんだって実感したと同時に、なんだろ今まで観念的に不安だったり怖がってた死も、割と普通に社会に組み込まれているんだなあ、人間って最後まで社会的存在なんだなあって思った。
 仕事終わって毎日看病に行ったり、看護婦さん、葬儀屋さん、納棺師さん、お坊さんとか、死に関わる職業の人たちの仕事を自分の目で見れたのは、すごいいい経験になった。
 なんか亡くなったあともああやって丁寧に人として扱ってもらえるなら、そこまで死ぬのも怖くないかもなって思ったけど、最後棺ごと焼かれちゃったのはやっぱり衝撃映像だったな。
 まあ仕方がないんだけどね。いずれ自分もああやって火葬されんのかって想像したら超怖いけど、その時には死んでるもんね。ジャンヌ・ダルクみたいに生きたまま焼かれたら地獄だよ。
 で、科学的には物質としてのおじいちゃんは消滅しちゃったんだけど、火葬当日はちょっと凹んだとは言え、そこまで悲しくもないんだよな。
 なんか、本当に死んじゃったんだ、と思えなくて。よくドラマのセリフで「心の中に生きている」みたいなセリフあってさ、「嘘つけよ、生きてねえよ」みたいに思ってたんだけど、あれって本当にあるんだって。もともとおじいちゃんって馬主会の会長とかやってて色んな知り合いがいてさ(ブレーメンの議員とか)、生きている時もあまり実家にいなかったっていうのもあって、そのうちまたフラリと帰ってきそうなんだよねw
 ちょっと遠いところに出かけちゃったんだなって感じで。人間の心って不思議だよなあ。親しい人の死にはそうやって都合よく折り合いをつけちゃうんだっていう。
 これから歳をとっていくと、どんどんこういった「お別れ」の方が多くなっていくのもちょっと切ないけどね。しょうがない。自然の摂理だ。
 でも、ほんのちょっとの病理的原因で、人体の健康ってガタタって秩序がなくなっちゃうんだね。めっちゃ連動してんだ、複雑系なんだって思った。生きていること自体がミラクルなんだな。
 
 だから、そのミラクルが続いているうちに、ちょっとでも「やろうかな」「やりたいな」って思ったことはどんどんやったほうがいい。
 おじいちゃんには最期「死ぬまで漫画描けよ」って言われて、もちろん描くだろうけど、漫画以外にもいろいろ楽しいことあるしね。
 例えば、去年から始めた通信教育で中学社会と政治経済の教員免許を取るとか。あれは、運転免許みたいにわりとスムーズに取得できんだろって思ったら、世の中そう簡単じゃなくて、いや、ほとんどの単位は半年くらいで取得はできたんだけど、某単位のレポートが謎の合否判定で一年以上も苦戦しているというね。
 これは想定外だったよ。で、期間が延びちゃったついでに、高校の地歴の単位も取っているというね。オレは何回課金すんだっていうね。まさか30超えて未だに勉強しているとは思わなんだよ。でもいいの。割と楽しいから。
 というのも、大学生の頃は講義とかきつかったんだけど(ゼミやディスカッションは好きだった)、通信教育って送られてくる本を自分のペースで読んで、その感想をレポートに書いて、大学に送って、合格したら試験受けて、単位もらえるとか、そういう感じだから、マイペースな私にはすっごい合ってるんだ。
 実際、本読んで感想書くのは、このブログでも前から趣味でやってることだしね。出席さえしてれば割と簡単に単位をもらえる(泣き落とせる)通学と違って、実は通信教育のが自分で管理して勉強しなきゃいけない分、結構大変で(仕事しながらでは特に)ちゃんと最後まで単位取っているのは全体の6割くらいって説明会で聞いたけど、私は某単位がなんとかなれば、とりあえず中学社会と高校政経倫理、高校地歴の三つはゲットできそう。

 おのれ某単位。
 
 ほいで、これからどうするかだよな。なんか修士課程をやっぱりやってみようかなっていうのもあるんだけど、中学高校の理科の教員免許もいっそのこと欲しくて(そもそも当初は理科を取る予定だったのだが、時期的にすぐに履修できなかったので、「カツ丼終わったの?じゃ、いいや生姜焼きで!」みたいなノリで社会にしてしまった)、ちょっと迷い中。
 お金が無尽蔵にあれば、どっちもやっちまえってできるんだけどね。実際社会の野郎が、他の教科の2倍弱単位が必要で、予想外の出費をしちゃったからな。
 それに昨日も思ったんだけど、大学の先生もなんか大変らしいもんね。アルファベット書けない大学生とかいるらしいし。そんなのにどうやって論文書かせるんだっていう、高等教育には高等教育の苦悩がありそうでさ。
 だから、小保方さんを叩いている人には、学生時代大変立派な論文を書いて卒業なさったのですねって皮肉も言いたいくらいだぜ。
 普通の学校の教員と違って、研究者と教育者を兼ねているのが大学の先生の厳しいところだよ。理系の教授なんかは予算も取ってこなきゃならないし。
 そう言う意味で、おそらく修士や博士課程よりは、まずは理科の教員免許かなって思っている。博士課程への道は、今度こしさんにいろいろ教えてもらおう。私は理系じゃないけど。ではまた来年。

幕が上がる

 「面白い度☆☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆」

 こんなレベル目指してたんだね、みんな。

 弱小演劇部が、元天才演劇部員だった美術の先生の指導のもと全国制覇(っていうのか?)を目指す映画。本日公開だったらしく、ほぼ半額で見れた。
 設定からして、『タイピスト!』を彷彿とさせるスポ根ものの文化部版というか。つまり所さんの笑ってこらえて一億分の富士ヶ丘高校演劇部みたいな話だろ?と思って、出かける前に「絶対所さんの笑ってこらえてみたいな映画だった」って見たあと呟くよな~ってツイートしてたんだけど、ところがどすこい、めっちゃ身につまされる映画でした。『アオイホノオ』と『塀の中の中学校』を足したようなインパクト。ムロツヨシ出るしな。
 一般的にはももいろクローバーの初主演映画ってことで、アイドル映画的な認知のされ方をされているんだけど、一部のファンが見るだけじゃもったいないクオリティではある。
 ももいろクローバーっつっても私『ドラゴンクライシス!』と『モーレツ宇宙海賊』のうた歌った人達くらいしか知らなくて、誰がどれだか、そもそもクローバーが何人いるかすらわからなかった。結局五人組?ユッコとガルルと部長はなんとか判別。ふ・・・二人足りない・・・転入生の子か。

 ほいで、私はあんまり邦画を観ないんだけど、ノラネコさんにクリエイター気質の人と教育に携わる人は見ろって言われて、どっちも該当しちゃった以上見てしまったんだが、これアイドルマスターの映画がやりたかったことをめちゃくちゃ上手に実写でやった感じなんだよね。
 アイドルマスターのファン、ももいろクローバーのファンへのサービスシーンは、まあ私どっちもニュートラルだから、別にいらないんだけど(鍋焼きうどん出てくる謎のシーンとか)、そういうシーンを抜いて、脚本の完成度がどっちが高いかって言ったら断然こっち。
 アイマス映画での「キラキラしてない」が、こちらの『幕が上がる』では「光」になっているだけで伝えたいことは驚くほど一緒。ちょっと小太りな後輩の子が中盤スランプに陥るのも一緒。
 しかし、この映画にあってアイマスになかったのは「不安」だな。アイマスはマーチャンダイジング上、ガチな不安は構築できないもんな。
 十代の青春ってなにが特徴かって言えば、将来自分が一体どんな方向に進むかわからない、まだ何者でないがゆえの不安だよね。何者でもないっていうのは辛いっちゃ辛いんだけど、裏を返せば、何にでもなれる可能性も残されていると言えるから、十代を華麗に通過した大人は「きゅん」ってなるんだろうけど。
 まあ、これも過去の美化にすぎないとは思うけどね。現実は、十代だろうが、いくつだろうが、選択の余地なんてそんなにないって私は思うんだけどね。ねえよ、無限の可能性なんかって。人間なるようにしかならないよって。おさまるところにちゃんとおさまるよって。
 ただ、そういった自分の能力に対しての残酷な判決が先送りされているがゆえに、十代は悩み葛藤し、時に調子に乗る、と。
 これは、なにも意地悪でそう言っているんじゃなくて、さ。それはそれで人生楽しいよっていう。知らぬがパラダイスっていうのあるじゃん。将来どうなるかなんて、いくつになっても実はよくわからないし、だからこそ突き詰めれば死ぬまで不安なんだけど、だからこそ終わりじゃないと。
 十代が過ぎたくらいで「自分の人生はもう決まった」ってウジウジいうこともなかろうて。今とそんな変わんねえよって。まあ、十代は今後の人生をどう生きていくかのベースになるから、そう言う意味では悔いのない学生生活を送ったほうがいいかもね。じゃないと「学生時代に戻りたい」と過去を美化する大人になっちゃうぞって。

 仮にそこにたどり着いても、そこは“どこでもないどこか”なんだよ。

 そういや、ずいぶん前に、専門学校かなんかで映像教えている(詳しくは知らない)ノラネコさんと、クリエイターを目指す学生をどう教育するかやり取りしたことがあったんだよ。
 ノラネコさんいわく、義務教育の美術とかじゃなくて、専門的な学校でも、表現したいものがないのに表現者を目指す人が割といるんだって。つまり、映画やアニメを見るのが好きなだけなのに、自分がクリエイターだと錯覚しちゃっている人がいる、と。まあ、漫画研究部とかでたくさんいる「読む専」ってタイプなんだろうけれど。漫研だけど漫画の原稿は描かないっていう。
 で、こういう人たちは、課題は真面目に作ってくれるらしいんだが(まあ自分から通っているから当たり前か)、自由に作っていいよって言っても何もアイディアが出てこないんだって。
 これは、図工や美術の授業でも度々取りざたされる自由に作れって言ってもどうやりゃいいんだコノヤロー問題なんだけど、カリキュラム上ある程度強制されて美術を受けている中学生ならともかく、ノラネコさんはある種プロのクリエイターの卵を育てる立場だから、このタイプどうしてんだろうなあって思って、自分に描きたいものがないことを素直に認められない人に対してはそっと引導を渡しているんですか?って尋ねたんだよ。
 そしたら、そうじゃなくて、映画って集団で作るものだからそれこそいろんな仕事があるじゃん。つまりみんながみんな「作家」である必要はないわけで、でも映画業界をあまり知らないと「映画を仕事にする=映画監督になる」くらいしか思いつかない。これが悲劇なんだ、と。
 映画監督にはなれなくても、映画に携われることは他にもたくさんあるよ、といろいろな可能性を紹介してあげるのが、クリエイター学校の先生の仕事なんだみたいなこと言われて、なるほどなあ、と。

 さて、この映画には二人の先生が出てくるんだ(作劇上重要な先生は実は三人だけど)。一人がムロツヨシ先生で、この先生はもともと理科の先生で、正直演劇のことなんてさっぱりわからないけれど、文化部の顧問って運動部に比べてゆるくて楽かなくらいのノリでやっている、かなりリアルなタイプの顧問。当然、部員からは軽く侮辱の憂き目にあっている。
 部員たちに偉そうに演劇を教えれるほど詳しくないから、とりあえず「芸術は自由だ。好きなようになりなさい」とそれらしいことを言って部員の周りをウロウロしているだけなんだけど、意外なのはノラネコさんは教育者としてムロツヨシタイプなんだってこと。あんな待遇を学生から受けているのだろうか(^_^;)
 でも、勘弁して欲しいよね。演劇部のある学校には必ず演劇を専門とする教員がいるとは限らないからね。だから、学校の部活ってその競技の素人が顧問を受け持つ悲劇が度々繰り返されていて、部活動は外部の専門家に任せてもいいんじゃないかって話も最近あるんだけど。
 だから、若い男の先生ってだけで「よし!運動部!」って白羽の矢が刺さる場合があるので、私も近い将来アメフト部顧問とかやっているかもしれません。そんときは木村くん(※現役のアメフト選手の友達)に泣きつきます。でも、これも不思議だよな。教える方も教わる方も悲劇だと思うぜ。部活って指導者が変わるとぜんっぜん違うらしいからね。
 
 空気が変わった――ヤバい。楽しい。

 んで、もう一人がかつて「演劇部の女王」とかちょっと恥ずかしい二つ名を持っていた新任の美術教師吉岡先生。配属早々生徒にググられてしまう展開は私も一緒だったんだけど、演劇部顧問のムロツヨシ先生を差し置いて、演劇部員の心をがっちし掴み、バシバシ専門的な指導で彼女らのレベルを上げていく。
 しかし、ガチで演劇の道へ行くということは、結局はローリスク&ローリターンのカタギの道から、太く短いヤクザロードへのポイント切り替えを意味する。だから吉岡先生は念を押して部員の言質を取ろうとする。私は責任取れないよ?と。で、部員の「大丈夫です。これは私たちの人生ですから」というコメントを受けた後、この人はとんでもない決断をしてしまう。
 そこらへんの急展開から、私はこの映画にやられちゃって。うわ~おっそろしい映画だなって。「芸術は麻薬」と語った北野武作品かよって。吉岡先生は裏を返せばメフィストフェレスっていう悪魔だよなあってw
 で、私はムロツヨシよりは、吉岡先生だなあって思っちゃった。実行するかどうかはわからんが、気持ちはすごいわかるよ。学生ですごい才能のある子に出会ったら触発されて「わしも若いもんには負けんわい」ってやりたくなっちゃうから(単純)。
 しかし凄いのは、あの先生初任者研修受けているんだよ(ムロツヨシをいなす為の嘘じゃなかったら)。私も2年前惜しくも落ちたから知ってるんだけど、「高校美術」という一年に一人くらいしか受からないような超難関の採用試験を受かっているのに“あの選択”はロックすぎるぜ。
 まあ実技教科って実践ができて初めて学生に「お~」って尊敬されるようなところもあるしなあ。でもそれくらいスキルあったらプロも射程に入っちゃうんだよな。そのジレンマね。

 つまりさ、ここに呪いの構造があってさ。プロになれなかった芸術家は、自分より若くて才能のある子達を育てる側に行くしかないらしいんだ。美大生に聞いたところ、この業界はそういう構造らしいんだよ。
 東京芸大なんて学歴としちゃすごいけど、そこからプロの作家になれる人なんてひと握りだし、そういうプロも作品だけじゃ食ってけないから芸大に行くための予備校を経営したりして、んで、その予備校で泣きながら石膏像を描いた夢とガッツある学生が芸大に受かって、でもやっぱりほとんどの芸大生が挫折して、また将来の挫折予備軍の学生たちの指導に回るという、円環の理(懐かしいな、これ)。
 私なんかは学校で美術教えているとは言え、専門のクリエイターを育てているわけじゃないからまだ罪悪感はないんだけど、あ~でもどうなんだろう。私もA級戦犯なのかなあ。
 でもさ、言い訳するわけじゃないんだけどさ。高校3年間演劇に夢中になるくらい、人生長いし別によくね?とも思うな。演劇や芸術表現系の道は確かに生涯年収激減するルートかもしれんが、この前の映画みたいに地獄の戦場に送り込まれるわけじゃねえし。
 ちょっと大学受験失敗して一浪するくらいじゃん。普通に大学受験するよりは、普通じゃないルートを勢い任せに選んでも、まだ取り返せるのが若者のいいところな気もする。
 実際私なんて、あれだぜ。高校時代、生徒会と漫画描くことしかやってなかったからね(あとデザーテッドアイランド)。大学受験も受験日忘れていかなかったという前代未聞の失敗をして浪人しちゃったけど、今もなんとか生きているし、楽しいし。
 逆に部員と全国とか目指せて羨ましいよって。漫画って個人競技だからさ、割と孤独だったぜ。紙とインクだけがと~もだ~ちさ~♪

 まあ、グダグダになっちゃったけど、アレだ。ムロツヨシよりは吉岡とはいえ、私は受験日が同じだった日本大学芸術学部脚本科よりも群馬大学教育学部を選択した人間だからな。
 これがもし、日大に進んでいたら、吉岡ルートだったかもしれないけど、どんな職業も結局尊いからね。十代の頃すごいキラキラしてる専門職だと思っていた漫画家や学者も、大人になればただの職業の一つって相対化されてしまったのが切ないよ(ツイッターのせいだ)。
 逆に超身近だった学校の先生がこんなに専門的な仕事だっていうのもわからなかった。歳はとるものである。とりあえず美術部の指導気を付けよう。

 どうやっても宇宙の果てにはたどり着けない。けれど切符だけは持っている。

アメリカン・スナイパー

 「面白い度☆☆☆ 好き度☆☆☆」

 人間は三種類いる。羊、狼、番犬だ。

 アメリカと言ったら映画とミリタリーというだけあって、戦争映画はそれこそ星の数ほど制作されていると思うんですが、クリント・イーストウッド監督のこの最新作は、なんとまあ、あまたある戦争映画の中で『プライベート・ライアン』を抜き、過去最高の興行収入を叩き出したという。
 となれば、いろんな立場や思想の人が見ているわけで、例のごとく「ヒット作&流行作あるある」の泥仕合が発生中だとか。
 ライトな人は戦争万歳、愛国心万歳のヒーロー映画として、レフトな人はイラク戦争はどう考えてもバッドウォーだったのに、こともあろうに後ろからこっそり攻撃する卑怯な狙撃兵を英雄視するなんて!と論戦が起こっているらしい。
 悔しいかな、ヒット作って結局、いろんな人が好きなように自分で自由に解釈できる“幅”があることが多い。つまり作り手の手を離れて、作り手が本来伝えたかったものとは違う、もしくは、それ以上の解釈をされて、受け手側に勝手にテキストを構築されていってしまう。
 そう言う意味で、ロランバルトは本質をついている。『エヴァンゲリオン』然り。『風立ちぬ』然り。結局これらの作品って何が言いたいのかさっぱりわからない。さっぱりわからないから、受け手が好き勝手に誤解できる。
 勿論イーストウッド監督は、そこまで難解な作品を描いちゃいない。むしろ極めてシンプルな構成の映画を作っている。でもシンプルであるが故、この伝説の狙撃兵が実在の人物で、彼が巻き込まれた事件で、たった今裁判が起きているという話題性があるが故、この映画は重層的な解釈――誤解を許してしまう。
 これを私は観客主権と呼ぼう。作品が一旦発表されてしまえば、あとの問題は作り手ではなく、受け手に行ってしまう。これが、クリエイター業の表現や伝達の悲しいところでもあり、面白いところでもある。
 じゃあ、私はどう解釈したかって? 

 『ゴルゴはつらいよ』みたいな感じだった。

 つまらなくはないんだけど、イラク戦争を題材にした映画って多くて、どれも出来がいいからインフレしちゃっている感じがするんだよなあ。『ローンレンジャー』とか『ハートロッカー』とか『ゼロダークサーティ』とか『フェアゲーム』とか『グリーンゾーン』とか。
 作劇としては『フューリー』とかに近くて、メタな視点を極力排除して、一人の狙撃手の苦悩や半生を一人称視点で描いている感じ。
 こっちのほうが全然展開は熱くはなるんだけど、この映画別にそういう少年漫画的、西部劇的「バキューン!ヒーハー」な映画じゃないんだよね。『フューリー』同様、鑑賞後(´Д` )となるような、まあ後味はあまりよくない映画なんだ。
 だから、戦争を賛美する映画だ!ってこの映画を批判するのは違うだろっていう人の意見もわかるんだけど、でも戦争賛美まではいかないにしても、悲しい戦場に送られる兵士の犠牲心や愛国心自体は、わりと肯定的に描いているから、そういうふうに取られちゃうのも仕方がないと思う。
 
 作中で具体例を出すならば、転載狙撃兵のクリス・カイルさんのお父さんがめっちゃテキサスの保守派っぽい人で、人間は三種類いる!羊、狼、番犬だ!って、ギリシャ4元徳みたいなこと言うんだ。羊は抵抗できない人たち。狼はそんな羊を食い物にする悪者、番犬は狼から命懸けで羊を守るデューティーのある人。
 ほいで、父さんは羊は育てない。狼になったら許さない。番犬になれ息子たちよ!みたいな教育をして、クリスはお父さんの期待通りに立派な国家の番犬になるんだけど、戦場から帰ってきたクリスは深刻なPTSDを患ってしまう。
 家族に囲まれて安全な日常生活を送っているのに、心の中はいつも非常時モードになっちゃったクリスは、あるとき家で飼っている番犬が子どもを襲っていると勘違いして、その犬をぶん殴ろうとしてしまう。
 この演出は割と意図してんだろうなあって思った。つまり「狼」と「番犬」の違いってなんなんだっていう。今まで自分のロールモデルとしてきた番犬――シープドッグ(だから犬種はちゃんとボーダーコリー)を物語後半でバッサリ否定してしまうという。
 自分が今までやってきたことは、本当に番犬だったのか?敵の視点から見れば、実は自分は狼と変わらなかったんじゃないのか?
 イラクのテロリストを「蛮族」と呼んで、一生懸命、命懸けで戦ったのに、そのモチベーションを紙一重で支えてくれた信念が信じられなくなってしまう。これは辛い。

 だが、しかし。主人公に重い十字架を背負わせ、苦しみもがく様子をいくら描いていても、クリント・イーストウッド監督は結局クリス・カイルさんをかっこいい男に描いちゃってるんだよね。
 そこで、やっぱり『スターシップ・トゥルーパーズ』的倒錯(※反戦のために描いた描写が皮肉にもかっこよく見えちゃうこと)が起こって、戦争は残酷でよくないけれど、それでも戦場で戦う男たちはかっこいい!と葛藤込みで戦争万歳な消費のされ方をされちゃっているんだろうなあって。
 だから、私はなんか大絶賛まではいかなかったんだよな。ちょっと前に見た『フューリー』が衝撃的だったのは、主人公側の戦車兵たちを救いようもないクズ野郎(目玉焼きペロペロマン)として描いていたからであってね。あれは、すごいチャレンジだよなって。
 一般的に第二次世界大戦って、悪の枢軸国を撃退したグッドウォーって言われているのに、結局連合国軍もみんなイカれてたんだっていう、戦争を美化する風潮を徹底的に突き放した描き方がビックリしちゃったんだ。
 そう言う意味じゃ、この映画のクリスはよくあるアメリカの戦争映画のすごいかっこいい軍人さんなんだよなあって。これは、まあ、実際のクリス・カイルさんがそういうハードボイルドなかっこいい人だった以上は、もうしょうがないんだけどね。自分が戦場にいて、クリスさんみたいな狙撃手が味方にいたら頼もしいったらないもんな。

 戦争(政治的な開戦などに関する問題)と戦場(で戦い苦しむ兵士)の話は分けて考えるべきだという意見もあるだろう。映画の話と現実の社会問題の議論は分けて考えるべきという人もいるだろう。
 それは、それでひとつの考え方なんだが(客観的な考察ではなく利害関係者の“戦略”に近い)、私はやっぱり、こういった問題は厳密には不可分なんだと思っている。もし、創作物がリアルに何も影響を与えられないのだとしたら、そして、それを作り手が信じられないのだったら、創作のモチベーションはどこに求めればいいのだろうか。
 限定効果説だ、いやいや強力効果説だ、のお馴染みの進学論争は繰り返さないけれど、それはもう、受け手の閾値によるんじゃないか。
 観客は自分が見たいものがすでに心の中にあって、それに適合するように主体的かつ無意識的に、作品のコードを解釈してしまうのかもしれない。それでも適合しないものを「つまらない」と言っているのかもしれない。だから、どんなふうにも解釈できるコンテンツは強い。
 ライトの人はライトに、レフトの人はレフトに、コンサバの人はコンサバに、リベラルの人はリベラルに・・・
 そして、時に“たかが創作物”がその人のリアルに大きな影響を与えてしまうこともある。幸か不幸か私には、この映画の効果はかなり限定的だった。それだけ。

 しかし超映画批評の人には効果はバツグンだったようだ。
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