Wiiを買いました

 なんか魔が差してしまって・・・(最近そればっか)

 だってさ~『星のカービィ 20周年スペシャルコレクション』がサントラとブックレット付きで2500円の大安売りしててさ。それを買っちゃったら、もう本体買うしかないじゃない!(C)マミ
 んで、今いろいろ梱包を開けて、設定している最中なんだけど(つーかセンサーバーが薄型テレビに乗らん)、すごいね、これ。リモコンでやるんだね。確かにテレビCMでもそんなような事して遊んでいた気がする。
 だけどこれ、コントローラー世代にはちょっと恥ずかしいよな。これ振り回して「行け!カービィ!吸い込め!」とか30歳のおっさんがやってるのは危なくないかってw

 なんにせよ『星のカービィ』って自分も初期のシリーズは結構やってて、キャラクターの名前も「ワドルディ」みたいなベタなものからグリゾー、ツイジー、ブルームハッターというマイナーなものまで結構覚えてる。
 とはいえ私がやったのは『スーパーデラックス』までなんだけど、すっごい楽しみにしていたのが64版のカービィ。
 当初の発表では『MOTHER3豚王の逆襲』と一緒に『カービィのエアライド(仮)』っていうのが発表されてたんだけど、こいつが待てども待てどもリリースされる気配なし。
 なんか一回企画倒れになったっぽくて、ならもういいやって、64から任天堂のゲームってもうやってないんだよ。ゲームセンターで音ゲーやるようになっちゃって。あと『デザーテッドアイランド』。

 その後、いつ出たか忘れちゃったけど『カービィのエアライド』を飛び越して『星のカービィ64』てのが出て、まあ当時としては「今更おせえよ」というか「ふ~ん」みたいな感じだったんだけど、この前ひょんなことからウィキペディアで『星のカービィ64』のあらすじ読んだら、なんかあまりの「カービィらしくなさ」に、逆にやりたくなっちゃってさ。だってこれもろ『天空の城ラピュタ』なんだもん(笑)
 でも『カービィ64』一本やるためだけに「NINTENDO64」買うのもなあって躊躇していたら、Wii用ソフト『星のカービィ 20周年スペシャルコレクション』に、初代『星のカービィ』から『カービィ64』までまったく当時のままで収録されていてさ、おおっこれならひとつのソフトとハードでカービィ三昧だし、『星のカービィWii』も遊べるしやったぜって感じで、今に至る。

 で、今。

 「イジェクト」ボタン押したら『バイオハザードダークサイドクロニクル』出てきたんだけど(爆)

フェアゲーム

 「面白い度☆☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆ 胃痛☆☆☆☆☆」

 うちでは食事中に政治の話は禁止なの。ケンカになるだけよ。イラクで何が起きてるかなんて結局誰も知らないんだし。

 ナドレックさんおすすめ作品。春に手がけていた脚本はスパイを題材にしたものだった。だから私は『007』をたくさんみて、スパイキャラのイメージを固めようとしていたんだけど、その時言われたのが「007を参考にするのは意外でした」ってコメント。
 私ならもっと実話を題材にしたリアルなスパイ映画を参考にすると思っていたらしい。その時に紹介されたのが『裏切りのサーカス』とこの『フェアゲーム』だった。どっちの作品も見たんだけど、リアルなスパイ映画、というか実話を扱ったスパイ映画を見ていると、その組織の負の人間臭さにげんなりする。天下のCIAも結局はただの公務員。東京電力や市役所、公立学校となんら変わらないのだ。
 それは日本のテレビドラマでもよくある「上層部の連中は現場を分かっていなくてよ~」みたいなありがちな対立ではない。事実はこうだ。上層部の連中は現場の泥沼さをわかった上で切り捨てている。

 人間に思いやりや優しさがあるのは確かだと思う。正義というものがあるならば、困っている人を助けたいという思いはある種誰にとても普遍的な正義なのだろう、それには、まあ異論はない。ただし、その正義や善意を貫くのは並大抵のことじゃない。後述するけど人は自己保身のためならいくらでも残酷になれる。
 007でも感じて、自分の漫画でも取り入れたのは、現場で命をかけるスパイのその立場上の弱さだ。国家のために命懸けで戦うなんて漫画やアニメではヒーローだろう。だけどリアルではそう言う人はとってもぞんざいに扱われている。組織的には優先順位は低いのだ。
 その不条理さに読者はしびれるのかもしれないが、もし自分がこういう立場にあると仮定した場合、本当に憧れるのだろうか。こんな仕事やりたいか?

 内田樹さんは、そもそも労働とはオーバーアーチブで、等価交換的な見返りを求めるものではない、と論じたが、それどころの騒ぎじゃない。等価どころかマイナスだ。
 協力者を死なせたり、自分も死ぬようなリスクを背負い、かつ給料はたいして払われず、その仕事の成果は親しい人にも話せない。称賛もなし。
 こんなことは理屈では自分も知っていた。それがスパイでしょ?そのペーソスがスパイ映画のキモでしょ?って。
 しかしこの映画に描かれるスパイは、どうにもそうやって自分とは縁のない世界にいる孤独な英雄とは割り切れなかった。ただの公務員感満載。全国の公務員震撼の映画なのは間違いない。

 エンドロールでこの総動が実際にあったことだと分かるんだけど、正直自分はこんなスキャンダル知らなかった。日本のテレビのニュースで取り上げたっけかなあ。
 911テロやイラク戦争は自分の思春期に起こったことだからけっこう覚えていて、作中パウエルさんやライス国務長官が出てきた時はちょっと懐かしくて笑っちゃったんだけど(ライスのあのアニメのような襟足はなんだ!)、それでもこんなCIA局員とホワイトハウスの泥仕合があったことは記憶になかった。
 今で言うなら、元CIAのスノーデン容疑者がアメリカの世界的な個人情報の収集を暴露しちゃって、国を追われているようなものか(これもいずれ映画になるんだろうな)。
 なにしろスノーデン容疑者が完全に悪ならば、アメリカはあそこまで世界中から非難されていないわけだ。まずもってアメリカがやっていたやり口がひどすぎるってのがあったんだろう。どこが自由の国だよって。プライバシーなんてないじゃないかって(これも見られてるんだろうなw)。

 スノーデンさんのやったことが普遍的な正義だったかは分からない。少なくとも公務員としては失格だ。守秘義務破っちゃったから。
 でもスノーデンさんはスノーデンさんのなかにある正義を貫いた。自分の正義を貫き、行動をしたという点は正しい間違っている抜きにしてすごい。
 得てしてこういう正義と正義のぶつかり合いで争いは起こってしまうのだけれど、でも自分の頭でどう考えてもおかしいことには積極的に抗議するべきだと思う。そしてその責任は自分ひとりで背負わないといけない。
 じゃあそれによって何を得るのか。はっきり言って何も見返りはない。ただし個人の尊厳(セルフエスティーム)だけは守られる。インフォームドコンセントもそうだけど、アメリカ人は特にその意識が強い気がする。

 なんでこの映画が身につまされたかというと、私もこんな大きな問題ではなかったけど、似たような状況に追い込まれたことがあったんだ。具体的には言えないけど、架空の話として聞いて。
 例えば、法律的、倫理的にどう考えてもアウトな人がいる。でもそいつの悪事は外部にバレてない。で、そいつの陰口をみんな言っている。そんな陰口ばっか言うなら直接言えよって、私がそいつに直接言ったとする。そしたらそいつを叩いていた他の連中も自分に協力すると思ったら、自分から距離を置いた。なんか自分がやばいやつみたいな感じにされた。
 この一件以来、私は他者に甘い期待をするのはやめた。愛や優しさが存在しないとは言わない。しかしそれらは自己保身にはあっさり負けると。
 今の私だったら他の人たちが自己保身に動くというエソロジー的な習性も見越した上で、敵と戦ったと思う。まあ若かったんだよ。みんなが正しいと思うことを実行すればついてきてくれると思ったんだから。
 でも世の中そんな単純じゃない。大規模な災害みたいに命がかかればみんな行動を起こすけど(それに弱い人も助ける)、社会正義といった抽象的なものではなかなか動かない。そういうことを学んだ苦い経験だった。
 
 目指すのは共和制ですが、国民次第です、と。つまり国家が担う責任とは権力を握る一部の者にあるわけではない。
 民主主義は簡単に手に入るものではない。だがアメリカは民主主義国家だ。市民の責務を果たせ。未来の子供たちのためにだ。


 この前参議院選挙があって、にわかに政治的な話題がネットでも盛り上がったけど、国家や社会といったものに過剰な期待をするのは私は間違っていると思うのはそのためだ。
 この世は結局どこまでも孤独なんだ。自分の人生がうまくいってないのは半分以上は自分のせいだって思わないとその人の精神はいよいよ救われない。
 そもそもそういった自由や自己責任に憧れていたのは、かつて小泉さんを支持した自分たちだろう。ならば社会の流れにそのまま乗っかっちゃうんじゃなくて、一度自分の心に訪ねてみようよ。
 この映画が描く敵は、国家を操るホワイトハウスの陰謀とか、ましてや副大統領補佐官じゃない。あやふやな伝聞や憶測を鵜呑みにして、よく知りもしないで短絡的に物事を断定をしてしまう、私たちそのものだ。
 そして国家の中枢にいる人もそれは変わらない。立場上影響力が強いから、黒幕とか強大な敵に見えるだけ。案外考えていることは庶民と同じだったりする。

風立ちぬ

 「面白い度☆☆ 好き度☆☆」

 飛行機は美しい夢だ!設計家は夢に形を与えるのだ。

 なんか魔が差して公開初日に見に行っちゃった。ということで人生二度目の映画館でジブリアニメ。私やっぱりジブリが苦手で、それはジブリそのものが受け付けないのか、日テレのジブリのゴリ押しに憤っているのか分からなくなってきてるんだけど、とにかく見る限りは先入観を持たずに鑑賞しました。
 いや、本音を言えば見てもいないのに「あれはゴキブリの話」とかさんざナメきって最終的に土下座することになったアリエッティの奇跡をちょっとだけ期待したんだけど、なんというか・・・フツー。
 まいったぞ。『崖の上のポニョ』と感想が全く同じだというw

 んで書く事がなくて困っている最中なんですが、結局のところ、ジブリ云々じゃなくて、その人がアニメに何を求めるかで感想は変わっちゃうよね。
 オランジュリー美術館とかで印象派の絵画を見るのが好きな人は、ジブリアニメのあの映像美に惹かれるのだろう。前にも何度も言ったけど(だって感想が同じなんだもん!)絵画で形のないものの表現、重さや風はすっごい高度なんだって。しかもタイトルが『立ちぬ』よ?そりゃ半端ないよ。畳の目だって描いている(ような気がする)
 そこらへんの技術は、まあとにかくすごい。まるで絵巻物のような大量の人ごみを同時に動かしたり、飛行機の機体のわずかなきしみによって、どの部分にどれだけの強度やしなやかさがあるかすら感じさせるように描いてるんだもん。

 あ、そうだ。飛行機といえば、唯一あれは笑っちゃった。飛行機が落ちるシーン。あれはアニメどうこうじゃなくて実際の映像でも私ツボなんだけど、もちろん本当はシャレにならない大事故で笑っちゃ不謹慎なのはわかっているんだけど、でも、どうにも私ダメなんだ。なんかうまく説明できないんだけど、爆笑NGの香りがプンプンしてさw
 航空力学って科学技術の中でもかなり高度で、現代科学の粋を結集させたのが、飛行機――それも新型機なわけじゃない。それがちょっとのミスであっさり羽が折れてポテッてあっけなく落ちちゃうのが、線香花火的なペーソスと、偶像破壊的なカタルシスのダブルパンチって感じで、吹き出してしまう。よくドッキリ番組でVTRを巻戻したり早送りする際にかかる「♪デッデデデッデ、デッデデッデッデ」ってやつあるじゃん?あれをかけたらもう最高だよなあってw
 ジブリが航空機墜落を描いたら最強だってことはわかった。

 ・・・え~っとなんの話だっけ?あ、そうそうアニメに何を求めるかの話か(;^ω^)私が重視するのは教訓とか、「これは一本取られた!」っていう新しい視点なんだけど、まあこれはアニメに関わらずすべての媒体に自分が求めている点か。この話は、一度置いておこう。
 で、映像美についてなんだけど、これって今のアニメの福音と不幸なんだよね。だってヴァルヴレイヴをはじめとして今のアニメの映像ってどれも本当にすごいんだもの。
 画力のインフレというか。その映像美のアベレージが今はかなり高いから、自分なんかはもう画力の高さを刺激に感じなくなってきててさ。それってある意味不幸なことだよね。実際自分であのレベルの絵を描いてみればわかるよ。描けないもん。
 画力だけじゃなくて演出や構成といったアイディア面も、例えばシュールレアリスムの文脈を萌えに持ち込んだ『魔法少女まどか☆マギカ』みたいにすごいものがあるし。
 だからジブリはすごいなあって思うけど、身を乗り出して「うおおおおお!」って思わないんだ。ジブリって自然主義的というか、かなり保守的な画風だから「すげえ!」よりはどこか安心してしまう。実際日本で人気が高いのはラファエロのような女性のうまい画家と印象派だそうだ。なおセザンヌのような後期印象派は人気が低い(山田五郎著『知識ゼロからの西洋絵画史入門』)。

 で、案外それがジブリの人気の秘密なのかなあって。ジブリって一度も続編を作ってなくてピクサーと比較されちゃうけれど、実はすっごい保守的なアニメばっか作っている気がするんだ。中庸というか、どんな人でも当たり障りなく見れるように、政治的なメッセージ性とかが(宮崎さんの中では明確にあるにしても)すっごいマイルドに抑えられていて、わからない人には全然認識できないというか。
 ピクサーはその点けっこうはっきりとメッセージを伝えちゃうんだよね。伝わっちゃうことを恐れていないというか。これはどっちが優れているとかじゃないんだけど、意外と国民性なのかもしれない。
 この前マイクル・クライトンボットが言ってたんだけど、こういう主題をぼかして、見たい人にそれぞれ判断を委ねるようなやりとりって、実はアニメ鑑賞だけにとどまらず、議論を避ける日本人の戦略としてすっごいあるよなあって。答えを出さないことが答えみたいな。だから議論が上達しないんだよね。

 そう言う意味で、ジブリ最大の秘密は、宮崎さんは怒るだろうけれど「安心」なのかもしれない。安心して見れるから、みんな何度も見ているのに日本テレビを回してしまう。中には文句言いながら見てる奴もいる。恐るべき同調圧力!
 まあ確かに、あの人は日本一安心できる変人かもしれないな。本当にやばいやつだったら周りの人みんな不安になるだろうしね。いろいろ気性の激しい人みたいだけど、やっぱりどことなく可愛いんだろうね。
 でも天才ってずり~よなあwもしあの脚本を全くの素人が書いてきたら、この映画絶賛している人、評価したのかなあって。「詰め込みすぎです。もっと視点をまとめましょう」とかダメ出ししたんじゃないかなあ。でもその荒削りさすら評価されるんだから巨匠権限すげえよ。

 あ、そうそう一部で話題になっていた、主人公の声。別にどうってことなかった。

 それは素晴らしい悟りだ。『プロメテウス』のゴーリキを知ってれば誰だって許せる。(『マスターキートン』第4巻※嘘)

『どのような教育が「よい」教育か』

 記述試験が苦手な世代に送る議論の了解事項。

 苫野一徳さんの『どのような教育が「よい」教育か』を読了。苫野さんは教員経験者ではなく哲学を専門にする学者らしく、タイトル的には具体的な教育方式のメソッドが書かれている感じがするけど、実際は教育哲学の入門書みたいな感じだ。
 端的に言うと、私たちが議論するうえで最低限押さえておくべき了解事項をすっごいページを使って説明したような本。
 普通だったらこんなこと(議論終わればノーコンテスト)当たり前すぎるんだけど、意外と議論が白熱すると感情的になっちゃって我を忘れてしまうことはあるしなあ。
 だから、みんながみんなこの本に書かれているようなこと(=自己了解)が出来たら苦労はないよって話なんだろうけど・・・そのメタな部分の正当性にどれだけの人が納得できるかが、この本の内容が机上の空論か、教育分野のアポリアを解く、地に足付いた実用的なアプローチかどうかの分水嶺になると思う。

 この本ロジックとしてはかなり完璧で付け入る隙はないんだけど、でもさ、理屈では納得できても、人間ってそれだけじゃ動かないからなあ・・・
 まあでも、人間って結局理性や論理でしかうまくつながっていけないっていうのはあるからね。言葉は完璧ではないけれど、民主主義と一緒で暫定的に最も使い勝手がいいのだ。
 私はモラルや道徳こそ客観的なロジックで考えるべきという立場で、たとえばそれと似たような概念で「美」とか「愛」とか「正義」っていうのも、なかなか厄介な怪物じゃない?
 んでそういう魑魅魍魎に対しては、やっぱり抽象的で主観的な観念よりも、論理や言語の力を信じてしまう。芸術作品で世界が平和になったらわけはねえ、実際に世界を平和にするのは国際会議だ。ヴォーパルの剣は結局、教条主義やパターナリズムという呪いに感染しやすい反面、切れ味抜群なのだ。
 あとは、だから、時と場合によるというか。そこを嗅ぎ分ける嗅覚というかデリカシーみたいなものが一番大切なんだよね。そこらへんはモテメンに聞いてよ。

 ・・・とはいえ、なんだかんだ言って私と苫野さんって実は批判のスタンスみたいなものが結構似ているような気がする。

 行き過ぎた価値相対主義(≒ポストモダン思想)をなんとかするために現象学的なアプローチやフッサール(間主観性)やヘーゲル(弁証法)を利用するっていうのは王道ですね!それとハイデッガーのペットボトルの水の話はJJギブソンのアフォーダンスの理屈に近い。(ツイッター)

 ・・・と、こんな感じで、このブログを読んでくれている人は、田代がよくやるお決まりのロジックだなあって思ってくれると思う。
 それも、そのはず、なんと苫野さんと私たいして年齢が違わない。だから世代的に同じものを見て育ち(グリッドマンか)、上の世代の論争に同じようなものを感じ取ったのだろう
 ・・・って冷静でいられんよ!自分と同い年の学者が出てきて、さらに本を出しているという現実がすげ~ショック!
 確かに、本書でロールズとサンデルの論争に大岡裁きをする感じは、私なんかがグールドとドーキンスの論争に対して思ったことと似てるしね。
 ただこういった余計なおせっかいを書いちゃうってのが、私も苫野もまだまだ青いというか・・・(苫野を同族にするな

 だから、本書で出てくる「問い方のマジック」(=どちらが正しいか、と問われると、人は思わず、どちらかが正しいのではないかと思ってしまう現象)に関しては、プロの学者さんらは、ちゃんとその点も踏まえているであろう点に注意。
 サンデル教授とロールズの、いわゆるリベラルコミュタリアン論争にしても、苫野さんもそこまでナイーブな議論じゃなかったよとエクスキューズ入れてたしね(実際サンデルとロールズはライバルでもあり友人)。
 つまり、著者は何が言いたいかというと、こういう意見の異なる立場の人とうまく付き合っていくことで、自由な社会は成立するってことなんだ。それこそが大体の人が「よい」と納得する教育のステートメントなんじゃないかと、この本は落としどころを付ける。

 だから、まあ、こんな感じで、結構読んでて自分が言ったり考えていることとかぶっている部分は多かったんですが、あっちは学者だけあってソースがしっかりしていて、やっぱそこがプロだなあってw
 例えば、よく教育現場や教員研修で言われる「教育とは教師と生徒の信頼関係が成立して初めて成り立つ」という言説、この引用元ドイツの教育哲学者オットー・フリードリヒ・ボルノーだったっていうのは初めて知ったし、小泉さんの構造改革のレトリック(なんで新自由主義と新保守主義が手を組めたの?)がすごいわかりやすく明示されていて、なるほどこう説明すればいいのかと納得しましたw

 教育の自由化・多様化を謳う新自由主義と、ある種の一元化を謳う新保守主義とは、一見相反する思想的立場のようにも見えるが、両者は次のような発想において手を結ぶことができた。すなわち、たとえ格差が広がっても、あらかじめ教育で連帯意識を備えたある種従順な国民を作っておけば、不満は最小限に抑えられるという発想である。(46ページ)

 これ、すごい分かりやすい説明だよね。これと同じ考察をした専門家の人は、構造改革が話題になった当時も結構いたんだけど、苫野さんはツイッターやってるだけあって、要点を簡潔にするのが上手。
 他にもミシェル・フーコーが論じた国家や社会の「権力化」「刑務所化」という考えが、当時の教育関係者にどれだけの衝撃を与えたかもわかった。
 私もユーストリームの「そうだったのか!いじめ税」(懐かしいな)でフーコーを引用したけど、パノプティコンとかってよくできたSFのネタみたいなもんだと思ってたよ。
 ここら辺は、高校時代の私が教育学に興味を持つきっかけになった小浜逸郎さんも学校論で引用していたところ。元ネタなんだろうな。

 しかし、この本のあまりにシンプルな結論

①人によって多種多様な欲望がある
②でもそれら欲望に共通する点もある=ポストモダン的な過度な相対化に対するアンチテーゼ
③それはどの人も自由でありたいという欲求だ=教育の欲望論的アプローチ
④ならば、個々人の自由を最大化するために教育はあるべきだ=社会の相互承認モデル
⑤よって社会の中で自由に生きる(選択の自由を増やす)ために必要最低限の教養を教えるのが公教育のレゾンデートルである

 を受けて、漫画やアニメの作り手がやるべきことは、やっぱり寓話なんじゃないかなあって気がしてきた。もちろん全てがそうであるべきではないだろうけれど、小中学生にいきなりヘーゲルやルソーはきついじゃんw(※分厚い)
 だから、いくら自由がいいって言っても、他者の自由を無視した自分勝手なわがままをやると、巡り巡って結局は自分の損になるよってことを、子供向けの創作ではしっかり伝えるべきだ。私世代はイソップ童話でそれを学んだけど。今のちびっ子は何なんだろうね。

 ・・・チャギントンなんかね。

モンスターズ・ユニバーシティ

 「面白い度☆☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆☆」

 お前はちっとも怖くない。でも怖いもの知らずだ。

 いろいろあって一日遅れで入学してきました。

 今年度の授業はもう終わったよ。遅かったな。

 いやなんとか間に合ったwもう物語の冒頭から泣きそうになっちゃった。班活動でどの班にも入れてもらえなくて「マイクまた先生と組みましょうか?」って流れよくあったからなあ・・・
 だからあ、これオレの話だっていきなり尋常じゃない感情移入がw(目から水)挙句の果てには先生の教卓の横に席があったからねw「田代席」ってw
 だからそうとう孤独耐性はついたよwそれはそれで教育効果だよね。今私たちに必要なのは恋や夢を語り合うことじゃなく、ひとりぼっちになるためのスタートラインだから。・・・で、そろそろ恋や夢語っていい?w

 いきなり思い出話しちゃった。ごめん。でも、やっぱすごいね。この前読んだ『ウルトラマンが泣いている』(円谷英明著)でもつくづく感じたけれど、普通シリーズものってどんどんつまらなくなるんだよね。
 最初が優れた作品ほど、そこで描きたいテーマは描ききっている場合が多いから。『ジュラシックパーク』だってそうだった(ただし映画版。)。
 私も続きものを最近やって(ゴールデンウィークになんとか完結)、シリーズを重ねるごとにだんだん描くテーマがなくなってきてそれを痛感したんですが、あの経験で勉強になったのはキャラの良さを信じること。
 つまり前作と同じものをやるんじゃなくて、いっそ前作のエッセンスだけ抜いて別のアプローチで物語を構成すれば、そこまで失速しない。そしてシリーズ全体を貫くエッセンスさえあれば、見てる側はそこまで断続を感じず連続的なものとして認識してくれる。なにしろ同じキャラは出てくるんだしw

 とにかくピクサーはそこがうまい。『トイ・ストーリー』はエリック・エリクソンのようなライフサイクル論を元に成長していくおもちゃたちに年代ごとの課題を与えたし、『カーズ』はモータースポーツ愛をそのままに映画のジャンルを変えちゃったw
 その点『モンスターズ・インク』は続編が発表された時すごい不安だったんだ。あのお話の続きを考えるのって辛くね?ってw
 サリーとマイクは最後にある種のルールクラッシャーをしでかしたから、そのオチで逆転した設定を続編で活かすのは厳しいぞと。
 そしたらなんと過去の話にするって言うじゃないですか!私は『モンスターズ・ユニバーシティ』ってタイトルを最初に聞いて「あれか、あの二人あのあと会社辞めて大学の先生になって後発を育てるのか」って貧困なイメージを持っちゃったんだけど、それ絶対つまらないもんねw才能がない!

 でもそれって実は半分当たっていたwこれって舞台が学校だから、すごい教育者像について考えさせられる内容だった。テーマとしてはちょっと前の『シュガーラッシュ』(どんなパッとしない人でも社会の一部を構成している)、ピクサーなら『レミーのおいしいレストラン』(全ての人に才能があるわけではないが、誰が優れたプロフェッショナルになってもおかしくない)、もっと古いところなら『ダンボ』(デメリットを受け入れて別の切り口でそれを昇華させよう)が近いかな?
 そう考えると、この映画もディズニーが何度も描いてきた普遍的なテーマを扱っていることが分かる。

 ピクサーってそういうディズニーのストレートな寓話(悪く言えばお子様向け)に、リアリティの概念を持ち込んだのが革新的だったよね。どの作品も単純な完全平等主義をテーマにしているわけではないのも印象的だ。
 ここで重要なのは、そこで持ち込んだリアリティがギリギリディズニー的なテーマ、愛、夢、希望を壊さないレベルであるということ。
 つまりジャック・ラカンのいう脱構築なんだよね。深読みすれば、このテーマはアンチテーゼを内包しているよという。ブーメランというか。ヘビがしっぽ飲んじゃっているというか・・・
 ヘビといえば武田鉄矢風のモンスター大学生が「触角と蛇の翼は~」とかよくわかんない歌弾き語ってたのが爆笑だったなwドラえもんのリトルスター・ウォーズかってw(あとなんだあの校歌はw)

 おおっとそれた!で、それをやりすぎちゃったのが『アイアンマン3』だった気がする。やっぱピクサーのバランス感覚はうまい。
 円谷英明さんが『ウルトラマンパワード』をハリウッドのスタッフとメソッドで作らせた時、脚本を一人に書かせず、複数の作家を使って描くことで、独りよがりじゃない安定したクオリティの物語を作り上げていることに感心したって話があるんだけど、この映画もエンドロールを見るとなんと12人の脚本家がアイディアを持ち寄ってひとつの脚本を作っている。
 結局チームに円滑なコミュニケーション能力さえあれば、そんな天才ばかり揃えなくても、アイディアって出てくるものだからね(ブレインストーミングの論理=私はスイミー理論って呼んでるんだけどw)。いや、その場をしきってまとめるやつが才能があるってことなのかw

 さて、そういうプロデューサー気質の人を日本のアニメファンってあまり評価していない気がする。日本でもてはやされるのは実際作品を作り上げているクリエイターで、その場を仕切ったり作品のスケジュール、品質管理に責任を持つプロデューサーには意識がいかない。
 でもおそらく作る側にとって一番重要なのは、そういう縁の下の力持ちがいるかいないかだと思うんだ。才能のあるクリエイターは確かに目立つ。絵がうまいというわかりやすい指標があるから。それは作品でガンガン伝わるしねw
 でもこの作品を作るためにチームを建設的な流れに導いた人が絶対いるわけだ。アニメや映画のような集団作業なら特に。

 そう、この『モンスターズ・ユニバーシティ』とはそういう話だった気がする。これピクサーのアニメーターたちが仕事をする上ですごい大切にしていることをテーマにしたんだろうね。
 確かにあのスタジオは半端ない個性と才能の集まりだけど、その才能を見出したり適切に評価するようなまとめ役がいないと空中分解すると思うんだw
 漫画業界でそれを担うのは編集者なんだけど、ピクサーもアニメを作る上で最も重視しているのはその編集なんだそうだ。優れた才能の持ち主が描いた各カットをどう構成するか。それはそれで映画の出来を決定づけるすごい作業だよ。

 赤井孝美さんいわく今の日本のアニメ会社はガイナックスの影響で「絵が上手い奴至上主義」を取ってしまったという。つまり絵を描く職人達ってなんだかんだで体育会系だから、自分より上手い下手ってはっきりわかるんだってwだからヒエラルキーができちゃう。
 その弊害で軽視されたのが進行や脚本といった絵を描かないけれどアニメに関わるポジションの人たちらしい。これを聞いたとき、だから今の日本のアニメって絵のクオリティはまあすごいけどお話がグダグダなんだ!ってすごい納得しちゃったw
 ピクサーの強さはそこだ。「怖いやつ至上主義」のモンスターユニバーシティではマイクの立場はかなり厳しいw怖くないからw

 あなたは彼を怖いと思いますか?

 普通の話だったらこんなやつ落第で終わっちゃう。絵も描けない奴はガイナックスにあらず!とか言われてwでもストレートにリアリティを持ち込むピクサーはやり口がもうちょい複雑だ。
 マイク自身は確かに怖くないが、他の人や他の物を使って恐怖を引き出し、演出する才能があったのだ。これは「いい作家がいい教育者になるとは限らない」とさんざ言われた美術教育ではすっごい心に染み入る教訓だ。
 才能のある作家は指導者になってもまだ選手でいる。だから自分を脅かす存在はおそろしくて蹴落としてしまう。それって教育者のスタンスじゃないよねって。教え子と一緒に競い合ってどうすんだってw

 オレはおっかなく振舞ってる。でも、本当はオレ自身が怖がりなんだ。

 このセリフでサリーになくてマイクにあるものが分かる。才能とは結局のところ社会が要請する基準やルールによって変わるんじゃないのか。
 小さい頃からはまっている『ダンボ』からそう思ってたけど、アメリカってそういうところが潔いというか清々しい。日本ってやっぱりマイノリティに冷たいというか同調圧力が強いんだなwそれはそれでいい面悪い面もあるのだろうけれど。

 自分が先生をやっていく上で肝に銘じたいのは、マイクみたいに子供それぞれの個性を引き出す柔軟さを売りにする指導者もいれば、学長のように一見厳しいけど、社会のルールをしっかり教えるかたくなな先生も大切だということ。
 はっきり言って生徒の受けだけ狙って迎合するならば前者のほうがいい。でも前者は前者で実は相当難しい。子供を自由にさせたら大体の場合秩序が崩壊するからw一番ダメなのは言動がぶれちゃう先生だ。そう言う人を子供は信用してくれない(´;ω;`)
 だから優しい先生がいい先生とは限らない。おっかない先生も時間が経てば大切なものを教えてくれていたのかもしれない。

 その通りだよ、みんながそれぞれ違ってるんだ。一流の怖がらせ屋はその違いを武器にする。
Calendar
<< July 2020 >>
SunMonTueWedThuFriSat
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031
search this site.
tags
archives
recent comment
recent trackback
others
にほんブログ村 科学ブログへ にほんブログ村 科学ブログ 恐竜へ カウンター
admin
  • 管理者ページ
  • 記事を書く
  • ログアウト

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | 83 | 84 | 85 | 86 | 87 | 88 | 89 | 90 | 91 | 92 | 93 | 94 | 95 | 96 | 97 | 98 | 99 | 100 | 101 | 102 | 103 | 104 | 105 | 106 | 107 | 108 | 109 | 110 | 111 | 112 | 113 | 114 | 115 | 116 | 117 | 118 | 119 | 120 | 121 | 122 | 123 | 124 | 125 | 126 | 127 | 128 | 129 | 130 | 131 | 132 | 133 | 134 | 135 | 136 | 137 | 138 | 139 | 140 | 141 | 142 | 143 | 144 | 145 | 146 | 147 | 148 | 149 | 150 | 151 | 152 | 153 | 154 | 155 | 156 | 157 | 158 | 159 | 160 | 161 | 162 | 163 | 164 | 165 | 166 | 167 | 168 | 169 | 170 | 171 | 172 | 173 | 174 | 175 | 176 | 177 | 178 | 179 | 180 | 181 | 182 | 183 | 184 | 185 | 186 | 187 | 188 | 189 | 190 | 191 | 192 | 193 | 194 | 195 | 196 | 197 | 198 | 199 | 200 | 201 | 202 | 203 | 204 | 205 | 206 | 207 | 208 | 209 | 210 | 211 | 212 | 213 | 214 | 215 | 216 | 217 | 218 | 219 | 220 | 221 | 222 | 223 | 224 | 225 | 226 | 227 | 228 | 229 | 230 | 231 | 232 | 233 | 234 | 235 | 236 | 237 | 238 | 239 | 240 | 241 | 242 | 243 | 244 | 245 | 246 | 247 | 248 | 249 | 250 | 251 | 252 | 253 | 254 | 255 | 256 | 257 | 258 | 259 | 260 | 261 | 262 | 263 | 264 | 265 | 266 | 267 | 268 | 269 | 270 | 271 | 272 | 273