限界突破フィーバーラッシュついに攻略

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 閉店直前にやらかしてしまった・・・

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 時短営業で、メダルバンクの更新くらいしかできねえなと、まず長期戦になりがちなフォーチュントリニティ3ははなから捨てて、入店2分でビデスロで勝負を付け1500枚増やし、1回だけフィーバーラッシュ回して帰ろうとしたら・・・

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 ボールルーレットでけっこういい感じにアイテムが揃って・・・

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 1/5を突破し、500枚もらって帰るかと満足したら・・・

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 ラウンド6でヤツが現れ・・・

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 とうとうぶち込んでやった。

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 ジャックポットラッシュは4000枚くらいで終わっちゃったんだけど・・・

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 コイツが噂通りの破壊力!ボール6球な上に、定期的に全アウトブロックと全ボールが復活するという、射幸心を煽り倒す僥倖モードなのだが・・・

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 これで55位って・・・全国大会の猛者たちのレベルの高さよ・・・

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 それでは、営業終了後に流れたエンディングの模様をご覧下さい。

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 やはりローラースケートスタイルのハンバーガーレストランだったか・・・!

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 バイト中のドジをマシンと球体にからかわれる少女。

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 ハンバーガーすらまともに運べないのに、あのレースに何らかの勝算を見出した少女。

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 あたしレーサーになる!

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 サンバイザーとエプロンを脱ぎ、そのまま出場・・・!

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 合体!!!※絶対言ってない。

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 メダローの使用はルール違反じゃないのかという疑問が頭をよぎったが、後ろの選手も思いっきしバイクに乗っているので、このレースにルールなどないことがわかった。

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 こうしてヒカリちゃんは、今まで転んで台無しにしたハンバーガーをレースの賞金ですべて弁償しましたとさ。めでたしめでたし。※絶対違う。

 ちなみに、スマッシュスタジアムはジャックポット専用のセンター払い出し機がないので、打たせ湯払い出し機から出せなかった残りのメダル(今回は6000枚以上)を、一度に30枚くらいしかペイアウトできないステーション払いで行う。
 そのため、払い出しが超長い・・・!!幸いにもお店の人に待ってもらって、閉店直前にすべての払い出しが済んだのだけど、これが20000枚とかだったらと思うとゾッとする。
 そして、ステーション払いなのでプッシャーステージのメダルがウロコになりやすく、10800枚のジャックポットでも5000枚ちょいしか落なかった。半分はいかないっぽい。これがトリニティだと6割は落ちてくるからね。

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 いずれにせよ、ついにこのゲームも攻略!残るは、あの鬼畜海賊スロットだが、コロナが落ち着いたらとことん決着をつけてやろうぞ・・・!

『コロナ論』について

 読了。まあ、小林よしのり先生なら絶対こう言う事言うだろうなって感じ。被差別部落、薬害エイズ、オウム事件、酒鬼薔薇事件、イラク戦争・・・どんな社会情勢であっても、相変わらずブレてないのがすごい。
 つーか、よしりんは若いよ。自分はもう一切ニュース見ないもん。ついに社会に興味をなくしたというか。社会の不条理さや理不尽さに怒ったり、批判するというのは、エネルギーがないとできないことだからね。最近はエネルギーがねえ。
 未だ終わりの見えないコロナブームに、さすがに私もうんざりしちゃって、どうでもいいや、と。日本国民は一体何と戦っているんだっていう。一億総ドンキホーテだよな。

 新型コロナウィルスはさ、もう一大ブランド化というか、キラーコンテンツみたくなっちゃってて(絶対コロナで儲けている人たちはいる)、科学的で客観的なデータがどうとかそういう対象ではもはやないと思うんだよな。
 よしりんとか、誠実に一生懸命取材していて、病床使用率がすぐに埋まってしまうトリックとか、ウィルスによる生物の種を超えた水平的な進化とか、よく調べたなあとか、あ、ウィルス進化論については個人的に中原英臣先生なんかはどう思ってるのだろうか、とか一瞬よぎったけど、もう無駄だから。
 コロナってそういうツッコミは野暮だよってレベルになっちゃってるから。ウルトラマンやガンダムやウマ娘が、非科学的だ!とか指摘しても、好きな人の反感買うだけじゃん。
 オオカミ=悪、みたいにレッテル貼ったら最後、絶滅させるような奴じゃん、人類って。

 だから、コロナはもう医学的な実害がどうとかじゃなくて、ひとたび感染者が出てしまうと、そのお店や職場のイメージを下げてしまう、ゴキブリみたいなものになっちゃってるんだよな。
 猛毒の虫じゃあるまいし、おそらくゴキブリに直接的に殺された人間ってひとりもいないじゃん。でも、ゴキブリって多くの人にとってすっごい不快な虫じゃん。だから、ゴキブリが出るような、お店なんか行きたくないじゃん。
 コロナも多分、ほとんどの人にとっては無害なウィルスなんだろうけど、コロナが蔓延しているようなお店には行きたくないって、完全に刷り込まれちゃったからな。
 こういうウィルスって、今までは見えなかっただけで、絶対に以前も存在していて、つーかインフルエンザとかめちゃくちゃ殺戮を繰り返してたのに、飲食店も映画館もゲーセンもパチンコ屋も封鎖しなかったじゃん。
 でも、今回ひょんなことからPCR検査やらを前例のないレベルで大規模にやって可視化させちゃったじゃん。で、ひとたび“見える化”しちゃったら最後、もうあの頃には戻れないんだよな。

 この一連の乱痴気騒ぎは、後世必ずや未来の人々から嘲笑を浴びるよ。かつての魔女狩りや生贄、拷問、中世のペスト医師みたいなカテゴリーに入るね。へ~こんな時代もあったんだ~みたいな。
 気の毒なのは、よしりんが言う通り、現在子どもの世代で、絶対にコロナ世代とか十把一絡げにされて、コロナ世代の特徴は、青春期に自粛していたことから、インドア派が多く、消極的かつ内向的、親密な付き合いを嫌う、消費をしない、リスクを取らない・・・とか、就職氷河期のロストジェネレーションやゆとり世代のようにディスられそうなんだよな。大人にライフスタイルを半ば強制されているのにな。

 ちなみに、私ももうマスク生活は慣れてしまった。科学的に効果があるとは思ってないんだけど、フォーマルな場ではネクタイを締めないといけないっていうのも、全く科学的じゃないじゃん。あんな布を首に巻いているだけなんだから。でもマナーってそういうものじゃん。大人ならば、外ではパンツ履かないといけないじゃん。
 なので、別にいまさらマスク反対!とかも思わないんだけど、育ち盛りで運動機能が発達していく過程の子どもにマスクを強制すると、なんか発達に影響が出そうな気もするんだけど、どういう了見なんだろうな。
 ちなみに、コロナで頭髪に影響が出るっていうのは、とどのつまり自粛生活のストレスらしい。くそ~最近はフォーチュントリニティ3やスマッシュスタジアムでストレス解消してないから・・・!

 参考:1年前の記事。そういや10万円の定額給付金とかあったな!

人生初白髪が生えた日

 37歳にしてついに毛根が一本分死滅しました・・・!おのれコロナ・・・!!

 しかし、嫌になるよな、このウィルス。変異してまで我々人類を苦しめるとは・・・もう3年くらい経つだろ。
 変異しやすいんだったら、こんなの遺伝子のランダムな変更なんだから、ヤクルト乳酸菌みたいに、感染するとむしろ健康になるとか、平均寿命が伸びるとか、そういうふうに変異すりゃいいのに。
 頭髪に被害を与えるようなウィルスも精神的にダメージが大きいよな。まあ、コロナじゃなくて、加齢によるものなんだろうけど。あ~ここまできたらロマンスグレーが似合うダンディな中年になろう。

 『この髪が白い』と妻が言ったから五月十五日はシラガ記念日。

イスラム史覚え書き

イスラム教の概要
イスラム(サラーム):平和の意。
ムスリム:神への服従(をする人)。
コーラン:イスラム教の聖典。ブタとイヌを不浄とする。
ウンマ:イスラム共同体。
ジハード:本来は神の教えを広めようと努力すること。
カリフ:イスラム教の代表者。初代~4代を正統カリフという。
メッカ:イスラム教の聖地。サウジアラビアにある。

六信
①神 ②天使 ③聖典 ④預言者 ⑤来世 ⑥天命

五行
①信仰告白: 「アッラーのほかに神はなく、ムハンマドはその使徒」
②礼拝: 1日5回聖地メッカの方向へ行う。
③喜捨: 財産を貧しい人に分け与える。
④断食:ラマダーン月(9月)には日中の飲食は禁止。
⑤巡礼:一生に一度メッカのカーバ神殿に巡礼をする。

イスラム教は三部作の最終章
イスラム教においては旧約聖書や新約聖書も啓典!
※ただし聖典コーランが絶対不可侵のナンバー1。

アッラー
唯一絶対の超越神でユダヤ教とキリスト教の神と同一のもの。
人間なんぞが偶像を作れるような存在ではない(偶像崇拝禁止)。

①アブラハム
旧約聖書に登場する預言者だがイスラム教では彼が最初のムスリムだとしている。

②イエス
二番目の預言者。キリスト教と違い、彼を神と同一視はしていない。

③ムハンマド
神(アッラー)の言葉を唯一正しく伝えた最大にして最後の預言者。

シーア派とスンニ派
多数派・少数派という違いはあるが、どちらが正統でどちらが異端、どちらが原理主義的でどちらが世俗的だという区別は一切ない。お互いにどちらもイスラム教であると認めている。
決定的な違いは、正統カリフ及び、その後のウマイヤ家のイスラム統治を認めるのがスンニ派で、否定しているのがシーア派。

シーア派(全体の10%)
ムハンマドの後継者を、ムハンマドの血をひく人物(アリーなど)に限定する考え方。血統主義。シーアとは「党」の意。
殉教王子フサインを熱狂的支持し、偶像化して崇拝。
スンニ派に比べて五行などの手順はやや簡素化(礼拝回数が少ないなど)。

スンニ派(全体の90%)
ムハンマドの後継者を、みんなで話し合い、ムハンマドの教え(スンナ)に相応しい人物に決めようとする考え方。実力主義。
コーランを厳格に守るが、国によってはシーア派に比べてやや世俗的。

イスラム史の特徴
①スタート地点はアラブ
その後ペルシャ(イラン)、トルコにも受け入れられる。

②グローバル・ジハード
世界宗教としての完成度が高く、貿易をする商人の宗教であるため、
中東、インド、アフリカ、ヨーロッパへと広まっていく。
当然最大勢力のキリスト教と衝突する。

③帝国の逆襲
以前は、湾岸諸国(サウジアラビア)、トルコ(オスマン帝国)、イラン(ペルシャ帝国)の三つ巴だったが、中東の混乱でアラブの勢力が弱まりトルコVSイランの2大決戦になりつつある。

イスラム史の大まかな流れ
1.ササン朝(226~651年)
2.イスラム教誕生(7世紀初頭)
3.ウマイヤ朝(661~750年):アラブ人至上主義
4.アッバース朝(750~1258年):ムスリムは皆平等
5.セルジューク朝(1038~1194年):十字軍の原因
6.オスマン帝国(1299~1922年):ムスリム以外も公認

※対象エリアがアラブ、イラン、イラク、トルコ、エジプト、イベリア(スペイン)、インドと広いため、同時に複数の王朝が存在するのに注意!

ササン朝ペルシャ(226~651年)
ゾロアスター教を国教とするイランの帝国。
シルクロードの西のエリアを持っていたが、西のビザンツ帝国(東ローマ)と東のクシャーナ朝(インド)を攻めたため、シルクロードは通行止めになってしまう。
商人はアラビア半島を迂回路として使ったため、ムハンマドの故郷の湾岸諸国が発展することに。

ゾロアスター教(拝火教)
紀元前2000年以上前の古代イランの民族宗教を救済宗教に高めたもの。
光の神が闇の神を倒し、世界は大火災による終末をむかえ、人々は最後の審判を経て救済される。
世界最古の宗教とも言われ、ユダヤ教の元ネタにもなった。動物愛護や地球を愛する宗教でもある。

アラビアンナイト
ササン朝の王様を楽しませるための物語。
ディズニーのアラジンや、メダルゲームのアラビアンジュエルなど(え)。

イスラム教誕生(7世紀初頭)
三大宗教(仏教:紀元前5~6世紀~。キリスト教:1世紀~)の中では誕生が最もあと。

ムハンマド
610年頃アッラーから啓示を受け、厳格な一神教であるイスラム教を開く。

ヒジュラ(聖遷)
富の独占を批判したため、メッカの商人に迫害され、622年に少数の信者たちと共に一時的にメディナに逃れたこと。

メッカ占領
630年。一万のムスリム軍を率いてメッカを無血征服。
カーバ神殿の偶像を破壊し、イスラム教の聖殿にした。
その後、ムハンマドが没するまでアラビア半島は緩やかに統一された。

正統カリフ時代(632~661年)
カリスマ指導者あるあるだけど、ムハンマドは後継者を明確に指名しなかっため、ムハンマドが亡くなると信者のあいだでごたごたが起きた。シーア派が生まれるきっかけがこれである。

初代カリフ:アブー=バクル
ムハンマドの部族の長老。※ムハンマドの血は引いていない。
ムハンマドの死後、共同体を離れた離反者を討伐し、ジハードによってイラクやシリア、エジプトを征服。

相次ぐカリフの殺害
カリフの権限が強大になり継承権争いが激化。アリーまでの4人のカリフを正統カリフという。

3代カリフ:ウスマーン
不満分子に殺害される。

4代カリフ:アリー
ムハンマドの従兄弟であり、娘婿。
まぎれもなくムハンマドの血統の人物だが、過激派に暗殺される。
シーア派は彼のみを支持する。

ウマイヤ朝(661~750年)
カリフの後継者争いを収拾したウマイヤ家のシリア提督ムアーウィヤによって開かれた王朝。都はダマスクス。
広大な経済圏が形成されたが、支配階級のアラブ人ムスリムに多くの特権が集まり不公平だった。
そこで、ムハンマドの血をひくものこそがイスラム共同体の指導者にふさわしいと、シーア派の協力を取り付けたアッバース家に滅ぼされる。
ウマイヤ家はイベリア半島(スペイン)に逃げ、後ウマイヤ朝を建設。

アッバース朝(750~1258年)
アブー=アルアッバースが開く。
アラブ人の特権を廃止し、民族間の差別をなくしたためイスラム帝国として繁栄した。
首都のバグダートは人口100万人を擁する国際都市に。

ハールーン=アッラシード
アッバース朝の第5代カリフ。
『アラビアンナイト』にも登場し(※ディズニーのアラジンのジャスミン王女のパパのモデルでもある)、バグダードをつくばのような研究学園都市にした。
同じく学問に熱心なカール大帝とは使節を送りあっている。
彼の時代がアッバース朝は最盛期とされる。大陸ヨーロッパの原型を作ったカール大帝のフランク王国ももちろん偉大な王国だったが、当時のアッバース朝はそれを遥かに凌駕していた。

イスラム帝国の分裂
アッバース朝のカリフの権威はやがて名目的なものとなり
ハールーン=アッラシードの死後はイスラム帝国は分裂してしまう。

サーマーン朝(ペルシャ系):イラン独立
ファーティマ朝(アラブ系):チュニジア→エジプト独立

ブワイフ朝
イラン系シーア派の軍事政権がバグダートに入り、カリフから大アミール(司令官)に任命される。
アッバース朝は存続するが、カリフは宗教的権威を持つだけになる。

セルジューク朝(1038~1194年)
トルコ系のトゥグリル=ベクがイラン人の軍事政権(ブワイフ朝)を倒し、アッバース朝のカリフから史上初のスルタン(スンニ派イスラム国家の世俗君主)の称号を受けて興す。
シリアに侵攻してエルサレムを占領、ビザンツ帝国を圧迫したことで、ローマ教皇ウルバヌス2世に応援を要請、十字軍遠征のきっかけをつくる。
12世紀半ばになると衰退し分裂。

アイユーブ朝(1169~1250年)
エジプトのファーティマ朝(シーア派)は、アッバース朝(スンニ派)に対抗して、独自にカリフを立てるが、宰相のサラディン(※スンニ派!)によって滅ぼされ、アイユーブ朝が開かれる。
クルド人のサラディンはアッバース朝のカリフの権威を承認し、再びイスラム世界の統一を目指した。
その後はマムルーク朝になり、エジプトとシリアを支配する。

サラディン
十字軍から90年ぶりにエルサレムを奪還した稀代の英雄。
第3回十字軍では、あのイギリスのリチャード1世も下す。
敵にも非常に寛大だったため、イスラムはもちろんヨーロッパからも、その武勇は賞賛されている。

アッバース朝滅亡(1258年)
フラグ率いるモンゴル軍がバグダートを陥落。600年余り続いたカリフ制度もいったん消滅する。
イランとイラクを占領し、イル=ハン国を建国。
フラグはイスラム教に改宗したため、異民族のモンゴル人支配のもとでイラン=イスラム文明が花開いた。

ティムール帝国
14世紀半ばに東西に分裂したチャガタイ=ハン国の武将だったティムールが建国。
マムルーク朝からダマスクスを略奪、アンカラの戦いでオスマン軍を破り大帝国を樹立した。
首都はサマルカンドで、王様は遊牧君主だったが積極的に都市建設にかかわった。

ティムール
中国の明も侵略しようとした矢先に病に倒れる。
もとは盗賊の首領で勇猛果敢な人物だった。

サファヴィー朝
ティムール帝国が衰退した16世紀初めに、アゼルバイジャン(トルコとイランの間にある国)出身でサファヴィー教団のイスマイル1世がイランに建国した国家。
シーア派を国教とし、スンナ派のオスマン帝国ムガル帝国と争った。

オスマン帝国(1299~1922年)
トルコ系のオスマン=ベイ(オスマン1世)がトルコのアナトリア半島で興す。
東ヨーロッパのビザンツ帝国、シリアのマムルーク朝を滅ぼし600年も繁栄した。
モーツァルトなどのトルコ行進曲は、この時のトルコ軍の強さから作曲された。
イスラム教徒ではない人にも、ミレットという共同体を作らせ自治と信仰を認め、帝国内のヨーロッパ人には治外法権を保障した。

スレイマン1世
第10代。在位1520~66年。
オスマン帝国最盛期の王で以下の戦果が有名。

第一次ウィーン包囲(1529年)
ハンガリーを支配し、ウィーンを包囲してヨーロッパ諸侯を恐怖に陥れる。

プレヴェザの海戦(1538年)
スペイン・ヴェネチア連合軍を破り地中海を掌握。

バルバロス・オルチ(赤ひげ)
オスマン帝国の海軍を率いてプレヴェザの海戦を勝利に導いた地中海の海賊。
勇猛果敢な人物だったが無益な殺生は好まなかった。

イェニチェリ
オスマン帝国常備軍。
当時は世界最強の軍隊と恐れられた。
バルカン半島の白人キリスト教の少年の中から身体能力が高い者を集めてイスラム教に改宗させ、軍事訓練を施した。

東方問題
巨大になりすぎたオスマン帝国において発生した19世紀の帝国領内の民族独立運動と、ヨーロッパ諸国からの干渉のこと。

エジプト=トルコ戦争(1831~1833年と1839~1840年)
エジプト総督ムハンマド=アリーVSトルコ
第一次はムハンマドの勝利、第二次は敗北。

クリミア戦争(1853~1856年)
×ロシア(ギリシャ正教)VSトルコ○

露土戦争(1877年~1878年)
○ロシア(スラブ民族)VSトルコ×

ナイチンゲール
ロシアを警戒しオスマン帝国を支援した英仏軍の負傷兵の衛生状態を劇的に改善。
クリミア戦争はオスマン軍の勝利で終わる。

トルコ革命(1922年)
トルコ国民党がオスマン帝国を打倒する。
これによりカリフ制度は廃止。世俗化した。
現在はトルコ共和国に。

ムスタファ・ケマル
トルコ共和国初代大統領。トルコをイスラム国家の中でいちはやく近代化、世俗化させた。

新オスマン主義
現在現職のトルコのエルドアン大統領が推し進めている政策。
エルドアン大統領は「トルコの暴君」とも呼ばれ、世界遺産のアヤソフィア教会を博物館からモスクにするなど、世俗化したトルコを再びイスラム主義へ戻そうとしている。
「我々はオスマン帝国の子孫だ。セルジューク朝、オスマン帝国の歴史はトルコの誇りだ」と発言。

インド史覚え書き

 久々にちょっとお勉強の記事。東洋史ということで、中国史、インド史、イスラム史の中からローテーションで公務員試験に出題される範囲。

インド史の特徴
①超階級社会
生まれた階級は絶対で覆らない(カースト制度)。
多様な民族や文化に一体感を持たせるための工夫でもある。

②多宗教社会
特にヒンドゥー教VSイスラム勢力。

③近代はイギリスの植民地
カレーは英語でインドにそんな名前の料理はない。

インド史の大まかな流れ
1.マウリヤ朝(紀元前317年~紀元前180年)
2.クシャーナ朝(1~3世紀)
3.グプタ朝(320年頃~550年頃)
4.小国分立期(7世紀前半)
5.デリー=スルタン朝(1206~1526年)
6.ムガル帝国(1526~1858年)
7.イギリスによる支配(19~20世紀)
8.独立(1947年~)

1.古代インド
インドのエリアの大きさはヨーロッパとほぼ一緒。
北はヒマラヤ山脈、南は海という地理的に孤立したエリアだが、先史時代から小規模な民族移動が繰り返された結果、さまざまな民族が定住するようになった。

インダス文明(紀元前2300~紀元前1700年)
インダス川流域にあった青銅器時代の都市文明。
巨大な都市遺跡は、中流のハラッパーと下流のモヘンジョ=ダロ。
碁盤目状に舗装された道路や、沐浴用の大浴場、下水道など同時代で最も進んだ合理的な都市計画に基づいて建設されていた。

インダス文明の滅亡
ドラヴィダ族の文字だとされるインダス文字は現在も解読できていない
ので、ここまで進んだ都市文明がなぜ滅びてしまったかは不明である。
アーリア人移住説は、滅亡時期とアーリア人の移住時期にかなりタイムラグがあるので現在は有力ではない。

バラモン教
司祭者(バラモン)を頂点とする古代インドの宗教。
雷神インドラや火神アグニなどの讃歌を集めたヴェーダを経典とし階級制度であるヴァルナ制度はカースト制度の原型になった。

ガウタマ=シッダールタ(仏陀)
紀元前566年~紀元前486年。
シャカ族(クシャトリヤ階級)の王子様で29歳で出家。
人生は苦でありそれを克服する道を求め悟りを開き、仏教を開く。
極端な苦行と快楽を否定し煩悩を捨てることで解脱(霊魂の解放)が達成できるとした。

三蔵
仏陀の死後100年後、仏教の宗派が分裂した際、自派の正当性を主張するために編集された経典。
これをインドに取りに行く話が『西遊記』である。

マウリヤ朝(紀元前317年~紀元前180年)
ガンジス川とインダス川の両大河にまたがる史上初の統一帝国。
古代ギリシャ勢力を一掃したチャンドラグプタが興す。

アショーカ王
マウリヤ朝第三代の王。
彼の時代でマウリヤ朝は全盛期。
インド半島東岸を征服した際、その惨状を見て、仏教に帰依し武力を放棄。
万人が守るべき理法(ダルマ)による統治を理想とし、道路や病院といった社会インフラを整備した。
アショーカ王が亡くなるとマウリヤ朝は衰退した。

2.ヒンドゥー教形成期
ヒンドゥー教とは、インド古来の民俗的な宗教を総括して西欧人が名づけたもので、明確な体系をもつ一宗教というより制度、風習などに対していう。
バラモン教およびその複雑な民間信仰を摂取して発展したため、明確な教祖や教義はない。

クシャーナ朝(1~3世紀)
イラン(ペルシャ)系のクシャーナ族が中央アジア~ガンジス川中流域を征服して興す。
2世紀のカニシカ王の時代が最盛期で支配エリアは後漢に接していた。

カニシカ王
カニシカ王はもともとゾロアスター教だったが、大乗仏教を篤く信仰した。
クシャーナ朝の貨幣には、仏像やギリシャ・ローマの神、ゾロアスター教、ヒンドゥー教の神が刻印されており、カニシカ王が他宗教に寛大な王だったことがわかる。

ガンダーラ美術
ガンダーラ地方で栄えたギリシャ風の仏教美術。

グプタ朝(320年頃~550年頃)
チャンドラグプタ1世(チャンドラグプタとは別人!)が北インドで興した。
チャンドラグプタ2世の時代が最盛期。

ヒンドゥー教の形成
『マヌ法典』
ヴァルナ制度の下で生活する人々の義務を定めた。
マヌは人類の始祖である聖人。

三位一体
以下の三大神は一体をなす。

①ブラフマー(存在)
宇宙、世界に実存、実在の場を与える。

②ヴィシュヌ(安定)
宇宙、世界の維持、慈悲、平安を司る。

③シヴァ(創造と破壊)
宇宙、世界を創造し、その寿命が尽きた時に破壊、破滅を司る。
芸術やダンスの神でもある。

ナーランダー僧院
仏教は隆盛を失いつつあったが研究は続けられており、その中心になった僧院。あの三蔵法師も留学!グプタ朝はインド古典文化の黄金時代だった。

アジャンター石窟寺院
純インド的な仏教美術が完成。

小国分立期(7世紀前半)
ヴァルダナ朝がインドを統一するが、王ハルシャの死後、王朝は崩壊して小国が分立した。

ハルシャ=ヴァルダナ
独裁的だったが善政を行った。唐の名君、太宗と使節を送りあう間柄でもあった。

3.イスラム王朝期
10世紀末アフガニスタンにイスラム教徒(ムスリム)のガズナ朝(トルコ系)ゴール朝(イラン系)が興り、インド侵攻を繰り返した。
最初は略奪だったが、やがてインドを永続的に支配するように・・・

デリー=スルタン朝(1206~1526年)
ゴール朝の将軍アイバクが興したインド史上初のイスラム王朝。
最初の奴隷王朝を含む5王朝はスルタン(権力者)の称号を与えられたため
首都のデリーと合わせてデリー=スルタン朝という。
ムスリム商人をはじめ経済活動が活発化し大量の貨幣が発行された。

ヒンドゥー教とイスラム教
ヒンドゥー教
多神教。偶像崇拝。牛を神聖視。
遺体は火葬して灰を川に流す
(輪廻転生)。

イスラム教
一神教。偶像禁止。豚を不浄視。
遺体は土葬する(復活)。

ムガル帝国(1526~1858年)
16世紀半ば、バーブルが北インドで興したイスラム王朝。
バーブルはモンゴル系でチンギス=ハンの血をひいていた。

アクバル
ムガル帝国の第三代皇帝。
ヒンドゥー教徒の王女を妻に迎え、ヒンドゥー教徒を高官や将軍にして、イスラムとヒンドゥーの融和を図り中央集権体制を整えた。

シャー=ジャハーン
第5代皇帝。彼の時代がムガル帝国最盛期(17~18世紀)となる。
インド=イスラーム文化を発展。代表例はタージ=マハル。

シーク教
ナーナクによって開かれる。
ヒンドゥー教をイスラム的(一神教・偶像禁止)に否定しているのが特徴。
ムガル帝国に迫害されたが現在もインド人口の2%(2200万人)がシーク教徒。

アウラングゼーブ
第6代皇帝。
アクバルが廃止したイスラム教徒以外に対する人頭税を復活させる。
これによりヒンドゥー教徒が反乱。彼が死ぬとムガル帝国は崩壊した。

4.英国植民地期
インドは産業革命を経たイギリスの原料生産地および商品市場として支配されるようになる。

イギリス東インド会社
オランダのアジア貿易成功を受けて1600年に設立。
先行したオランダ東インド会社に比べてきわめて弱体で、アンボイナ虐殺事件(アンボイナ島にあるイギリス東インド会社商館をオランダが襲撃し、商館員を全員殺害した事件)によって、オランダにインドネシアから追い出され、やむなくインドを拠点とした。

プラッシーの戦い(1757年)
ムガル帝国の衰退に乗じてインドを手に入れようとしたイギリスとフランスの戦い。
勝利したイギリス東インド会社軍は、貿易商社から植民地統治機構に変化していく。

第二次英仏百年戦争?
18世紀のイギリスとフランスはとにかく仲が悪く、ヨーロッパでは7年戦争、アメリカではフレンチ=インディアン戦争、南インドではカルナティック戦争を同時に行っていました。

セポイの反乱(インド大反乱)(1857年)
セポイとは東インド会社のインド人傭兵。
会社のためにせっせとインドを侵略したが、白人将校との待遇の差に
不満を抱き、ムガル帝国再興のクーデターを起こす。
2年後に鎮圧され、3世紀続いたムガル帝国は完全に滅亡した。

インド帝国樹立
セポイの反乱を受けて東インド会社は解散。
インドはイギリス政府の直接の支配下になった。
1877年にはヴィクトリア女王がインド皇帝を兼任することを宣言し、インドは完全に植民地になった。

5.民族独立期
19世紀後半になると都市部のインド人は、英語で近代的な教育を受け、弁護士やジャーナリスト教師などの知識人も増加。
当初は親英的でしたが、やがて民族独立を求めるようになる。

インド統治法(1919年)
イスラム教に有利な選挙制度が盛り込まれた法律。
イギリスはインド人同士を宗教対立させて、民族運動の波を逸らせようとたくらんだ。
また、地方政治に関しては、インド人の自治をある程度認めたが(中央政府はダメ)、そもそもイギリスは1917年にインドの自治を全面的に認めると約束していたので、全インド人は絶望した。

ローラット法(1919年)
インド統治法と同時に制定。
逮捕状なしに逮捕し、裁判なしに投獄できる権限をインド総督に与えた恐ろしい法律。
当然インド人議員は全員反対に回ったが、イギリス政府によって強引に可決させられてしまう。

ガンジー
もともとは弁護士。ローラット法可決に強い憤りを感じ、非暴力不服従の反英独立運動を開始する。

糸紡ぎ車
ガンジーの運動のシンボル。
英国製品を買わず、国産製品を使用することで、独立を勝ち取ろうとした。

パキスタンと分離独立
第二次世界大戦が終わり、戦争で疲弊しインドに借金を負ったイギリスは1947年にインドの独立を認める。
ヒンドゥー教徒を主体としたインドとイスラム教を主体としたパキスタンが分裂して独立しました。

ガンジーの死
分離独立後インドにいるイスラム教徒を擁護し、ヒンドゥー教とイスラム教
が手を取り合う国家を目指したガンジーは、ヒンドゥー教の過激派に暗殺されてしまう。

カシミール地方
ムスリム住民が多いエリア。
印パ中にまたがっているので、現在も対立が続いている。

ネルー
インドの初代首相。インド憲法を発布。
ヒンドゥー教を国教とせず、カースト制による差別も禁止した。
民主主義を堅持し、彼が亡くなるまで政権交代は起こらなかったが、現在も差別は残っており(低カーストに生まれた人が自殺するなど)、地位向上政策が行われている。
日本の子どもたちのために上野動物園にアジアゾウをプレゼントした人物でもある。
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