39.大進化は小進化で説明できるか

 ここで化石の出番となる。進化論は遺伝学と地質学(=古生物学)に支えられて発展したことはもうお解りだろう。
 ダーウィニズムも遺伝学と、ライエルのような地質学者が提唱する膨大な時間スケールによって説明された。
 進化が長い時間をかけて行われたことは化石が説明してくれるからいい。

 問題は魚が進化して両生類になるような、爬虫類が進化して鳥類になるような、大きなスケールの進化「大進化」のメカニズムについて現在の進化論でどれだけ説明できるかと言うことだ。
 大進化については現代に生きる私たちは(化石を除くと)「結果」=首の長いキリンしか見ることができない。
 その結果がどのような過程を踏んだのかは化石などから想像力を働かせるしかない。古生物学者が殺人事件が起きた後に現れる古畑任三郎と言われるのはそのためである。

 「大進化は小進化のような漸進的な小さな変化の累積ではなく、違ったメカニズムで起きる」と言った古生物学者がいる。スティーブン・J・グールドだ。
 グールドは大進化は小進化と異なり、突如進化=多様化する時期と、長い間安定する時期を交互に繰り返すという断続平衡説を唱えた。

 グールドがなぜこのような説を考えたのかというと、種と種をつなぐ中間種の化石があまり見つからないからという理由に尽きる。
 しかし実は中間種の化石はウマやゾウなどでは見つかっているし、キリンの中間種については、たまたま現在はまだ見つかってないだけという批判も多い。

 だがこの断続平衡説自体は興味深い。確かに周期的に起こる大絶滅と大絶滅の間の期間は、生物たちは安定して適応できたのかな?という気もするし、大絶滅直後は大混乱のいわば進化の過渡期。恐竜が滅んだ後に哺乳類たちが一気に多様化した「日和見進化」を考えるならば、断続平衡的な進化は起きているように見える。

 私は、この大進化の断続平衡説と小進化が反目しあう理由が分からない。断続平衡的な大進化の原動力が、なぜ小さな変化の累積である小進化であってはいけないのか?なぜドーキンスとグールドは戦っていたのか?

 私が思うにドーキンスとグールドのモデルは統合できる。そしてそれをつなぐのはレンスキーのバクテリアの実験だ。

38.進化は仮説にすぎない?

 さて進化論は科学的な理論かどうか?という話がある。なぜ科学的じゃないかと言うと、進化は実験や観察が出来ないからだという。だから立証された理論ではなく、進化は仮説にすぎない・・・と。

 化学反応や重力などは確かに実験や観察によって確かめられる。そしてその実験を繰り返しても常に同じ結果が出れば、その理論は正しいとされる。これを「客観的再現性」と言う。さて進化は本当に実験や観察ができないのだろうか?

 ・・・実はできる。しかも観察に至っては、私たちもすでにやっている。
 それが抗生物質にやたら強い細菌やインフルエンザウィルスの突然変異体だ。彼らはまぎれもなく進化の法則「突然変異」と「自然選択」に従っているし、またペットブームで様々なイヌやネコの品種があることも知っている。彼らは人間が人工的に行った人為淘汰によって生み出された。それに野菜、花、競走馬・・・挙げればきりがない。

 また環境によって自然選択が本当に起きるかどうか、進化の実験も試みられている。それはバクテリアを使ったリチャード・レンスキーの実験がやはり素晴らしい。
 この実験はブログの方で詳しく取り上げたので「進化を実験する」と言う記事を参照して欲しいが、バクテリアたちに適度な淘汰圧を与えながら20年間!世代交代を繰り返すと、バクテリアの形質が徐々に変化していったというものだ。
 その変化とはバクテリアの大型化で、30億年前のバクテリアの進化と方向性が同じなのだ。

 このように進化は観察も実験もできる。しかしそれでもどうやっても人類には観察も実験も出来ないのがある。おそらく進化など仮説にすぎないとか言っている人の根拠はここだろう。

 何万、何億年もかかる大進化だけは、寿命が短すぎる人間には観察も実験もできない・・・

37.どうでもいい変異が脚光を浴びる時

 そんなよく分からない研究ばっかやってないで、少しは金になることをやってよ。うちだって決して裕福じゃないんですからね。
 ・・・こんな風に奥さんになじられた学者はかつてどれほどいただろうか??あ、星の数と一緒か。

 しかし、そんな一見何の役に立つのか分からない道楽的な研究が、時代が変わると途端に重要度を増すことがある。
 中立進化もそれと同じだ。生物は命にかかわらない部分で、どうでもいいような変異を分子レベルでたくさん繰り返しているが、それが何かの拍子でとても重要な意味を持つかもしれない。
 たとえば殺虫剤が全然効かない遺伝子を持つハエが(仮に)いたとする。こいつの形質ははっきり言って、人類が誕生し殺虫剤を発明するまでは、ほんとどうでもいいものだったが、人類がハエにキンチョールを噴射した時から彼の存在価値は急上昇した。
 持っててよかった「耐殺虫剤性」である。

 このような遺伝子の多様性は、環境が必ずも不変じゃない地球の歴史において生物が編み出した大きな特徴の一つである。
 意味があるとかないとかじゃない。いろんな奴がいるということ自体に意味があるのだ。
 生物の進化とは自然環境=地球との相互作用のようなものである。常に気ままに変わり続ける環境に振り回されながらも、それでも生物が何とかやってこれたのは、その時の環境に全ての生物が完全に適応したからではない。けっこうテキトーに適応したからだ。どうせ今の環境だってまた変わるんだろ?と。いちいち付き合ってられねえぜ、と。

 たとえば中生代ジュラ紀。体重55トンに及ぶ巨大なブラキオサウルスが偉そうに闊歩している時、その足もとでネズミくらいの大きさだった我々の祖先はこんなことを思っていたかもしれない。「はいはい。どうせお前らのブームだってその内終わるよ」と。
 そして地球に原子爆弾70億個相当の巨大な隕石が激突し、環境が激変。恐竜が跡形もなく消滅すると、ついに「イエ~イ!やっと俺たちの時代だぜ~!」と哺乳類が今まで恐竜が受け持っていたポジション(=ニッチ)を一気に埋め始めたのだ。これを日和見進化と言う(凄い名前・・・)。

 進化論のラストはそんなスケールの大きな話、大進化を考えてみよう。

36.分子進化は中立的?

 これまで見てきたように進化論とは遺伝学の発展とともにあった。そして分子生物学の発展は、進化論を分子進化学に発展させることになった。
 突然変異とはDNA暗号の狂い・・・ならば分子レベルの変異が自然選択のそもそもの原因になっているはずだ。そう分子進化学者は考えた。

 しかし1968年この仮説に一石を投じる男がいた。国立遺伝学研究所の木村資生である。
 DNAの塩基配列が何を決めているのかと言えばアミノ酸の順序である。そしてその順序に基づいてアミノ酸が連結される事で、我々の体を構成するタンパク質が出来あがっている。
 しかしDNA分子のごく僅かな変異は、生物の表現形質レベルまで顕在化しない。DNAのちょっとした変異によってタンパク質の1個が変わろうが、その変化は生物の生存にほとんど影響しないのだ。
 そして、このような「適応」も「淘汰」も促さない、ぶっちゃけて言えば、その個体が生きる上ではどうでもいい「中立的な変異」が、遺伝子プールに広がっていくことがある。
 それがやがて種の性質となり、結果的に分子レベルの進化となる・・・これが木村資生の中立進化説だ。

 YES!もNO!も言いきれない曖昧な表現をする日本人が何とも考えそうなこの説は、発表当初は異端だなんだとさんざん批判されたのだが、現在の分子レベルの進化論において、中立説は今なお主流だ。
 キリンの首と異なり、分子レベルの小さな変異は、自然環境やライバルとの生存競争と言った「自然選択のふるい」にはかけられない。

 では分子レベルの小さな突然変異が、どのようにしてその生物集団の中で広まったり廃れたりしていくのか??
 木村資生はこう言った。

「そんなのただの偶然。」

 つまりその遺伝子が、たまたま生殖細胞を作る際に配偶子に選ばれ、たまたま受精することができ、たまたま出産されれば、その「どうでもいい中立的な小さな変異」を親から受け継いだ個体は、次の世代にその中立的な変異を伝える可能性がある。伝えない可能性もある。だって偶然だもの(みつを)。

 このような生物集団の中で、突然変異を生じた遺伝子の割合が、偶然によって増えたり減ったりする現象を遺伝的浮動と言う。
 どうでもいいくらい小さな変異は、増えようが減ろうが本当にどうでもいいので、自然選択の作用が働かない。そしてそのどうでもいい変異が、群の中で広がる可能性もある。消滅する可能性もある。
 適応か淘汰か?そんな二者択一ではない進化のメカニズムが分子レベルにはあったのだ。

 また木村資生は、DNAの更新スピードが従来考えられていたものよりもずっと早いことを突き止めた。
 なんと哺乳類のDNAの塩基は2年に1文字の割合で変わっていたと言うのである。
 この変化のスピードは、いちいち自然選択で「これは適応!」「これは淘汰!」と「事業仕分け」をしていたら、とてもじゃないが追いつかない速さである。
 そして遺伝子における猛スピードかつ中立的な「進化」は、生存に重要じゃない部分でよく起こる。そして個体の命に関わる部分ではほとんど起こらない。これはヘモグロビンなどのタンパク質でも、DNAでも同じだった。

35.分子生物学の時代

 アンチ・ダーウィニスト福岡伸一は分子生物学者である。分子生物学とは生物の構造を分子レベルで解明する学問で1960年代に入ると大流行した。

 なぜなら遺伝子の正体である染色体の詳しい構造が解明されたからだ。染色体と言うのは、拡大して見るといわばスプリングのような構造になっていて、そのバネをスーパーソレノイドと言う。
 この円筒状に巻かれたバネを詳しく観察すると、バネは細い糸のようなもので編み込まれて出来ている事に気付く。
 これをクロマチン繊維と言うが、その編み込まれた糸をほどくいて詳しく観察すると、糸はヌクレオソームフィラメントという構造になっていて、そのヌクレオソームを構成する分子が、ヒストンと言うタンパク質と、ご存知DNA(デオキシリボ核酸) だ。
 まあ、こんな細かい話はいい。つまり「染色体とはDNAと言う糸が編み込まれてできたアミグルミ」である。とりあえずそう考えてください。

 重要なのは、このDNAが生物の遺伝情報を決める具体的な法則を担っているという点だ。
 DNAとは「A」「T」「C」「G」という4種類の化学物質の羅列なのだが、実はこの4種類の塩基と呼ばれるものは、2進法コンピューターの「0」と「1」にあたる、デジタル言語なのである。
 つまりDNAは「4進法」をもちいて、生物の遺伝情報をつむいでいた。ちょうど「AATCCGTAAATT」と言った感じで。
 これをあるルールに沿って翻訳すると「最初にロイシンと言うアミノ酸を持ってきて、その後グリシンと言うアミノ酸、3番目にイソロイシン・・・んでそこまで行ったらアミノ酸をつなげるのは終了してね」となる。

 実は突然変異とは、このDNAの塩基の並び方「塩基配列」が何かのきっかけで変わることに他ならない。
 それは「ATT」→「TTT」のように塩基1個が他の種類の塩基に変わるような小さなものから、染色体のエリアごとの変異・・・これは染色体を「本」、塩基を「文字」なとするならば、ページを丸ごと破り捨てたり、ページの順序を入れ替えることと同じである・・・と様々だ。
 そして塩基配列の変異はそのまま生物の形質として発現し、それによって突如現れた巨大な花のオオマツヨイグサがド・フリースを驚かせていたのだ。

 この時の分子生物学者はかなり楽しかったに違いない。言わば「生物の設計図」の構造どころか読み方まで解ったので、あとは染色体に書いてある全ての塩基配列=ゲノムを調べ上げちゃえば、好き勝手に生物の形質をいじくりまわせるんじゃないか?
 そんな野望を胸に試みられたのが、原子爆弾を研究開発した「マンハッタン計画」にも匹敵する一大プロジェクト「ヒトゲノム計画」だった。
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