しかしこの理論には当時大きなアキレス腱があった。この世代交代ごとの小さな形質の変化についてのメカニズムがダーウィンにも解らなかったのだ。
つまりこれは遺伝の法則のことである。
遺伝はダーウィンの進化論の中核をなす重要なポイント。その仕組みがよく分からないのでは、進化論の説得力が大きく低下してしまう・・・
一応父親と母親の形質情報(遺伝子)をそれぞれ半分ずつ子どもが受け継ぐとは、ダーウィンも考えてはいた。
そしてこの考え自体は正しい。しかしこの理論を自然選択説に応用すると矛盾を抱えてしまう。どういうことかと言うと、ある世代に現れた新しい形質が、世代交代をするたびにどんどん薄まっていってしまうのだ(詳しくは図を参照)。

この考えでは何回世代交代を重ねても赤の群れが黄色の群になることはない。しかしこれに矛盾しない遺伝の法則は、実は『種の起源』発行のたった7年後(1866年)にチェコの修道士によって考えられていた。
・・・考えられてはいたのだが、その理論の重要性に気付く人間はダーウィンはおろか
この時誰もいなかった・・・
メンデルの遺伝の法則・・・これが脚光を浴びるのは1900年・・・なんと34年後のことだった。この時ダーウィンも、称賛されるべき遺伝法則の父メンデルもとっくに死んでいた・・・