女の子が描けない

 今日は塾の帰り横断歩道を渡っていたら、思いっきり信号無視の車に轢かれそうになりました。こんなんで障害をおったら洒落にならないけど、何故そこまで生き急ぐ・・・?
 まあいいや。

 いや~女の子の絵が描けない。K氏リクエストの『80日間宇宙一周』も終わり、残りの脚本を漫画にしていこうと思っているのですが、残る脚本は大学時代に書いてなぜか未だに漫画を完成させてない『イッツアドリームワールド』と、キャラとストーリーをパワーアップさせた戦国時代劇『風と翼』、そして最新作の西部劇『恐竜大陸サウラシア』で、友達が一番見たい奴から描こうと思ってたら、見事に割れた。A氏は『ドリームワールド』、KO氏は『風と翼』、descf氏は『サウラシア』で、どうしようかと思ってたら、この前dario氏が「いや~ドリームワールドでしょ~」と一票入れてくれて、『ドリームワールド』から書き始めることに決定しました。
 で、この漫画は『走れシンデレラ』の続編で、『走れシンデレラ』といったら少女漫画の画風を書かなきゃいけなくて、それをおっさんの私が描くのは怖いものがあるんですが、本当はこれ大学で少女漫画を描く女の子に絵を任せたかった作品。
 でもそういう「りぼん」みたいな可愛い「まさに少女漫画!」って絵を描く女の子がいなくて、仕方なく私が描くはめになったんだけど、きつかったなあ・・・43ページを完成させるのに1年近くかかったもの。

 で今も大して女の子描くの得意じゃないんですよ。中学生の頃KO氏に「田代は女の子のキャラの絵が適当だ」と言われたのがショックで「畜生!女の子が描く女の子の絵よりも可愛い女の子の絵を描いてやる!」とか決意したんだけど、やっぱりダメだこりゃ。
 あのスラウェシメガネザルのようなでかい目をずっと描いていると、ゲシュタルト崩壊が起きて、何が可愛いのか解らなくなってきちゃうんです。それなのに女の子のキャラクターが私の漫画の脚本にはやたら出てくるのが困る・・・思春期の危機だな。
 そもそもこの前書いた漫画『80日間宇宙一周』がどっちかというとリアル調の絵だったし、少女は出てこなかった(30代のオバサン)し、もう女の子の描き方なんか忘れちゃったよ・・・描き方つかむまでかなり大変だと思う。

 いわゆる「萌え漫画の美少女」ってのも、分岐分類学や進化論的に言えば「少女漫画の女の子」から90年代あたりに系統発生していると思うんだけど、少女漫画の絵をベースにアニメのセル画塗りが合体したような感じだよなあ。
 「りぼん」などの少女漫画の絵が口が大きいのに対して、萌え絵は口が小さいとか細かい相違点はあるんだけど、いちばん特徴的なのは髪の毛の「毛先」の処理で、少女漫画は丸ペンでサッサって毛を一本一本流れるように線を引いて処理するから、毛先の線はつながっていたり、いなかったりなんだけど、萌え絵(・・・って言うの?正式名称不明)は髪の毛の先を線で囲む、つまり境界を設けて髪の毛の部分の色を「フォトショップ」の塗りつぶしツールで塗りやすいようになっている。
 この描き方はあきらかにアニメの彩色から来ていると思う。つまり萌え絵は漫画とアニメの交雑種なんですね。

 あと美少女の絵で思うのが、眼の位置。女子高生だろうが大人の女だろうが萌えアニメの女の子って顔はかなりベビーフェイスで、眼の位置が顔の中心より下についているんです。だからおでこの部分がかなり広く、そこに髪の毛がドンって乗るから、髪の毛が顔に占める面積も多い。
 これは現実の女子高生では絶対あり得ない。眼の位置って成長に従って顔の中心に来るから。だからアニメ美少女って大人の体に、接着剤でベイビーの首をくっつけたみたいなんです。
 このような顔の構造を持つ稀有な人は麻生太郎さんや笑福亭鶴瓶さんとかがそうかな?

 ・・・美少女のモルフォロジーはこのくらいにして、とりあえず今日主人公のユッキー描いてみたんだけど、このキャラはキャラクターデザインがメチャメチャ難しい。
 一応彼女は「シンデレラ」がモデルなんで、ドレスアップする前は地味な女の子って設定なんです。だから見た目は平凡だけど、キャラとして魅力があるように書かなきゃいけないんだけど、この中途半端なショートカットとか最悪。どのコマも髪の毛の長さを統一して書かなきゃいけないのに、この長さは覚えにくいぞ。
 とにかく『80日間宇宙一周』から画風を180度転換させるのがきつい・・・!エリート白ウサギのホワイトとか描けるかなぁ??

戦争という現象

 いや~ワールドカップみんなすごい熱狂している。私は映画を観に行っちゃってオランダ戦は見なかったんだけど(というか一戦も見てない、非国民)、ワールドカップによって対戦相手の国の歴史や文化をテレビが取り上げてくれるの(だけ)は勉強になる。オランダってトルコの労働者の人やモロッコの人を受け入れた多民族国家だったんですね(ただ最近極右政党が議席をちょっと増やしたらしい)。

 あのサッカーの熱狂ぶりを見るに、人間って言うのはたまにいかれてしまいたい時があるのかもしれない。ああやってにわかナショナリズムになって全体主義に酔いたい。我が国を応援することで自分の思いをダイレクトに共有したい。
 そしてかつての近代戦争もいわばワールドカップのようなお祭りだったんだなあ、と私は思う。なにしろオランダはFIFAランキング四位かなんかの強豪で、それと日本は昨日善戦したわけで(負けちゃったけど)、第二次世界大戦では強豪国(おそらく軍事ランキング一位)アメリカに真珠湾で奇襲して成功しているわけで、その喜びと言ったらワールドカップの比じゃないですよ。「うおおおおお!神州日本が、あのアメリカに一太刀くらわしたぞ!」これって絶対楽しかったと思う。

 人って言うのはいくら偽善的に「喧嘩はよくない」「殺し合いはダメ」と言ってもそのような葛藤にカタルシスを見出す性質が確実にある。
 だから映画でも漫画でもはなっから平和な世界観の作品ってあまりない(いや最近癒し系萌え漫画とかあるけど・・・)。つまりなにか問題やトラブルが起きてくれないと、それを主人公が解決するから楽しいわけで、フィクションのお話として落ちないと思うんです。

 これはフィクションの中だけの話じゃなくて、マスコミが取り上げる事件のニュースも同じ。マスコミは凄惨な事件も事実を少なからず編集して「物語化」してしまう。
 遺族の人が「勘弁してくれ!」と思っていても、マスコミの人たちも面白主義で半分飯食っているようなところがあるから、いちいち取り合ってられない。
 『ファインディング・ニモ』に出てくるナイジェルというペリカンは、海出身者の魚に「海にいたならいつか襲ったこともあるかもしれないな。悪いなこれも生きていく為だ」と軽く言うのですが、確かにそのとおり。
 彼らは彼らで生活がかかっているわけで、人間的感情が商売に負けてしまうことは結構あると思う。
 結果的に事件を物語化して当事者を苦しませてしまう報道記者も、遺族の人や親族に「てめえには人間の心ってのがねえのか!」って怒られてもデスクが命令したなら取材しなきゃならないし(マスコミは超ヒエラルキーの軍事社会)、食っていくのに必死。
 本当に大変な仕事で、逆に人間的感情が欠落してないとやっていけない仕事かもしれない。

 「人間はどんなに恐ろしいことにも物語を見つける」とは、映画『ワールド・トレードセンター』のラストシーンの引用ですが、それは戦争でも同じ。戦争は一部の上層部が決定するだけでは絶対起こらない。国民の大多数の賛同がなくては戦争はできない。実際に戦うのは彼らだから。
 そして当時どの先進国も帝国主義に基づく植民地政策がブームで国とり合戦をしていた。日本もそのブームに乗り遅れるな!と参加しただけ。むしろ参加しないと植民地にされちゃうことを隣の大陸の国々の末路で知っていたから。
 戦争は人間個々人の意思の集合で起きるかもしれないが、それは単純な総和ではなく、当時の歴史的状況や政治的判断、国民の熱狂したいというプリミティブな感情、などの要素が複雑に関係しあって発生する、良いとか悪いとかを超えた、ある種の“現象”。
 だから、普通に考えれば誰でも戦争はよくないと言えるけど、人間には理屈では説明がつかない感情が、良くも悪くもある。だから戦争は人々を熱狂させる祭りとして、そして時に絶望をもたらす悲劇として、今なお開催されている・・・

 ワールドカップで強豪国が負けた場合、代表チームは国民に魔女狩り的非難を浴びてしまうこともある。そんな悲劇が起こるかもしれないから、代替戦争であるワールドカップをやめようよ、と言ってもそれは不可能だと思う。だって楽しいんだもん(私は全体主義が怖いのであまり興味ないけど)。
 国際交流?なら戦争もラディカルな国際交流の一つでは・・・

アウトレイジ

 「面白い度☆☆☆☆☆ 好き度☆☆☆」

 かなり特殊なバイオレンスコメディ映画。

 ついに北野武監督の『アウトレイジ』をレイトショーで鑑賞してきました。本当は先週見る予定でしたが、話題作の『告白』を先に見てしまったので一週遅れの鑑賞でした。

 北野監督がインタビューで常に「怖さと笑いは紙一重」と言っていて、私はまったく意味が分からず「いや、怖さは怖さ、笑いは笑いじゃない・・・?」と首を傾げていたのですが、実際に映画を見て監督の言葉が解った。
 確かに紙一重。いや~ここまで笑うとは思わなかった。だって怖いやくざ映画だと思ってたから。人を笑わすのにこんな方法があったとは意外。でもやっぱりたけしさんの笑いですね。
 たとえば中華料理店のオヤジが麻薬を流してて、そいつをとっちめて薬を卸している元締めを吐かせるシーンがあるのですけど、もう耳にさいばし突き刺して、肉切り包丁で指をダンって切っちゃうんですけど、その切れた指が2本ほどお客さんの注文したタンメンに入っちゃってw、そのままタンメンがお客さんに運ばれてて、ニンテンドーDSに夢中なお客さんは指入りタンメンに気付かない・・・
 これはたけし的世界観を象徴するシーン。たけしさんの世界ではいわゆる「一般人」がとても命に無関心。
 すぐ傍でやくざが暴力行為をしていても、サラリーマンは顔色一つ変えずに飯を食っている。これって命の重さに麻痺している現代人を皮肉っているというのは、果たして深読みなのか。

 たけしさんは強いて言うなら明大の工学部にいた「科学畑」の人間。自分が交通事故で死にかけた時、たけしさんは神様みたいな存在が現れるかちょっと期待したらしい。
 しかし現実は残酷だった。そんなものは結局現れず、顔が二つ分に腫れてぐちゃぐちゃになった自分の肉体と「もう少し付き合うのかあ~・・・」と、意識を取り戻したらしい(『たけしの死ぬための生き方』より)。
 この経験は、結局現実は科学通りになっていたということをたけしさんに示したのかもしれない。悲しいけど現実において人の命など重いも軽いもない。地球の生物は皆平等に意味もなく生まれて意味もなく死ぬだけ。
 そんな人の“生”を突き放したニヒルな演出、生命観が、たけしさんの映画には確実に存在する。

 しかしそのニヒルさがニヒルで終わらない。そこに笑いを見出してしまうのがプロの芸人「ビートたけし」。
 笑いと言えば、大体トイレの個室にいる男を射殺するのに、やくざが洗面台に上がって上からピストルを撃つんですけど、ちゃんと靴を脱いでるんですよ。人殺しの最中なのに、こんな行儀の良いやくざはいないw。もうツボに入っちゃって・・・
 あとアフリカのどこかの国の在日大使。このキャラ大爆笑。ゾマホンさんといい(二代目そのまんま東)、ポヌさんといい、『BROTHER』といい、たけしさんは黒人が好きなんだと思う。

 現実はとても残酷だけど、でもその世界で必死に生きる人々は愛おしい。たけしさんはそんな風に思っている気がする。
 『アウトレイジ』に出てくる極悪人は、みんな自分の感覚や欲望に正直で「偽善」が一切ない。だから悪人のはずなのに・・・どこか愛らしさと哀愁を感じてしまう。
 とにかく、こんな映画はたけしさんしか撮れない。というか、よくこんな話思いつくよなあ。やくざ映画よほどたくさん見ているのかなぁ?それともやくざの知り合いでもいるのかな・・・?

 たけし映画初出演の俳優さんたちの演技はみんな秀逸。たけしさんが一番セリフとか下手なんだけどw、それがまたいい。あの人は演技がどうこう・・・のレベルじゃなくて存在感だけで凄味があるから。
 でも 北村総一朗さんに三浦友和さん、杉本哲太さん、小日向文世さんってみんな優しい人の良さそうな俳優さんばかりじゃないですか。なのに役に入るともう本物のやくざにしか見えない。こええ~!流石プロ。
 結局、強大な国家権力である警察(小日向さん)がいいとこどりなのは、やくざは警察のお目こぼしがないと成立しない現実?を投影しているからなのか。

 『告白』の経験から、今回は映像の撮り方にも注意して鑑賞したのですけど、たけしさんはやっぱり上手い。構図とかも。
 たけしさんは数学が得意だし、細かいところも凄い計算して作っている。なにしろ「映画因数分解理論(余計なシーンは共通因数でくくれるので省略すべき)」の提唱者ですからね!(※ただ私の評価基準に映像などの観点は基本的に無い。そこらへんは正直知識がないのでよく分からないから。私は主に物語で判断します)

 最後に一言。村瀬組長(石橋蓮司さん)可愛そすぎる~!!まさに踏んだり蹴ったり!そりゃねえぜ兄弟!!

映画ブロガーさんは大人だなあ

 「ネット議論は有益か?」という話で、私は記事に同意する時だけコメントしようとたほざいていたのに、映画『告白』に関しては同意できる記事が「みっきーさん」のブログくらいであまりに少なく、ついに『告白』を絶賛する人のブログに「私は駄目でした」とネガティブなコメントを書いてしまった・・・
 これは煽っているわけでは決してなくて(本当にすいません)、なんでこの方はこの映画を面白いと思ったんだろう?ってすっごい気になっちゃって・・・
 『告白』は一緒に見に行ってくれる人がいなくて、一人で見たというのも関係しているのかも・・・友達と一緒に見ていれば「どう思った?」って語り合えるけど、そういう人が周りにいないからどうにも客観的な判断が出来ない。

 で、偏見かもしれないけれど、映画ブロガーさんの方が、アニメや漫画の感想ブログの人よりも年齢層が高い印象がある。
※この意見は、アニメや漫画のブログにはほとんど行かないから、本当に偏見ですよ!
 私にとってアニメや漫画の「なになにってキャラがうんたらで、声優がこうこう」っていうネット上のやり取りって、結構炎上しているイメージがあります。
 これはやっぱり漫画やアニメを支えている読者や視聴者の平均年齢が中学生や高校生などで低いからなのかな?と。

 若い人ってエネルギーはすごいけど、経験だけは大人の人に劣ってしまう場合が多いから(もちろんすべてじゃない)、ものごとをまだ冷静に見れないことがある。価値の相対化が出来ないから。
 漫画でも映画でも数をたくさん見れば、感想も変わっていくし、その作品を絶対視もしない。映画をたくさん見ている人にとっては、批判的な意見も一つの意見だと相対化が出来て冷静に対処できるけど、たくさんの作品を知らず、好きな作品を絶対視している若い人にとって批判的な意見は、その作品と、その作品を愛する自分を全否定されたように受け取ってしまう。
 だから動転して感情的になってしまうんだと思います。

 漫画やアニメのブロガーさん(ってどれくらいいるのかな?)でも大人な対応が出来る人もいるから、本当に偏見なんですけど・・・
 だって私の『告白』の記事に「うるせえ、馬鹿やろう!」って言うブロガーさんいないですからね(単にこのブログの閲覧者数が少ないだけだと思うけど)。本当に大人だなあ・・・
 私も当初『告白』は「決して好感を抱く内容の映画ではないが、ネガティブな演出がつきぬけてカタルシスの域まで行っているすごい映画です!」とか記事で書くだろうなあと思ってたんですよ。でも完全に期待外れで・・・

 しかしKLYさんとか受け流し方が本当にかっこいい。私にはできないわ・・・でも『ジュラシックパーク』って結局何が言いたい映画なの?ってコメントが来たら、とうとうと長文書いてあの作品の良さを解らせてやりたい気分にはなりますね!(うぜえ!)

初期値鋭敏性について

 「初期値鋭敏性」とは、複雑系数学のカオス理論で重要な概念のひとつです。

 私はモンゴルで研究されている気象学者さんにミーハー丸出しで「あああ、あのカオス理論って本当に使っているんですか?」って胸をときめかせながら尋ねたことがあり「ああ、使ってるよ」の解答にテンションが上がった思い出がありますw。
 教授の話では時間スケールによって用いるモデルが異なり、かなり先の未来を予測しようとするときにカオスを用いるそうです。ここって初期値鋭敏性を説明するときに重要なポイントかもしれない。
 
 そもそもなぜに気象学?って方もいるかもしれませんが、ここは『ジュラシック・パーク』を視察したテキサスの数学者イアン・マルカム氏に解説をお願いしましょう。

田代(以下T):こんにちはマルカム博士。イスラ・ヌブラルでは大変な目にあわれたそうですね。

マルカム博士(以下M):インジェン事件についてはノンディスクロージャーを結ばされたがね。インジェンとハモンドの作ったショーケースとやらは、やはり複雑すぎたんだ。ジュラシック・パークが崩壊したのは自明の理だよ。
 で?今日はティラノサウルスに放り投げられた感想でも聞きに来たのかい?(笑)

T:いえ、カオス理論の大まかの説明をお願いしたいと思いまして。中学生でもわかるように説明はできますか。

M:ようし、やってやろうじゃないか。とりあえず、のどが渇くからコーラをくれ。シェイクして、ただしステアしないでくれ。
 さて、カオス理論の大テーゼは「予測不可能性」一言でいえば「遠い未来は予測が出来ない」というものだ。
 そもそもカオス理論というのはもとをただせば1960年代に、コンピューターを使って気象を予測しようという試みから生まれた。

T:いわゆる天気予報ですね。

M:その通りだ。天気予報はテレビで毎日のようにやっている。しかし明日の天気が外れる確率と一カ月予報の一ヶ月後の天気が外れる確率はどちらが高いかな?まずは直感を問いたい。

T:ひと月先の方が外れそうですね。

M:そうだな。そこが重要な考えだ。1940年代。ジョン・フォン・ノイマンら数学者はコンピュータのように多数の変数を同時処理できる機械があったなら、天気は予測できるだろうと予言した。
 それから数十年。現在のコンピューターのスペックは当時に比べてとびきり優秀だ。扱うデータも現代の方がずっと精度がいい。しかし・・・天気予報はいまだに外れることがある。なぜか?
 天気・・・つまり気象系は、我々の想像以上に巨大で複雑なシステムであり、地球の大気は陸地や海、太陽と常に“相互作用”を繰り返している。
 これまでの物理学は、もっぱら「線型方程式」で惑星の軌道、振り子、ばね、回転するボールなどの物理現象の振る舞いを解いてきた。しかし、気象をはじめとする乱流現象はそれでは解けない。
 複雑な乱流現象は線型方程式で解ける単純な振る舞いの「総和」ではなく、ずっと「動的」なものだったのだ。
 そこで振り子と気象系は同じ物理現象であるものの、まったく異なるアプローチが必要だと数学者は考えた。そこで誕生したのが位相空間のシステムを振る舞いを扱うカオス理論だ。

T:振り子やばねのふるまいは単純だけれど、気象は複雑すぎる。

M:その通り。

T:で、カオス理論で何が解ったのでしょうか。

M:気象系は遠い未来になればなるほど、まったく予測が出来ない。予測は本質的に不可能だ、ということが解った。

T:本質的に不可能?非決定論だと?

M:いや、違う。カオスも決定論的モデルだ。
 だが気象系には「初期値鋭敏性」というものが働く。これは複雑なシステムにおける初期値の微妙な「ずれ」が時間がたつにつれて増幅されて、結果に大きな影響を与えてしまうということだ。
 比喩的な話だが「北京で蝶が羽ばたくと、セントラルパークで雨が降る」という具合に。

T:北京の小さな変化が、その後セントラルパークの天気を変えてしまう?

M:そういうこともありうるかもしれない。とにかくこの世界は我々が考えていた以上に複雑だったということだ。実は単純だと思われるニュートン的物理現象においても、現実では数秒後も“厳密に”予測はできない。

T:なぜ?

M:きみは「慣性の法則」を習ったな。

T:物体に力がはたらかない時、もしくは力がつり合っている場合は、静止していた物体はいつまでも静止していて、運動していた物体はその速さで等速直線運動を続ける。という法則ですね。

M:どう思った?

T:嘘くさいと思いました(笑)。そんな状況見たことないと。

M:その通り。この法則には「物体に力がはたらかない時、もしくは力がつり合っている場合」という歯切れの悪い前提が但し書きされている。しかしこのような状況は現実にはかなり「特殊」で宇宙空間などでしか体験できないだろう。

T:特殊相対論もそうですよね。

M:同感だ。加速度運動と重力の概念を割愛しているからな。特殊な状況を仮定し、理屈を単純化しているわけだ。

T:しかしこの世界は単純ではない。

M:つまりニュートン力学すらも現実の物理現象に厳密に当てはめることは不可能だ。物理学の実験で誤差が生じるのはそのためだ。微小な誤差は完全には排除はできない。そこで研究者は誤差を近似値などで補正して理論を叩きだす。
 しかしカオス系では誤差は許されない。初期値鋭敏性が働き、微小な誤差も時間がたつにつれて増幅され結果に大きな影響を与える。

T:未来は誰にも分からないということですね。

M:未来予測は本質的に不可能だ。だから我々は複雑なモデルを複雑なまま捉えることで、カオスの振る舞いを「理解」しようとしている。これは複雑系の未来を予測しようとしているのではない。
 というのもカオス系にはどうやら、いくつかの秩序だったパターンが存在するらしいからだ。潜在的な規則性。カオスの秩序構造と呼ばれるものだ。
 これは「人工生命」に詳しいが、専門的な話になるのでここではやめておこう。

T:今日はお忙しい中ありがとうございました。
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