子を虐待する親に思うこと

 神父様聞いてください。私は小さい頃金魚を飼っていました。

 最初は「可愛いなあ」と思っていたのが、連中水の中で口をパクパクさせてウンチをぶら下げているだけで、その単純な動作の繰り返しにすぐに飽きてしまい、水槽の水を取り換えたり、水槽を洗うのが本当に面倒くさくなってしまったんです。
 結局ろくに世話もせず、弱い金魚は死に、強くてでかい金魚は水槽についた藻などを食べて逞しく生き延びていた・・・その時愛のない私はどう思ったか?

 げっまだ生きてる・・・!みんな死んでほしかったのに。

 この私の中の冷徹な感情を知った時、私はペットを飼うことをやめてしまった。もっといえば少女漫画の「恋」だの「愛」だのも懐疑的になった。
 人間には結局愛じゃなくて、時に愛にもなり得るトレードオフの原理があるだけだと。

 だから私は「一目惚れ」が嫌い。信用してない。ああいう盲目的な恋や愛は結局遅かれ早かれ、金魚の愛と同じで冷めてしまう。
 だから20年以上誰とも付き合えない。中学生の頃は「いくら俺でも二十歳くらいには彼女いるだろ」と楽観していたができなかった(笑)。どうでもいい議論ばっかするから、女の子にモテないだけだけどね。正確にはどうでもいい議論をついしてしまう自分を知っているから、女の子には積極的にしゃべりかけずに黙っている。そしてほとんど会話せずに終わる。

 で、まあ盲目的な愛って結局のところ自己中心的なエゴイズムだから、長い間付き合う中で次第に双方の妥協点もさぐりあって、地道に二人っきりでもリラックスできる状況を形成していくしかない。この人といると安心する的空気。

 ちょっとした痴話げんかが破局に発展してるようじゃまだ駄目。喧嘩しても数時間後にはどっちも水に流していて忘れちゃうってのがいい。そんなネガティブなことを引きずらない適度に依存し、適度にサッパリした関係の方がいい。

 結局は人と継続して付き合っていきたいならば「感じるな。考えろ」ってことだと思う。
 で、子どもはそれができない。感じたまま行動する。そして金魚を最初は愛していたのに、最後は死んでくれればいいのに・・・と煩わしい重荷にしてしまう。

 私はこの前の児童虐待事件を起こした母親はそんな心理状況だったと思う。最初は自分の子を愛していたのは確かだろうけど、もう子育てが想像以上に(想像もしていなかったかもしれん)面倒くさくて、いい加減死んでくれ、と。

 自分の子供を金魚よわばりとは!って不快に思う人もいるかもしれない。でも私たちのような高等?動物、パンダやゾウ、霊長類・・・にとって育児放棄は珍しいことじゃない。
 意地でも自分の子を命がけで守る愛があるのはどう考えても、俺たちが低能と馬鹿にしている本能行動の連中。
 彼らだけが映画やドラマで描かれる「理想の愛」を実現しているのです。そんなに理想の母親像を強要するならカバキコマチグモに学べよ。産卵した母親は、生まれた子が最初に食べる餌として自分の体をささげちゃうんだから。

 子育ては面倒くさいのは仕方がない。人間は最初は「種族、遺伝子プール」の為に生きていて、ちょっと前までは「国家や社会」の為に生きていたけど、とうとう「自分=個人」の為に生きるようになってしまった。
 霊長類研究者の佐倉統さんが言ってるけど、自分の子供なんて遺伝子的には半分しか自分のコピーじゃないんだから、だったら100%自分の遺伝子を持つ自分(の意思)の方が大事に決まってる。

 でもいずれそんな大切な自分も死ぬから、往生際の悪い俺たちは子供を作って未来に自分の存在した痕跡を残そうとする。
 まあそんなこと託された子供もいい迷惑だろうけど、2、30年経ったらやっぱり子どもも同じことをやっている・・・

 つまり児童虐待や育児放棄は社会や共同体が崩壊した?今、新たなセーフティネットを作らないことには始まらない。
 もうどう考えても小学生に虐待の跡があったら、学校の先生は家庭のプライバシ―なんて関係無しで乗りこまなきゃいけないけど、そんなことしても子どもの心は癒えないのが辛い。体の傷は親から離せば癒えるんだけど・・・

 その子にとってはそんなしょうもない親がやっぱり自分の親で、その両親が例え虐待を自分に加えていたとしても、自分の親が逮捕されちゃってワイドショーで「この親は信じられねえ。人間の心が無い」とかコメンテーターに言われているのを見ると、やっぱり自分の存在を否定されているようで傷ついてしまう。

 ・・・でも、死んでしまうよりはいいのかな?自信を持って「いい」とは言えない。親が逮捕された。しかも自分に虐待をしていた、という現実を背負って生きていくのってどれだけ辛いのか分からないから。

 もう私たちは金魚(愛玩動物)の心理と、自分がこの世に存在した証を残すというプリミティブな感情以外に、子どもを無理して生むような必要性など感じていないのかもしれない・・・

対談 dario×ゴーダイ  “普遍”は存在するか?

 脚本に次ぐ、このブログの新しい試みです。

 dario氏とSkypeをやっていたら、お喋りがちょっとした議論になってしまい、これはけっこう面白いので「ブログの記事にさせて!」と編集してみました。
 ゴ=ゴーダイ、d=dario氏です。

 話はdario氏の「しょブログhttp://ameblo.jp/do-s2000/theme-10021197378.html」で「NHK ハーバード白熱教室」を取り上げていたことから始まります。実は私もこの番組の第三回だけ偶然見ていたんです。なんか変な番組がやってるぞ、と。

ゴ:NHK ハーバード白熱教室!オレも見た!

d:おおお。あれ録画してました いまでもたまにみるw

ゴ:カントがうんたらって言ってたなあ。教授のカントの解釈ってあれであってるのかな?(私はカントの「三批判書」は読み解くのを挫折した経験があります)

d:コミュニティに対してのなんらかの感謝をこめての行動はすべきだが、それははじめは義務でなく個人の選択だろうと考える。

生まれた赤ちゃんに祖国を思えや親に感謝しろは、感覚的にもおかしさを感じるのではないだろうか?

義務は個人の選択がありきでなりたつものであり、選択肢のない生まれた国や親に対しての義務はもともとなく、選択可能な人間になってからそれでもその選択をしているという時点で義務は生まれるものだと思う。

ゴ:その意見はクリティカルだね。「責任」ってのは社会的な契約だと思うから。一方的な強制は本来成り立たないはずだよね。

d:うんうん

ゴ:自分はおそらくあの番組の構造について分析するな。議論の内容でなくて、あの人の授業の仕方。

d:ああ、それは最終回で本人が言及してましたよ

ゴ:どういうこと?

d:なぜこの方法をとっているのか。アリストテレスの時代に 対話法?? ってのができたという始まりがあって・・・対話法でいいんでしたっけ?

ゴ:いいんじゃない?w(聞き役モード)・・・弁証法?

d:それかも。その方法はそのときに生まれたものであり、いまも続ける必要はないのだが私の授業はみてもらってもわかるとおり、その弁証法を行っているのである。

それは哲学において「普遍性」というのを常に考えているのだが、その普遍性は さまざまなひとの考えを そのときにいいと思えるものを選択していくことでしか作られず、波のように行ったり来たりするものなんじゃないか。

ゴ:ケースバイケースな柔軟なテーゼでしか結局実用性がないってこと?

d:そしてそれは過去のあるときと同様の答えをいましている。

ゴ:??↑ちょっと分からなくなってきたぞw・・・ああ歴史は繰り返してるってことか

d:弁証法も結局のところ「繰り返す」ことが普遍に近づく上で最善の方法という話。

ゴ:哲学という手段の目的化か

d:だから普遍といって 一択 になるのは誤りで多数があるから普遍をつくる という話になった

ゴ:あの白熱教授の普遍は本質主義ではないってことね。どっちかというと相対主義に近いね。

d:そうですね!それもあの人の 一部の考えにすぎないとは思いますが、あの授業では少なくともそう表現していました。

ゴ:しかしdario氏の「普遍的義務(国家や社会を成り立たせるために全ての国民が最低限守らなければいけないかなり拘束力が強いルール。刑法など)」という概念は面白い。これってオリジナル?

d: いや テレビででた言葉なんじゃないかな?

ゴ:使い勝手がいいな

d:番組では、普遍性があるものとしてスタートしているから、普遍的な義務という言葉がたぶんでていたんですが、普遍的な義務 はなんなのか は明確でなかったんです

ゴ:それで自分で定義した?

d:これやっていいと思う? いい?だめ? という比較だったのかな? テレビでは。自分はそれは「普遍」とは合致しないと考えていました。だから再定義したんです

ゴ:「普遍」という言葉の定義によるよね。リンゴが地面に落ちるのは、この番組の議論で言う「普遍」なのか?重力がどの物体にも働く力ならば普遍的法則は確かに存在するよね。では「普遍的な思想」はあるのか?

d:普遍的思想は現実にはないと思います。

ゴ:物理法則は普遍的だと俺は思う。で、思想はそういった物理法則じゃないよね。それは法則の上に成り立つ流動的なシステム。遺伝子プールとかと一緒。・・・では物理法則と思想の違いは?引力の法則と遺伝子浮動の違いは?

d:思想は人や場所、時で左右されるし、一過性だ。

ゴ:オレの答えは「適応性」があるかないか。生物になんで心や意識があるかって、自然環境に適応しないといけないから。

d:相手に合わせるんですね。

ゴ:よって普遍的法則は「ある」。その法則にある程度しばられながらも、自由に適応ができるんだと思う。人の観念や思想は物理法則を超えられないじゃん。イメージでリンゴ浮かせられないじゃん

だから「この世において普遍的なものは何か?」と考える時に、この二つの階層ををいっしょくたに議論しちゃダメってこと。答えが出ない。

d:うんうん

ゴ:だからようは生物学をやればいいんだwみんな。哲学の答えは生物学にあるもん。カントも実際科学者だし・・・

d:ほぉ。そうするとどうなるのだかわからないのですが、そのような二層構造をもうちっと詳しく

ゴ:物理法則の上に思想が乗っかっている構造をイメージして。その二つの層は論じるコンテキストのようなものが違う。ことなる定規を用いる必要がある。

d:うんうん

ゴ:下(物理法則)は、人の振る舞いを制限する基礎的なルール。上(思想)はそのルール内で好き勝手できる応用編。ボーナスステージ。

d:それを混同してるケースが見受けられるって先輩は思うわけですよね

ゴ:哲学の議論においてはね。リチャード・ドーキンスがそんな事言って哲学者をめちゃくちゃ怒らせたらしい。

d:fmfm

ゴ:つまりあの教授のテーゼである「普遍性はさまざまなひとの考えをその時その時でいいと思えるものを選択していくことでしか・・・」ってのは俺が思うに「適応行動」なだけの様な気がする。

あと、多数があるから普遍をつくるという話になった。ってこれはただの民主主義w

d:多数があるから普遍をつくるってとこなんですが、それはその選択の幅を増やすという意味で多数決ではないんです。

ゴ:多数というのは多数意見のことじゃないのか。つまり多数というよか多様性ってこと?

d:意見の多様性があるから、人はより普遍といえるようなバランスのとれた思考ができるというニュアンスですかね。その人にとってのバランスのいい選択でしかありません

ゴ:自分はもっと力関係がアンバランスだと思うなあ・・・

d:fmfm どういうことでしょうか

ゴ:ああ、dario氏は個人レベルの話をしてて、おれは集団レベルで論じてるのか。そもそも民主主義って全然平等じゃないよね。みんなの意見は平等に同じだけ社会に反映はされない。奴隷を納得させた奴隷制だと思ってるあれは。

自分は集団のシステム的な構造はインターネットに近いと思っていて、すごい周りを納得させられるカリスマ力のある少数派が、大多数の意見(世論)を操作、形成してしまうと思う。
賢い人と普通の人の集団に占める割合がとってもアンバランスだよね。ネットワークってなんにせよそんなアンバランスな形になっているらしい。

d:うんうん

ゴ:つまりdario氏ってけっこう個人主義というか・・・いやオレの方が現実では個人主義だよ!でも思想はdario氏の方が個人主義的じゃん。
でも「個人の自由意思」を最小単位で現在の民主主義的社会を見ると、理想的ないいイメージしか見えない。社会科学的に見ると、結局民主主義の中で民主主義のルールをしっかり理解し、遊び倒しているのはごく一握りの賢い人。

d:自分が強くでる人間は、民主主義だと理想の社会を感じるわけですね。自分の考えも採用されるから

ゴ:結局強く出る奴の影響を、かなりオレたちは無意識的に受けているんだ。だから自分の考え、自分の判断って思っていたものはサブリミナルマインドだらけで、それは果たして俺の考えなの??ってなる。

社会と全く切り離された個人はおそらく存在し得ないし。そこにわざとか知らないけど気付かなかったのが近代合理主義。

d:自分が自分の考えだとどれだけ思えるのかで十分意味を果たすのだと思います。少なくとも一般市民は。
参画している意識が大事で、その考え自体がサブリミナル的に作られてても別にいい。それでも社会に関わろうとしてるから、その個人は満足してるはず。

ゴ:普通の人はそこまで自分をメタ的に見ていないよってこと?じゃあ民主主義はすごいよ

d:そうなりますよねw

ゴ:超すごい、みんな納得の新興宗教だよ!

d:ある特定の人のサブリミナルマインドで栄えますよねw

SF思考論

 わたし全然「You Tube」にどんなコンテンツがあるのか詳しくないんですけど、この前偶然に岡田斗司夫さんの対談を発見してしまい、それがすっごい面白い。
 SF大好きどころか愛しているんじゃないかってほどSFに詳しい岡田さんに比べれば、私なぞペーペーですが(実はマイクル・クライトン作品以外でSFはあまり読んでない。中学の頃はSFよりも科学の本を読んでいた)岡田さんのやってることや言っていること、思考の仕方を見ていると、結局あの人は人生全てをSF的に考えているんだろうなと思います。
 まだ実現していないような新しい会社の経営形態(EXシステム)とか論じているし・・・つーか実践してるし。

それが端的に分かるのが、今日視聴したYou Tubeの神田昌典先生との対談動画。

神田氏:さて、アニメ界の方ってのはさまざまいらっしゃると思いますけど、やっぱり“物語”で完結してしまっているじゃないですか。でも岡田先生の場合はどちらかというと物語の向こうからぽ~んと出て・・・

岡田氏:そうですね。現実じゃなきゃいやですね。だからぼく昔から自分で作っているアニメも自分たちの今の生き方をアニメにすることしか考えていなかったんです。

 (中略)

岡田氏:現実と虚構を混ぜて、で、虚構と現実がシンクロして進んでいくしか、ぼくらは生き方として知らない。

神田氏:現実のメタファーでしかない。


 その後議論は、多かれ少なかれクリエーターはそういった思考をしているという流れになるのですが・・・この現実と虚構のシンクロの割合で、現実の未来にウェイトを置いて虚構を描いているのがSF作家のSF思考(わたしが今適当に作った言葉)で、いわゆるファンタジーはSFに対して現実よりも虚構の割合の方が大きいのだと思います。

 そして最近のSFは「ファンタジー化」していて、あくまでも現実を見据えてその延長線上に物語を置いていたSFが、いまや全く逆のコンテキスト――現実逃避の手段として用いられるようになったと、岡田氏は分析しています。
 なるほど!確かに私が『アバター』や『時をかける少女』『サマーウォーズ』に対して強い不快感を感じたのは、現実と向き合うべきリアルな物語のジャンルだったSFが、現実逃避の道具として使われていることへの怒りだったわけです。
 特に『アバター』は「ときめきメモリアル」だから。ギャルゲーのパッケージに「ジャンルSF」って書かれているのが嫌なのと同じ。いやいやこれは恋愛シミュレーションゲームだろ、と。
 だから美少女的な絵で相対性理論とかを解説する「萌える相対論」とか言うあざとい本が大学で売ってたけど最悪だった。てめえら萌えキャラに科学の何が分かる!?(※これは女性差別発言ではなく、萌えキャラ差別発言です)

 いや~とにかく岡田先生の鋭い分析で胸のつっかえが取れました!パブリックドメイン最高!

 つまり、どんなに馬鹿馬鹿しい技術(反重力とかタイムマシンとかワープとか)でも、書き手は本気で(ここ重要)その技術がいつかは実現できると確信しているのが本来のSFのはず。
 実際SF作家が空想した様々な未来の科学技術は実現しないのも多かったけど(透明人間とか)、実現したもの(潜水艦、クローン)も大いにある。

 よってSFを愛する人(書き手読み手問わず)は現実逃避ではなく「現実の行く末」に大変興味がある。人類の、科学の、地球の、宇宙の未来が知りたい。気になって仕方がない!でも寿命的にそんな未来の世界は見れない!!
 そんな超深刻な悩みから捻り出されるのがSF。わたしもあと2億年くらい生きたいもん。人類の絶滅の後どんな動物が進化してくるか知りたいし。
 でもそんなに生きるのは無理だから私はSFを描いて楽しむしかない!興味のない人にはどうでもいい自己満足的な営みだけど、本人にとってはけっこう本気で悩んでたりする(バカだ)・・・

 で、コラムの第15回でも書いたんですけど、現在の市場において現実世界の行く末や科学の未来に興味がある人(=SFや科学本を好んで購入する人)がいないんですよね。
 人ってなにかを評価する時に無意識的に「自分にとってそれは損か得か」を計算しちゃうから、科学の進歩に比例してどんどん暮らしが便利になった18~19世紀ならともかく、公害問題などを経験し「科学の進歩は決して人類の幸福(だけ)につながらない」ということを知っている現代において「科学なんて私たちの生活にとっちゃどうでもいいもん」って人が増えちゃって、SF人気はかなり低迷しているんだと思います。

 どうでもいいから楽しいとも思うんだけどね。

四大公害病について

 ただの覚え書きです。

 四大・・・と言うだけあって、この四つの公害病は高校受験の「社会」の問題でよく出題されますが、地理の教科書を見る限り公害問題は全国各地でたくさん発生していることが分かります。
 四大公害病は高度経済成長期(まだ環境問題に対する意識が低く、経済の成長を優先させていた)に初めてその恐ろしさが取りざたされ、被害の規模もさることながら世間の関心が大変高かったので「四大公害病」とくくられたのだと思います。

イタイイタイ病
富山県で発生。神通川流域で獲れるお米に、工場の産業廃棄物であるカドミウムが土壌汚染により混じってしまい、高い毒性を持つ金属元素であるカドミウムがそのお米を食べた人の骨を破壊してしまった。

水俣病
1956年に熊本県で発生。水俣湾周辺で広まったため水俣病と呼ばれている。
メチル水銀が海に溶けだし、海洋生態系によって「生物濃縮」が発生。水銀が濃縮された魚を食べてしまった人に中枢神経に異常がでてしまう(水銀中毒症状)。
日本に公害問題の恐怖をはじめて知らしめた事件と言われる。

新潟水俣病
1965年に発生。第二水俣病と言われる。原因やプロセスはほとんど同じ。
工場の廃液が阿賀野川に流れて水銀中毒が付近の人に蔓延した。

四日市ぜんそく
三重県四日市市で発生。石油化学コンビナートの排ガス(二酸化硫黄ガス)によって大気が汚染され、付近の住民に呼吸器疾患をもたらした。

ストーリーの辻褄

 夏期講習の合間(休憩時間)に『超音速ソニックブレイド』の小説のプロット書いてます。複雑なストーリーなんで話の辻褄を合わせるのがだんだん厳しくなってきたなあ。

 一応何年も前に大まかな物語の展開やラストのオチは決めていたんだけど(K氏やKO氏などは知っている・・・)細部の調整が大変。
 それも漫画と違って小説は字だけなんで、どこかに設定や状況をメモっとかないと細かいところは忘れてしまう。

 しかし小説って難しいのは、いくら論理的につじつまが合っていて解りやすくても、物語の起伏がなければ読者の人は「つまらない」と感じるし、逆に物語の起伏がありすぎて論理的に破綻したらしたで「ついていけない」となってしまう。

 私は完全に物語なんて辻褄が合ってなくてもいいとは思う。面白さの犠牲に真実はなるものだから。
 問題は「破綻の具合」、その話を読んで楽しめるかどうかですよね。

 とりあえず解決の糸口は見つかりそうなので・・・「パラレルな進行」をほどほどにして(楽しいけどw)、ひとつずつ問題を解決させていく。
 なんとか物語を進めることができそうです。

 サスペンスものって書き手は全部の謎の答えを知ってて、登場人物にはその謎を知らない振りさせるわけだから、すごい自作自演だよな・・・
 読者に謎の答えを小出しにして公開するのも上手く調整しなければ、作品の楽しさにとっては命取りだ。
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