「面白い度☆☆☆☆ 好き度☆☆☆ 睡眠効果☆☆☆☆☆」
やっぱりいけないと思うよ。自分勝手にルールをやぶるのは・・・
いや~頭痛がする映画。こんなに頭使う映画ってクリストファー・ノーランの『インセプション』以来だなあって思っていたら、わりと、というか、かなり『インセプション』っぽい話だった。まあ、あっちは階層構造で、こっちはトランス構造なんだけれど、物語の要素が複雑なのは五十歩百歩?
とにかく論理のつじつまをテキスト(セリフ)でまとめて合わせちゃうから、ちょっとでも気を抜くと、何言ってるんだかわからなくなっちゃう(^_^;)
とはいえ、パッと見シュールだったり(今回もキリコやマグリットを引用)、破綻しているように見えるけど、ちゃんと前作を踏まえておおまかなロジックは成り立っているのが相変わらずすごい(細部はファジーでわからんw)。この脚本家の人はテキストの人なんだろうね。
さて、言うまでもなく『魔法少女まどか☆マギカ』は、リアルタイムでかなりハマったテレビアニメで、とにかく脚本がしっかりしていて、さらにブラックで意地悪な展開とかなかなか好きだった。
ただ、続編製作決定!ってアナウンスがあったとき、内心(やめたほうが・・・)って思ったのは私だけじゃないはずだ。
もう9話の大どんでん返しをみんな知っちゃっている以上、「このアニメはそういうアニメだ」って見ている方も身構えちゃうし、そうなると作る方は、いっそNOどんでん返しというどんでん返しをやるか、世界“外”存在のルールをさらにインフレさせるしかない。んで、やっぱり後者をやってきたという・・・そう言う意味では、前作を踏まえたすごい正統派な作り。
世界外存在ってのはハイデガーの世界内存在の対義語みたいな感じで今勝手に作った言葉なんだけど、まあ超越者のこと。
アメリカ映画でよくある、この世界の文明は宇宙から来た知的生命体によって授けられ、そいつが我々の神だったんだっていうID展開。『2001年宇宙の旅』の記事でも言ったけれど、この手法の問題点って、じゃあその知的生命体を作ったのは誰だよって合わせ鏡のように神の神の神の神・・・ってキリがないところ。
んで、この映画はそこを果敢に切り込んでいったのが、意外とありそうでなくって面白かった。
この映画、とりあえず三つの勢力・・・というかメインキャラクターを整理させないと、もうわけがわからなくなっちゃう。
まず、「まどか」ちゃん。この子は、魔法少女が絶望して悪役の魔女になっちゃうというこの世界のルールを最終的に変えてしまったという女の子で、もう自分自身が重力とかエントロピーとかそういった自然法則化しちゃったので、ルール書き換え後の世界には存在自体がなくなってしまったという人。
じゃあ絶望が臨界点まで達した魔法少女はどうなるかというと、なんか魔女になる前に、まどかさんが天から降臨して、なんか天国的なところに連れてかれるというwこのシステムをマミ・トモエ(2011).は「円環の理」と命名している。
で、ここからが『叛逆の物語』になるんだけど、「キュウべぇ」ってのがいて、この動物は魔法少女が魔女になった時に放出するエネルギーを利用している知的生命体で、私はブラックF先生のヒョンヒョロみたくて、彼がわりと好きなんですが、Qさんにしてみれば、エネルギーを出す前に魔法少女を成仏させちゃうまどかシステムは「なにしてくれとんねん」って話で、なんで魔女にならないんだろうって、まどかシステムブロック装置を開発、絶望エネルギーを爆発させないでえんえんと蓄積させるとどうなんだろうって実験をしだした。こういう知的探究心旺盛なところ見習いたいと思う。
その実験台になった人が、前作で唯一生き残った魔法少女の「ほむら」ちゃんで、まどかが病的なほど好きなのに、まどかが世界のために身を投げ打って消滅しちゃった事実を知っている唯一の人という。
んでなんか、前作の最終回ではけっこうメンタル的な面を克服して、一人で戦い続けていたんだけど、やっぱり限界が来て、あまりにまどかに会いたいがために脳内でまどかワールドを妄想し、その中にひきこもり始めちゃったという。そこらへんから物語は始まる。そしてそこらへんがとにかく眠い。
つまりQにとってはまどかが邪魔で、ほむにとってはまどかルールを覆させようとするQが邪魔なわけで、結局ほむは、自分が魔女化すると天からまどかさん来て、そうなると「犯人あいつか~」ってQにバレて(観測されて)まどかがQに干渉されちゃうから(ここら辺シュレーディンガーの猫の話なんだろう)、ほむは永遠にまどかからの救済を拒み続けて、なんか絶望をこじらせて巨大化するんだけど、それを不憫に思った、前作で魔女になっちゃった「さやか」ちゃんと、なんかよくわからない白い人が、まどかシステムブロック装置みたいなのを破壊して、ほむをまどかに救済させる。
んで、ハッピーエンドかと思いきや(長い)、ほむの「まどか超好きパワー」が、救済しに来たまどかすらもなんか取り込んじゃって、ほむ自身も新ルール化する。
ほんで、ほむがルールを書き換えた世界が構築されて(そういや、オイ魔獣とかの設定どうなった)、やっとまどかと一緒に暮らせるようになったんだけど、なんか「ルール勝手に破っちゃダメだよ」って(あなたに言われたくない)まどかに引かれちゃって、ほむは絶望して投身自殺をしたらしい・・・らしいっていうのは、あれだ。私の記憶もルール改定時に改ざんされたらしく、なんかこの映画の記憶が断片的なんだよ・・・恐ろしいやつだ、ほむ。
うそです。ところどころ寝てました。
で、笑えたところ。
一つ目。配給がワーナーブロス。
二つ目。ほむが「正直マミは苦手だった」って言うところ。
私って、テレビシリーズ放送時に、このアニメの黒幕はほむらなんじゃないか?っていう説を提唱し続け、見事に誰にも相手にされなかった経験があるんだけど、この映画でほむが見事なヒールっぷりを見せてくれて満足だった。
そして、結局ルールを変えてまで、まどかに会えたのにそのまどかにドン引きされるラストとかも、なんというか救いようがなくてけっこう好き。イソップ童話オチだよねw
なんにせよ、これで、まどかもほむもどっちも自然界の法則を書き換えちゃったわけだけど、まどかの方はみんなのために、ほむの方はまどかのため(・・・と思いこんでいる自分のために)ルールを変えちゃったのが対照的だ。方や女神風。方やデビル風・・・
まあ、こういったメタ的な世界で、世界外存在がああだこうだやるのって、昔の神話のお話みたくて割とこういうアニメでは斬新なのかもしれない。善悪二元論的な北欧神話や『マイティ・ソー』というか。
でも、なんだろ。この映画、構成というかテンポがいまいち自分には合わなくて、『まどマギ』は1話30分を毎週見る分には面白いけど、まとめて一度に見る話じゃないのかなあって。
それに、あの長ったらしい変身バンクとか、あれ五人分やるのかよ勘弁してよって思ったし、『まどマギ』の世界なら、変身バンク中に待ちきれなかった敵にマミさんあたりが食べられちゃったほうが、このアニメらしくて面白かったと思うんだけどなあ・・・
だめか。『スターシップ・トゥルーパーズ』見て、頭を冷やしてきます。
アミスタッド
2013-10-27 18:38:09 (12 years ago)
「面白い度☆☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆」
どういう国なんだ!?“ほとんどの場合”法が正しい国!?そんな国でよく暮らせるもんだ!
くそ~これも名作映画だよ・・・もう社会の授業で見せて欲しい。恥ずかしながら私もアミスタッド号事件なんて知らなかったですし。ノルマントン号事件しかオレには・・・!
この映画で一番ショッキングだったのは、奴隷売買の三角貿易って黒人が黒人を捕まえて売っていたこと。たしかに貿易の末端ではそうなっているのが自然なんだろうけど・・・白人=加害者、黒人=被害者って、完全に言い切れないぞこれ。
また、その図式をさらに相対化しようとするかの如く、作中ではアフリカの部族が歴史的に奴隷を持っていたことが語られる。アフリカの奴隷はどっちかというと労働者の意味合いが強いっていうエクスキューズはあったけれど・・・
さて、モンテスキューの三権分立というのがある。立法、行政、司法の権力が互いに独立しているという考え方だ。社会の授業でも習うから、これはある程度はしっかり機能しているんじゃないかと思っていた。でもこの前『「日本史」の終わり』という本を読んで衝撃を受けた。日本の司法は行政にてんで弱いという。
そしてそれは19世紀のアメリカもそうだったようだ。立法府と行政府が互いに連帯責任を負う議院内閣制とは違い、アメリカは大統領制なので日本のようにスリーコンボとまではいかないが、それでもアンソニー・ホプキンス氏演じるジョン・クインシー・アダムズ元大統領は言う。「根っこではつながっとるんだよ。枝は分かれとってもな。」
でもよくよく考えれば、三権が本当に断絶してたら国家システムは機動力をなくしちゃうわけで、これはある意味仕方がないことなのかもしれない。だが「司法と行政がつながっている=司法が行政の言いなり」とは限らない、みたいな展開になるのがユナイテッドステイツオブアメリカ。
三権の上にはちゃんとアメリカの建国の精神=自由があるのがかっこいい。ここらへんやっぱりアメリカの人って愛国心がすごいんだなあって。
スピルバーグ監督は定期的に、こういうちょっと重いテーマの映画を撮るけど、これはもうエンタティナーとかじゃなくて、ユダヤ系に生まれた一種の使命感で作っている気がする。そこがクリエイターとしてこの人はやっぱり天才だなあって思う点。
基本的には無意味にグロいバカ映画(=インディ)の人で、そう言う映画を撮るのが一番楽しそうな気もするんだけど、やっぱりノブレス・オブリージみたいなもんがあるんじゃないだろうか。やっぱ作家ってそういう節操をなくしちゃったらおしまいよってところあると思うんだよなあ・・・
それにこの映画、アカデミー賞もとったんだけど興行収入は芳しくなかったらしい。『リンカーン』もそうだったよね。結局こんな現実をほとんどの大衆は直視したくないわけで、経済観念で考えればこの手の映画は儲からないんだよ。それなのに撮り続ける。
でも、これは決してスピ監督が独りよがりなわけじゃないと思うんだよ。おせっかいかもしれないけど、世の中こういうこともあるんだよって紹介することは、すっごい重要なことなんじゃないかって。
例えば、黒人奴隷の証言を聞いたピート・ポスルスウェイトさん演じる検事が「そんなひどい話あるわけないだろ。コイツの作り話だ」っていうシーンがあるんだけど、これ見ようによっちゃブラックなギャグなんだけど、私なんか笑えなくって(^_^;)
それはなんでかっていうと、数ヶ月前に『朝まで生テレビ!』でブラック企業の実態がテーマになったことがあるんだけど、ブラック企業でひどい目にあった社員を支援している人が、ブラック企業の現場をいくら説明しても、他のパネリストが「そんなひどい会社はないし、例えあったとしても、そんな会社は潰れている。それにそんな会社を選んだやつも自己責任だし、嫌ならやめればいい」ってまともに取り合ってくれなかったんだよ。
この社会的勝ち組と負け組のパラレルな議論の噛み合わなさは爆笑だったんだけど、よくよく考えれば現代の日本の格差社会はここまで顕在化しちゃったのかってゾッとしたんだ。
つまり、『アミスタッド』で扱われたディスコミュニケーションの問題は、自分とは関係のない歴史的な昔の話なんかじゃなくて、今なおコンスタントに存在する問題なんだよ。
時代によってそれぞれパッケージがちょっと変わっているから、構造的な共通点がわからないだけで、どの時代のどんな人も実はだいたい同じような問題に苦しみ、悩んでいたりする。
だからこそスピ監督は、こういう映画を(金にもならないのに)親切にも撮り続けてくれる。
こんないいクリエイター日本にいるか!!w
それに、この映画の前に偶然『ロード・オブ・ウォー』っていう死の商人の映画を見たんだけど、そいつが武器を売っている相手がリベリアやシオラレオネといった西アフリカだったんだよ。これは厳しいなって。つまり『アミスタッド』で自由を手にした奴隷シンケの母国は今なお大変な状況なんだという・・・
また、私に一生ダイヤモンドは買わねえぞと誓わせた(もともと経済的に買えないけど)映画『ブラッド・ダイヤモンド』では違法ダイヤによって、ついこないだまで内戦が起こっていたことがわかる。つまり、基本的人権っていうのは実際にはデフォルトなんかじゃなくて、常に考えていないとあっさり踏みにじられてしまうものなんだろうね。
結局この映画で語られるように、私たちは良くも悪くも「歴史」という文脈からは逃れられない。そして「自由」という言葉も、実はすごい重い責任が伴う概念だということがわかる。パッと見、無責任なゆる~い感じの言葉なんだけど、実は一番ハードモードだっていうね。
自由という意味の国、リベリアが自由に弱いものを気晴らしに虐殺しているわけで、とどのつまり人間というのは自由にするとそこまでやっちゃう動物なのかもしれない。時と場合によっては。
だがスピ監督はギリギリのところで人間の善意が勝利すると確信している。じゃなきゃあんな映画を撮りつづけられないよ。
いや、それは訳せません。「べきだった」は訳せない。
メンデ語に「べきだった」はないのか?
ありませんよ。やるかやらないかどっちかだ。
どういう国なんだ!?“ほとんどの場合”法が正しい国!?そんな国でよく暮らせるもんだ!
くそ~これも名作映画だよ・・・もう社会の授業で見せて欲しい。恥ずかしながら私もアミスタッド号事件なんて知らなかったですし。ノルマントン号事件しかオレには・・・!
この映画で一番ショッキングだったのは、奴隷売買の三角貿易って黒人が黒人を捕まえて売っていたこと。たしかに貿易の末端ではそうなっているのが自然なんだろうけど・・・白人=加害者、黒人=被害者って、完全に言い切れないぞこれ。
また、その図式をさらに相対化しようとするかの如く、作中ではアフリカの部族が歴史的に奴隷を持っていたことが語られる。アフリカの奴隷はどっちかというと労働者の意味合いが強いっていうエクスキューズはあったけれど・・・
さて、モンテスキューの三権分立というのがある。立法、行政、司法の権力が互いに独立しているという考え方だ。社会の授業でも習うから、これはある程度はしっかり機能しているんじゃないかと思っていた。でもこの前『「日本史」の終わり』という本を読んで衝撃を受けた。日本の司法は行政にてんで弱いという。
そしてそれは19世紀のアメリカもそうだったようだ。立法府と行政府が互いに連帯責任を負う議院内閣制とは違い、アメリカは大統領制なので日本のようにスリーコンボとまではいかないが、それでもアンソニー・ホプキンス氏演じるジョン・クインシー・アダムズ元大統領は言う。「根っこではつながっとるんだよ。枝は分かれとってもな。」
でもよくよく考えれば、三権が本当に断絶してたら国家システムは機動力をなくしちゃうわけで、これはある意味仕方がないことなのかもしれない。だが「司法と行政がつながっている=司法が行政の言いなり」とは限らない、みたいな展開になるのがユナイテッドステイツオブアメリカ。
三権の上にはちゃんとアメリカの建国の精神=自由があるのがかっこいい。ここらへんやっぱりアメリカの人って愛国心がすごいんだなあって。
スピルバーグ監督は定期的に、こういうちょっと重いテーマの映画を撮るけど、これはもうエンタティナーとかじゃなくて、ユダヤ系に生まれた一種の使命感で作っている気がする。そこがクリエイターとしてこの人はやっぱり天才だなあって思う点。
基本的には無意味にグロいバカ映画(=インディ)の人で、そう言う映画を撮るのが一番楽しそうな気もするんだけど、やっぱりノブレス・オブリージみたいなもんがあるんじゃないだろうか。やっぱ作家ってそういう節操をなくしちゃったらおしまいよってところあると思うんだよなあ・・・
それにこの映画、アカデミー賞もとったんだけど興行収入は芳しくなかったらしい。『リンカーン』もそうだったよね。結局こんな現実をほとんどの大衆は直視したくないわけで、経済観念で考えればこの手の映画は儲からないんだよ。それなのに撮り続ける。
でも、これは決してスピ監督が独りよがりなわけじゃないと思うんだよ。おせっかいかもしれないけど、世の中こういうこともあるんだよって紹介することは、すっごい重要なことなんじゃないかって。
例えば、黒人奴隷の証言を聞いたピート・ポスルスウェイトさん演じる検事が「そんなひどい話あるわけないだろ。コイツの作り話だ」っていうシーンがあるんだけど、これ見ようによっちゃブラックなギャグなんだけど、私なんか笑えなくって(^_^;)
それはなんでかっていうと、数ヶ月前に『朝まで生テレビ!』でブラック企業の実態がテーマになったことがあるんだけど、ブラック企業でひどい目にあった社員を支援している人が、ブラック企業の現場をいくら説明しても、他のパネリストが「そんなひどい会社はないし、例えあったとしても、そんな会社は潰れている。それにそんな会社を選んだやつも自己責任だし、嫌ならやめればいい」ってまともに取り合ってくれなかったんだよ。
この社会的勝ち組と負け組のパラレルな議論の噛み合わなさは爆笑だったんだけど、よくよく考えれば現代の日本の格差社会はここまで顕在化しちゃったのかってゾッとしたんだ。
つまり、『アミスタッド』で扱われたディスコミュニケーションの問題は、自分とは関係のない歴史的な昔の話なんかじゃなくて、今なおコンスタントに存在する問題なんだよ。
時代によってそれぞれパッケージがちょっと変わっているから、構造的な共通点がわからないだけで、どの時代のどんな人も実はだいたい同じような問題に苦しみ、悩んでいたりする。
だからこそスピ監督は、こういう映画を(金にもならないのに)親切にも撮り続けてくれる。
こんないいクリエイター日本にいるか!!w
それに、この映画の前に偶然『ロード・オブ・ウォー』っていう死の商人の映画を見たんだけど、そいつが武器を売っている相手がリベリアやシオラレオネといった西アフリカだったんだよ。これは厳しいなって。つまり『アミスタッド』で自由を手にした奴隷シンケの母国は今なお大変な状況なんだという・・・
また、私に一生ダイヤモンドは買わねえぞと誓わせた(もともと経済的に買えないけど)映画『ブラッド・ダイヤモンド』では違法ダイヤによって、ついこないだまで内戦が起こっていたことがわかる。つまり、基本的人権っていうのは実際にはデフォルトなんかじゃなくて、常に考えていないとあっさり踏みにじられてしまうものなんだろうね。
結局この映画で語られるように、私たちは良くも悪くも「歴史」という文脈からは逃れられない。そして「自由」という言葉も、実はすごい重い責任が伴う概念だということがわかる。パッと見、無責任なゆる~い感じの言葉なんだけど、実は一番ハードモードだっていうね。
自由という意味の国、リベリアが自由に弱いものを気晴らしに虐殺しているわけで、とどのつまり人間というのは自由にするとそこまでやっちゃう動物なのかもしれない。時と場合によっては。
だがスピ監督はギリギリのところで人間の善意が勝利すると確信している。じゃなきゃあんな映画を撮りつづけられないよ。
いや、それは訳せません。「べきだった」は訳せない。
メンデ語に「べきだった」はないのか?
ありませんよ。やるかやらないかどっちかだ。
テッド
2013-10-25 23:50:04 (12 years ago)
-
カテゴリタグ:
- 映画
「面白い度☆☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆ 大人になれ三井☆☆☆☆☆」
ジョン、『フラッシュゴードン』は俺たちに一番影響を与えてくれた。彼から俺たちは善悪を学んだ。それに人気と演技力は比例しないってことも分かっただろう?
なんだこの“大人のトイ・ストーリー3”は・・・!いや~面白かった!最近面白い映画ばっかりに当たって幸せな反面、こうやってブログ書かずにはいられなくなっちゃうから、漫画が進まないというねw
『怒り新党』の有吉さんが、毒舌クマのぬいぐるみ「テッド」の声を吹き替えたってことで話題になった映画なんだけど、私なんか興味惹かれずにスルーしてたんですよね。多分それは若い女の子とかも、たくさん映画館に行ってスマッシュヒットしていたからだと思う。
私は基本的に、こういうかわいいキャラがえげつないセリフを言う作品とかは大好きで、自分の漫画でも初期はたくさんやったもんだけど、そのほとんどがドン引きされたから、若い女の子に受けているって時点で、あ~ハイハイその程度ね。って敬遠したんだと思う。
で、実際に今回鑑賞しての結論。テッドは毒舌キャラじゃないということ。『宇宙人ポール』と一緒で割といいやつで、下ネタ、ドラッグ、差別ネタも過激なようでいて、作品自体の雰囲気は割と爽やか。このバランス感覚には脱帽!
その理由は、主人公の成長ものとして、しっかりとした作劇構造があったからだと思う。小ネタはあるものの意外とぶれない、完成度の高さというか。
あなたは8歳じゃない。35歳なのよ。
この手のことは私もよく言われるから、もう感情移入が半端なくて。テッド(=オタク趣味)は好きだ。でもいい年になったからやめないといけない気もする。でもやめられない。このままでいいのかな・・・
以上のような葛藤は、30歳前後のオタク男子なら誰でも経験があると思う。よくネットとかで「オタク趣味って卒業しなきゃいけないものなんですか?」とか言ってるオタクがいるけど、あれ絶対痩せ我慢だと思ってるからね。
本気でそう思っているなら、そんな葛藤は微塵もないわけで、そこまでの強き意志のオタク(オタク第一世代)は少数派で、ほとんどはリアルとオタク趣味をどうコミットさせようかと、内心は悩んでいるライトオタクなんじゃないのかな。
そう言う意味で、この映画は、真のオタク――第一世代には生ぬるく、オタク趣味もリアルも捨てられない、中途半端なゆるいオタクの心をつかむように、うまく設計されている。
まあ、とはいえ私はリアルであまり「オタク」って言われたことがない。それと自分の趣味を割とあけっぴろげにするから、そこまで大した葛藤は経験してはいないんだけど・・・(^_^;)
これは恐竜オタクに、あまりセクシャリティがないから、異性にも引かれなかったのかもしれない。なんか性欲とかそういうのが芽生える思春期には、みんなとっくに卒業しているような子どもじみた趣味だからね。
萌え美少女とかが好きな奴とは年季が違いますよ。幼稚園くらいで美少女がガチで好きな人ってそんないないだろうし。
んで、クマのぬいぐるみと添い寝なんだけど・・・これはけっこう彼女にとっては厳しいもんがあるかもしれない(^_^;)あの彼女すごい優しい人だよねw
昔『走れシンデレラ』でもこういうシチュエーションを描いたからわかるけど、大人でぬいぐるみって、なかなかのもんだよwこれ大人の女性だと「I'mディズニーファン」とか言えて、そこまで引かれないんだろうけれどね。一転男になるとミスタービーンになるからね。女性ってだけで色々と得だよなあ・・・そう、『テッド』は漢の映画なんだい!
恐竜はなんとか自然科学の文脈でごまかせるけど、ぬいぐるみと添い寝はもう幼児性そのもので、なかなか言い訳もできないしなあ・・・でもテッドって生きているからね。しゃべるペットを飼っているもんだって彼女に説明すれば、よくよく考えればそんなにキモくもないか。
例えば、かわいい子犬を飼っていて、「私とその犬どっちが大事なの!?私を愛しているなら捨ててきて!」っていう女の方が独占欲こじらせた感じで、いろいろヤバそうだし・・・
だから、映画をメタ的に見れば、テッドは幼児性やオタク趣味のメタファーなんだけど、現実にああいう状況になったら(ならねえよ)けっこうキモがられないような言い訳は立つよなあって。
オタクとして生きるって、つまりはそういうことだと思うんだよ。「自分は○○が好きだ!自分が好きな○○を受け入れない奴は許せない!」って、オタクな自分をなんも社会にコミットさせようとせず、まるで社会が自分に合わせろと言わんばかりに振舞う、その子どもじみた姿勢が引かれてしまうわけで、どうやったらそのオタクな趣味を気持ち悪がられずに市民権を獲得するか、そういった地道な努力こそが大切なんじゃなかろうか。この映画の主人公はそれをしたんだろうね。
近代哲学じゃないけれど、世間が嫌悪する対象って別になんでもいいわけで、それを取り巻く人々の言説が結局、その対象の印象を良くも悪くもしてしまう、という。
なんか、話が小難しくなっちゃったから、最後にこれだけ書いたらおしまい。この映画、とにかくパロディが多いんだけど(アメリカのコメディ映画ってだいたいそうだが)、日本語吹替版では、セリフによっては「星一徹」とか「ガチャピン」とか、日本のサブカル文化に置き換えられたりしている。
特に自分が嬉しかったのは『ALF』ネタ。まあ『ALF』自体は、アメリカのシットコムなんだけど、やっぱり毒舌ふわふわキャラと言ったらアルフになるわけで、テッドが「ああ、あの変な番組のことか。インタビュアーのおっさんはずっと俺のことアルフと勘違いしてたっけなあ、目がテンだっての」って言ったのは爆笑w
長寿番組『所さんの目がテン!』と掛けてるんだよね。誰だ翻訳したやつ!?あ、町山さんか。
ジョン、『フラッシュゴードン』は俺たちに一番影響を与えてくれた。彼から俺たちは善悪を学んだ。それに人気と演技力は比例しないってことも分かっただろう?
なんだこの“大人のトイ・ストーリー3”は・・・!いや~面白かった!最近面白い映画ばっかりに当たって幸せな反面、こうやってブログ書かずにはいられなくなっちゃうから、漫画が進まないというねw
『怒り新党』の有吉さんが、毒舌クマのぬいぐるみ「テッド」の声を吹き替えたってことで話題になった映画なんだけど、私なんか興味惹かれずにスルーしてたんですよね。多分それは若い女の子とかも、たくさん映画館に行ってスマッシュヒットしていたからだと思う。
私は基本的に、こういうかわいいキャラがえげつないセリフを言う作品とかは大好きで、自分の漫画でも初期はたくさんやったもんだけど、そのほとんどがドン引きされたから、若い女の子に受けているって時点で、あ~ハイハイその程度ね。って敬遠したんだと思う。
で、実際に今回鑑賞しての結論。テッドは毒舌キャラじゃないということ。『宇宙人ポール』と一緒で割といいやつで、下ネタ、ドラッグ、差別ネタも過激なようでいて、作品自体の雰囲気は割と爽やか。このバランス感覚には脱帽!
その理由は、主人公の成長ものとして、しっかりとした作劇構造があったからだと思う。小ネタはあるものの意外とぶれない、完成度の高さというか。
あなたは8歳じゃない。35歳なのよ。
この手のことは私もよく言われるから、もう感情移入が半端なくて。テッド(=オタク趣味)は好きだ。でもいい年になったからやめないといけない気もする。でもやめられない。このままでいいのかな・・・
以上のような葛藤は、30歳前後のオタク男子なら誰でも経験があると思う。よくネットとかで「オタク趣味って卒業しなきゃいけないものなんですか?」とか言ってるオタクがいるけど、あれ絶対痩せ我慢だと思ってるからね。
本気でそう思っているなら、そんな葛藤は微塵もないわけで、そこまでの強き意志のオタク(オタク第一世代)は少数派で、ほとんどはリアルとオタク趣味をどうコミットさせようかと、内心は悩んでいるライトオタクなんじゃないのかな。
そう言う意味で、この映画は、真のオタク――第一世代には生ぬるく、オタク趣味もリアルも捨てられない、中途半端なゆるいオタクの心をつかむように、うまく設計されている。
まあ、とはいえ私はリアルであまり「オタク」って言われたことがない。それと自分の趣味を割とあけっぴろげにするから、そこまで大した葛藤は経験してはいないんだけど・・・(^_^;)
これは恐竜オタクに、あまりセクシャリティがないから、異性にも引かれなかったのかもしれない。なんか性欲とかそういうのが芽生える思春期には、みんなとっくに卒業しているような子どもじみた趣味だからね。
萌え美少女とかが好きな奴とは年季が違いますよ。幼稚園くらいで美少女がガチで好きな人ってそんないないだろうし。
んで、クマのぬいぐるみと添い寝なんだけど・・・これはけっこう彼女にとっては厳しいもんがあるかもしれない(^_^;)あの彼女すごい優しい人だよねw
昔『走れシンデレラ』でもこういうシチュエーションを描いたからわかるけど、大人でぬいぐるみって、なかなかのもんだよwこれ大人の女性だと「I'mディズニーファン」とか言えて、そこまで引かれないんだろうけれどね。一転男になるとミスタービーンになるからね。女性ってだけで色々と得だよなあ・・・そう、『テッド』は漢の映画なんだい!
恐竜はなんとか自然科学の文脈でごまかせるけど、ぬいぐるみと添い寝はもう幼児性そのもので、なかなか言い訳もできないしなあ・・・でもテッドって生きているからね。しゃべるペットを飼っているもんだって彼女に説明すれば、よくよく考えればそんなにキモくもないか。
例えば、かわいい子犬を飼っていて、「私とその犬どっちが大事なの!?私を愛しているなら捨ててきて!」っていう女の方が独占欲こじらせた感じで、いろいろヤバそうだし・・・
だから、映画をメタ的に見れば、テッドは幼児性やオタク趣味のメタファーなんだけど、現実にああいう状況になったら(ならねえよ)けっこうキモがられないような言い訳は立つよなあって。
オタクとして生きるって、つまりはそういうことだと思うんだよ。「自分は○○が好きだ!自分が好きな○○を受け入れない奴は許せない!」って、オタクな自分をなんも社会にコミットさせようとせず、まるで社会が自分に合わせろと言わんばかりに振舞う、その子どもじみた姿勢が引かれてしまうわけで、どうやったらそのオタクな趣味を気持ち悪がられずに市民権を獲得するか、そういった地道な努力こそが大切なんじゃなかろうか。この映画の主人公はそれをしたんだろうね。
近代哲学じゃないけれど、世間が嫌悪する対象って別になんでもいいわけで、それを取り巻く人々の言説が結局、その対象の印象を良くも悪くもしてしまう、という。
なんか、話が小難しくなっちゃったから、最後にこれだけ書いたらおしまい。この映画、とにかくパロディが多いんだけど(アメリカのコメディ映画ってだいたいそうだが)、日本語吹替版では、セリフによっては「星一徹」とか「ガチャピン」とか、日本のサブカル文化に置き換えられたりしている。
特に自分が嬉しかったのは『ALF』ネタ。まあ『ALF』自体は、アメリカのシットコムなんだけど、やっぱり毒舌ふわふわキャラと言ったらアルフになるわけで、テッドが「ああ、あの変な番組のことか。インタビュアーのおっさんはずっと俺のことアルフと勘違いしてたっけなあ、目がテンだっての」って言ったのは爆笑w
長寿番組『所さんの目がテン!』と掛けてるんだよね。誰だ翻訳したやつ!?あ、町山さんか。
地獄の黙示録
2013-10-18 20:47:05 (12 years ago)
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「面白い度☆☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆ なにげに深い☆☆☆☆☆」
地獄を知らぬ者に言葉だけで何が必要なのか、説いて分からせようとしても、それは不可能だ。
あぎゃ~これ今まで見た戦争映画で一番面白いかもしんない。メル・ギブソンさんの『ワンス・アンド・フォーエバー』抜いたわ。
これって有名な映画の割にちゃんと見たの初めてで、ワーグナー鳴らしながら陽気に戦闘ヘリで奇襲するヒャッハーな男たちの話だと思ったら、とんだまどかマギカだぜって。
ヒャッハー(=キルゴア)の占める割合はそんなに多くなく、物語の構成は情報部から密命を受けたウィラード中尉のロードムービー・・・ベトナム~カンボジア珍道中って感じ。
というか、物語の舞台がいつ死んでもおかしくないような激しい戦場の最前線なので、出てくる登場人物はキルゴア中佐を始め、みんなどこかイカれていて、なんだろ、この映画よくわからないけど、すっごい好き・・・と思って、なんでかな?って考えてみたら、ああそうか、これは『不思議の国のアリス』なんだ・・・!ってすっごい自分の中でガテンがいったというか。
思い返せば『魔法少女まどか☆マギカ』も『不思議の国のアリス』が元ネタという風の噂でチェックしだしたわけだから、やっぱり自分の中でアリス分は重要なんだなあって(^_^;)
例えば「朝のナパームは格別だ」という、もう何がなんだかよくわからないけど、映画史には確実に残るであろう迷セリフを発したキルゴア中佐はもちろん、中盤カンボジアで出会うフランス人の軍人一族の小難しい政治的な討論会は、マッドティーパーティを彷彿とさせるし、前線の兵士たちなんて自分たちの指揮官も誰だか分からずに(つーかいるかどうかも分かってない)とりあえず機関銃撃ってるわけで、もう正気の沙汰じゃないんだよね。
旅の終着地で原住民に崇め奉られていた暴君カーツ大佐はハートの女王ってところか。違う点といえば、ハートの女王の「首を切れ!」はブラフだけど、こっちの大佐は実際に切っちゃうってところね。
ナンセンス文学ってのは、その言葉通り、作中のキャラクターに意味のないことを延々繰り返させることで、人間の人生をある種、客観視するような、不思議な感覚を読者に与えるところが魅力なのかなって思うんだけど、そう考えるとわりと哲学的なジャンルなんだよね。人間の本質ってなんなんだろう?というか。そういった哲学すらナンセンスだよっていうか。
よく「争いなんて無意味だ」みたいなテーマの戦争映画はあるけど、こういう手法でイカれたキャラをバシバシ出して行って、本当に戦争ってなんなんだろう・・・って理屈じゃなくて、感覚的に訴えるやり方って、自分にとってはすごい新鮮で面白かった。
はらわたがとび出すまで戦う勇敢な兵士には喜んで水を分けてやる。
あなたは二人いる。分からない?人を殺すあなたと、人を愛するあなた。
しかし勧善懲悪物のアンチテーゼや相対化を自分の作品ではやってきたけど、こういう映画を見ると一周回って、勧善懲悪ものをやるのも面白そうだなあって思ってきた。
本当の正義や悪なんかこの世にはいない!なんて言ってるのが、もう恥ずかしくなってきたというかね。現場の大人はそんなことわかりきった上で、割り切って人の幸福を奪ってるんだいっていう(^_^;)
今書いている小説は軍人が出てくるんだけど、自分なんかは軍隊とかもちろん入ったことないので、どういう心境でイラクの人とかバカスカ撃ち殺しているのかわからないんだよ。
で、自分なりに想像して、多分『ファインディング・ニモ』のペリカン、ナイジェルみたいな感じなのかな?って結論に達して、『80日間宇宙一周』のナッシュ・ストライカーっていうキャラを作ったんだ。
ニモを見ていない人はさっぱりだろうけど(見てる人もそうか)、ペリカンのナイジェルは水槽に入れられたニモが海から来た魚だって知って、こう言うんだ。「海から来たのか、じゃあこ近所さんだな。オレに襲われたことある?勘弁してくれ、これも生きるためだ」
私、このセリフのなんというか割り切り加減がすごい好きで、結局この世って弱肉強食の世界だからお互い恨みっこなしでやろうぜ、みたいなセリフを、ディズニーアニメで言わせちゃうピクサー本当すごいなって感心しちゃったんだw
つまり軍人も、やっていることは殺人マシンかもしれないけど、そういう職業を生活のためにやっているわけで、そこを責めても仕方がないんだよね。だから時には神経の細い人もいて、PTSDとかになっちゃうんだろうけど、ほとんどの軍人はよほどのことがない限り「戦争ってそういうもんでしょ」って深く考えずに任務を遂行していると思うんだよ。じゃなきゃやってられない仕事なわけで。ライフル撃つたびにいちいち凹んでたら、そいつ絶対死ぬもんw
でも、これって、軍隊にかかわらず、ほとんど全ての人が意識的無意識的にやっていることで、とどのつまり、ヒトって「考えるヒト」っていう意味の学名だけど、おそらく考えるの嫌いな動物だと思うんだ。
もともと考えるのに向いてない動物が無理して考えるから、答えがでないようなものに答えだそうとしてorzってなるわけで、カーツ大佐のあの難解な哲学的セリフってそう言う意味だったんじゃないかなって。
優秀な兵士というのは、理性的な判断とか倫理とかそういうのじゃなく、動物的に残酷なことを躊躇いもなくできる奴だっていう。カーネマンのシステム2なんていらねえよ、というw動物化万歳というかw
マイクル・クライトン先生の『ロストワールド』じゃないけど、このラプトルの世界で生き残るのはもっとも残酷でズル賢く無慈悲なものなのだっていうね。
仕事の時は残酷な悪魔。オフの日は慈悲ある人格者。ストライカーはそんなキャラにしたんだけど、この映画を観てから、そんなすごい切り替えができるやつもそれはそれでこええよって思いましたwダメだ。自分には理解できないや。仕事で人を殺すっていうのは。でもそうやって働いている人がたくさんいるわけで。
人間って本当中途半端だよなあ。そしてその中途半端さが戦場では敗北を生むと、カーツ大佐は結論を出したのだろう。
真の精鋭とは道義に聡く、それでいて一方で感情もなく、なんの興奮もなく、極めて原始的な殺戮本能を発揮することができる人間。
軍人ほどじゃないけれど、学校の先生なんかもこういったディレンマってあると思う。だからストレスで倒れちゃう人がたくさんいるわけで。それで、前の学校の校長先生がこういうことを言っていたのを思い出した。
「教員っていうのはストレスが多い仕事ですから、なにか趣味をたくさん持ってください。趣味は精神的な支えになります。」この校長先生は、飛行機も操縦できるし、いろんな資格を持っていて、とんでもない博覧強記な人だったんだけど、確かに趣味がある人って所さんもそうだけど、精神的に強いよなあって。
思えば、あの映画でも悲惨な戦場でまったく精神的に動じてなかったのは、サーフィンという趣味があるキルゴア中佐だったし。そう考えるとカーツ大佐とキルゴアって出す順番間違ったんじゃないかって思う(^_^;)
カーツ大佐の悩みもキルゴアの生き様見れば解決されたんじゃないのってwあ、そうか。オレにはサーフィンがなかったんだ、って。
この映画の教訓:趣味を持とう。
地獄を知らぬ者に言葉だけで何が必要なのか、説いて分からせようとしても、それは不可能だ。
あぎゃ~これ今まで見た戦争映画で一番面白いかもしんない。メル・ギブソンさんの『ワンス・アンド・フォーエバー』抜いたわ。
これって有名な映画の割にちゃんと見たの初めてで、ワーグナー鳴らしながら陽気に戦闘ヘリで奇襲するヒャッハーな男たちの話だと思ったら、とんだまどかマギカだぜって。
ヒャッハー(=キルゴア)の占める割合はそんなに多くなく、物語の構成は情報部から密命を受けたウィラード中尉のロードムービー・・・ベトナム~カンボジア珍道中って感じ。
というか、物語の舞台がいつ死んでもおかしくないような激しい戦場の最前線なので、出てくる登場人物はキルゴア中佐を始め、みんなどこかイカれていて、なんだろ、この映画よくわからないけど、すっごい好き・・・と思って、なんでかな?って考えてみたら、ああそうか、これは『不思議の国のアリス』なんだ・・・!ってすっごい自分の中でガテンがいったというか。
思い返せば『魔法少女まどか☆マギカ』も『不思議の国のアリス』が元ネタという風の噂でチェックしだしたわけだから、やっぱり自分の中でアリス分は重要なんだなあって(^_^;)
例えば「朝のナパームは格別だ」という、もう何がなんだかよくわからないけど、映画史には確実に残るであろう迷セリフを発したキルゴア中佐はもちろん、中盤カンボジアで出会うフランス人の軍人一族の小難しい政治的な討論会は、マッドティーパーティを彷彿とさせるし、前線の兵士たちなんて自分たちの指揮官も誰だか分からずに(つーかいるかどうかも分かってない)とりあえず機関銃撃ってるわけで、もう正気の沙汰じゃないんだよね。
旅の終着地で原住民に崇め奉られていた暴君カーツ大佐はハートの女王ってところか。違う点といえば、ハートの女王の「首を切れ!」はブラフだけど、こっちの大佐は実際に切っちゃうってところね。
ナンセンス文学ってのは、その言葉通り、作中のキャラクターに意味のないことを延々繰り返させることで、人間の人生をある種、客観視するような、不思議な感覚を読者に与えるところが魅力なのかなって思うんだけど、そう考えるとわりと哲学的なジャンルなんだよね。人間の本質ってなんなんだろう?というか。そういった哲学すらナンセンスだよっていうか。
よく「争いなんて無意味だ」みたいなテーマの戦争映画はあるけど、こういう手法でイカれたキャラをバシバシ出して行って、本当に戦争ってなんなんだろう・・・って理屈じゃなくて、感覚的に訴えるやり方って、自分にとってはすごい新鮮で面白かった。
はらわたがとび出すまで戦う勇敢な兵士には喜んで水を分けてやる。
あなたは二人いる。分からない?人を殺すあなたと、人を愛するあなた。
しかし勧善懲悪物のアンチテーゼや相対化を自分の作品ではやってきたけど、こういう映画を見ると一周回って、勧善懲悪ものをやるのも面白そうだなあって思ってきた。
本当の正義や悪なんかこの世にはいない!なんて言ってるのが、もう恥ずかしくなってきたというかね。現場の大人はそんなことわかりきった上で、割り切って人の幸福を奪ってるんだいっていう(^_^;)
今書いている小説は軍人が出てくるんだけど、自分なんかは軍隊とかもちろん入ったことないので、どういう心境でイラクの人とかバカスカ撃ち殺しているのかわからないんだよ。
で、自分なりに想像して、多分『ファインディング・ニモ』のペリカン、ナイジェルみたいな感じなのかな?って結論に達して、『80日間宇宙一周』のナッシュ・ストライカーっていうキャラを作ったんだ。
ニモを見ていない人はさっぱりだろうけど(見てる人もそうか)、ペリカンのナイジェルは水槽に入れられたニモが海から来た魚だって知って、こう言うんだ。「海から来たのか、じゃあこ近所さんだな。オレに襲われたことある?勘弁してくれ、これも生きるためだ」
私、このセリフのなんというか割り切り加減がすごい好きで、結局この世って弱肉強食の世界だからお互い恨みっこなしでやろうぜ、みたいなセリフを、ディズニーアニメで言わせちゃうピクサー本当すごいなって感心しちゃったんだw
つまり軍人も、やっていることは殺人マシンかもしれないけど、そういう職業を生活のためにやっているわけで、そこを責めても仕方がないんだよね。だから時には神経の細い人もいて、PTSDとかになっちゃうんだろうけど、ほとんどの軍人はよほどのことがない限り「戦争ってそういうもんでしょ」って深く考えずに任務を遂行していると思うんだよ。じゃなきゃやってられない仕事なわけで。ライフル撃つたびにいちいち凹んでたら、そいつ絶対死ぬもんw
でも、これって、軍隊にかかわらず、ほとんど全ての人が意識的無意識的にやっていることで、とどのつまり、ヒトって「考えるヒト」っていう意味の学名だけど、おそらく考えるの嫌いな動物だと思うんだ。
もともと考えるのに向いてない動物が無理して考えるから、答えがでないようなものに答えだそうとしてorzってなるわけで、カーツ大佐のあの難解な哲学的セリフってそう言う意味だったんじゃないかなって。
優秀な兵士というのは、理性的な判断とか倫理とかそういうのじゃなく、動物的に残酷なことを躊躇いもなくできる奴だっていう。カーネマンのシステム2なんていらねえよ、というw動物化万歳というかw
マイクル・クライトン先生の『ロストワールド』じゃないけど、このラプトルの世界で生き残るのはもっとも残酷でズル賢く無慈悲なものなのだっていうね。
仕事の時は残酷な悪魔。オフの日は慈悲ある人格者。ストライカーはそんなキャラにしたんだけど、この映画を観てから、そんなすごい切り替えができるやつもそれはそれでこええよって思いましたwダメだ。自分には理解できないや。仕事で人を殺すっていうのは。でもそうやって働いている人がたくさんいるわけで。
人間って本当中途半端だよなあ。そしてその中途半端さが戦場では敗北を生むと、カーツ大佐は結論を出したのだろう。
真の精鋭とは道義に聡く、それでいて一方で感情もなく、なんの興奮もなく、極めて原始的な殺戮本能を発揮することができる人間。
軍人ほどじゃないけれど、学校の先生なんかもこういったディレンマってあると思う。だからストレスで倒れちゃう人がたくさんいるわけで。それで、前の学校の校長先生がこういうことを言っていたのを思い出した。
「教員っていうのはストレスが多い仕事ですから、なにか趣味をたくさん持ってください。趣味は精神的な支えになります。」この校長先生は、飛行機も操縦できるし、いろんな資格を持っていて、とんでもない博覧強記な人だったんだけど、確かに趣味がある人って所さんもそうだけど、精神的に強いよなあって。
思えば、あの映画でも悲惨な戦場でまったく精神的に動じてなかったのは、サーフィンという趣味があるキルゴア中佐だったし。そう考えるとカーツ大佐とキルゴアって出す順番間違ったんじゃないかって思う(^_^;)
カーツ大佐の悩みもキルゴアの生き様見れば解決されたんじゃないのってwあ、そうか。オレにはサーフィンがなかったんだ、って。
この映画の教訓:趣味を持とう。
七人の侍
2013-10-17 14:27:41 (12 years ago)
-
カテゴリタグ:
- 映画
「面白い度☆☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆」
今度もまた負け戦だったな。勝ったのはあの百姓達だ。わし達ではない。
当たり前だけど面白い。なんだかんだ言って、私って影響されるのが怖くて名作映画を敬遠しているんですが、とうとう黒澤映画を見てしまった・・・しかし日本の映画界の神様みたいな人なのに、今やレンタルビデオ店には、たった3タイトルしか置いてないっていうね。しかもアダルトアニメコーナーのところにあるっていうね。教師ものとしても評価が高い『姿三四郎』は見たかったなあ~(^_^;)
三谷幸喜さんのドラマ『合い言葉は勇気』で、役所広司さんが「『七人の侍』は黒澤監督の最高傑作、それはつまり日本映画の最高傑作ということです。」というセリフがあるんですが、思いかえせばこのドラマも『七人の侍』のような話。
都会の人間=強欲、加害者で、田舎の人間=純粋、被害者というわかりやすい図式ではなく、村人も村人でけっこう狡猾で自分勝手という描写も通じるものがあるし。あのドラマの村人たちのリンチシーンはけっこうすごいなあって思ったんですが、この映画が元ネタだったのねって。
正直面してペコペコ頭下げて嘘をつく。なんでも誤魔化す!百姓ってのはな、けちんぼで、ずるくて、泣き虫で、意地悪で、間抜けで、人殺しだあ!
という名セリフがあるんですが、このセリフには続きがあって、「だがな、そんな百姓たちを作ったのは誰だ?侍じゃねえか!」という下の句がありますw
しかし、この映画って本当シンプルで面白いだけに、邦画洋画ドラマ漫画問わず、いろんな作家がパクり倒しているのが、よ~く分かりました。
ピクサーの『バグズライフ』、福本伸行の『最強伝説黒沢』、浦沢直樹の『マスターキートン』と、村があってその村のために部外者が一肌脱いでくれるっていうのは、だいたい『七人の侍』のテンプレートだよね。
それくらい、この映画の利他的な精神って人の心を打つのだろう。これは、もうヒーローものの条件だよね。リスクがあるだけで、特に手柄もない戦いを引き受けるっていうのは。現実ではなかなかできることじゃないから。というか島田さんも口の悪い人足に背中押されて、やっと力を貸したところあるしな・・・
面白いのは『バグズライフ』だけ、主人公が侍(助っ人)ではなく百姓側ってところだよね。さすがピクサー。ただではパロディにしないというかw
それと、この映画ってすっごい教訓めいてて、島田さんはすっごい温厚で頭も切れる軍師なんだけど、自分勝手な行動だけは厳しく諌めるんだよ。
そして作中でも、自分のためだけに動いた人は必ず自軍に犠牲を招いてしまうんだよね。さらわれた奥さんを見て取り乱しちゃった利吉や、久蔵の真似にしようとして持ち場を離れちゃった菊千代なんかがそうなんだけど、ああいう行動をとると絶対誰かが犠牲になっちゃうという・・・
いいか、戦とはそういうものだ。人を守ってこそ自分も守れる。己のことばかり考える奴は己をも滅ぼす奴だ。
でも、こういったコンテンツって見る順序ってすごい大事だよなあ。エヴァンゲリオン見てウルトラマンバカにしている人も、なんかもう責められないっていうかね。
『七人の侍』も、もう、この映画に影響を受けた後発の作品を見すぎちゃったから、新鮮な驚きは正直あまりなかったのが不幸だよなあって。リアルタイムで見た人はもうすごい衝撃だったんだろうな。今の若い子もはじめからCGバンバン使った映画から入っているから、『ジュラシック・パーク』が出てきた時の衝撃とかわかんないんだろうな。そういうもんなんだろうな。
最近しみじみ思うんだけど、いろんな映画を観ちゃうと、相対化されちゃって「あれに似てる」「これに似てる」の元ネタ当てゲームになっちゃうのが切ないよね。
驚くのは、中学生なんかでもオタクタイプの子は「これはBL」とか「これはブラコン」とか、自分が知っているテンプレートにすべて置き換えて、相対化しちゃうんだよ。
で、手持ちのテンプレートにないような作品を見せるとハテナマークを浮かべて、解釈できなくなっちゃうという。なんかソフトウェアとハードウェアの互換性の問題みたいになってるんだよw
これは、もう、私もそうだけど、オタク気質の不幸な部分だよね。純粋に作品を斟酌できないというのは。
だから自分も本でも多読主義は警戒してるんだ。ニーチェもそんなこと言ってたじゃん。本の読みすぎに注意って。知識だけの人間は、本をめくっているだけで自分の頭で考えていないとか、そんなことあの人はどっかで言ってた(うろおぼえすぎる)。
とはいうものの、1954年の映画に全然古臭さがないのは名作の証だよね。キャラクターの個性とか『アベンジャーズ』に匹敵するぜって。
三船敏郎さんの菊千代は、もういろんな意味でおいしいキャラだっていうのは、すっごいわかるもんね。あの人は、侍と百姓の中間にいる、パイ中間子みたいなキャラだもん。
ほかにも、痩せぎすのストイックな剣豪、久蔵さんとかもかっこいいし、島田さんの心意気だけで一肌脱いでくれた五郎兵衛さんなんかもよかった。まあ、みんな見ず知らずの人たちのために命かけてくれるんだから、超気のいい人たちなんだけど。
あと助っ人探しに行くシーンで、結局味方になってくれなかったお侍さんとか、なんかリアルだったよな。「惜しいことしましたね、あんな剣客を・・・」とか言ってたから、これハリウッド映画では、絶対のちのち味方として再登場する伏線なんだけど、そういうあざとい真似は世界のクロサワはしないぞっていう。
今の映画って多分、過去の作品にかぶらないようにするために、いろいろ複雑にしすぎなんだろうな。ディズニーでもアンパンマンでも、シンプルな作品を作るのっていうのが実はどれほど難しいか。そしてシンプルな作品ほど長く人に愛されるという。それを考えさせられました。
今度もまた負け戦だったな。勝ったのはあの百姓達だ。わし達ではない。
当たり前だけど面白い。なんだかんだ言って、私って影響されるのが怖くて名作映画を敬遠しているんですが、とうとう黒澤映画を見てしまった・・・しかし日本の映画界の神様みたいな人なのに、今やレンタルビデオ店には、たった3タイトルしか置いてないっていうね。しかもアダルトアニメコーナーのところにあるっていうね。教師ものとしても評価が高い『姿三四郎』は見たかったなあ~(^_^;)
三谷幸喜さんのドラマ『合い言葉は勇気』で、役所広司さんが「『七人の侍』は黒澤監督の最高傑作、それはつまり日本映画の最高傑作ということです。」というセリフがあるんですが、思いかえせばこのドラマも『七人の侍』のような話。
都会の人間=強欲、加害者で、田舎の人間=純粋、被害者というわかりやすい図式ではなく、村人も村人でけっこう狡猾で自分勝手という描写も通じるものがあるし。あのドラマの村人たちのリンチシーンはけっこうすごいなあって思ったんですが、この映画が元ネタだったのねって。
正直面してペコペコ頭下げて嘘をつく。なんでも誤魔化す!百姓ってのはな、けちんぼで、ずるくて、泣き虫で、意地悪で、間抜けで、人殺しだあ!
という名セリフがあるんですが、このセリフには続きがあって、「だがな、そんな百姓たちを作ったのは誰だ?侍じゃねえか!」という下の句がありますw
しかし、この映画って本当シンプルで面白いだけに、邦画洋画ドラマ漫画問わず、いろんな作家がパクり倒しているのが、よ~く分かりました。
ピクサーの『バグズライフ』、福本伸行の『最強伝説黒沢』、浦沢直樹の『マスターキートン』と、村があってその村のために部外者が一肌脱いでくれるっていうのは、だいたい『七人の侍』のテンプレートだよね。
それくらい、この映画の利他的な精神って人の心を打つのだろう。これは、もうヒーローものの条件だよね。リスクがあるだけで、特に手柄もない戦いを引き受けるっていうのは。現実ではなかなかできることじゃないから。というか島田さんも口の悪い人足に背中押されて、やっと力を貸したところあるしな・・・
面白いのは『バグズライフ』だけ、主人公が侍(助っ人)ではなく百姓側ってところだよね。さすがピクサー。ただではパロディにしないというかw
それと、この映画ってすっごい教訓めいてて、島田さんはすっごい温厚で頭も切れる軍師なんだけど、自分勝手な行動だけは厳しく諌めるんだよ。
そして作中でも、自分のためだけに動いた人は必ず自軍に犠牲を招いてしまうんだよね。さらわれた奥さんを見て取り乱しちゃった利吉や、久蔵の真似にしようとして持ち場を離れちゃった菊千代なんかがそうなんだけど、ああいう行動をとると絶対誰かが犠牲になっちゃうという・・・
いいか、戦とはそういうものだ。人を守ってこそ自分も守れる。己のことばかり考える奴は己をも滅ぼす奴だ。
でも、こういったコンテンツって見る順序ってすごい大事だよなあ。エヴァンゲリオン見てウルトラマンバカにしている人も、なんかもう責められないっていうかね。
『七人の侍』も、もう、この映画に影響を受けた後発の作品を見すぎちゃったから、新鮮な驚きは正直あまりなかったのが不幸だよなあって。リアルタイムで見た人はもうすごい衝撃だったんだろうな。今の若い子もはじめからCGバンバン使った映画から入っているから、『ジュラシック・パーク』が出てきた時の衝撃とかわかんないんだろうな。そういうもんなんだろうな。
最近しみじみ思うんだけど、いろんな映画を観ちゃうと、相対化されちゃって「あれに似てる」「これに似てる」の元ネタ当てゲームになっちゃうのが切ないよね。
驚くのは、中学生なんかでもオタクタイプの子は「これはBL」とか「これはブラコン」とか、自分が知っているテンプレートにすべて置き換えて、相対化しちゃうんだよ。
で、手持ちのテンプレートにないような作品を見せるとハテナマークを浮かべて、解釈できなくなっちゃうという。なんかソフトウェアとハードウェアの互換性の問題みたいになってるんだよw
これは、もう、私もそうだけど、オタク気質の不幸な部分だよね。純粋に作品を斟酌できないというのは。
だから自分も本でも多読主義は警戒してるんだ。ニーチェもそんなこと言ってたじゃん。本の読みすぎに注意って。知識だけの人間は、本をめくっているだけで自分の頭で考えていないとか、そんなことあの人はどっかで言ってた(うろおぼえすぎる)。
とはいうものの、1954年の映画に全然古臭さがないのは名作の証だよね。キャラクターの個性とか『アベンジャーズ』に匹敵するぜって。
三船敏郎さんの菊千代は、もういろんな意味でおいしいキャラだっていうのは、すっごいわかるもんね。あの人は、侍と百姓の中間にいる、パイ中間子みたいなキャラだもん。
ほかにも、痩せぎすのストイックな剣豪、久蔵さんとかもかっこいいし、島田さんの心意気だけで一肌脱いでくれた五郎兵衛さんなんかもよかった。まあ、みんな見ず知らずの人たちのために命かけてくれるんだから、超気のいい人たちなんだけど。
あと助っ人探しに行くシーンで、結局味方になってくれなかったお侍さんとか、なんかリアルだったよな。「惜しいことしましたね、あんな剣客を・・・」とか言ってたから、これハリウッド映画では、絶対のちのち味方として再登場する伏線なんだけど、そういうあざとい真似は世界のクロサワはしないぞっていう。
今の映画って多分、過去の作品にかぶらないようにするために、いろいろ複雑にしすぎなんだろうな。ディズニーでもアンパンマンでも、シンプルな作品を作るのっていうのが実はどれほど難しいか。そしてシンプルな作品ほど長く人に愛されるという。それを考えさせられました。
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